第29話 良薬口に……

「夜が明けたはずなんだが、外は暗いんだな」


「お日さまが見えないのです。静かで薄暗くて……。でもこれならユキお姉ちゃんもゆっくり休めるのです」


 俺はアデルちゃんと窓から空を見つめている。ユキは隣の部屋で眠っている。アンクウさんは朝起きたらどこかに出かけてしまったようだった。


「ちょっと、外を見てくるよ」


「私も行くのです。お姉ちゃんは寝てるからひとりは退屈なのです」


 ユキをひとりにするのは心配だったが、一枚紙を取り出すとそれで式神を作る。これを修得するのに十年以上掛かった記憶が残っている。そのときの師匠は浮世離れした人で身の回りの世話から何から苦労した。


「キャン、キャン」


「かわいいのです」


「静かにお留守番たのんだぞ」


 白いモフモフのポメちゃんに言い聞かせて、俺たちは外に出る。夜中に来た時は暗くて分からなかったが、結構な数の家が立ち並んでいた。


「おう、昨日の勇者様のお連れさんか。良く眠れたか?」


「ええ、お陰さまで」


「アデルもぐっすり眠れたの。感謝です」


 昨日の門番さんだった。肩にはクワを担いでいる。


「そっか嬢ちゃん、それはよかったな」


 強面の顔が緩む。


「おじさんは門番さんじゃないのですか?」


「ああ、これか? 門番は交代でやってるぞ。今日は畑仕事をしたら後は帰って寝る感じだな。嬢ちゃん、危ねえからひとりで村の外に出るなよ」


 そう言うと村の端の方に見える畑の方へ行ってしまった。日の光は弱そうだが作物は作れる土地のようだ。


 二人で村を歩いていると頻繁に声をかけられた。俺ではなくアデルちゃんになのだが。


『お嬢ちゃん可愛いわね』

『これ旨いから持ってけ』

『このリボンがあなたにはきっと似合うわ』


 両手に持ちきれなくなった村人たちからの貰い物は、今は俺が抱えている。


「みんないい人なのです」


「そうだな」


 他所からきた俺たちを不審がることもなく皆歓迎してくれているようだった。


「人がいっぱいいるのです。何でしょうか?」


 村の中心にある広場に人だかりができていた。


「あれはノーマとモレクか」


 土の精霊ノーマと勇者モレクがその中心にいるのが見えた。


「ええ、私たちに任せておきなさい。この私、土の精霊と勇者モレクが悪い魔族なんてやっつけてやるんだからね」


「そうだぁ。オラたちが連れて行かれた子どもたちの仇をとってやるだぁ」


 二人の言葉に歓声が上がる。


「お願いします勇者様、そして精霊様。これはお約束の……」


 村長さんだろうか何かの入った袋を恭しく差し出す。


「すまないわねぇ、魔族を倒すのにもいろいろ必要になるのよ」


「そうだぁ」


 モレクは満面の笑みを浮かべている。


「じゃあ、行ってくるわね!」


 ノーマがそう言うと再び歓声が上がった。二人は村を悠々と出て行く。例の魔族退治に出発したのであろう。モレクとノーマも人々のために頑張っているようだ。



「ねえイオリ、ノーマお姉ちゃんたちは大丈夫かな。出発してもう一週間になるよね」


 窓の外を見つめるユキがそう俺に言う。


「そうだな、それにアンクウさんもずっと帰ってこないし……。何も無ければいいんだが」


 ノーマとモレクが旅立ってからしばらく経つ。村の人によるとここから数日かかる古城にその魔族はいるらしい。


「お爺ちゃんは心配ないのです。だって死神さんなので死なないのです、無敵なのです!」


 アンクウさんのことを一番心配しそうなアデルちゃんがそんなことを言う。いや、死神も殺せるというか葬り去ることはできるのだが……。ここでそんな事を言って不安にさせても仕方ないので俺は黙って頷く。あのアンクウさんのことだ、並の魔族には遅れをとることはないだろうが。


「アデルちゃーん、遊ぼ!」


 扉が開けられて入ってきたのはおさげ髪の女の子。この村のもう数人しかいない子どもの内の一人だ。


「うん! じゃあ、お姉ちゃん、おじさん、アデルは遊びに行ってくるのです」


「いってらっしゃい、アデル」


「アデルちゃん、夕食までには帰ってくるんだよ」


 ユキと俺に見送られて、彼女は村で仲良くなった女の子と手を繋いで走っていく。さすが子どもというのは環境に順応するのが早い、というかアデルちゃんのコミュ力が高いだけなのだろう。同じ年頃の俺だったら多分部屋の隅でひとりで遊んでいるはずだ。これは何度転生を繰り返しても変わらなかった。このヘタレな性格は環境要因ではなく魂レベルのものらしい。


「ボクはちょっと横になって休むことにするよ。昨日は調子が良かったんだけど、今日は身体が重く感じるんだ。相手してあげられなくてごめんね」


「ああ、ゆっくりしてよ。あと俺の作った薬もちゃんと飲んでくれるかな、呪いの耐性をわずかだけど高めてくれるはずだから」


 俺は小さな紙に包んだ粉薬を彼女に渡す。


「うぅ、だってそれとっても苦いんだよぉ。ボクの味覚はお子ちゃまなのだよ。そこのところ分かって欲しいな。ねえ、甘くて美味しいお薬にできないのかな? 大賢者様ぁ」


「これは、たまたまこの辺りに自生してた月見草で作ったからね。味はアレだけど、魔力を多く含んでるから効果は他の土地で作ったものよりも高いことは間違いない。良薬口にナントカっていうだろ」


「そんな中国の昔の偉い人由来の言葉なんてボクは知らないなぁ。そうだ、イオリが口うつしで飲ませてくれるんだったらボクも頑張って飲める気がするよ」


「へっ!? く、くちうつしですか。ユキさん……」


「うん、そうだよ。ねえ、いいでしょ?」


 ま、マジか。一応俺はユキの旦那様ではあるのだが、まだほっぺにチューしてもらったことしかない。いいよな、別に。式とか挙げてないけど俺旦那様だし。あれ? 前世でもユキと俺って夫婦だった気がするんだが、記憶の中にこれといってムフフなものが見当たらない。どういうことだ大賢者様?


 俺が覚悟を決めて、油断すると緩みそうになる表情筋にちゃんと働けと命令して真面目な顔を維持する。水と薬を口に放り込む。げっ! 死ぬほど苦いんですけど……。


 嬉しそうな顔で待ち構えるユキを抱き寄せた時、背後の扉が開いた。


「あ、アンクウさん!?」


 振り向くとボロボロになったアンクウさんが倒れ込んでいた。

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