第24話 心優しき重戦士の記憶
「サラお姉様!」
「そろそろくる頃だと思ってたぜ。シルフィを仕留めるとは、意外にお前もやるじゃねえか。見直したぜ、冬の精霊」
燃えるような赤い髪の大柄の女がユキに向かってそう言う。この子は火の精霊サラだ。隣にはその彼女よりも大きな男。明らかに人族ではない額に短い角のようなものが二本生えている。鬼? 俺の記憶が彼がオーガ種だと伝える。魔物にもオーガというのがいるが、似てはいるが全くの別物。人のカテゴリーに入る。人族のいうところの亜人の一種である。
「アレハ魔法使イニトッテハ難敵デアルナ。アノ皮膚ハ魔力ノ素、魔素ヲ散ラス。魔法ヘノ耐性ガ高イ。トハ言エ、コノ刃ガ通ルカモ怪シイガノ」
そう言ってアンクウさんが虚空から大鎌を取り出し、前に出る。被っていたマスクを外し投げ捨てた。そしてつば広の帽子を被りなおす。こんな状況でもお洒落は譲れないらしい。意図を汲んだのかオーガの男も前に出る。
「相手にとって不足はねえな。死神とは面白え、一度やり合って見たかったんだ。サラ、構わねえな」
「あんたの好きにしな! オレはあの精霊を狩る」
サラの全身が炎を纏う。
「やめてくださいお姉様! ボクはあなたと戦いたくない」
「ほう、『停滞』の力か。だが『死』の方はどうした? こんな中途半端な縛りがオレに通用すると思ったか、舐めんなあ!」
「ユキ!」
ユキの身体が一瞬で炎に包まれる。
「チッ、やっぱり効かねえか。相性の悪さは仕方ねえな」
炎は徐々にその勢いを失い消えてしまった。ユキの力の前には多くの魔法攻撃は無力と化す。シルフィの風属性は有効なもののひとつであったが、彼女は既にいない。
「どうしてこんなことを……」
「さあな、お母様がお前を殺せと仰るんだ。それ以上の理由はいらねえだろ」
サラの手に炎を纏った剣が出現する。
「お前を殺せるようにって、この魔剣も預かったしな」
そう言ってサラは剣をユキに向けた。
「仕方ないね……。ボクも覚悟を決めたよ。サラお姉ちゃん、ボクは昔のボクじゃない!」
ユキの手にも剣が現れる。それは新雪の白さを思い出させる不思議な雰囲気をもつ剣だった。
「いい顔するじゃねえか! だが、お前はここで死ね!」
ユキとサラの戦闘開始と同時に鬼と死神も動く。
「オラオラオラッ!」
オーガが巨大な戦斧を振り回す。それを悠々と回避するアンクウさん。戦いというより優雅に舞を舞っているように見えてしまう。だが時折り打ち交わされる武器の衝撃音から、その一撃のひとつ一つが必殺のものであると思い知らされる。
「流石ハ勇者トシテ選バレタダケノ事ハアルノ。血湧キ肉躍ルトハ、コノヨウナ感覚ナノダロウナ」
「けっ、骨の癖に冗談を言う余裕があるってか?」
オーガの男の巨大な斧が加速していく。
「我ハ、『アンクウ』ト呼バレテオル。本来ノ名ハトウノ昔ニ忘レテシマッタ。強キ『オーガ』ノ戦士ヨ、貴殿ノ名ハ何ト言ウ?」
「オゴールライティス。集落では『剛腕のオゴール』っていやあ、皆俺の前にひれ伏すぜ」
「オゴール? 貴殿ノ家系ニ、オゴールグランディア、ト言ウ者ハオラヌカ?」
「は!? 何で爺さんの名を……。一族の恥、腰抜けの爺さんは死神の世話になったってことか。てめえの始末ぐらいてめえで着けろってんだ」
「誤解ガアルヨウダノ。オゴールグランディア殿ハ、誠ノ戦士デ有ッタゾ。貴殿ノ何倍モ強カッタ」
「ふざけたこといってんじゃねえ! 俺は一族最強って言われてんだ。恥さらしの盾で守ることしか取り柄の無かったジジイと比べるんじゃねえぞ!」
「ホウ。強キコト、最強デアルコトノ認識ガ狭イヨウデアルナ、童」
アンクウさんの大鎌がカタチを変化させ、巨大な盾へと変化した。あの盾の表面の図柄には見覚えがある。俺の記憶の中の心優しき重戦士がはにかんだように微笑んだ。
「ぐおっ!」
オゴールが吹き飛ぶ。それを見下ろし悠然と佇むアンクウさん。
「コノ大楯ニ手モ足モ出ヌ様子。如何ナサレタノカ、貴殿ノ言ウ最強トハソノ程度ノモノカ」
あの巧みな大楯のコントロール。簡単そうに見えて常人には無理だ。一度本物を持たせてもらおうとしたが重すぎて、地面にめり込むそれはピクリとも動かなかった。アンクウさんの行ったあれはシールドバッシュ。盾を相手に叩きつけるだけの単純な技に見えるが、タイミングがかなり難しい。カウンターとして攻撃が入るととんでもないことになる。あの盾の質量を考えれば、その威力は想像もできない。
「ぐっ……」
「コレハカノ英雄カラ教ワッタ真似事ニ過ギヌ。本物ノ技ハ山ヲモ砕クゾ! ト言ウ我モ実際ニ見タノハ一度キリ。ソコノ賢者殿トノ戦イデ見タダケデアル。殆ンドノ武人ガソノマエニ諦メルカラノ。相手ヲ傷ツケズトモ屈服サセテシマウ最強ノ英雄デアッタゾ、貴殿ノ祖父ハナ」
俺の記憶が、トラウマ級の地獄を思い出させる。いや、あの人は本当は鬼のようだった。たしか俺は全身の骨を砕かれたはずだ。
「やめだ、やめ! やってられるかこんなもの」
オゴールは戦斧を放り投げる。
「な、なにやってんだオゴール、戦え!」
ユキと剣を切り結んでいた火の精霊サラが叫ぶ。
「そんな気分じゃねえんだよ。己の弱さを知っちまったんだ、それに爺さんの偉大さもな。俺は帰って一から修行し直すんだよ」
「そ、そんなことをオレが許すとでも?」
ユキから大きく間合いを取ったサラが右手を掲げる。そこにはシルフィもつけていた赤い宝石の指輪。それから発せられた怪しい光がオゴールを包み込んだ。
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