第19話 エルサリオン

『うむ? 兵士が慌てておるのぉ。グルアを呼びにきたようだのぉ』

 

「おう、じゃあ行ってくるぜ」

 

 俺が意識を取り戻すと、グルア王が外に出て行くところだった。思ったほど時間は経っていないようだ。


「イオリ、大丈夫なのか?」


 ユキが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「ああ、問題ないよ。俺の可愛い奥さん」


「き、記憶が戻ったんだね!」


 泣きそうで、それでいて嬉しそうな彼女の顔。


「うん。まだぼんやりしているところはあるけど……。俺が『樫の木の賢者』だったんだね」


『術は成功したようだのぉ。良かったのぉ』

 

「トネリコもありがとう。君には世話になりっぱなしだ」


『そうかのぉ。照れるのぉ』


 家が揺れた。嬉しいのは分かるのだが、ユキとコッカ王が慌てているじゃないか。

 

「君に聞きたいことがあるんだけど……。ちょっと待ってくれ、この感覚は……。何だかお城にたくさんの人たちが押し寄せてきているみたいだ。これは確認した方がいいかもしれない」


 俺は魔法の力を取り戻していた。まだこの身体に馴染んでいないようだが、魔力も魔法も使い方は大体分かる。


 目の前のテーブルに黒いローブが出現した。記憶では俺はこれを着ていた。いかにも魔法使いの衣装という感じだが、トリネコはこれを着て欲しいようだ。袖を通すとピッタリのサイズだった。体型が変わっていないのかこのローブが身体に合わせて伸縮するのかは不明だが、なんだが気持ちが落ち着いた。


 多くの人々の負の感情が城に向けられているのを感じる。俺たちはトネリコが開けてくれた扉から急いで外に出た。



「どうして勇者様が……」


 城壁の上ではグルア王が難しい顔して見下ろしていた。城門の前では衛兵たちが押し寄せる民衆たちと睨み合っている。その先頭にはエルなんとかっていうエルフがいた。精霊シルフィの姿も見えるが民衆からは見えていないようだ。


「エルフの勇者、エルサリオンが告発しよう。この国の王グルア・コナハト20世は悪魔を匿い、あろうことかそれに心酔している」


 彼の叫びに同調し、民衆たちから王への非難の声が次々上がる。


「その悪魔というのは、千年以上前に僕の祖父ジルサリオンがこの地から追い払った『冬の精霊』である」


 続いてどよめきが起こる。


「ボクが悪魔だなんて……。それに彼はもしかして……」


 ユキがそう呟くのを俺は聴き逃さなかった。


「あのエルフの勇者を知ってたの?」


「いや、今気づいたんだ。ジルサリオンのことはよく覚えているよ。口は悪いけどいい人だったよ。ジルの孫は赤ちゃんの頃見せてもらったことがあるんだ。それがたぶん彼なんだ」


「ジルのことは俺の記憶にも出てきた。最高の弓使いだった」


 最期まで愚痴っていたが、その身を挺して聖女を庇って死んだ。ジルとはよく精霊や妖精のことを語り合ったものだ。森でひろったユキのことを相談したのもジルだったな。


「うん。でもどうしてあんな嘘をいうんだろ。人族から嫌われているのは昔からだから気にしてないよ。でも、エルフたちとは上手くやっていたはずだよ。それなのに」


「シルフィか、それともあの女神か……」


「えっ?」


 城壁の下では、エルサリオンの饒舌な演説が続いていた。民衆の中にはクワやスキ、武器まで持ってくる者まで現れ始めている。このままでは死人も出かねない。


「ユキ、お願い!」


「ちょっと、イオリ!」


 俺は城壁から飛び降りた。十数メートルはある高さだが、記憶の中の俺はよくこんなことをやってのけていた。すべて精霊であるユキの力頼みだったが。


「お、お前はあの精霊の!」


 俺は無事フワリと地面に降り立った。ユキの『停滞』の力は自由落下にも影響を与えられる。ちゃんと俺の行動も覚えていてくれたようだ。見上げると城壁の上で拳を振り上げて怒っているユキが見える。驚かせたようだ、後でちゃんと謝ろう。


「女神様との謁見以来ですね。それで勇者様はこんなところで何をしていらっしゃるのですか? ノロマな私たちとは違って魔王討伐に向かわれているものと。いや、もしや魔王を既に倒してしまわれたとか!? さすがは英雄ジルサリオン様のお孫さん、敬服いたします」


「き、貴様っ!」


 俺が馬鹿にしているのが伝わったようだ。顔を真っ赤にして怒っている。これではイケメンが台無しだ。彼の後ろからは『何だアイツは』という視線が俺に向けられる。俺は仕事で大勢の前で話したりすることもあったが、ちょっとこれは違う。完全アウェイで壇上に立つとこんな気分なのだろうか。


「あのですねー、何か誤解があるようなのでご説明をと思いましてー」


 とりあえず先に頭を下げておく。会社でもよくクレーム対応をさせられていたからこういうのは得意だ。たぶん。傾聴や共感が大切だと教わった気がする。


 俺への罵声が大きくなっていく。えっと、これはカスタマーハラスメント、カスハラ案件か。どうする、俺。


「民衆は僕の味方のようだね。お前も分かっただろ、正義はこちらにあるんだ。分かったらあの精霊を呼ぶんだ、僕がこの手で鉄槌をくだす。きっとお前たちは魔王の手先か何かなんだろう」


 さらに後方からは『殺せ! 殺せ!』の大合唱が沸き起こる。


「そんなわけないでしょう。それにアナタではユキに触れることすらできませんよ」


「はあ? 何だと、僕を愚弄するのか! 僕は天才、愛するシルフィに選ばれた勇者なんだぞ」


 たしかに彼は強い。だが、それは人の範疇においてである。本気のユキの前では『死と停滞』の力で動くこともできないはずだ。そうか、民衆の前にユキを引き摺り出して恐怖の感情を植え付けることが目的なのか。


『エル! とっととその男を殺してしまいなさい。そうすればアレも出てくるしかないでしょう』 


「そうだね、シルフィ。君のいう通りダ。ソレガタダシイ……ニ……チガイナイ」


 前に会ったときは気づかなかったが、今なら分かる。彼は洗脳されている……。

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