第25話 ゲッシュ

「ぐっ、がっ、あぁーーーーっ!」


「大丈夫デアルカ?」


 オゴールが苦しみだす。あの指輪の呪いか、だが俺の知るロスメルタの指輪は世界にひとつしかない。シルフィの持っていた指輪もサラの指輪も複製品なのだろうか。どうやって作ったのかは分からないが呪いの力を強く感じる。


「寄越せ、力を寄越せ、もっと、もっト、モットだァーーーーッ」


「や、やめろオゴール! それ以上はオレが耐えられねえだろうが。あっ、いやっ、ダメぇーーーーっ」


「お姉ちゃん!」


 サラが弾けた。魔力というか存在そのものを吸い取られてしまったのか、ユキの目の前で消失した。


 オゴールの全身の筋肉が異常に盛り上がっていく。骨格も再構築されたのか元の倍の大きさにまでなった。額の角も闘牛のそれのように伸び、肌は赤黒く変色していた。まさに鬼そのもの。


「グヌゥ!」


 アンクウさんが大楯ごと吹き飛ばされる。拳で一発。あり得ない膂力。


「今ノ彼奴ヲ無傷デハ止メルコトガデキヌ。仕方アルマイ……」


 大楯が元の大鎌へと姿を変える。その刃が淡い光に包まれる。


「ちょっと待ってください、アンクウさん!」


 俺は前に出た。ほとんど無意識だった、そうしなければいけないという衝動が俺を突き動かした。


「えっと、オゴール。君さ……。うおっ!」


 かなりの距離があったはずなのに、目の前に巨大な拳が迫る。これって俺、死んじゃう……?


 地面に叩きつけられたのは巨大な鬼の方だった。


「あっ、なんかごめん。つい……」


 俺の身体は勝手に動いていた。いわゆる柔術のような技で相手の力を利用し投げ飛ばした。俺の脳裏には何時代か分からないが長閑な里山の田園風景が想起された。日本で生きてきた時代の記憶も戻っているようだ。


 怒りの感情に支配されている彼に俺の言葉は届いていない。当たれば間違いなく即死の攻撃が次々繰り出されるが冷静に対応する。


「ふむ。これまで君が努力してきたことがよく分かる。よく頑張ったね」


「グルゥルルルゥーーーーッ! ガァーーーーッ!」


 狂ったように雄叫びを上げるオゴールライティス。やはり聞こえてないか……。


 

 

 古い記憶。


 そりゃ、この子を前にして思い出さないはずがないか。

 

「オーガの英雄。君は本当にそれでいいのかい?」


「もちろんだとも、孫のためだ」


「お爺ちゃん、何?」


「いいんだ、お前は知らなくていい」


 俺の前にいるのはオーガ族最強と言われる老戦士オゴールグランディア。人見知りなのか彼の大きな身体の後ろに隠れて俺を覗き見る幼子。この子は未熟な状態で生まれたため手足が思うように動かせない。日常生活はなんとかこなせるが、強さこそが絶対の彼の種族においてそれは致命的なこと。成人までは生き残れないだろうと周りから思われている。


「私の使うそれは魔法ではありません。これはこの世界にはない異界の秘儀。くれぐれも他言せぬよう」


「ああ、もちろんだ」


「あなたの決めた『ゲッシュ』ですが、『戦いにおいて今後死ぬまで一切剣も斧も握らない』と。戦士としては致命的ですが対価としては十分ですね。『ゲッシュ』は誓約であり呪い。この世界には私の祈る神はいませんから、私が代行してあなたの望みを具現化しましょう。あなたに関して心配してはいませんが、もし禁を破ればその報いはその子に向かいます。それだけはお忘れなきよう」


「ああ、俺にはこの孫を守る力さえあればいい。両親のいないこの子が自分で生きていけるようになることが願いだ」


 


 その後、彼はあの最期の瞬間まで仲間を守ることに徹した。素晴らしい大楯の英雄だった。そして、孫のこの子は彼の血を受け継いだようで立派な戦士へと育った。


「打撃は上手くなったね。組技は嫌いだったか。昔、パンクラチオンは両方大事だと教えたはずだけど。まあ、君も小さかったし、俺の姿も昔と違うから何言ってんだって感じだよな。でも、それじゃあ君は勝てない。俺は転生を繰り返してとっても強くなったからね」


 何度も地面に叩きつけられたオゴールは、さすがに動きが鈍くなってきたようだ。


「すまない、少しだけ痛いかも。でも大体検討はついたよ」


 背後をとった俺は、彼のうなじに指を突き刺す。


「グガガガッ!」


「見つけた」


 オゴールは力なく倒れる。


 俺の手にはあの精霊の指輪と同じ怪しく赤く輝く宝石があった。

 

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