第27話 ゲイボルグ

「グウィディオール、やはり貴様か。我が槍に唯一対抗できる男。転生し戻ってきていたとはな。だが、その精霊が連れてきたと考えれば当然か」


「お前は死んだはずだ! たしかに俺の目の前で胸を貫かれて……」


「相変わらずのお人好しか。おい、女神! こっちの人形はもう始末していいな?」


『ええ、お好きになさって構いません』

 

 この声は女神アンドラステか。


「貫け! ゲイボルグ」


「えっ! なぜ、私が……」


 槍が離れたところに潜んでいた水の精霊の胸を貫いていた。そして彼女は疑問を抱いたまま消失する。霧が晴れ、雨も止んでいた。日は既に沈み空は暗く、魔王領との境界は星の有無だけだった。


「土の奴は勘付いて逃げちまったらしい。まあ、ここが終わったら仕留めるがな」


 たしかにノーマとあの麦わらの青年、そしてオゴールを寝かしていたテントも無くなっていた。


『はい、その忌まわしい精霊と男を始末していただけるならいつでも構いません。その男はなぜか前世の記憶も保持している様子。殺せば人形の管理権限を書き換えられることもありませんが、念のため処理しておいてください』


「さあ、賢者殿。俺のために死んでくれ」


「いや、まったく意味が分からないのだけど。俺の記憶では君とは上手くやれていたはずなんだが。理由を教えてくれないだろうか?」


「はあ? おんなだよ女。お前を殺して欲しいって言うからよ。そっちの精霊もな」


「俺たちは親友だったと記憶しているんだが……」


「何言ってんだ? 男と女だったら女をとるだろうが」


 そうか……、それもそうかもしれない。この大英雄様は、かつて結婚するために相手の父親を自害に追い込んだのだったか。だが何かが……、何だこの違和感は。


「じゃあな! 再び死にやがれ」


 鋭い槍の突きを俺は回避する。あのゲイボルグという槍は危険過ぎる。掠ったとしてもその呪いの効果が相手をじわじわと死に追い詰める。集中しなければ。


「君の技にキレが無いのはどういうことだろうか? 昔はもっと鋭かったと記憶しているのだけど」


「うるせえ! 何を知ったようなことを」


「君とは良く訓練したからね。ほとんどの技について手の内は知り尽くしている。その槍は強力だけど扱いが難しいと自分で言ってたはずだ。光の剣か凶槍ならまだ君にも勝ち目があると思うんだが」


「黙れ!」


 炸裂する槍。その必殺技は俺には通用しない。すべて魔法で相殺する。


「では、次はこちらの番だね。これは君も知らない技術だ。東洋の島国に『陰陽師』っていう人たちがいてさ、これは『式神』っていうんだよ。ここに辿り着くまでにいろんな人生を経験したからこんなこともできるようになったよ」


 この世界の製紙技術は思ったよりも進んでいた。あの建国の物語の冊子を無償配布できるほどに。それでグルア王にお願いして結構な量の紙を分けてもらっていた。筆は無いので羽ペンで必要な呪文は書き込んだ。


 無数のポメラニアンが大英雄様へと殺到する。かわいいは正義という言葉が思い浮かぶ。


「がっ、おい! やめろっ! ああ……」


 大英雄は白いモフモフの海に沈んだ。彼が犬に弱いことは知っている。まあ、見た目は可愛らしいワンちゃんなのだが、実のところ俺の魔力の塊だ。身動きが取れるはずもない。


『な、何を遊んでいるのですか! もう、仕方ありませんここは撤退です。これで勝ったとは思わないことです。私は必ずお前たちを殺します』

 

 その声と同時にクー・フーリンの姿が消えた。白いモフモフたちも役目を終えて紙へと戻った。


 振り返るとユキが蹲っていた。


「どうした、ユキ!」


「はあ、はあ……。さっきちょっと掠ちゃったみたいだね。ボクとしたことが……。ああ、大丈夫だよ。『停滞』の力で進行を遅らせているから……」


 そのままユキは意識を失って倒れてしまった。彼女の肩にはゲイボルグによる傷があった。


「おじさん、お姉ちゃんが!」


「コレハ……。コノヨウナ強イ呪イハ知ラヌゾ」


「ああ……。別の世界のものだからね……。たとえ精霊、いや神でもただでは済まないよ。おそらくユキは……、助からない」


 俺はユキを優しく抱き抱える。


 今まで地上を僅かに照らしていた月明かりも厚い雲に遮られて、世界は闇に溶けた。


 

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