第18話 記憶の断片

✳︎『本』の力による回想の回です。


「グウィディオール! すまん、俺はここまでだ。まさかこの槍が通じぬとは……」


 胸に大穴を空けられた親友が俺の前で崩れ落ちる。グウィディオール、そんな名前だったな。名前で呼ぶのは君だけだった。みんな賢者とか師匠とか、ユキでさえ……。何てよんでたっけ? まあいい。さて戦友たちの亡骸の向こうにいるアレが『魔王』なのだろうか? 


 これは俺の記憶だ。最後まで正義の人だった尊敬すべき勇者も、無口で人見知りな大楯の重戦士も死んでしまった。皮肉屋で理屈っぽいエルフの弓使いも、誰にでも優しくちょっとエッチな美しい聖女も死んだ。最後の頼みの綱だった同郷の半神の大英雄も今。


「最後に残ったのが非力な魔法使いのこの私だとは、これは絶望的だね」


『ぼ、ボクもいるよ……』


「ええ、そうですね。おチビちゃん、いや、私の可愛い奥さん」


 俺の隣にいる少女はユキなのか、今より幼いな。アデルちゃんと同じくらいの歳の女の子に見える。


「親友の大英雄とエルフの悪友以外は君のことが知覚できなかったので、その可憐な姿を彼らに見せてあげられなかった。それだけが心残りです……」


『ボクも最後まで戦うよ。キミは絶対に死なせない!』

 

「でも、君の力はアレと同質。まったく通用しなかったじゃないですか。だから、私の可愛い奥さん、君はひとりでお家に帰ってくださいね」


 ユキが虹色の光りに包まれる。


『こ、これは転移魔法じゃないか! 嫌だよ、逃げるなら一緒に』


「魔力に余裕がありませんし、アレには温厚な私も腹が立っているんですよ。ちょっと、嫌がらせをしてやろうと思うんです。君のことはトネリコの精霊さんと私の弟子に託すので安心してください」


『嫌だ、死ぬまでずっとボクの側にいてくれるって言ったじゃないか!』


 ユキの手が俺に伸びるが俺には届かない。彼女はその叫びを残して俺の前から消えた。


 ああ、そうだったな……。あの時は辛かった。


「さて、魔王。私はどうみても役立たずの老人に見えるかもしれませんが、気持ちはとても若いままなんですよ。これも愛しい奥さんのお陰なんですけどね。ふふっ、最期に惚気てしまいました」


 魔王の姿が思い出せない。見えているはずなのに靄がかかったように認識が阻害される。過去の俺に何か言っているのか、それとも沈黙しているのかも分からない。


「これから私が使うのはこの世界には無い異界の秘儀です。この術理を知らないあなたは、この呪いを解くことはできません。私の魂ごと葬り去ればもしかしたらですが、今のあなたは随分消耗している様子。無理でしょうね」


 過去の俺が樫の木の杖を構えて詠唱を行う。禍々しい気配があたりを包み込んでいく。


 そこで俺の記憶は途切れた。



 次に見えてきたのは、薄暗い森の中を歩く俺の姿。


「このあたりでしょうか?」


 シクシクと泣いている声が聞こえる。


「妖精? どうしたのですか小さなお嬢さん」


 妖精は俺の顔を見て泣き止むと、不思議そうな表情でこちらを見ている。


「あー、うーっ」


「ん? おかしいですね、妖精さんは生まれて直ぐに言葉を解し使えるはずなのですが……。申し訳ありませんがここに手を乗せていただけませんかね」


 言葉が通じたのか、意図を汲み取ったのか、俺の差し出す人差し指にその小さな手で触れる。


「ふむ、ひとりぼっちで寂しかった。みんな自分のことを避けて、他の妖精から虐められていたと……。ああ、奇遇ですね。私も似たようなものなんですよ。どうです? 私とお友達になりませんか」


「あー、あー!」


「そうですか、良かったです。断られたら落ち込んで寝込んでしまうところでした。実は私の人生で初めてお友だちとしてお誘いしたのですよ。お友だちではありませんが一応ひとり同居人がいますので、ご紹介しますね。さあ、こちらへ」


 あの妖精はユキだ。俺はこの森で初めて彼女に会ったんだ。



 様々に浮かんでは消えていく記憶の時系列が曖昧だ。


 ここは戦場?


 灰色の空の下、無数の戦士たちの死体が荒野を埋め尽くしている。


「師匠……」


 赤髪の女性が俺を見て呟く。


「君の始めた戦を止めにきたはずが、ついカッとなってしまった。ブーディカ、済まない。君についてきた味方もすべて殺してしまった。全滅だ」


「いいえ、私はここで死ぬ運命でした。これまでの戦いで多くのローマ兵を殺し、同時に多くの同胞も私のために命も失いました。最愛の夫も娘たちももういません。どうぞこの罪深き私も師匠の手で……。お願いです、私も殺してください」


「そんなことできないって分かってるだろ。ああ、参ったな……。そうだ、私の唯一の友、セタンタのことは知ってるだろ。彼が異界への行き方を教えてくれたんだ。どう? こんな悲しい世界を捨てて一緒に行ってみないか? 彼はこっちと変わらないと言うんだが私は人見知りだろ、知り合いがいてくれたら心強いんだけど……」


「あ、あの……。師匠はあの神話の英雄様と……」


「あれ? 知らなかったっけ。じゃあ紹介するよ、来てくれるよね」


 なんだろう、この記憶は。


 断片的な記憶の映像は、俺を混乱させる。場所や時間もバラバラでランダムに浮かんでは消えていく。徐々にその再生速度が上がっていき、もうただ眺めて受け入れていくことしかできない。


 少なくとも俺の魂は人として何度も生まれ、何度も死んでいることをそこで理解した。

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