第32話 可能性

「アデルちゃん可愛いわよぉ。ユキちゃんも素敵ぃ。お姉さんはこんな理想的な妹ができて嬉しいわぁ」


「はい。アビお姉ちゃんも可愛いのです!」


「アビお姉様、よろしくお願いします!」


 俺の心配はどこへ……。アデルちゃんはちびっ子枠だから想定内であったが、まさかユキまで懐柔してしまうとは。でも、年上のお姉さんな友だちというのはユキの憧れだったようで、かなり懐いている。これもあのポンコツ四姉妹が悪い。復活して全員そろったらお仕置きせねばなるまい。


 ちなみにノーマとモレクは村の牢に閉じ込められている。子どもたちも支払われたお金も村にすべて戻されたこともあり、村人たちはもうあの二人に興味を失っているようだった。解放されるのも時間の問題だろう。俺も特にどうでもよかったりする。ノーマへのお仕置きはきっとユキが止めに入るだろうから今は考えていない。今はだが。


 村人たちはアビに対して自分たちに新たな領主様ができたという認識で、魔族がどうとかはどうでも良くなったようである。これも子どもたちがアビにかなり懐いてしまっていることが理由のようだ。


 アンクウさんはというと、アビと剣を交えた訓練に熱心なご様子。彼にとっては魔族というのも関係なく強者であることが優先するようだ。あのおっぱいが理由でないと俺は信じたい。


「でもアビお姉ちゃん、序列というのは大切なのです!」


「えっ? どうしたのかしらアデルちゃん、そんな真面目な顔で難しい言葉を使って」


「いいですか? イオリおじさんの第一夫人はユキお姉ちゃんなのです」


「え、ええ。まあそうね……、それは私も認めてるわよ」


「そして第二夫人はこの私、アデルちゃんなのです! だからアビお姉ちゃんは第三夫人なのです!」


 ビシッとアビに指差して言い切るアデルちゃん。


「えーっ! ちょっと、アデルちゃんはまだまだお子ちゃまでしょ。奥さんになるのはまだ早いのではなくて? ここは大人の女性である私が第二夫人でしょ?」


「いいえ、アデルちゃんなのです! これから立派なレディになってみせるので問題ないのです」


「いやいや、このアビお姉様に任せなさいよ。だってほら。この抜群のスタイルと大人の妖艶な色気、これをアデルちゃんに真似できて?」


「むぅ!」


「まあまあ二人ともそれくらいにしないか?」


「ユキお姉ちゃんは黙っているのです!」


「ユキちゃん、これは女の意地をかけた争いなのよ。口を出さないで!」


 えっと、何かが始まったようである。俺は面倒事は前世から避けることにしているのでここは存在感を消して脱出することに決める。



「賢者殿」


「ああ、アンクウさん」


 俺が家から抜け出すとアンクウさんがいた。仮面を新調しているのだが、なぜに『ひょっとこ』?


「アビカラ聞イタノデアルガ、ユキノ呪イヲ解ク方法ガアルト?」


「ええ、おそらくなんですけどね」


「ヤハリ魔王カ?」


「ああ、分かりますか。そうですよね、あの時の戦いのことはご存知なのですよね」


「ユキカラ聞イタ範囲デアルガノ」


 かつての魔王との戦いの記憶が蘇る。あのときクー・フーリンのゲイボルグがアイツにはまったく通用していなかった。傷の再生と呪いの解除、あの魔王なら何か……。だが、俺に協力してくれるとも思えないのではあるが。


「まあ、魔王に会うしか道は無いですけど」


「希望ガ無イヨリマシデハアルカ……」

 


 昼なのに薄暗い村の中を進む。空は真っ黒な何かに覆われているが、不思議なことに光の透過はあるようで地面には空には見えない雲の影を映し出していた。外で遊んでいる子どもたちの姿も見える。彼らも俺に気づいたようでその笑顔に手を振り返す。


「よお、賢者様じゃないか。ああ、アイツらを見にきたのか」


 ゲルトさんだ。門番以外にも牢屋の番もしてるとは、よく働くおじさんだ。


「ええ、いいですか?」


「もちろんだとも」


 彼の後に続いて建物の中に入った。鉄格子の向こうには例の二人が膝を抱えて座っている。


「げっ、イオリ!」


「おお、あんたかぁ。助けて欲しいんだなぁ」


 相変わらずの様子の二人である。


「いやいや、君たちならこんなところ簡単に逃げ出せるだろう? それにこの村の人たちは不思議なほど優しい。そのうち解放されるのも分かってるんじゃないのか?」


「それは……。だって、逃げても解放されてもあの死神とかアンタに追われて殺されちゃうでしょ。お母様も私たちを消そうとしているらしいし。それに行く当てなんて無いし」


「そうだぁ。殺さないで欲しいんだぁ」


「いや、俺そんな酷いことしないし……」


 俺の言葉に顔を見合わせる二人。


「本当? 私たちを許してくれるの?」


「おお、助かったみたいだぁ」


「いや、モレク。君にはちょっと確認したいことがあるのだが」


「へっ?」


 牢の奥へと後退るモレク。


「ちょっと、私の大切なモレクが怖がってるじゃないのよ。か弱い村人をどうするつもり!」


 ノーマが彼を庇うように前に出る。ああ、この子はこう言ったところは変わらないんだな。人間が大好きですぐに信用してしまう。良いところではあるのだが。


「フフフッ、バレちまったか。流石は魔王様が警戒なさるだけのことはあるか」


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