第15話 膝枕

「おかしいな。絶対この辺りだと思ったんだけど、やっぱり千年も経ったら地形も変わっちゃうよね。えへへ」


 うん、そんな気がしてた。


 でもユキの笑顔を見ていたら、ずっとここで彼女の言う『賢者様のお家』なる場所を探し続けていたい気持ちになる。このままここでやり過ごせばユキも死ななくて済む。勇者様たちが次々と倒された不敗の存在、それが魔王。彼女は魔法を使えるが、『冬の精霊』の力には知る限り魔王に対抗できるような攻撃手段は無い。ユキが取るだろう行動は分かり切っている。


 特攻だ。


『黒の悪魔』の時と同じく、ユキは己の存在を犠牲にして自爆攻撃を敢行することが予想できる。あの時死なずに済んだ理由は正確には分かっていない。彼女によると精霊は『愛』という人間の持つ無限の力に触れることにより大きな力を得るらしい。それが自分の精霊としての進化のタイミングと重なって『再生』したのではないかと言っていた。


「ユキ、そろそろお昼にしようか。君に教わった初級魔法で仕留めた、俺の初めての獲物もあるし」


 こっちの世界にきて俺はなんと魔法を使えるようになったのだ。魔法と言っても初歩の初歩のものなのだが、この奇跡の現象の修得に俺は夢中になっていた。


「火を起こしておいてくれるかな。えっと、道具はこれとこれがあればいいかな」


 目の前に突然現れるキャンプ用品。


 これはユキの空間的にアレな不思議魔法である。魔法自体が俺にとっては不思議そのものなのだが、その使い手である彼女が不思議だというレアな魔法である。


「この魔法はイオリにはまだ早いと思うよ。ボクもこれを再現するのに気が遠くなるくらいの年月を費やしたからね」


 ユキが言うには、大昔にいた偉大な賢者様が使っていたという魔法らしい。基本的に精霊は、人間の魔法使いが使うような魔法は使わないらしい。自分の属性の力をこの世界に具現化する。あのムカつくシルフィの放っていた暴風みたいなのが精霊の使う魔法である。


「火よ! ……。燃えろ! 着火! ファイアーーーーっ!」


 ポッと小さな火種が出現した。俺はそれを消えないように乾燥した木片に移す。


「えっと、言葉は何でもいいんだけど……。イオリはアニメとかラノベとかで魔法の知識はあるよね。ボクもあっちの世界でネットを使うようになって驚いたのだけど、ある意味あれは魔法書だ。お陰で賢者様の魔法の再現のヒントをたくさんもらえたよ。大切なのはイメージだっていうのはイオリも知ってる基本だよ」


 ユキのアイルランドでの生活はほぼ引き篭もりのそれだった。彼女の力は人を遠ざける。というか首都のダブリンなんかに昼間に行こうものなら一瞬で都市機能が麻痺する。


 ユキの住んでいたあの家があった村は、妖精や精霊への信仰の強い地域であり、村人たちは彼女を精霊として受け入れていたので特に問題は無かったようだ。さすがは妖精の国アイルランド、道端に『妖精注意』の看板が当たり前のようにあるだけのことはある。


 そんなユキのお気に入りがインターネットである。黎明期からのネットの住人である彼女のオタク知識には俺も唸らされる。実は有名な動画配信者様で世界中に彼女の熱烈な視聴者がいるらしい。ユキの『死と停滞』の力は仮想空間に影響することはなく、普通の女の子として過ごせる唯一の場所でもあった。ネットを通じて知り合った仮想世界の住人は彼女にとって初めてできた友達である。


 だからあっちの世界もユキにとっては命を賭けても守りたい大切な場所なのである。

 

「ユキがそう言うから、俺もそのつもりで頑張ってるんだけどなあ」


「大丈夫、イオリならどんな魔法も修得できるはずさ」


 そう言ってユキは、水の入った鍋を火にかけて切り分けた野菜や肉などの具材を放り込んでいく。俺の全力の『フレイムインフェルノ』という名の小さなファイアーボールにたまたま当たってしまった、見た目がニワトリな謎生物の焦げた肉が鍋の中に浮かんでいる。


「この肉って食べられるの?」


「コッコはこの国では一般的な食材だね。だいたいが家畜だから、何処かから逃げてきた個体だろうね。人里が近いのかもしれない」


 俺の初討伐は魔物ではなく家畜のニワトリさんだったようだ。


「結構いけるね、この鍋料理」


「このあたりで見つけた香草が肉の臭みを消してくれてるからね。本当なら何時間も掛けてドロドロに煮込んだ方が美味しいんだよ」


「そうなんだ。でも、こうやって外でする食事ってなんかいいよな」


 腹一杯で何だか眠たくなってきた。


「イオリ、どうぞ」


 隣に座るユキが俺を引っ張る。彼女のなすがままに俺は横になる。あらま。こ、これは膝枕ではないですか。


「あたたかい……」


「キミはこれが好きだからね……」


「ん?」


「いや、何でもない。今のは忘れてくれ。えっと……、気持ちいいだろ。あたりの警戒はボクに任せてくれ、イオリはぐっすり眠ったらいいからね」


 日差しもポカポカしてて、ユキの体温も気持ちいい。これはいいものだ……。




「イオリ! イオリ、起きてくれ」


 ユキの声で目を覚ます。すっかり寝込んでしまったようだ。ヨダレとか大丈夫だよな俺。ぼうっとした頭で身体を起こすと遠くにズラっと並ぶ馬に乗った騎士や兵士たち。


「なに、何なんだ?」


「あの隊長、軍隊を呼んできたみたいだね。どうしてこうなるかな」


「はあ!? 戦争でもする気なのか!」


 女神と精霊というのは、この国において敬うべき存在だとユキから聞いていたのだが、話が違う。


「仕方ないないね。イオリを傷つけようとする者はボクの敵だ。容赦はしないよ」


 スッと立ち上がったユキの横顔が怖い。これは本気で怒ってる。


 騎士の乗る馬が暴れ出し、何人も振り落とされるのが見えた。兵士たちもへたり込む者が多数。『冬の精霊』の力が発動しようとしているのが俺にも感じられた。


「ま、待ってください! 誤解であります、精霊様!」


「だろ、だから俺たちだけで良いって言ったのにな」


 二人の男がこちらに両手を挙げて歩いてくる。服装からして兵士や騎士では無く、指揮官とか貴族的なそういう偉い人っぽい。武器は身につけていないように見える。


「キミたちはボクが怖くないようだね」


 俺たちの前で跪く二人に、ユキはそう声をかけた。


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