第17話 私へ

「なんかごめんね……。コッカ、グルア」


 申し訳なさそうな顔をして謝るユキ。


「いえ、頭をお上げくださいユキ様」


 最後に王の間で、王家のメンバーが揃って俺たちへの顔見せをしていたのだが……。やはりというか、想定通りというか王妃様やら王太子様やら次々と倒れていった。結局残ったのは王様二人。


「いや、でもボクのせいだし」


「いいや、身内の者たちがこんなに精霊様への信仰が薄かったとは……。反省するしかないなあ」


 グルア王が頭を掻いている。


 中々に心を開くというか、本能的に恐れを感じるものを受け入れるというのは難しいことのようだ。


「お詫びと言っては何ですが、お二人のお探しの場所に心当たりがございます」


 コッカ王がそう言う。


「そこには俺が案内するぜ」


 立ち直ったグルア王が元気な声で続いた。



 俺とユキが連れてこられたのは、城内に作られた祠のある場所だった。


「まさか……」


「この中に神話の『トリネコの木』の切り株があります」


 あの絵本にでてくる老木のことか。


 祠の扉の前でグルア王が何か呟くと封印的な何かが解けたのであろうか、薄く緑色に光りひとりでに開いた。中は光る何かの鉱石が隅に配置されてうすく照らされていた。


「これだよ! これ。こんなところにあったんだ。これじゃ、さすがのボクにも見つけられないな。そうだよね、イオリ」


 はいはい、君の方向音痴が原因ではありませんよ。探し物が見つかって満足げなユキの顔を見た俺は、そう心の中で呟く。


「ですがこの切り株。何らかの魔法処理がされているようです。長きに渡り、優秀な国の魔導師たちが解明に努めてきましたが、お手上げでした。ユキ様、これは何なのでしょうか?」


「ふふーん。キミたちでは無理だね。これはあの『樫の木の賢者』様の魔法だよ。ボクですら理解できないんだからね」


 理解できないって言いながら、とても嬉しそうである。


「そ、そうですか。精霊様であっても……。ではそちらの賢者様が」


 げっ、これは俺がニセ賢者だとバレる展開ではないか!? どうする、どうすればいい?


「イオリ、ここに手を置くんだ」


「え?」


 戸惑う俺の手をとったユキは切り株の上へ乗せた。


 すると何かが吸われていく感覚。魔法陣が表面に浮かび上がる。


「これは!? 切り株ではないのか」


 グルア王が叫ぶ。


 そう、切り株だった物が形を変えていく。


『お主ら、少し離れてくれるかのぉ。この邪魔な箱も壊すがいいかのぉ』

 

「は、はい!」


 グルア王が切り株から聞こえてきた声に返事をした。

 

 俺たちが祠の外に出ると、メリメリとその外壁が崩れていく。切り株だった喋る何かは、木造りの家になった。たしかに賢者様の家っぽい古めかしい感じだ。


「ああ、ボクたちのお家」


 ユキが呟く。


『久しいのぉ、賢者殿。そこにおるのはチビかのぉ』

 

「もうっ! チビじゃないよ。いつのこと言ってるんだい? ボケたのかい爺。精霊になった時に教えたよね、『冬の精霊』だよ。そして今は『春の精霊』で名前はユキだよ」


『何と! 賢者殿が名を与えたのかのぉ。良かったのぉ、本当に良かったのぉ』


「えへっ。そう? 爺も喜んでくれるのかい?」


『これでチビも、賢者殿とずっと一緒じゃのぉ。ずーっとお嫁さんじゃ』

 

「だからチビじゃないって。でも、爺の占いのお陰でイオリに会えたから、それは感謝だな。まあ千年もかかったけど」


『精霊のくせに細かいことを言いよるのぉ。人の姿をしておると時間の流れの感じ方もそちらにひっぱられるのかのぉ』


 木の家とユキの会話という不思議な光景を俺と王様たちは眺めているしか無かった。家の窓とか入り口の扉とか、もう顔のパーツに見えていた。


『ほう、そこの人間たちは儂の小枝を持っておるのぉ。歓迎するぞお主たちも入るがいいのぉ』


 口の部分にある扉が開いた。


 俺はユキの後に続いて入る。後ろからコッカ王とグルア王もついてくる。


 中は何も無かったが、俺たち全員が入ると扉が閉まり、目の前に丸テーブルと椅子が四脚現れた。


「爺、ありがと。後、イオリに例の物を出して」


『そうじゃったのぉ。ほぉれ!』


 木の家の声と共に俺が座った目の前に分厚い本が現れた。その表紙には『私へ』と例の古代文字で書いてある。


「賢者様はいつも言っていたんだ。肉体は死んでも魂は死なないってね。いつかここに帰ってくるってボクと約束してくれたんだ。これは自分が戻ってきたときのための本だって言ってたよ」


「それは、俺が……。そういうことなのか?」


 ユキは俺を見て静かに頷いた。


 恐る恐る目の前の本に手を触れて、表紙を開くと俺の意識はその中に引き摺り込まれた。

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