第35話 ニンゲンさん、ニンゲンさん

 これは俺の記憶、ああ夢を見ているのか……。


「これから私が使うのはこの世界には無い異界の秘儀です。この術理を知らないあなたは、この呪いを解くことはできません。私の魂ごと葬り去ればもしかしたらですが、今のあなたは随分消耗している様子。無理でしょうね」


 過去の俺が樫の木の杖を構えて詠唱を行う。禍々しい気配があたりを包み込んでいく。


 もう視力も失われつつある。魔王の姿もぼんやりしている。ヤツは何か言っているようだが聴覚もイカれてしまったようだ。ちゃんと聞き取ることができないが、まあ悪態をついているのであろう。


「えっと、では行きますよ。呪いの対価として捧げるのは私自身です。本当は痛いのとか苦しいのは嫌なんですけどね。あなたを抑え込むにはこれしか無いですから。ああ、嫌です」


 俺の両眼が潰れる。


 激痛で意識が飛びそうになるが何とか踏みとどまる。次は耳から血が吹き出した。世界から完全に音が消えた。平衡感覚も怪しくなり痛みとともに酷く気持ち悪くなる。


 右腕に続き左腕が弾け飛んだ。パラパラと落ちてくる中に自分の指が見える。親指に中指、あれは右と左どっちのだろうか。


 右脚も消えてしまい、さすがに倒れ込んだ。もう見えないが魔王はきっと唖然としているのではなかろうか、だって俺は勝手に自爆していくのだから。理解できないだろうし、想像もできないだろう。この後自分に降りかかる災難に。


「魔王、君はちょっとやりすぎたんですよ。さすがに温厚な私も許すことができませんからね。それに私の可愛い、かわいい、おくさん、を……、まもる、ため、です……、から」


 最後に残った俺の頭が弾けるのを感じた。



「おじさん、イオリおじさん!」


 目を開けるとアデルちゃんの顔があった。心配そうなアビの顔も見える。


「ああ、眠ってたようだね」


 たしか空間収納にあったお酒で。あれはドワーフの鍛治屋に餞別でもらったものだったか、かなりというか無茶苦茶に強い酒だった。アンクウさんとアビが旨そうにぐいぐい飲んでたので、現世で酒が弱いことも忘れて口をつけたのがマズかったらしい。


「大変だったのです。おじさんが裸になって踊りはじめたと思ったら急に倒れて」


 ううっ、マジか……。なんという醜態を。たしかにソファに毛布をかけられ寝かされているが、俺は何も身につけていない。


「それに何だかうなされていたわよ。ダーリン、怖い夢でもみたの?」


「う、うん。多分ね。覚えてないけど……」


 覚えていないが、転生してからも見続けているはずの夢だ。内容は覚えていないが、目覚める度にあの夢かと認識はしている。これはどの転生先でも同じようである。


 それよりも裸踊り……。それ以外は変なことはしていないだろうか? 恐らく哀れみの視線を向けているだろう『ひょっとこ』のお面をつけた死神さんを、俺は見る。彼は『大丈夫だ問題ない』と頷いたように見えた。


「それじゃ、私たちはもう寝るわね。アデルちゃん一緒に寝る?」


「もちろんなのです。アビお姉ちゃんのお部屋にお邪魔するのです」


「我モ休ムトシヨウ」


 ひとり残された俺は風呂に入ることにした。お湯は魔道具から水と火の属性の魔石から生成されるようになっている。これは仲良くなった商会長から貰ったものだ。


 湯船に浸かる。ああ、疲れた身体にはこれが一番だ。


『ニンゲンさん、ニンゲンさん』

 

 おっ、これは妖精さん。男の風呂場に現れるとはなんと大胆な。


「やあ、ひさしぶり」


『ありがとうなの。お願いを聞いてくれたニンゲンさんに感謝なの。チュッ』

 

 妖精さんからおでこにキスされた。ちょっと嬉しい。


「そうか、ノーマとあの魔族が居なくなったから結界も無くなったんだったね」


『そうなの。それにニンゲンさんの魔力は心地いいの。えっと、あの小さなニンゲンちゃんのもいいけどあなたのは不思議なの。ほかのみんなもそう言ってるの。あのコワイ精霊様はいないみたいだから、みんなニンゲンさんに近づきたいって思ってるの』

 

「コワイ精霊様ってユキのこと?」


『そう、そうだったわ。ユキ様。とってもコワイけど、とっともお優しい精霊様』

 

 そうか、ユキがこの妖精に嫌われているわけではないようだ。


「いいよ。お友だちの妖精さんも連れてきていいから。妖精さんたちにユキの素晴らしさを語ってやろうじゃないか。それと俺の名前はイオリだ。よろしくね」


『やった!』

 

 その後、すぐに小さな妖精さんたちで風呂場はいっぱいになった。この魔王領に来てから気配だけは感じていたが皆遠くからこちらを窺っているようだった。火の妖精さん以外にも水や風、土、それに光や闇の妖精さんも見えた。


『うっ、うぅ……。ユキ様、可哀想なの……』

 

 俺は前世でのユキとの出会いから再会した現在までを話して聞かせた。

 

『私たちもイオリとユキ様の力になるの』

 

 妖精さんたちはうんうんと頷いている。いい子たちじゃないか。


『ねえねえ、イオリ。私たちイオリにお願いがあるの』


「何だい?」


『この先にダークエルフさんたちが住んでいるの。ダークエルフさんたちは悪い魔族に虐められてるの。だから助けてあげてほしいの』

 

「ダークエルフか。大昔の大戦で絶滅したと記憶してたんだけど生き残ってたんだ。でも、俺はユキを助けにいかないといけないんだよ」


『大丈夫なの黒いお城へ行くまでの途中にあるの。私が案内するからお願いなの』

 

 俺は頼みごとを断れない性分である。その晩、火の妖精さんも旅の仲間に加わるのだった。

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