第13話 女神と精霊四姉妹

✳︎これは土の精霊視点での回になります。ユキとイオリが城を出て三時間後。


「ああ、ムカつく、ムカつく、ムカつくゥ!」


「シルフィ姉様、落ち着いてくださいまし」


「アンタもそう思わない? あの出来損ないが男を連れて戻ってくるなんて、有り得ない!」


「そ、そうですね……」


 シルフィ姉様は、良く台風とかハリケーンのように荒れ狂う。とても迷惑この上ないこの人が私は苦手だ。


「何だよ、うるせえな! オレの大切な睡眠の邪魔をするのはシルフィとノーマか? オメエら殺すぞ!」


 ああ、最悪だ。もっともタチの悪い次女のサラ姉様だ。この距離でもお肌がジリジリと焼けちゃう。何度焼き殺されそうになったことか、そろそろ火加減くらい覚えてもらいたい。


「そう、カッカしないのサラちゃん。もうすぐお母様がいらっしゃるわよ」


 助かった、ディーネお姉様が来てくれた。だが、性格は陰湿で敵に回すと最も危険な人。嫉妬深いし、きっと地獄の果てまで追ってくる。言動には注意しないと。


「みんな集まったようね」


 私たち姉妹は膝を折り頭を垂れる。皆微動だにしない……。三人のお姉様は厄介だが、お母様はその百倍恐ろしいからだ。


 精霊というのは妖精の上位の存在だ。結局、人間の呼び名に過ぎず、私だって土地によっては神として崇められても良い存在である。神も精霊も妖精も似たようなものなのだ。人の願望や恐れによってこの世界に自然発生的に生まれる特異な存在、それが私たち精霊である。


 だが、私たち四姉妹は少々特殊である。私たちはお母様、女神アンドラステ様から生まれた。正確には作られたと言ったほうがいいかもしれない。気がついた時には私たちは今の姿でこの城にいた。精霊というのは様々な存在がいるのだが、実体を持たないものも多い。私たちが実体を持つためには何らかの人間たちの意識の介在が必要なのだが、私たちにはその過程は無い。


 実は私、数え間違いが無ければ五十八回死んでいる。精霊だって一回死ねば終わりである。どうして何度も死ねるかと言えば、何度も生き返らされるからだ。もちろんそんなことが可能なのは女神であるお母様のお力のお陰。あのタチの悪いお姉様たちに殺されたのかと言えば、そうではない。五十八回すべてお母様に殺されている。


 姉妹の中では一番鈍臭い私がお母様の怒りを買い、良く殺されている。そうは言ってもみんな二桁はいっているからそんなに違いはない。こんなに死に戻りを繰り返していると、今の自分が本当に自分なのかさえ疑わしくなってくる。記憶の連続性はあるのだが、この記憶すら作られたものじゃないかって思えてしまう。実際にどうしても思い出せない記憶もいくつか存在している。それとなくお姉様たちに聞いてみたが似たような症状を抱えていた。


 それが原因だからなのか、私たちは皆性格に少々難があるし、自分が狂っていると自覚もしている。しかし、私たちにはどうすることもできない。


「あなたたちに集まってもらったのは、もちろんあの精霊のことです。ご存知のように生きて帰ってきました。さらに【世界の意志】がアレを女王候補と認識しました。本当に忌々しい」


 城が揺れている。これ本当に怒っているやつだ。崩壊とかは勘弁して欲しい、修復するのは私の担当だから。


「お母様、とっとと始末しておけば良かったのよ」


 シルフィ姉様がそう言う。


「それはできないのです。あなたたちと違い、アレはこの世界が生み出した存在。精霊殺しは禁忌。私ですら【世界の意志】に消されかねません」


「だったらどうするんだよ」


 サラ姉様がイラつきながら言う。


「ですが、あの魔王の闇の下では【世界の意志】の目は届きません。あちらの世界で死ななかったのであれば、こちらの世界の魔王領内で殺せば良いのです。分かっていると思いますが、あなた達に任せましたよ。母の期待に応えてくださいね」


 私も含めて皆頷く。


「アレが居なくなれば精霊女王はあなた達の中から選ばれます。そうすれば私たちの目的は達せられます。魔王のことは二の次です。あちらの世界の人類の大半を抹殺する力を使ったのです。しばらくは動かないでしょうから」


「弱っているのでしたら、魔王を倒す絶交の機会ではありませんの?」


 ディーネお姉様が不思議そうに尋ねる。


「魔王の力がもし半減していたとしても、あなた達では勝てないのです。言ってみれば私の分身であるあなた達では相性が悪すぎます。今は待つべき。精霊女王になれば話は違ってきます。【世界の意志】から与えられる大いなる力は魔王に対抗出来る、いいえヤツを凌駕することが可能となるはず。楽しみは後に取って置きましょう」


「で、でもお母様、あの精霊は魔王の使徒を討ち払ったのですよね。それにあの子、気味が悪くて私正直苦手です」


 私は不安だったので、恐る恐るお母様に尋ねる。


「それは私も少し気にはなっていました。アレの持つ力は『死と停滞』。性質だけなら魔王と同質のものです。ですが、使徒を倒せるだけの力はないはず。先ほどの謁見でこの神眼で覗いて見ましたが、新たに弱々しい『誕生と進行』の力が増えているだけで、あなた達の敵ではありません。ならばあのイオリという男に何かあるのかと疑いましたが、唯のひ弱な人間にしか見えませんでした。魔王があちらの世界に使徒を送り込んだことから何かあるとは思うのですが、それも考えすぎかもしれません」


「それなら良いのですが」


「それにあなたたちは精霊王候補の勇者も見つけてもらっています。彼らの力だけでもアレと男を始末できるでしょう。ちゃんと身も心もあなたたちに尽くすよう仕向けたのでしょ」


「ええ、まあ……」


「どうせ飽きたらすぐに捨てればいい男たちです。普通の精霊と違う、私の分身である特別なあなたたちでは男と交わることで、新たな力を得ることも子を成すこともできませんからね。道具として上手く使ってやりなさい」


 どうしてかは分からないが、お母様の言葉に何故か少し嫌な気持ちになった。そしてあの精霊のことが少し羨ましいと思ってしまった。やっぱり、私は壊れているのだろうか。この気分が上手く説明できない。

 

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