第14話 ユキがでるよー

「たしかこの辺りなんだけどな……『賢者様のお家』」


「ユキ、落ち着いて思い出せばいいからね」


「ん? もしかしてイオリはボクがまた道に迷うとでも思ってるのかい? この前はちゃんと一発でアンクウさんのトコに行けたじゃないか。たった一度の失敗で人の評価を決めてしまうのは良くないと思うのだが」


 この可愛らしい精霊さんにとって、自分の家が更地になっていたのはノーカウントのようである。


「そんなつもりで言ったんじゃないよ。でも、ここは気持ちのいい所だ。大勢でサッカーなんてしたら楽しいだろうね」


「ボクは団体競技は苦手だな。あっちの世界ではテレビで観るのは好きだったけど、お勧めはゲーリックゲームズだね」


「ああ、アイルランドの手も使うサッカー、いやフットボールか。あとはハーリングだっけ? スティックにボール乗せて走ったり、投げたり打ったりするやつ」


「良く知ってるじゃないか。ハーリングはかなり昔からあったね。トゥアタ・デ・ダナーンの民がフィルボルグの連中をハーリングでやっつけた試合はいまでも覚えてるよ。あれは興奮した」


「それってどれくらい前の?」


「えっと、西暦でいうと多分、紀元前……」


「あっ、もういいよ。とんでもなく昔のことだって分かったから」


「そうなの? 他にもね……」


 ユキのハーリング話が延々と続いた。ほぼ神話の時代の話である。文献すら存在しないのではなかろうか。そんな歴史的に貴重な内容をじっと俺は拝聴するのだった。


「あっ! イオリ、動かないで。話に夢中で周りを警戒してなかったよ。ボクたちは囲まれているようだ」


「えっ? 魔王領まではまだ距離があるっていってなかった?」


「うん。ここはまだ女神様の領域。人族の国なんだけどね。魔王領にも比較的近いから……」


 甲冑に身を包み、槍を構えた兵士たちが四方から距離を詰めてくるのが見えた。


「怪しい奴! 武器を捨てて両手を地面につけろ!」


 あれ? 知らない言語のはずだけど何故か意味が分かるし、多分話せる。これってアイルランドのゲール語っぽい。そういえば女神様やあの精霊とイケメンエルフの時は意味が直接頭の中に伝わってきた。おや? アンクウさんって日本語話してなかったか? こんなピンチにも関わらず、俺はそんなことを考えながら地面に手をおいた。


「イオリ、多分。何もしなくてもボクたちは助かるよ」


 隣で同じように手をついたユキが、いつもながら完璧な日本語で俺に囁く。


「ほら」


 少ししてから、ユキの声に合わせて顔を上げると。兵士たちが座り込んで動けなくなっていた。


「ああ、そういうことか」


 前にアデルちゃんに言われてから、ユキが話したがらないだろうと勝手に思い込んでいた『冬の妖精』の力について、知ろうと俺はつとめた。『死と停滞』の力。


 『死』は、直接相手を殺すような恐ろしい力ではない。これは人間に限らず、生物が持つ根源的な死に対する恐怖を増幅させるものだ。だが、生きているものには必ず備わっているため、ほぼ敵対するすべての相手に通用する。


 『停滞』は、物事の進行を遅らせる。動きが遅くなるのが基本だ。ユキがこの力を強く意識すると物質の分子運動にまで影響を与える。水を凍らせたりすることは余裕だ。病気などの進行も遅らせることができる。実はカワセさんのガンの進行をユキは陰で必死に遅らせていたことを後で知った。


 この二つの力は強力なものなのだが、ユキの事を認識しつつ彼女に心を開いている相手には影響が無いのである。特に小さな子どもには通用しない。ユキが敵意を向ければ別であるが、そんな事をすることはまずありえない。


「死の恐怖と停滞の相乗効果でこの兵士たちは動けなくなってるんだね」


「うん、そういう事だよ。これで分かるだろ、ボクが団体競技の苦手な理由」


「ああ。でも、ユキが試合に出たらどんなスポーツでも勝てそうだね」


「そんなの嫌だよ。全然楽しくない。大昔、戦争でこの力を使ったことがあってね。あれは最悪だったよ……。それ以来、人の多い所は苦手なんだ」


 俺はその言葉に耳を傾けることしかできなかった。


「ええと、コイツらはどうするの?」


「そうだね。長いことこっちの世界を留守にしていたから、今の人間はボクのことをきっと知らないんだ……」


 そう言うとユキは、隊長っぽい派手な鎧のおじさんに近づく。


「ひっ、ひいっ!」


 彼女から必死に逃げようとしているが、身体が思うように動かないようだ。


「キミが偉い人でしょ。この距離で気を失わないだけでも立派だよ。それは誇ってもいいことだ。大昔ならそれだけで王様から褒美が出たよ。えっと、ボクは『冬の精霊』さ。君たちのもっと偉い人に伝えてくれるかい? 『冬の精霊』が帰ってきたってね」


 それだけ伝えるとユキは戻ってきた。


「ユキ、『春の精霊』って言わなくてもいいのか?」


「うん。だってそれじゃ伝わらないから。目的はボクたちに近づかせないことだよ。今はどうか知らないけど、この国の戦士は勇敢なことで有名だったんだ。そんな戦士がこんな醜態を晒すなんて可哀想だ。家族も泣いちゃうよ。この国の建国者たちのことは良く知ってたから文献とかでボクのこと書いて残してるんじゃないかな」


「ああ、なるほど」


「ユキさんが出るから気をつけろっていう警告を促すんだね」


「何か、クマがでるよーってのと同じ気がする」


 俺はユキに小さく蹴られた。


「ご、ごめん……」


「ふんっ!」


 その後ちょっぴりご機嫌斜めになったユキさんを宥めるのに俺は苦労するのだった。 

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