第30話 魔族襲来

「不覚デアル」


 アンクウさんの不死不滅であるはずの身体には、至る所に斬られたような跡があった。


「どうしたんですか!」


 薬の苦さも忘れてすべて飲み込んでしまった。俺はアンクウさんを抱え起こし声を上げた。


「土ノ精霊ト男ハ我ラヲ騙シテオッタ。彼奴ラガ魔族ト繋ガッテオッタノダ。逃ゲロ、魔族ガ軍勢ヲ引キ連レテコノ村ニ向カッテオル!」


「あの二人が……」


「我ハ暫クアノ二人ヲツケテオッタノダ。村長カラ金ヲセシメタウエ、実ノトコロ魔族トハ親シクシテオッタヨウダ。賢者殿ト、ユキヲ殺スコトデ利害ガ一致シタト思ワレル」


「はあ……。それで敵の数はどれくらいいるんですか?」


「我ガ苦戦シタ魔族ト配下ノ死霊系ノ魔物ガ数百。アノ魔族ハ怪シゲナ魔剣ヲ使ウシカナリノ手練。魔法職デハ分ガ悪イゾ」


「分かりました。でもこの村の人たちにもお世話になってますし、小さな彼女にお願いされてるので。やれるだけやってみますよ」


「……。賢者殿、浮気デアルカ?」


「違うっ!」


「イオリ……」


「だから違うって! ここに来る途中で小さな妖精さんに頼まれたんだよ」


「イオリ、小さい子がいいの?」


「もう! 俺行ってくるから。これも魔族のせいだ、ギッタンギッタンにしてやるからな!」



 村の入り口には男たちが農作業の道具を武器代わりに持ち集まっていたが、皆絶望した表情を浮かべていた。眼前には武装した魔物の群れが見える。


「おじさん! 大変なのです。お爺ちゃんのとこにいたのと同じ骨の人たちがいっぱいなのです」


「ん? まあいい。この嬢ちゃんの言う通りだ。あの魔族はスケルトンを使役している。俺は昔冒険者をやってたから分かるがアレは厄介だ。骨を砕いても時間が経つと復活しやがる。それにあの数だ、飲み込まれて終わりだな」


 あの門番のおじさんが俺にそう言う。彼の名はゲルトさんだとアデルちゃんが教えてくれた。かつては有名な冒険者だったらしくこの村の警備隊長を務めている。


 彼によると、この村はもともと魔族領との境目近くにあった。空にあるあの黒いナニカは時間をかけてゆっくりと広がり、いつしかこの村もその下に位置するようになった。当初は村人全員で避難しようという話もあったが、実際には戦争があったのは大昔のことで直接の被害を受けるようなことは無かったため、それも有耶無耶になってしまった。


 魔族の脅威が現実となったのは3ヶ月前のことであった。ひとりの魔族があのスケルトンたちを引き連れてこの村にやってきた。この土地は今日から自分の領地であるとそいつは宣言した。圧倒的な力の前にはゲルトさんも含め従うしかなかった。そしてその魔族は予告もなく現れると子どもをひとりずつ攫っていく。魔族は人を食うと言われており、子どもの柔らかい肉を好んだのだろうと苦しげな表情で彼は言った。


「じゃあ、行ってくるよ」


「あ、あんた!」


「ゲルトおじさん、イオリに任せるのです」


 アデルちゃんが彼の服を引っ張って引き止める。おっ、いつも俺にダメ出しをするアデルちゃんが期待してくれているではないか。それに『おじさん』から名前呼びに昇格している。これは良いところをみせねば。何か運動会のリレーに参加するお父さんの気分だ。足がもつれないように注意しないと。


 俺はアデルちゃんの視線を背中に感じながら、背筋を伸ばして気持ちだけはかっこ良くその一歩を足を踏み出した。


「これだけ離れればいいかな」


 俺は後方の村人たちから十分に距離を取ったことを確認する。前方の魔物の兵士たちは俺を認識しゆっくりと前進を始めた。


 俺は六つの眼球を召喚した。眼球、そう人間の目玉である。ヌメっとした感じで視神経であろう紐のようなものがウネウネと動いている。女子たちには見せられない見た目であるが、有能な俺の子分である。たしか神の力を得たとかいう聖職者と戦った時の戦利品である。連中は『聖眼の力を思い知れ!』とか言ってたっけ。魔眼の神聖版だと思う。一応聖属性のビームみたいなのを放つのできっとそうだ。死霊系には聖属性だろう。


 俺は『聖眼』たちと視界を共有する。脳への負担は大きいがこれは仕方がない。六分割された画像イメージ、いや俺の目も合わせると八分割だ。それが頭の中に同時に浮かぶ。


「さあ、蹂躙をはじめようか! 殲滅せよ、【神の視線】!」


 魔物たちの上を飛び回る眼球。そこから放たれる聖なる光線は骨の戦士たちを灰へと変えていく。剣の届く範囲には無く一方的に魔物たちは倒されていく。中には弓をつがえる個体もいたが直径三センチほどの目玉に当たるはずもなく、次々とその数を減らしていく。


 半分ほどに数を減らしたところで魔物たちは撤退を始める。俺がそれを許すはずもなくさらにその半分にまで数を減らした。


「もう、何なのよアンタ! こんなデタラメな攻撃があるなんてあいつらから聞いてないわよ!」


 逃げ惑うスケルトンたちを割って現れたのは魔族だった。

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