第11話 別れ
「えっと、ユキ、俺と同じ部屋なんだね……。いっぱい部屋はあるだろうし、あのメイドさん間違えたのかな? ちょっと確認してくるよ」
「ま、待つんだ! ボクが旦那様であるイオリと同室なのは、と、当然だろ」
ユキが顔を真っ赤にして俯きながらそう言う。
「そ、それもそうなんだけど……」
千年以上を生きる精霊さんなのだが、ユキはどこからどう見ても十代の美少女だ。これはイカン、絶対にいろいろとマズイ。
「あ、あの……、少し向こうを見ていてくれないだろうか? 持ってきたパジャマに着替えたいんだ。ボクも流石に見られながら着替えるのは、恥ずかしいのだけど……。いや、イオリがどうしても見たいと言うのなら、ぼ、ボクも……」
「いえ、大丈夫です!」
俺は急いで壁の方を向いた。背後に聞こえる衣擦れの音。俺の聴覚能力は数倍にアップする。脳内では受け取ったその音声情報を映像に変換しようと無数の小人さんが走り回っている。駄目だ、動くなお前たち!
「も、もういいよ」
「お、おおっ!?」
目の前には小人さんも卒倒するセクシーな精霊さんが、ベッドの上にちょこんと座っていた。何だあの生地は、す、透けているのか? 今ほど己の視力の低さを呪ったことは無かった。もっと近くで、近くに寄れば見えそうだ。俺の自制心は崩壊寸前だ。
「実はこれ、ボクのじゃないんだ。スケルトンのメイドさんが、こっそり渡してくれたんだ。さ、さすがにボクもこれはどうかって言ったんだけど、あの人『ここで怖気付いてどうするの!』って何か怖かったし……」
あの、メイドさん話せたんだ。いや、精霊さんとしか会話できないとか。そんなことはいい、グッジョブだ骨の君。
俺は不自然な感じを極力出さないよう最大限の注意をしながらユキに近づこうとする。
「ひとりじゃ眠れないのです」
俺は飛び上がって驚く。いつの間にか開いていたドアのところには、眠そうに目を擦るアデルちゃんがいた。
「あ、アデルちゃん!」
俺とユキはほぼ同時に声を出した。
「ん? お邪魔だったのです? でも、いいのです。アデルはお目々を閉じていますから」
ニヤリと笑い、薄目をするアデルちゃん。この子絶対にさっきから覗いていた。背後でサッと姿を隠したのは骨の君。二人はグルだったようだ。恐るべし、おませ少女と骨メイド。俺はたちはまんまと嵌められたようである。
「じゃあ、私は真ん中で寝るのです」
結局、俺たちは仲良く親子のように三人、川の字で眠ったのだった。
朝が苦手な俺は寝苦しくて、かなり早く目覚めてしまった。
しかし、俺の上にはスケスケセクシーネグリジェ一枚の春の精霊さんが覆いかぶさっていた。寝相が悪いと二人で話しているのを聞いたことはあった。だが、これほどとは……。しかしさらにその上をいく者がいた。アデルちゃんが枕を抱きしめて床の上ですやすや眠っているのが視界の端に見える。この子は俺を乗り越えて転がっていったようだ。すごいなちびっ子。
しかし、すぐに我に返る。俺の上にいらっしゃる尊いものを無視することは不可能だった。何と柔らかい感触、それにとても軽い。だが、しっかりお肉はつくべきところについていらっしゃる。ユキはやはり着痩せするタイプだった。伸びそうになる手をなけなしの精神力で封じ込める。俺はそのまま寝たふりを続けて、ユキより先に目覚めたアデルちゃんの抗議の叫びが上がるまで至福の時間を過ごしたのだった。
「いやだ! 一緒についていくんだもん」
あの頭脳明晰、大人顔負けの判断力すら持っているアデルちゃんが、屋敷の前で泣き叫んでいた。
「アデル、キミを危険な目に合わす訳にはいかないんだ。ごめん」
ユキが泣きそうな顔でそう言う。
「おじさんだって、普通のおじさんだよ! 走るのだって私の方が速いし、私の方がいろんなこと知ってるんだよ。なんで私は駄目なの? ねえ」
骨のメイドさんも後ろであたふたしている。
「いやだ、いやだ、いやだ! 離れたくないよ。うっ、う、わーん!」
「アデルちゃん……」
泣いて駄々をこねる彼女に掛けられる言葉が思いつかない。きっと、彼女は俺たちに裏切られたと感じているに違いない。でも、危険なんだ。ユキが行くから俺はついていくに過ぎない。どう考えても足手まといなのは自覚している。そんな中でアデルちゃんを守り切ることは到底できない。普通に魔物出てきて人を襲う世界だ。ここは恨まれてもこうするしかないんだ。
見かねたのかアンクウさんがアデルちゃんに近づいて、何かを耳元で囁く。
「えっ!? ほ、本当なの」
目を見開き驚いた顔をする彼女。
「出発マデ、少シダケ時間ヲクレナイカ?」
そう言うとアンクウさんは、俺たちから離れた場所でアデルちゃんと話している。どう言う訳だか最後はアンクウさんがアデルちゃんを抱きしめていた。
「二人を困らせてしまったのです。ごめんなさい」
彼女の目はまだ赤く腫れていたが、言い終えるといつもの笑顔をみせようと頑張っていた。側に立つアンクウさんはどんな魔法を使ったのか、アデルちゃんは落ち着きを取り戻していた。
「でも、絶対に死んじゃだめだからね。死んじゃだめだけど、おじさんは全力でユキお姉ちゃんを守るのです。それは強いか弱いかとかじゃないのです。おじさんにはそういうカッコいいところをお姉ちゃんに見せないとだめなのです」
アデルちゃんは、また泣きそうになるのを必死で堪えながら俺にそう言った。彼女はアンクウさんの服の裾をしっかりと握っていた。
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