第16話 歓待
「我が名はコッカ・アルスター」
「俺はグルア・コナハトだ」
二人の金髪の男たちは名を名乗る。年齢的には俺より上に見える。ガッチリした体格に精悍な顔つき、この二人も戦士なのだろう。
「コッカとグルア……。あっ!」
「お気づきになられたようですね、偉大なる『冬の精霊』様。我らの名は建国の神話に基づき、代々の王が継承することになっております。北の国を私が、そしてこの南の国をこのグルアが治めております。精霊様におかれましては、この名に聞き覚えがあるものと判断いたしました。おい、グルア、あれを」
「おう!」
二人は何かを取り出すとユキに差し出した。小さな木の棒に見える。
「ああ、懐かしいね……。トネリコの短杖だ。するとキミたちは、あの子たちの子孫なのか。うん、よく似ている。まるであの子たち、キミたちのご先祖様に再会したんじゃないかって気さえするよ」
「有り難きお言葉。するとそちらの御方は『樫の木の賢者』様でございますね」
コッカさんが、俺の方を見てそう言う。賢者?
「うん」
えっ? ユキさん今『うん』っていった? だって今の会話からするとこの人たち王様なんでしょ。いくら安全のためと言え、王様に嘘はいけないでしょ。
「あ、あの……」
「私の城にてご歓待の準備ができておりますれば、是非!」
ニコニコ顔のグルアさんに手を引っ張られて、俺は連れていかれる。ホッとした顔のコッカさん。ユキも楽しげに俺を見ている。何がどうなってるんだ?
「凄いねこの馬車。ボクの力が完全ではないにしろ外に漏れるのを防いでいる。ああ、オリハルコンがパーツに使われてるんだね。よくもまあこれだけの量を集めたものだよ」
俺たちは今馬車に乗せられて『南の国』の王都の道をゆっくりと進んでいる。グルア王は先に城に走り準備をしているらしい。俺たちの前には『北の国』のコッカ王が笑顔で座っている。
「初代の日記や当時の伝承など、王家は秘密裏に賢者様と精霊様のことを研究しておりました。表に出せない歴史もございますので、女神アンドラステ様にも知られぬよう動いておりました。王家は『冬の精霊』様が建国の精霊様であると結論づけましたが、お姿を隠されておよそ千年。我々は代々諦めることなくお迎えする準備を進めていたのでございます」
「そうなんだ。えっと、今のボクの名前はユキだよ。でも、そんな危険な事よく続けられたね。『冬の精霊』なんて人族にとったら一番の嫌われ者だ。王家がそんな精霊を信奉しているなんて知られたら暴動が起きかねないよ」
「ははっ、さすが建国の精霊様。いや、ユキ様。これはお厳しい。我々は女神様に思うところがありますし、民に見放されるならそれもいいでしょう。まあ、地味ではありますがこういった活動も行っております」
コッカ王が薄い小さな冊子のような物をユキと俺に手渡す。
「これは絵本?」
「ええ、この数百年で製紙技術も進歩しました。どういうことか教会も乗り気になっていまして、女神様のお言葉をまとめた聖書とともに、この冊子を積極的に無償配布しております」
俺も開いてみる。彩色は無いが子ども受けしそうな可愛らしい絵にやさしい言いまわしの短い文。登場するのはコッカとグルアという二人の少年。国民からしたら北と南の王様のことなのは明白だ。つまり建国神話の絵本である。妖精と賢者も出てくるが特に何かをするわけでもない。この妖精さんはユキなのか。うん、なかなかに可愛らしい大切に保管するとしよう。
「何故か主人公よりも妖精さんが、子どもたちに人気でしてね」
コッカ王が苦笑いする。
馬車がお城の門を通り抜けた。大きな旗が風になびいていた。コッカ王によると旗に描かれているのは国章。国を象徴する紋章だ。二本のトネリコの枝が交差している。もうこの国にはトネリコの木は無いらしいが、国民は建国神話に登場するその木を神聖視している。
馬車の窓から見える緑の絨毯。シャムロック、三つ葉の草がお城の方まで一面に生えている。小さな白い花がちらほら顔をのぞかせているのも可愛らしい。
大きなお城の建物の前で馬車が停まる。俺たちが降りるとたくさんの子どもたちに囲まれた。
「ようこそ、精霊様、賢者様!」
俺よりもユキの方が驚いた顔をしている。
「あわわ。ね、ねえ、イオリ。こ、これはどうすれば……」
無邪気な子どもには『冬の精霊』の力は働かない。そういうことも王家はちゃんと把握していたようだ。アデルちゃんへの対応で子どもの扱いは上手いと思ったのだが、子ども達に囲まれるという経験が無いのかオロオロしている。
「精霊様、かわいい!」
「おじさんが賢者様なの? お髭も無いし、なんかちがーう」
おっ、身体が重い……。やんちゃな男の子達が器用に俺によじ登ってくる。
「ぐっは」
俺は子ども達に押しつぶされた。
子ども達が演じる例の絵本をもとにした劇を見て、次は子ども達の歌が披露されようとしている。ユキはさっきの劇を見て感動して泣いていた。子ども達の一生懸命に演じる姿に心打たれたのだろうか、それとも昔のことでも思い出したのだろうか。
演奏とともに子どもたちの歌が始まる。
「これはダニーボーイか」
歌詞は異なるが曲は北アイルランドの国家の一つにもなっているロンドンデリーの歌、ダニーボーイとも呼ばれる有名な曲そのものだった。こっちに渡った勇者の誰かが伝えたのだろうか。哀愁漂うメロディーは、故郷を失ったと言ってもいい俺の心にも深く響いた。
最後は子どもたちとのお食事会だった。聞いてみるとみんな孤児たちのようで、普段食べられない料理を前に大騒ぎになっていた。ユキは小さい子の口の周りを拭いてあげたり、食べさせてあげたりと、まるで有能な保母さんのように動き回っていた。
やはり大人は長時間ユキの力の範囲にいるのは辛いようで、何人も交代しながら動いていた。例外はあの二人の王様で、子どもたちと一緒にずっとじゃれあっていた。子どもたちは彼らが王様だとは知らないようで、結構ムチャな感じではしゃいでいた。
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