第8話 魔王と勇者と精霊と
「魔王の力は強大であり、その残虐非道な行いによりこの国は危機に瀕しています。私はこれまで精霊たちにこの世界、異なる世界を問わず強き英雄を探させ、魔王に戦いを挑んでまいりました。ですが領土の半分は既に……。いえ、過去のことはいいのです。もうこれ以上魔王に好きにさせる訳にはいかないのです」
アンドラステ様の視線がしっかりと俺を捉える。
絶世の美女に見つめられれば、ふつう嬉しいものだが……。俺はまさに蛇に睨まれたカエルの気持ちがよく分かる。回避不能の絶体絶命じゃないですか……。
「私のこの国を憂う気持ちが分かっていただけたようですね。さすがは春の精霊、いえ、ユキが見込んだお方。期待していますよ」
うっ。完全にNOと言えない典型的な日本人の特性を理解しているのか、拒否するタイミングを与えさせず話をまとめてしまった。交渉スキルなんて持ち合わせていない俺。仕事でも、理屈っぽいドイツ人に畳み込まれ、陽気なフリをしたイタリア人に騙され、美人フランス人の色気に撃沈して散々な成績だった。誰だ俺を海外勤務に推薦した無能は。いや、俺が無能なのか……。ここにきて神様も人を見る目が無いとは。適材適所という言葉を知らないのだろうか? まあ、異世界だし仕方ない。
「お母様! 冬の精霊の探してきた者に頼らずとも、私たちの旦那様たち、いえ、私の旦那様が魔王を見事討ち果たしてみせましょう」
「そうですねシルフィ。あなたにも、そして隣の彼にも期待していますよ。もちろんここに居るすべての方たちに」
どうもこのシルフィというのはいちいち突っかかってくる。こういう女性というか精霊さんは正直苦手だ。ユキもうんざりした顔をしている。シルフィの隣に立つイケメンも何だか俺を見下したような顔をしている。特徴的な尖った耳……。おおっ、これはエルフさんなのか?
他にも精霊さんらしき美しい女性たち、その傍らには雰囲気のある男たち。ああ、こういう人たちが英雄っていう人種だ。自然と周りに人が集まりきっと勝手に物語が紡ぎ出されていく。そんな人たち……。自分が同じ場に立っていることがとても恥ずかしくなってきた。
「イオリ。大丈夫だよ」
ユキが俺の手を握ってくれる。俺の不安そうな顔を見られてしまったのか……。
「これで、すべての精霊女王と精霊王候補が揃ったことになりますね」
いかん、よく分からん単語がまた出てきた。えっと、何がどうなってるんだ?
「あら? 出来の悪い末の妹がちゃんと伝えていないようです、お母様」
感じが悪いぞ緑色。
「よいのです、シルフィ。私も今日皆が揃うとは思っていませんでしたから。それに春の精霊がこの場に立つことも予想外。本来なら魔王の使徒を前に死んでいるはずでした。まさかこの『選定の儀』に滑り込むとは……、面白いですね、これが運命というものなのでしょうか。女神でも正確に未来を見通すことはできないのです」
「す、すいません。女神様がイオリに会いたいということでしたので……。私は『選定の儀』は辞退したいと思っております。イオリもそのつもりは無いはずです。ですが、彼の力はきっと……」
「うーん、僕が口を挟むのもどうかと思うんだけど。どうみてもその人族じゃゴブリンにすら殺されそうだ。早くお家に帰った方がいいよ、おっさん」
イケメンエルフに反論ができない。うん、無理だ。ユキの俺への評価は謎だが、ただのサラリーマンにできることはないです……。
「エルサリオン、その辺にしておいてください。それに春の精霊とイオリさん、この『選定の儀』は辞退できません。【世界の意志】がそう決めたのですから」
「は、はあ……」
「簡単にご説明しますと、これまで勇者様に託していた魔王討伐ですが、精霊たちも参戦させます。勇者として選ばれるのは、それぞれの精霊がその身を捧げるに値すると認めた者。つまりニンゲンでいうところの人生の伴侶、夫です。名を得た女王候補の精霊は魔王討伐を成し遂げれば、新たな精霊女王として認められるのです」
何かとんでもないことに巻き込まれたんじゃないだろうか。ユキも参加させられるとは思っていなかったようだ。
「でも、夫? ユキさん、これは……」
「イオリはボクの、旦那さま。だよ」
そういうことらしい……。というか、えっ!? マジ。
「それでは精霊たち、そして勇者様たちに御武運を」
女神様はそう告げるとどこかに行ってしまった。
この部屋にいた精霊、勇者だと思われる人たちは言葉も交わさず部屋を後にする。協力してみんな仲良くということでは無さそうだ。皆、精霊女王だとか王とかになりたいライバルか。
「ねえ、おじさん。お腹すいたのです」
こんな突然の状況にも動じないアデルちゃん、君の方が勇者に相応しいのではないのか。
「ああ、そうだね。ゆ、ユキ、どうしたらいいかな?」
さっきの夫とか旦那様という言葉が頭の中を駆け巡る。
「ボクの昔住んでいた家が近くにあるはずだ。そこでご飯だね。あとは、アデルちゃんのお口にあった物が用意できるかどうかだが」
腕を組んで考えるユキ。離された俺の手が宙を彷徨う。もうちょっとだけ……、ああ。
察したのか、アデルちゃんが俺と手を繋いでくれる。
「それじゃ、行くのです!」
なんか、すいません……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます