第20話 シルフィの退場と謎の神父

 エルサリオンの身体が薄い緑の光に包まれる。これはシルフィからの魔力供給か。うっすらと二人の間に線のようなものが見える。パスを繋いでいる。そう俺の記憶が教えてくれた。これは供給過多だろう。彼の目や鼻や口から血が垂れてるよ。


「風刃、風槍」


 彼の周りに光る刃や槍が無数に展開する。風属性の魔法攻撃、躱せば後ろの兵士さんたちが細切れにされる。


「死ね。死ネ、シね、シネ、シネ、シネ!」


 予想は大きく覆される。俺を狙っているというより、コイツはあたりかまわず攻撃を撒き散らし始めた。


「ユキ!」


「分かった、でも持って十秒だよ!」


「充分だ」


 エルサリオンの射出されようとしていた魔法が再び空中で停止した。俺はそのすべての数、位置、術式を把握、解析。同質同数の魔法を放ち、動き出す前に一気に相殺した。


『な、何なのアンタは! 魔法を使えるなんて聞いてないわよ。エル! 魔王討伐用の取っておきを使いなさい! コイツやアノ精霊、それにあの城ごと吹き飛ばすのよ』


「うん、それがイイ。ボクノトッテオキ。偉大ナル祖父、オジイチャンノ技ダ」


 もう彼は壊れてしまっている。自らの器を超えた魔力が脳を破壊したのか、それとも洗脳の後遺症なのかエルサリオンが普通でないことが分かる。


「イクゾ、マオウノテサキ。奥義【フェイルノート】!」


 彼の手に膨大な魔力が集まり弓の形になる。エルサリオンがそれを引き絞ると同時に眩い光の矢が形成された。城が吹き飛ぶどころではない、これは大地が灰と化してしまう。


『邪魔者は死ねばいいのよ。冬の精霊、男と一緒に消え去りなさい! フフッ、私が精霊女王になるのよ』


 勝ち誇った顔のシルフィ。


「えっと、それはないな」


 俺も弓を引く真似をする。


『はんっ? 馬鹿なのアンタ。私の魔力のほとんどをブチ込んだ攻撃に抗えるわけないでしょ』

 

「神技【真フェイルノート】!」


 エルサリオンが矢を放つと同時に俺からも魔法の矢が放たれる。


 すべてが白い光に覆い尽くされた。


『はっ!? 何なのよ……これは』

 

 ジルの本物の【フェイルノート】には遠く及ばないが、相殺するには十分だったようだ。エルサリオンは身体中から盛大に血を吹き出し倒れた。


「シルフィ、すまないが俺も同じ技が使えたんだ。さあ、これはどういうことか説明してもらおうか?」


『に、ニンゲンの分際で私の名を気安く呼ぶな! こうなったらコイツらを使ってこの国を血で染めてやる。すべて冬の精霊のせいにすればいいのよ。アレさえこの国から追い出せばまだ私にもチャンスがあるはず。男はまた別のを見繕えばいいわ。ああ、何て私って賢いのかしら』

 

 気でも狂ったか? もうシルフィには存在を維持するだけの魔力しか残っていないはずだ。


『私にはお母様から与えられた神器があるのよ。さあ民衆よ私のために踊りなさい。私に歯向かうあの者たちを殺すのです。ええ、そしてみんな死ぬまで殺し合いなさい!』

 

 シルフィが右手を挙げる。指に嵌められた指輪が怪しく輝き出す。


「ロスメルタの指輪か!? 何であれを持っている!」


『ん? なぜお前が知っている。誰も知らぬ忘れられた女神の名を……。まあいい、ここを逃れてもどうせ姉様たちに殺されるであろうし』

 

 民衆たちが魅了の魔法で支配された。手に落ちていた石や棒を手にしてフラフラと前進を始める。女や老人も含まれた大集団を前に、どうしていいか分からない兵士たちは後退し始める。


「退け、一旦引くんだ!」


 城壁の上からはグルア王が叫んでいる。


 俺はあの指輪の解析を試みるが、俺の記憶はアレは無理だと告げる。魔法ではなく呪い。魔道具ではなく神レベルの呪具だった。


 どうする? シルフィを殺すしかないのか? いや、殺したところであの呪いは解けるのか? あの女神と敵対することになるが、その時ユキは……。


 俺が逡巡しているとどこからか歌声が聞こえてくる。子どもたちの声だ。これはシャンノースか、アイルランドの伝統歌唱に似ている。


 民衆たちの動きが止まった。


 あれは俺とユキを歓迎してくれた孤児院の子どもたち。神父に連れられて歌いながら歩いてくる。あの歌声が呪いを抑えているのか?


「子どもたちがイオリさんと精霊様にまたお会いしたいとせがむもので……。おや、これはお邪魔でしたか?」


 この神父、絶対におかしい。俺の本能が強く警戒を促す。この状況を見て惚けられる胆力、何者だ? だが、歌い終えた子どもたちがに洗脳されているような形跡は無い。俺や城壁の上のユキを見つけて無邪気に手を振っている。歌が終わっても民衆たちは微動だにしない。これはこの神父が何かしているのか……。


「ああ、これは大変です。大人たちが固まってしまってます。うーん、呪いでしょうか? では」


 パンッ、と神父が両手を打ち鳴らす。


「な、何だ? 俺たちは……」


 民衆に掛かっていた指輪の呪いが一瞬で解けた。


「さあさあ皆さん、もう夕方ですよ。帰りましょう」


 神父がニコニコしながら人々に声をかけていく。精霊シルフィもこの神父に警戒しているのか動かず、無言で見つめている。


「そちらの風の精霊様もお帰りくださいね。あなたは邪魔です」


 神父の顔から一切の表情が消えた。


『貴様、この状態の私が見えているのか? それに嫌な匂いがする、何だオマエは!』

 

「何と申されましても、どこにでもいる唯の神父に御座います。ああ、これだから作り物は……」


 パン!


『ぎゃっ!』

 

 神父が再び両手を打ち鳴らすと同時にシルフィが消えた。というか潰れて消滅したように見えた。


「えっ!? もしかして……」


 王都の大人たちが居なくなった城門前にユキが降り立つ。ユキの力の影響で腰を抜かす兵士もいたが、多くは既に心を開き彼女の存在を受け入れたのかしっかり立っている。『ユキ様かわいい!』『俺の嫁に!』などと聞こえるが気にしない。ファンが増えるのは良いことだ。


「これは麗しき精霊様」


 神父は恭しく礼をする。


「キミはレンブラント神父だよね。どうして千年前から変わってないの? というかどうして生きてるの?」

 

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