第36話 人喰い

「いいですか、アカリちゃん。ユキお姉ちゃん、私、アビお姉ちゃんの順番なのです。アカリちゃんは四番目なのです」


「理解したの。アカリは四番目なの」


 アデルちゃんは何を教えてるんだ? でも、名前をつけて欲しいといった火の妖精さんの『灯』は気に入ってもらえたようだ。アンクウさんに確認したが、妖精さんへの名づけは特に何か影響を与えることは無いらしい。この妖精さんが女神とか魔王に狙われるなんてことは無いと思うが、念には念を入れなければ。


「イオリ、イオリ。私、四番目なの、いいでしょ」


 アカリは嬉しそうに馬車の中を飛び回っている。よく分かっていなのだろうが本人がいいならよしとしよう。初めは魔族のアビと死神のアンクウさんを怖がっていたが、今はもう友だち認定して肩や頭の上に乗ったりしている。アカリには鳥かごサイズの模型の家を作ってあげた。設置場所は彼女の希望でアデルちゃんの部屋の中だ。


 現在、村の人たちに別れを告げ馬車は出発したところだ。御者はアンクウさんが務める。古い街道は健在で馬車はのんびり進んでいる。現代知識をフル活用して魔改造を施してあるのでお馬さんが進めるなら悪路であっても問題はない。外の景色は相変わらず薄暗く陰鬱であるが馬車の中は快適そのものである。


 しばらくして馬車が停まる。お馬さんの休憩のためだ。


「おおっ、これは広大な」


「ザザ大渓谷デアルナ。アチラノ世界ノ、グランドキャニオンニ似テオルデアロウ?」


「本当ですね。えっと、あそこに見える大きな川が長い年月をかけて削り出した地形ということですよね」


「神話ノ時代ヨリモ昔カラコノヨウナ景色デアルラシイ」


「へえ。うっすらと見えるのが地層ですかね。昔学校で勉強した地理? いや理解だっけかを思い出しますよ」


「イオリ、イオリ。変なところに感動しているの。やっぱりニンゲンは変なの」


「いいえ、アカリちゃん。人間は短命であるからこそ、その長い時間の流れをあの景色から感じ取り涙するのです」


 いや、泣くまではないんだけどね。


「ふーん。このデコボコのお山を越えたらダークエルフたちが住んでいるの」


 とりあえずの目的地まではもう少しあるようだ。


「この大渓谷も含めて面倒な魔族の領地に入っているから、そろそろ気をつけた方がいいわよ」


 アビが心から嫌そうな顔をしてそう言う。


「それって、どんな奴なんだ?」


「ただただ残忍。糞よ、糞。人間に酷いことした挙句、調理して美味しく頂くような奴よ。えっと、魔族の七割が人間、特に人族を食べるんだけど……。いや、私は随分昔に人喰いは絶ったのよ。ダーリン、ほんとよ信じてぇ」


 アビが勝手に地雷を踏んでいた。別にそんな過去のことをとやかく言う気もないし、気にもしないのであるが……。


「ああ、典型的な悪い魔族って言うことだね。この場合の悪いというのは人間にとってだけど」


「え、えっと。そういうことよ。ダーリンは私のこと怖くないの? 人を食べる。じゃない、食べてた魔族なのに……」


「別に。だって今は食べないんだろ?」


「アデルもアビお姉ちゃんのこと、ちっとも怖くないのです」


「あ、あんたたち……」


 俺の顔はアビの胸の谷間に吸い込まれた。抱きしめられるのは悪い気がしないのだが、こ、呼吸が……。


「お、お姉ちゃん、ズルイのです! その凶悪なおっぱいからおじさんを解放するのです!」


 アデルちゃんのポコポコ打撃のお陰で俺は一命を取り留めたようだ。


「イオリ、イオリ。遊んでいないで急ぐの。ダークエルフさんたちが困っているの」


 アカリが俺たちの周りを飛びながら行動を促す。アンクウさんは既に御者台の上で俺たちが乗り込むのを待っていた。『ひょっとこ』のお面を外す気は無いのだろうか? もうあのツバひろの帽子とお面のアンバランスさに慣れてしまったのではあるが、俺の感性に問題が無ければあれが変であることには変わりない。今度アビに突っ込んでもらおうか。



 馬を操るアンクウさんの隣に俺は座る。大渓谷の巨大な崖の岩壁を眺めながら馬車は進んで行く。


「アンクウさん……」


「アア、気ヅイテオル」


 俺の魔法による索敵に複数の魔力反応を確認した。それらはこの馬車と一定の距離を保ちながらついてくる。


「渓谷ヲ抜ケタ所デ仕掛ケルデアロウナ」


「いよいよお出ましね」


 背後からアビも顔を出す。馬車の中ではアデルちゃんとアカリが一緒に絵本を覗き込んでいる。アカリに文字を教えているようだ。


 

「止まれ!」


 前方には馬に乗った男たちが俺たちを待ち構えていた。いま声を掛けたのがリーダーであろうか、他の男たちはこちらに弓を向けている。アンクウさんはゆっくりと場所を停車させた。


「やあ、こんにちは。俺たちは敵対する気はないんだ。見たところ君たちはダークエルフだろ、魔族について話を聞きたいんだけど」


「魔族の話し? お前が連れているそこの女は魔族だろうが」


 俺の言葉に怪訝な顔をする男。


「ああ、私のこと? 彼が言ってるのはアイツよ『デカラエワタ』。この辺りを支配してるんでしょ」

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