第37話 始祖と暴虐の歌姫

「族長、よいのですか! この様な怪しげな者たちを村に入れて」


「仕方あるまい。妖精が連れてきたのだ、長老の言葉には俺でも逆らえん」


「ですが……」


「そうなの。私が来てってお願いしたの」


 アカリが二人の戦士の周りを楽しそうに飛び回る。


「妖精は幸せを運ぶ。そう子どもの頃から言い聞かせられてきたが、実際に見たのはこれが初めてだ。おそらく数百年ぶりの妖精の来訪であろう」


「は、はあ……」


 頭の上に乗られてしまった若いダークエルフの戦士は、困った顔をしながら返事をした。


 あの人族の村と比べると随分大きい。厳重に外敵の侵入を防ぐための柵が設けられており武装した男たちの姿も多く見られた。俺たちはさっきの二人に案内されてその中を進む。ダークエルフの子どもたちが興味深そうにこちらを見ている。手を振っているのはアデルちゃんとアカリに向けてのものだろう。


「ここで待て。長老に確認してくる」


 一際大きな家の前で俺たちは立ち止まる。隊長らしい男がその中へ入り、若い男の方が見張る。


「ねえねえ、お姉さんのお名前は何ていうのです? 私はアデルというのです」


 お、お姉さん!?


「お、おぅ。わ、私はディニエルだ。お、お前はアデルか、妙な真似はするなよ。子どもであっても余所者は容赦してはいけないからな。で、できれば剣は抜きたくない……」


 たしかによく見るとお肌もすべすべの美人さんだ。凛々しい佇まいと服装から男だと思ってしまっていた。これは申し訳ない。でも、アデルちゃんに言い当てられて動揺しているのだろう、男装しているのかこれは?


「長老がお会いしたいと」


 隊長さんが出てきて俺たちにそう告げる。



「よくおいでになられた」


 俺は杖をついたお爺ちゃんを想像していたのだが……。そこにいたのはイケメンのお兄さんだった。そうそう、エルフって長命種だった。成人するまでは人族と変わらない成長の仕方をするが、それ以降の老化はかなり緩やかである。しかし俺の記憶にあるエルフの長老はお爺ちゃんだったのだが。ダークエルフは違うのか?


「ああ、驚かれていますね。どうも私は特に歳を取りにくいようでして。人族の方とお会いするのは千年ぶりでしょうか。ドワーフやリザードマンたちにも驚かれますからね、慣れておりますよ」


「アンタが、スーリンディアね。ダークエルフの始祖」


「いやいや、私はそんなたいした者ではありませんよ。暴虐の歌姫アビゴハサ」


「うっ、止めろ。その呼ばれ方は好きではない」


「これは失礼いたしました。そちらは死神アンクウ、生きている内にお会いできるとは光栄ですね。可愛らしいレディはアデルさんですね。ディニエルとのやり取りを盗み聴きしてしまいました。あれは私の娘でして仲良くして頂けると嬉しいのですけど」


「もちろんなのです」


 アデルちゃんの言葉にイケメン長老は優しく微笑む。


「そしてあなたが私がずっとお待ちしていたお方、グウィディオール様。いえ、いまはイオリ様でしたね」


「ん? 俺はあなたに会った記憶がないのだが」


「スーリンディアと申します。イオリ様のことは親友から聞かされておりまして、よくぞこの世界にお戻りになられました」


 この男すべて知っているような口ぶりである。それに親友って誰のことだ?


「たいしたおもてなしはできませんが」


 そうスーリンディアが言うと、村の娘たちが飲み物を運んできた。本当にエルフという種族には男も女も美形しかいないようだ。


「に、にっがーいの。こんなものを飲むなんておかしいの」


 アデルちゃんの前に差し出された木のカップに真っ先に口をつけたアカリが抗議の声を上げる。俺も飲んでみる。おおっ、これはコーヒーなのか!? いや、この世界にそんなものがあるはずがない。だが、よく似た風味と苦味。


「これは妖精さんのお口には合いませんでしたか、ではこれを」


 スーリンディアは小瓶を取り出して白い粉と液体をたっぷり注ぐ。


「うん、これなら。アデル、これ美味しいよ!」


 アデルちゃんも飲んでみて気づいたようだ。


「カフェオレみたいなのです。まさかこっちで飲めるとは思わなかったのです」


「気に入っていただけたようで良かった。親友から分けてもらった物です。私たちはこういったものを飲む習慣はありませんが、異界の方なら喜んでいただけるかと思いまして」


 彼は嬉しそうな顔をして、さらにクッキーのような焼き菓子の乗った皿を自ら運んできた。


「それで長老さん。アンタ困ってるんでしょ。あのデカラエワタのことで」


「ええ、アビゴハサ。あなたの仰る通りです」


 スーリンディアの表情が少し曇ったように見えた。


「アレがこの土地を支配下に置くと言い始めてから半年、私たちは戦ってきました。多くの仲間を失いましたが、ここは我々が最後の地と決めた大切な場所。草木は枯れ大地は痩せてしまっても、この地に眠る同胞たちの想いは消えません。最後の一人になるまで私たちは抗います。しかし、それも……」


 彼によると同盟を組み抵抗していたリザードマンやコボルトの集落はすでに壊滅。おそらく数日中には魔族の軍勢が押し寄せてくるのではないかと言う。それに備えて警戒していたディニエルたちに俺たちは発見されたようだ。


「私たちはダークエルフの誇りとともに死ぬことになるでしょう。ですが、子どもたちは。何も知らぬ子どもたちだけは……」


 俺はアビの方を見る。やはりというか予想通り目に涙を浮かべながら頷いていた。

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