第28話 モレクとノーマ

「おじさん、明かりが見えるよ!」


 俺たちは真っ暗になった大地を進んでいる。アンクウさんの愛馬は戦いが始まると荷馬車ごと逃げ出していたが、危険が去ったのを確認したかのように自ら戻ってきた。あの場所で朝を待つということも考えたが、女神の追手が来ないとも限らず、馬車である程度距離を稼ぐことにした。アンクウさんが魔法で光らせた大鎌である程度見渡せてはいた。そんな中、アデルちゃんが遠くに見える灯りに気づいた。


「アレハ、人族ノ村デアルナ。魔族ハアノヨウナ様式ノ家屋ハ作ラヌ」


「こんなところに人が住んでいるのか。ユキのためにベッドを借りたいが、難しいか。普通に近づいたら襲われかねないよな……」


「ご、ごめんねイオリ。ボクのせいで……」


 俺に身体を預けて眠っていたはずのユキが呟く。


「起きてたのか。眠ってていいよ無理しないほうがいい」


「でも……。うん、分かったよ。イオリに甘えることにする」


 再び目を閉じるユキ。


 そのまぶたには薄ら光るものがあるような気がした。


 俺はアンクウさんに二人を任せて荷馬車を降りた。魔王領の空は黒いナニカで覆われているため、夜は辺りに何があるのか分からないほどに暗い。


 光の妖精に呼びかけるが反応はない。だが、しばらくすると火の妖精が一匹顔を出した。


『ニンゲンさん、ニンゲンさん。夜でまっくらなのにニンゲンさんが歩いてるよお。おかしなの、すっごくおかしいのお』


「こんばんは、妖精さん。俺はそんなにおかしいのかな?」


『うん、うん。絶対におかしいの。こんな真っ暗な中でひとりぼっちだと、コワイまぞくに食べられちゃうの。まぞくはがぁーってするの』


 妖精さんは両手を上げて口を大きく開いてそのコワイまぞくを表現してみせる。とても可愛らしい。


「そうなんだ。あそこに村があるよね。あそこの人たちは大丈夫なのかな?」


『あそこのニンゲンさんたちは大丈夫だけど、大丈夫じゃないの』


「えっと、どういうこと?」


『えっとね、まぞくに小さなニンゲンちゃんが連れていかれるの。大きなニンゲンさんもみんな泣いてたよ。酷いの、ひどいよね』

 

 そういうことか……。おそらく定期的に魔族に人を差し出すことで生かされているということか。酷いな。それにここからは結界か何かだろう。魔力の壁を通過した気がした。


『変なニンゲンさん。あたしはここまでなの……。その気持ち悪い壁を通れないの。じゃあ、あとはよろしくねー』

 

「よろしく?」


 火の妖精さんは、フワフワとどこかへ飛んでいってしまった。


 妖精さんの灯りに頼れなくなってしまったが、村の入り口だろうか一本の松明が明々と燃えていた。あれは警備の門番さんだろうか?


「す、すいませーん。怪しい者じゃないです」


「ひえっ! ん? 人か……。驚かせやがって。こんなとこまでやって来るなんて冒険者か旅人か? それとも何かやらかして国を追われた犯罪者か?」


 門番のおじさんは持っていた長い棒をこちらに向けて警戒する。


「ま、まさか。そんな悪人に見えますかね?」


「そんなもん見た目で分かれば苦労せんわ。善人面した極悪人なぞいくらでもおる」


「は、はあ……」


「あっ、誰かと思えば賢者さまじゃねえかぁ。この人はオラの知り合いだぁ」


「おおっ、勇者様のお知り合いでしたか。これは失礼しました」


 おじさんは安心したのか松明の状態を確認して奥へいってしまった。この麦わら帽子の彼は土の精霊ノーマと一緒にいた青年だ。


「君は……」


「そういえばまだ名乗って無かったなぁ、オラはモレクだぁ」


「モレク君、俺はイオリだ」


「ちょっとモレク! 急に飛び出していって何なのよ。せっかくいい雰囲気だったのに。げっ! アンタは」


 土の精霊が闇の中から姿を現した。おいおい、なんて格好してんだ。薄い大きめのシャツ一枚で多分だがそれ以外は何も身につけていない。け、けしからんことをしてたのか……。


「き、君たちがここにいるとは思わなかったよ。あの、オゴールもこの村に?」


「うっ、え、えーっと。知らないわよ。私たちも逃げるので必死だったの」


「イオリ、本当なんだぁ。ここはオラの村、空き家ならいくつもあるなぁ」


 この二人にユキのことは伝えないことにする。ノーマが言っていたことに違和感があったからだ。ノーマはディーネが魔族を連れてきたと言っていたが、彼は違う。魔王を恨むことはあってもその味方になるはずのない男だ。様子は変だったがそれだけは確信していた。だとするとまだノーマを信じることができない。この麦わらの青年からは悪意のようなものはまったく感じないのであるが。でも、オゴールは? 意識を取り戻してひとりでどこかに行ってしまったのだろうか。


「そ、そうよ。空き家ならいくつもあるし、この村の人間も喜んで提供するわよ。なんたってここにいるモレク君が、この村に悪さをする魔族をやっつけるって約束してるからね。彼にかかったら、ちょちょいのちょいよ」


 たしか自分たちは弱いと言っていたように思うが、たいした自信だ。まあ、いい。泊まれる場所が確保できるなら何でもいい。


「でも、ノーマ。ユキがいるんだが大丈夫だろうか?」


「ああ、あの子の力の影響ね。それは私に任せなさい。私は守りの結界は得意なの。ユキちゃんの力が外に漏れないようにしてあげるわ。完全には無理だけど村人たちはちょっと気分が悪くなる程度にはできるわよ」


「おお、それは助かる」


 俺の記憶でもノーマは結界術に高い能力があったはずだ。


 俺はユキたちのもとに戻り安全な場所を確保できたことを伝える。アンクウさんはまだあの二人のことを信用しきれていない様子だったが、ユキのこともあって取り敢えず受け入れることにしたようだ。


 モレクとノーマの用意してくれた家はこんな辺境には不釣り合いの立派なものだった。モレクたちもその魔族討伐のためにしばらく滞在するようで。好きなだけいていいということだった。ディーネが死んだことを伝えたが、ノーマにはさほど興味のないことのように見えた。


「私たちは、お母様に何度でも生き返らされるからね」

 

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