第22話 魔王領へ向けて
「はあ!? アンクウさんがカワセさん?」
怪しい仮面が上下に申し訳なさそうに揺れる。衛兵さんには出てもらって、詰所は俺たちだけにしてもらった。
彼の説明によると、ユキがアイルランドに転移した後アンクウさんも地球に転移、じゃなくて転生したらしい。あの骨姿ではたしかに面倒である。アンクウさんは魂の扱いに長けており、特殊な方法を使って地球人として転生を繰り返していたようである。
本来の目的はユキのことを見守ることだったのだが、あっちの世界に興味を持ってしまい各地を転々としていたようだ。人間としての今回の身体が終わりを迎えようとしていたので、ユキのいるアイルランドに戻り、そのタイミングで俺と会ったようだ。
これはユキも知らなかったようで、『どうして教えてくれないんだよ!』とアンクウさんは責められていた。
「だから、お爺ちゃんはお爺ちゃんなのです」
ドヤ顔でそう言うアデルちゃん。あのお屋敷での別れ際、アデルちゃんにアンクウさんが耳元で囁いたのはこのことだったらしい。それは彼女もすぐに泣き止む。俺は情景を思い出し納得する。
「孫ノ御願イニハ、我モ逆ラエヌノデアル。故ニ魔王討伐ニ同行スル。孫ノ事ハ我ガ守ルノデ心配ナキヨウ」
「そういうことなのです。よろしくね、おじさん」
してやったりという顔をするアデルちゃん。
「ねえ、ユキ。こんなこと言ってるんだけど」
「ボクもアデルのことはちゃんと守るし、面倒もみる。だからイオリ、お願いっ!」
何か拾ってきた猫を飼ってもいいかな、いいよねお父さん、みたいな感じになっている。いや、お父さんじゃなくて旦那様のつもりではあるのだが、ユキのお願いを断れるわけもなく。アンクウさん同様、女の子には弱いのであった。
あの謎神父のことをアンクウさんに尋ねてみたが、彼は昔助けてくれた恩人であるらしい。アンクウさんは見たまんまの死神さんなのであるが、そのため人族からは特に嫌われている。そんなアンクウさんに定住できる土地を提供してくれたのが、あの神父である。魂を迷わないようきちんとあの世に送ることは大切な仕事だと、教会の教義には反するのですがと言って支援してくれた。それ以上のことは知らないらしい。
ユキも概ね同じようなことを言っていた。困っているときに助けてくれたのだと。自分のことを怖がらない神父を不思議に思ってはいたらしいのだが。
あの絵本を広めたのも謎神父。本当に何者だ。
「賢者様、ユキ様。御武運を」
俺たちは王様たちに見送られて、魔王領へ向かう。アンクウさんの荷馬車に揺られながら進んでいる。
「ここから中立地帯だ。中立といってももうこの先に人は住んでいないよ。エルフもドワーフも妖精もね。魔物が多くなってくるから気をつけないと。あとは、魔族だね」
「魔族か。数は多くはないけど面倒な奴が多かったはず」
魔法に長けた連中との死闘の記憶が俺の頭の中にある。
「連中ハ、身内デモ争ッテオルカラナ。ソレヲ生キ抜イタ強キ者ガ自分ノ縄張リヲ作ッテオル。昔ヨリモタチガ悪イゾ。コレハ、イオリ殿、正確ニハ賢者殿ノ責任デアル」
「俺?」
「そうだね。過去のイオリのせいで魔王は城から動けないって聞いてる。それをいいことに魔族たちは勝手し放題らしい。逆に統制が取れていないから戦争がし辛いんだ。実は国境線は千年前からさほど変化は無いよ。キミは何をしたんだい?」
「えっと、ちょっとした嫌がらせかな。それはいいとして、女神はかなり危機感を煽ってたんだけど実際は違うんだ」
「うん。でも、あの方にはあの方のお考えがあるからね。ボクは女神様を否定はできない。お世話になったからね」
「ダガ、女神トアノ精霊タチニヨル支配デ民衆ハ苦労シテオルゾ。東ノ魔王領ト接スル国ハ防衛ニ専念シテオルガ、西側ハ他ノ人族国家ヘ侵略ヲ進メテオルカラ、ズット戦争シテオル状態ダ。今回コノ東ヘ精霊ヲ集中サセタカラ、ソレモ一旦収マルガノ」
「人は放っておくと必ず争いを始める。領土や信仰、現在だけではなく過去のしがらみを引き摺って同じことを繰り返す。だから自分が人を導くのだと女神様は仰っていた」
「大陸統一。人ノ持ツヨウナ野望ニシカ我ニハ見エンガノ。エルフモドワーフモ、女神ガ亜人ト呼ブ種族ハ皆距離ヲ置イテオル」
「それは……」
「ねえ、ユキ。前の女神様ってどこいったの? 俺の記憶ではエポナ様、あの可愛らしい女神様だった気がするのだけど」
「うん。エポナ様はイオリ達が魔王との戦いから戻ってこなくて、とても悲しまれていたよ。しばらくしてお姿を隠されたんだ。その後、この世界での家畜が産まれにくくなったと言われてるんだ。だからアンクウさんの連れているこのお馬さんは貴重な存在だよ。国でも兵士よりも馬のほうが大切にされてる」
荷馬車を引く馬がこっちを見る。『どう、アタシ偉いのよ』って感じだ。ユキを怖がらないこともそうだが、言葉も理解できるんじゃないだろうか。アンクウさんと一緒にいるだけに侮れないと思う。
植物の緑も随分少なくなり、ゴツゴツした岩が目立つ様になってきた。
「あ、あの……。エポナ様というのはそんなに可愛らしい方だったんですの?」
アデルちゃんが何故かモジモジしながら俺に尋ねる。
「ああ、記憶の中で俺がお会いした時は、なぜか幼い少女のお姿だったが、可愛かったな。大人の姿になったらとんでもない美人のはずだ。まあ、女神様ってそういう存在なんだろうけど」
「ふ、ふぁあっ」
「アデルちゃん!?」
アデルちゃんは恥ずかしそうに後ろを向いてしまった。
「イオリ殿、気ニサレヌ方ガ良イ。偶ニ起コス発作ノヨウナモノデアル。乙女ノ病カノ」
アンクウさんの言い方だと命に関わるような病気ではないらしい。しかし置いてくるべきだったのではないだろうか?
「アンクウさん、もしかして!」
「ユキ、ココハ内密ニ。頼ム」
ユキが何か言ったような気がしたが、馬が鳴いて聞こえなかった。
「あれは! アンクウさん、馬車を止めるんだ!」
前方には精霊の城で見た火の精霊と勇者が俺たちを待ち構えているのが見えた。そして空はその先が魔王の支配下であると示すように、真っ黒に染まっていた。
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