第23話 女神エポナ

✳︎ユキ視点 約千年前、魔王との戦いから強制転移後


『嫌だ、死ぬまでずっとボクの側にいてくれるって言ったじゃないか!』


 ボクの手はあの人には届かなかった。


「やっぱり送り返されたのね。おチビちゃん」


「ブーディカ……。うっ、う……、あーん!」


 ボクは泣いた。泣いても何も変わらないことは分かっている。でも、大声で泣くしかできることは無かった。あの人の役に立ちたくて、人の使う魔法も一生懸命学んで修得した。苦手な体術の訓練だって頑張った。


 それなのに、それなのにボクは役立たずで、あの人の戦いを見ていることしかできなかった。


「そっか、冬の精霊さんの力でも魔王には通用しなかったのね。それでこの転移魔法。大英雄様も歯が立たなくて、生き残ったのは師匠だけ。そんな感じかしら?」


「う、うん」


「私は止めたのに。本当に馬鹿な人たちだわ」


『ブーディカ、それは言い過ぎではないかのぉ。儂も反対したが、そんな言い方はチビが可哀想だのぉ』


「これは失礼しました。トネリコの大精霊様」


 ブーディカさんが頭を下げる。


「おチビちゃん、大丈夫?」


「シルフィちゃん。ぼ、ボク……」


「うん、うん。お姉ちゃんが聞いてあげる。ディーネお姉ちゃんもサラお姉ちゃんも、ノーマもおチビちゃんのこと心配してたんだから。みんな向こうで待ってるわよ、行きましょ。ブーディカ様よろしいですよね」


「ああ、もちろんだとも。お前達は師匠の作られた人工精霊。冬の精霊の護衛であり、お友だちであり、お姉ちゃんだからね。しっかり務めを果たしなさい」


『その人工精霊という呼び方は賢者殿も嫌がっておったのぉ。普通の精霊としてと扱ってくれと言っておったのぉ』

 

「そうでしたね。つい……」

 


 大切なあの人を失ってから一週間後、女神エポナ様がボクの元を訪れた。


「冬の精霊ちゃん。お久しぶりなのです。元気になったかしら? えっと、まだ難しいですよね」


「い、いえ。エポナ様、ボクはもう大丈夫です」


「まあ、なんて強い子なの。私も見習わなきゃなのです。でも、冬の精霊ちゃんにこんなに悲しい思いをさせてしまったのは、すべて私のせいなのです。賢者さんに魔王を倒すよう願いした私が悪いのです。だから、冬の精霊ちゃん、ごめんなさい!」


「お、恐れ多いです。頭をお上げくださいエポナ様。ボクは何とも思っていないですから」


「こんな私を許してくれるのですね。さすがは私の恋のライバル、いや、親友と見込んだだけのことはあるのです。そんな冬の精霊ちゃんにとても良い知らせがあるのです。聞きたいですか? 聞きたいですよね」


「は、はい」


 女神エポナ様は、誰にでも分け隔てなく接してくれる気さくな女神様だ。見た目はボクと同じくらいの女の子に見えるが、とっても古くからいらっしゃる、とっても偉い神さまなのである。この方がボクを妖精から精霊にしてくれた。人の姿を得てあの人のお嫁さんになれたのもエポナ様のお陰である。


「トネリコが隠していた賢者さんの秘密をようやく聞き出すことに成功したのです」


「あの人の秘密ですか?」


「そうなのです。これは弟子のブーディカも知りません」


「ブーディカも?」


 ブーディカはあの人が異世界から連れてきた女の人で、赤髪の綺麗な美人さんである。初めはあの人の奥さんか恋人だと思っていたが、そうではなくお弟子さんだった。とても若く綺麗な人だが既に旦那様と娘さんを二人亡くしていた。ボクは彼女から言葉や人の文化や生活のあり方、それにエッチなこと。人の子どもの作り方まで教わった。ボクにとってはお母さんのような存在だ。


「そう、一番弟子というか弟子はブーディカだけらしいけど、これはあの女にも教えていない重要機密なのです」


「じゅ、じゅうようきみつ?」


 難しい言葉だけど、なんか凄そうだ。


「賢者さんは、自分が死ぬ直前までの記憶をトネリコに転送し預けていたのです。これがどういうことか分かるかしら?」


「あの人は魂は不変だといつも言ってました。それは、あの人が戻ってくるための……」


「そうなのです。人の身でどうやって神しか知らない魂の真理にたどり着いたのかは分からないのです。でも、賢者さんはそれをある程度自分でコントロールできるようなのです。それで、私なりに調べてみました。本当は特定の魂に干渉することは女神である私でさえ許されていないのですけどね」


「エポナ様が許してもらえない?」


「ええ。【世界の意志】というやつです。これは正直、私にも何なのか不明なのですが、存在することは感じられます。神の権能でもその意志に背く行為は打ち消されるのです。神ですら存在を消されかねません。おそらく消された神は多くいるのでしょうが、それが存在したことすら無かったことにされるようですから……」


「それではエポナ様も危険なのではありませんか?」


「いまのところ、賢者さんの魂の居場所を探るくらいのことは問題ないようです。それで、彼の魂は元いた世界、異世界を循環し続けるようなのです。ですから、彼に会うには世界を渡ることが必要なのです。もしかしてあなたはその秘儀などを教わっているのではないですか? いいえ、教わっていることはトネリコが吐きました。さあ、言うのです。その方法を!」


「エポナ様、ちょっと怖いです……」


「あっ、ごめんなさいなのです。つい興奮してしまったのです」


 知ってる。エポナ様もあの人のことが大好きなこと。慌てて謝っているエポナ様を見てそう思った。


「もちろんです。私だけではまだよく分からないところがあって……。あの人絶対に文字で教えを残さないんです。口伝がドルイド? の伝統だとかで。お陰で方法だけはボクの頭の中にしっかり入っています。エポナ様協力していただけますか?」


 エポナ様と秘密の魔法研究を続けた結果、異世界転移魔法を完成させることができた。トネリコの爺もあの人と再会できる場所と時を占ってくれた。完成させたその翌日、エポナ様はこの世界からお姿を消された。


 ブーディカや優しかったお姉ちゃんたちの私への態度が大きく変わってしまったのもその頃だった。しばらくするとトネリコの爺は切り株の姿になってしまい、もうボクはお家に入れなくなってしまった。


 家を失ったボクはこの世界を彷徨った。


 なぜか人はみんなボクのことを避けた。


 よく石も投げられて、痛かった。


 妖精も遠巻きに何か言ってるけど声は聞こえなかった。


 仲の良かったエルフたちは魔王を恐れてどこか知らないところに引っ越してしまっていた。


 ドワーフの髭おじさんたちもとても深い穴の中に消えてしまった。


 

 そしてようやく、ボクはひとりぼっちだと気づいた。

 

 

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