第38話 スーリンディア

 眼前には魔族の軍勢が見える。隊長さんによるとこの村は完全に包囲されたようだ。彼の名はアムラス。彼はディニエルの許婚だということがアデルちゃん調査で分かった。


「アビが言うには、デカラエワタという奴は数多くの魔族を従えていて次の魔王の座を狙っているらしい」


「本人ハ姿ヲ見セヌ様子。配下デ十分トイウコトデアロウナ」


「そうですね」


 アデルちゃんとアビ、そしてディニエルはすでにこの村を出ている。ダークエルフの子どもたちや戦えない非戦闘員を連れてアビの居城へと避難したのだ。ディニエルは最後までこんな魔族の女を信用できるものかと父親のスーリンディアに食ってかかっていたが、アムラスに諭され渋々村を後にした。きっと彼と一緒に戦いたかったのだろうが、村の子どもたちはディニエルによく懐いており彼女が同伴する以外の選択肢は無かった。


「敵を十分引きつけろ!」


 ダークエルフの戦士たちが弓をつがえる。


「狙え」


 ギリギリという弓を引く音が乾いた大気の中にはっきりと聴こえる。


「放てっ!」

 

 多数の矢が一斉に放物線を描いて敵に襲い掛かる。それはただの矢では無かった。標的に接触すると同時に組み込まれた魔法陣が相手の魔力を吸収し起動、魔法攻撃と変化する。紫の光の柱が天へと立ち上がり再び敵の頭上に降り注いだ。


「次、放て!」


 アムラスの号令が続く。二射、三射と放たれた魔法矢により荒野には紫の雨が降り注いでいる。


「ナント、アレヲ防ギ切ッタカ」


 立ち上った土煙が徐々に晴れてくる。魔族の軍勢は速度を落とすことなく変わらずゆっくりと前進を続けていた。漆黒の鎧に身を包んだ集団は同じような色の空の下こちらへと向かってくる。


「予想はしていましたがこうも簡単に防がれてしまうとは……。ここは私が行きましょう。アムラス、後は任せましたよ」


「長老、ご武運を」


 スーリンディアの持つ武器は、弓でも杖でもなかった。巨大な金属の分厚い板であった。大剣、グレートソードという括りには収まらない明らかに撲殺武器であった。年季を感じるその武器はかなりの質量があるはずだが、彼は片手で軽々振って見せていた。


 俺はあれに見覚えがある。あれは……。




「間に合いませんでしたか……」


「糞っ! 俺がもっと早く雑魚どもを片づけていれば」


「師匠、こっちにまだ生存者が。子どもです!」


 ブーディカの声に俺とセタンタは崩れ落ちた家屋へ駆け寄る。折り重なる両親の下から発見されたのは意識を失った少年だった。その後、村の集会所の床下の隠し部屋や蓋のされた井戸の底から六人の子どもたちが見つかった。



「なあ、賢者様」


「どうしたのですか、スー」


 子どもたちを知り合いのコボルト族の集落に預けていた俺たちは、定期的に様子を見にくるようにしていた。


「俺、強くなりたいんだ」


「ほう、何故ですか? まあ、男の子なら力に憧れるのも当然でしょうか」


「ううん、そういうんじゃ無くってさ。俺があいつらを守ってやんなきゃならないだろ」


「ああ、スーが一番お兄さんでしたね。でも、それだったらセタンタに頼むのでは? 君は魔法が苦手でしたし、彼ならエルフが得意な弓なんかも出来ますよ。何なら彼から槍を教わってもいい。凄いのですよ彼の槍」


「ダメなんだよ俺、上手く力の加減ができなくてさ。だからあの兄ちゃんが賢者様に相談しろって。赤髪の姉ちゃんも『師匠ならきっとお前に相応しい道をお示しになる』って言ってたぞ」


「はあ、そうでしたか。私はあの二人と違って争い事は避けたい人なのですけど。えっと、長生きの秘訣はですね……」


「そんな話を聞きたいんじゃねえんだよ!」


「で、ですよね……。なら、ああコレなんてどうですかね」


 空間収納から一本のロングソードを取り出す。


「うっ、私でも重いですね。これは一応片手で扱う物らしいのですけど」


 スーに慎重に手渡す。


「げっ、重っ! でも頑張れば持ち上がるぜ!」


「さすがは力持ちさんですねぇ、びっくりです。次に私が来るまでにその剣を自在に触れるようにしてください。振り方とか基本はセタンタに聞いてください。私からの指示はそれだけです」


 彼は重たそうにでも嬉しそうに剣を引き摺ってセタンタたちの所へ向かう。


 何度目の訪問だったろうか、スーは立派な青年へと成長していた。昔救った子たちの一人と来年結婚するらしい。

 

「賢者様、私に課題を」


 跪くスー。何度もやめて欲しいと伝えたのだが、礼儀正しくなった彼も頑固な所は昔のままだ。


「そうだね。えっと、これが最後になるんだ、スー。私の与えられる剣はもうこれしか残っていない。これを剣と呼ぶべきかどうかはセタンタとブーディカとも論争になった代物さ。こんなものを扱えたら伝説の英雄様になれるんじゃないかな。うちの大英雄様はこんなもの振れないって呆れてたくらいだから……。元の持ち主は確か悪いオーガの王さまだったかな。私たち三人が初めて死を覚悟した強敵の遺品だ」


「ありがとうございます。必ずや使いこなしている姿をお見せいたします」


 とんでもない重量のそれを彼は嬉しそうに引き摺りながら行ってしまった。それ以来彼には会っていない。次訪れた時には村が無くなっていた。その当時勢力を拡大していた人族の国が侵攻してきたらしい。彼なら人族の軍隊なんて一人で殲滅できてしまう。だが、戦いを選択しなかったようだ。誰かの長生きの秘訣を実践したようである、この弟子は。



「ああ、君はスーなのか?」


 彼は嬉しそうに笑い頷くと、巨大な金属の板を高く掲げて走り出した。

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