第7話 精霊の城
「ボクは精霊だから食べなくても大丈夫だけど、二人はつらいよね。アデル、お腹空いたでしょ」
前を歩くユキが申し訳なさそうに言う。
「ううん、平気なのです」
「ああ、また戻ってきたな」
俺はもう何回目かになるおっぱい岩を見てそう言う。何だかもうアレが肉まんに見えて来た。肉まん岩。岩じゃ食えない……。
すると突然、森の中なのに強烈な風が吹く。同時に悪意のある若い女性の声。
『お母様に言われて探しにきたけど、まさか森から抜け出せなくなってるなんて。本当にあなたって愚図で、どうしようもない子!』
「シルフィお姉様!」
現れたのは薄緑のドレスを来た気の強そうな美人さんだった。声を上げたユキにアデルちゃんはキョトンとしている。彼女には見えていないし、声も聞こえていないようだ。
『冬の精霊、私の手を煩わせるなんて本当に。反省なさい!』
さらに強い風が吹き、ユキが吹き飛ばされる。
「ユキ!」
「お姉ちゃん!」
木に身体を打ちつけられて蹲っている。
「おい!」
今の暴風がこの女性によるものだと理解した俺は、ユキを守るように彼女の前に立つ。
『ほう、ニンゲン。お前には一応私が見えているようだね。だが魔力のかけらも感じないし、やはりハズレだな。お母様もどうしてこんなクズに興味を持たれるのか……』
「お、お姉様。イオリは魔王に対抗できる者、希望の存在でございます。そのような言い方はおやめください」
そう言って、アデルちゃんに支えられ立ち上がるユキ。
『私に口答えするとは、お前も偉くなったものだな冬の精霊。また昔のように躾が必要なようだな』
「わ、私は春の精霊となりました。それにユキという名前も得ました。私はユキです」
『半人前の分際で、名を得ただと?』
「ここにいるイオリから名をもらいました。女神様からも名乗りの許可を与えられております」
『お母様が? 馬鹿も休み休みに言え! そんなことをお許しになるはずがなかろう』
「いえ、本当でございます」
シルフィという女性が手を振り上げようとしたその時、空から柔らかな光が差し込んできた。
『シルフィ、それは本当です。私が許しました』
とても澄んだ美しい声。
『お、お母様……。ということは、コイツを私たちと同列に扱うと仰られるのですか?』
彼女は上空を見上げて困惑した声を上げる。だがそこには何も見えない。
『ええ、そうです。名を許されるということは、未来の精霊女王の候補のひとりとなります。誰が選ばれるのかは女神である私にも分かりません。これは【世界の意志】ですから……。それが名を許したのですから、あなたも他の姉妹たちも油断していてはいけませんよ』
『は、はっ!』
その場に跪くシルフィ、そしてユキも。
め、女神だと? それに女王とか意志って何だ?
『お待たせしましたねイオリさん。あなたを探し出すのに少し手間取ってしまいました。許してください。それでは、私の所まで転移させます』
俺の名前も知っているようだ。その優しい声とともに、俺たちは眩しい光に包まれた。
光が収まり目が慣れてくると、そこは赤絨毯の敷かれた広い部屋の中だった。大丈夫、ユキもアデルちゃんも俺の側にいた。
「ようこそ、精霊の城へ」
「わぁ、きれいな人です」
アデルちゃんが思わず声を出してしまうのもわかる。目の前の女性の持ってるオーラといえばいいのだろうか、存在の格が違うことが無意識に理解できてしまう。説明されなくても玉座のような椅子に座っている彼女が神様であると、俺の本能が認識する。
「私はアンドラステと申します。先代の精霊女王が亡くなったため、代わりに私がこの席に座っています。この度は春の精霊ユキとともに魔王の使徒を倒されたとのこと。私たちも非常に喜んでおります」
「い、いえ。あれはユキの力で、俺は何も……」
「ご謙遜を。イオリ様はあちらの世界のニホンのご出身だとか。長い歴史の中でイオリ様の同郷の方は何人も勇者としてこの世界でも活躍されました。ですから、その精神性もよく存じております」
おおっ、勇者だと。異世界ものって本当にあったんだ、興奮が抑えられない。
「ですが、『勇者』についての認識について戸惑われる方が多いので、私からご説明させていただきます」
勇者って魔王を倒す主人公的なそれしか思い浮かばないのだけど……。
「もちろん強大な魔力や、明晰な頭脳を駆使されて魔王に挑まれる方々はおられました。ですが、もうお察しかもしれませんが魔王は健在です。つまり勇者は全て敗れているのです」
ああ、それもそうか。『何人も勇者として』のところで気づくべきだった。ゲームやラノベの主人公じゃないし負けることも、やり直しがきかずに死ぬことも当然あるということだ。ちょっと待て、それ以前に俺がその勇者様として魔王と戦うことは確定事項なのか?
「あ、あの……」
「申し訳ありません。先に一通りご説明をさせていただきたいのですが……。その後でご質問にはお答えいたします。よろしいですね」
女神様は穏やかな口調で話されているが、いま一瞬、間違いなく俺は死んだと錯覚した。もしかして女神様のご機嫌を損ねたとか? 彼女をイラッとさせるだけで……、ヤバい。
「は、はいっ!」
背筋を伸ばして返事をする。昔、会社の重役を前にプレゼンした時以上に俺は大きな声で返事をした。
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