偽りの魔王

第33話 誘拐

「えっ!? モレク、あなた何言ってん……、の……」


「糞っ!」


 救出が間に合わなかった。ノーマの胸から腕が生える。モレクに貫かれて驚きの表情を浮かべたままノーマは消滅してしまった。


「まったく使えねえ女だったぜ、もう用済みだしいいだろ。俺はテメエを始末すれば任務完了、幹部への道が約束されたも同然。フフッ、美味しすぎる。こんなヒョロイ男、秒殺だ」


「……」


村人であるありふれた青年の姿が変化していく。額には長い角、筋肉は隆起し身長も三メートルはありそうだ。牢屋のあった建物は破壊されたが、ゲルトさんはなんとか逃げ出している。


「……」


 魔族モレクは俺を嘲るように見下ろす。


「……」


「なんだ声も出ねえのか、大したことねえな」


「……」


 俺はゆっくりと一歩踏み出す。


「なあ魔族……」


「ああ?」


「俺の作ったカワイイ娘を壊してんじゃねえぞ!」


 俺の身体から抑えきれない憎悪が溢れ出す。


「ヒッ!?」


「シルフィも、サラもディーネも壊されて、残ったノーマも……。消去されたら記憶領域に障害が出るかもしれない。俺の作ったあの子たちの『魂の核』は繊細なんだよ。もし完全に壊れちまったら俺でももう戻せないんだぞ! おい、こら。聞いてんのかクソ魔族!」


「グォオオオッ」


 魔族の右腕が吹き飛んだ。


「ギャッ!」


 左脚の膝から下が消失し魔族は倒れ込む。


 次々と魔族の身体は部分的な破壊と消失を繰り返し、最後は角だけが俺の前に転がっていた。


「つい、キレてしまった……」


 それを拾い上げ振り返ると、ゲルトさんが腰を抜かして俺を見上げていた。



 建物が破壊された大きな音で村人たちが集まってきたが、ゲルトさんがなんとかなだめている。彼は牢の二人が逃げ出したことにしてくれたようだ。


「イオリおじさん、大変なのです! お姉ちゃんが……」


「どうした!?」


「ユキお姉ちゃんが攫われたのです。いまアビお姉ちゃんが追いかけてるのです」


 村の外に巨大な炎の柱が次々と立ち上がり辺りを照らす。それに遅れて轟音もたて続けに響き渡った。


「アデルちゃん、ゲルトさんの側を離れるなよ!」


 俺は駆け出した。間違いないあそこにユキがいる。そしてアビが戦っている。


 

「くっ、死神もなんとかしなさいよ!」


「言ワレンデモ、ワカッテオルワ!」


 アンクウさんもアビと共に戦っていた。あれは子ども?


「ようやく来たようだな賢者グウィディオール。ああ、今はイオリだったか」


 その中性的で少年とも少女とも取れる美しい魔族は、襲いかかる五つの魔剣と振り下ろされる大鎌を楽々といなしながら、俺を確認するとそう言う。あれほど強い魔族に記憶はない。きっと俺の死後生まれたのだろう、どこかあの魔王を思わせる。


「グヌゥ!」


「ああん」


 アンクウさんとアビが何か強力な力で地面に押さえつけられた。重力操作か。


「コレは私が連れて行く。返して欲しくば『黒曜の城』まで来い。魔王様がそうしろと仰るのでな。今すぐにでもお前とコレを始末したいところであるが仕方あるまい」


 そう言って背後に控える二体のガーゴイルに視線を促す。その一体の魔物の腕には意識を失っているユキが抱えられていた。


「この俺がそれを見逃すとでも?」


 俺はすぐさま『聖眼』たちを飛ばす。


「それは確認済みだ」


 そう子どもの魔族がつまらなそうに言うと、『聖眼』は次々に破裂していく。


 何だ!? 今アイツは何をした?


 なら、これはどうだ。


 既に足元にばら撒いておいた棘アザミの種から発芽し成長した巨大な魔物は、鋭い剣のような葉と開花し頭花を覆っていた棘を振り回しながら魔族を襲う。


「それは面白い魔法だが、私には届かぬ」


 一瞬で俺の生成した棘アザミの魔物は焼き払われ灰にされてしまった。同じだ。魔法行使までの予備動作が見えない。技術は魔王より上。これは刺し違える気で行かなければ勝ち目は無い。


「ならば!」


 俺が黒く染まった空に展開する魔法陣は構築する端から崩されていく。ヤツはこれほどのものか、圧倒的な力の差を思い知らされる。


「賢者よ、貴様には期待しておったのだが、この程度か。興が醒めたわ」


 そう言ったかと思うと、ユキを抱えたガーゴイルたちと共に魔族はその姿を消した。そこには何も残っておらず、岩の剥き出した地面の上を冷たい風が通り過ぎていく。


「済マヌ、賢者殿」


「ごめんなさいダーリン、私がユキちゃんについてたのに」


「いや、二人が殺されなかっただけでも良かったよ。ユキは俺が必ず救い出すから」


 村へと歩く帰り道、二人は無言で俺の後を肩を落としてついてきている。


 俺がさっきから無言なのがいけないのだろうか。何か気の利いたことでも言えればいいのだが、俺も自覚はないのだが混乱しているようで上手く頭が働かない。


『イオリ、ボクは大丈夫だから』

 

 そんな俺の頭の中に微かにユキの声が聞こえたような気がした。

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