第12話 樫の木の賢者
✳︎これは、イオリとユキがイニシュモア島で出会うよりも、はるかずっと昔のお話です。異世界人コッカの視点で物語が進みます。
「すごい! こんなところにあったなんて」
草むらをかき分け進んでいった先に、天にも届きそうな大樹がそびえ立っていた。
ガサガサと反対側の草むらにも何かがいる。魔物だろうか? ずっと探していたトネリコの木をようやく見つけたというのに、なんてことだ。
「なんだ、グルアか……」
顔を出したのは隣村の幼なじみだった。
「なんだとはなんだよ。それはこっちが言いたいぜ。ゴブリンかと思ったら泣き虫コッカだし」
「誰が泣き虫だよ! グルアだってこの前おねしょして、めそめそ泣いてたって父ちゃんから聞いたぞ」
「お、おねしょだと……。テキトーなこと言うな!」
グルアが掴みかかってきた。負けずに応戦する。最近会うと喧嘩ばかりだ。本当はこんなことしたくないのに。
「おやおや、元気な男の子たちですね」
僕が二発殴り、グルアに三発目を殴られたところで、俺たちは動きを止めた。なんでこんなところに大人がいるんだ?
「も、もしかして『樫の木の賢者』様!?」
グルアが驚いた顔で後ずさる。
「ひえっ!」
僕も焦る。『樫の木の賢者』というのはとっても偉い魔法使い様だ。大きな杖を持ち茶色のローブを着ているが、見た目は若くてなんか頼りない感じのお兄さんだ。
「いかにも。私は『樫の木の賢者』、ドルイドの最後の生き残りだよ」
そうだ。三年前の戦争で、国の軍隊に賢者様はみんな殺されてしまったと父ちゃんから聞かされた。村のみんなが悲しんでいたけど、生きていらっしゃったんだ。
「私の妖精さんが慌てて呼びにきたから何事かと思ったんだけど。子どもの喧嘩だったか……。ああ、邪魔したね。どうぞ続けてくれよ」
「お、おい。こういう時は賢者様は止めるもんじゃねえのか?」
グルアが抗議の声を上げる。やっぱり彼も本当は喧嘩は嫌だったみたいだ。
「ん、そうなのかな?」
『もう! ボクがせっかく呼んできたのに……。キミたちすまない、ボクの旦那様が役立たずで』
「よ、妖精さんなの!?」
『そうだよ。ボクは妖精さ、どう? 可愛いだろ』
ボクって言ってるけど、どう見ても可愛らしい女の子の妖精さんだ。僕の頭の上を小さな彼女は透き通った羽を羽ばたかせて飛び回っている。
「妖精さんは、賢者様のお嫁さんなの?」
『キミ、いいねえ。そのお嫁さんって響きはたまらなくいいよ。きっとキミは将来は大物になる』
「あれ? 私は君と結婚しているのだったか?」
賢者様が首を傾げる。
『ちょ、ちょっと! キミは死ぬまでずっとボクの側にいてくれるって言ってくれたじゃないか』
「ああ、たしかに言った気もするな……。それってそういうことになるのかな?」
『そうだろ! それはそういう意味になるんだよ!』
「そ、そうか。そうすると君は私の奥さんということになるのか」
『そう! 絶対にそうなの!』
「分かった。じゃあ私の可愛い奥さん、一緒に家に帰ろうか」
『か、可愛いって。きゃっ! 恥ずかしい』
何だこの人たちは……。
ボクとグルアは呆気に取られてそのやり取りを見ていた。
『でも、いいのかい? たぶんこの子たち、自分の守護樹木を探していたんじゃないのかな』
「ああ、そういうことだったか。すると、君たちは今くらいの季節に生まれたのかな?」
「そうだぜ、俺もロッカも同じ日に生まれたんだ。今日が誕生日だ。トネリコの木が俺たちの運命の木さ」
「皆、この世界に生まれてくるとき一本の樹木を抱いている。そうか、良かったね。このあたりではこれが最後のトネリコの木なんだ。もうすぐその使命を終えようとしている老木なんだけどね。これも運命かな。私が君たちに杖を作ってあげよう。ふむ、この老木も君たちに枝を分けてくれるって言ってるよ」
賢者様が手を挙げると、空から二本の小さな枝が降ってきた。それが光に包まれてゆっくりと形を変えていく。
「携帯用の短杖だね。たぶん二人は魔法使いじゃなくて、将来は剣士とかそっちの方の才能があるように私には見えるから、これはお守りだね。きっと君たちを守ってくれるはずだ。このトネリコの木が自分の一番いい枝を譲ってくれたから、大切にするんだよ」
賢者様は僕たちにその杖を渡してくれた。僕とグルアはさっきまで殴り合いの喧嘩をしていたことなんて忘れて、『樫の木の賢者』様と素敵な妖精さんのことを興奮気味に話しながら家路に着いたのだった。
あれから、もう四十年はたっただろうか……。
あのトネリコの老木は枯れてしまってすでに無い。グルアと私の住んでいた村は戦乱で焼失してしまった。二人の村のあった場所は二つの大国が睨み合う国境となって分かたれている。大軍の向かい合う丁度真ん中にあの木があったはず、あの場所で賢者様と妖精と出会ったことを思い出す。その後、彼らは姿を消してしまい会うことは無かった。
「将軍、開戦からの季節外れの大雪。これでは戦になりませんな」
「そうだな。身動きが取れぬのはあちらも同じこと。お互い兵站も断たれ、このまま共倒れということもあるな。向こうの将軍の気持ちも良く分かる」
俺はポケットから木の棒を取り出してそう言う。
「それは魔法の杖でしょうか? かなり年季が入っておりますな。ですが豪剣で知られる将軍がそういった物を持たれているとは意外です」
「お守りだよ。同じ物をアイツも持っておる」
「敵国のグルア将軍がですか?」
副官が驚いた顔をして俺の手にあるトネリコの杖を見る。
「ほ、報告であります!」
伝令の兵士が慌てた様子でやってきた。
「どうした?」
報告を聞くと俺は部下が引き止めるのを無視して、雪をかき分けて走った。膝まで沈み込む雪もお構いなしに前へ前へと。後ろで部下たちが叫ぶ声がしているが無視だ。
向こう側からも同じように戦争中だというのに、引き止めようとする部下を投げ飛ばしながらひとり進んでくる馬鹿なヤツが見えた。
「よう、泣き虫!」
「おう、寝しょんべん野郎!」
俺たちは約四十年ぶりに顔を合わせる。
「老けたな」
「ああ、お前もな」
「やっぱり、元気な子たちだ。久しぶりに戻ってみたら、私の精霊さんが慌てて呼びに来たから何事かと思ったんだけど。ただの戦争だったか……」
俺たちの間には大きな杖を持った茶色のローブを着た老人が立っている。それを支えながら、美しい少女が俺たちを見て微笑んでいる。
「賢者様も老けましたな」
「しっかりお爺ちゃんだ。いまの方がずっと『樫の賢者』っぽいな」
「そ、そうかな?」
「そうですよ。旦那様はすっかり役立たずのお爺ちゃんです」
「う、うん」
「それで賢者様は、どうせ止めねえんだろ?」
「ああ、邪魔したね。君たちはするべき事がしっかりと分かっているようだ。その杖もきっと守ってくれるしね。じゃあ私の可愛い奥さん、一緒に家に帰ろうか」
「はい、帰りましょう」
そう言って妖精さんから精霊さんになった少女と『樫の賢者』様の姿は、初めからそこに誰も居なかったかのように消えてしまった。それと同時に戦場を覆っていた深い雪も溶け始める。
俺とグルアは大笑いしながらしっかりと握手を交わした。
その後、両国の主力軍は進路を自国に向ける。それぞれの国の愚かな王に対する将軍たちの反乱は、圧政に苦しんでいた民衆の支持も得てほぼ無血で成功することとなった。二国は統合され、新たな国家を樹立。その後長い平和な時代が続くこととなった。
賢者と精霊の少女の姿は、その後何度か見られることがあったが、それはまた別の話である。
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