第10話 お箸にトマトに月光と
「わぁ、美味しそう! というかこれ絶対に美味しいのです。ふぁっ! 幸せなのですぅ」
テーブルに並ぶ豪華な料理に早速手をつけていくアデルちゃん。ユキも器用にナイフとフォークで食べている。俺は……。
「イオリ殿ニハ、コレガ必要デアルカナ?」
アンクウさん、どうしてお箸で食べているんですか。その口に入れた物が何処に消えていくのかという謎より、日本人以上に完璧にその二本の棒を使いこなしてることに驚く。これも世阿弥さんの教えなのか? フランス料理っぽいディナーを館の主人自ら箸で食べている。
「ぜ、ぜひ俺にも箸を」
骸骨執事さんが銀のプレートに乗せて持ってきてくれた。俺が受け取るとペコリと頭を下げる。スケルトンさんたちは話せないようだ。
そこから俺は彼女たちを猛追する。旨い、旨すぎる。俺が料理の旨さに感激していると長いコック帽を被ったスケルトンさんが出てきて、お辞儀をするとまた厨房へと戻っていく。そう言えばアンクウさんは屋敷の中でもつば広の帽子は被ったままだ。あれは拘りなのか。
しばらくするとスケルトンの楽団が演奏を始める。俺でも聞いたことのあるクラシック音楽だ。アデルちゃんも気づいたようだが、きっと何ていう曲なのか知っているのだろう。大人としての尊厳を守るため、俺は敢えて彼女に聞かないが。
「ユキって、食べなくても大丈夫なのは知ってるけど。食事で栄養補給もするの?」
「いいや、これは趣味のようなものだね。アンクウさんもそうだけど純粋に味や風味を楽しんでいるよ。食べた物が何処に消えるのかはボク自身も知らない。食事中だけど、ボクは排泄はしないんだ」
「うっ、お姉ちゃんズルい! いや、私だって……。美少女にはトイレに行くという概念は存在しないのです」
いや、君は普通に済まして欲しい。お腹が痛いと言われても俺にはどうすることもできない。
「さあ、野菜もいっぱい食べようね。そのトマトっぽいのが端によけられてるのは?」
「こ、これは……。好き嫌いではないのです。お爺ちゃんが、お野菜もしっかり食べないと素敵なレディには成れないと言っていたのです。だからこれは取っておいただけ。ちゃんと食べるのです」
視界の端にコック帽が見えた。心配そうにこちらを窺っているのはさっきの彼だ。アデルちゃんもそれに気づいたのか、渋々口に入れる。
「えっ!? 美味しい……です」
「コレハ、イオリ殿ノ世界カラ、闇ノ妖精ニ種ヲ持ッテ来サセ、我ガ心ヲ込メテ育テタ野菜。トマトデアル」
アンクウさんって自ら畑仕事もするようだ。彼女の喜んで食べる様子に満足気である。骨顔で表情はもちろん分からないが、きっとそうに違いない。
一通り食事が終わったと思ったら、紅茶とデザートが運ばれて来た。女子たちは歓喜の声を上げる。あれだけ追加で料理を頼んでおいて、まだ食えるのか……。ユキは精霊だからいいとして、アデルちゃん君の胃は異次元にでも繋がっているのか。
「良かったら、俺の分も食べてよ」
マナー的には分からないが、チョコレートケーキっぽいデザートの皿を二人に差し出す。おっさん的にはもうお腹に入らないのです。
「ありがとう、イオリ! 大好き」
「おじさん、素敵です! 大好き」
う、うん。ちょっと嬉しい。楽団の演奏が終わり、次はピアノの演奏が始まる。おっ、これなら知ってる。ベートーベンの『月光』じゃないですか。ピアノを弾いていたのはアンクウさんだった。多芸だなこの死神さん。
音楽に詳しいわけではないが、俺的には心打たれる演奏だった。ピアノ演奏を聴いて感動したのは初めてかも。演奏が終わるといつの間にか集まっていたスケルトンたちの骨の拍手が大広間を包み込んだ。みんなこれを楽しみにしていたようだ。
「ソレデ、ユキハ、イオリト共ニ魔王討伐ニ旅立ツノダナ」
食事を終えた俺たちは応接室に移動した。アデルちゃんは眠たくなったようで、用意された部屋へ、メイド服姿のスケルトンさんに優しく抱かれて運ばれていった。
「うん、そうなんだ。女神様のお言葉にボクは逆らえないからね」
「何故、アノ女神ニ義理立テスル? アレハ……」
「いいんだよ、アンクウさん。ボクはイオリに名前を貰って、やっとこの国のために働けることになったんだ。精霊女王なんて興味ないけど、この国は絶対にボクが守るんだ。この命に替えてもね」
「ウム……。オ前ガ其処マデシテ言ウナラバ、止メハセヌ。ダガ、アノ子ハ未ダ幼イ。我ガ預カルトシヨウ」
「うん。それをさっきイオリと相談してたんだ。アンクウさんなら安心して任せられるからね」
「俺からもお願いします」
俺は深々と頭を下げる。
「イヤ、コレハ我ノ……」
顔を上げるとアンクウさんも深々と頭を下げていた。何、めっちゃ日本人っぽいんだけど。本当に不思議な死神さんだ。
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