偽りの女神
第6話 異世界迷子
「なあ、ユキ。俺たち結構長いこと歩いてると思うんだけどさ、本当にこの方向で合ってるの?」
先頭を進むユキの華奢な背中に向かって俺はそう言う。俺の背中にはアデルちゃん。歩き疲れた彼女はすやすやと眠っている。
「もちろんだとも! ここはボクの庭みたいなところだからね」
まったく変化の感じられない森の中をずんずんと進んでいく。
半日前、俺たちはユキが時間をかけて描き上げた魔法陣の上に乗った。まさにそれは俺が昔憧れた魔法そのもので、身体を包み込む色とりどりの光の粒子は幻想的で温かかったのを思い出す。
「俺としては、こっちに来た時に見えた街に行きたかったんだけどな」
「だって、女神様に呼ばれたんだよ、そちらを優先しなきゃ。観光なんていつでもできるんだ。だからボクの選択は正しい」
「ユキが言うならそうなのかもな。でも、どうして女神様のトコにびゅーんって移動しなかったんだ?」
「そ、それはだな。ちょっとした手違いというか、久しぶりの転移魔法だったし……」
そう言えばユキは魔法陣を何度も描いては消して、ブツブツ言いながら作業してた。きっと思ってもみなかった場所に飛ばされたんだ。自分の庭のような場所だと言っているのに、時おり腕を組んで考え込んでいることから、それが分かる。まあ、俺は彼女と一緒にいられれば何だっていいのだが。
「ねえ、ユキ。言いづらいんだけども、俺たち同じところをぐるぐる回ってる気がするんだけど」
「イオリ、何を言ってるんだ。まさか君は、ボクが道に迷ったとでも言いたいのかい?」
「だって、あそこの地面から顔を出してる岩が二つあるだろ。何だかおっぱいみたいだなって思ったからしっかり覚えてるんだ。アレをみるのは三回目だ」
「えっ!? なぜそれを早く言わないんだ」
ほら、やっぱり迷ってたんじゃないか。
とりあえず俺たちは、おっぱい岩に腰掛けて休むことにした。アデルちゃんも目を覚ますが、まだ目的地に到着していない事を知るとうんざりした顔をしていた。
「でも森の中にいると、お爺ちゃんとパリでヴァンセンヌの森をお散歩したことを思い出すのです。そこには動物園もあるんですよ。お爺ちゃんによく連れて行ってもらったのです」
俺はアデルちゃんのカワセさんとの思い出話に耳を傾ける。この子は本当にカワセさんのことが大好きだったのがわかる。
一方のユキは不貞腐れて寝たフリをしている。なぜフリかというと時折チラチラとこちらを窺っているからだ。道に迷って恥ずかしいのか、直ぐに教えなかった俺に腹を立てているのかは不明だが、まるで子どものような精霊様である。
「ねえ、ユキ。精霊ってさ、風の声を聞いたり森の動物にいろいろ教えてもらったりできるんじゃないのか? あと、人間には見れないような妖精さんがいるとかさ」
「もうっ!」
何だ? 怒らせてしまったようだ。俺に背を向けて膝を抱えて小さく丸まってしまった。こ、これは拒絶のサインなのか……。俺は助けを求めようとアデルちゃんの方を向く。
「おじさん……」
どうしてそんな残念なモノを見るような感じなんだよ。
「何?」
「おじさんは、お姉ちゃんのこと知らなすぎです。ああ、これはフラれるのも時間の問題ですね」
「お、おい。なんて事いうんだよ」
アデルちゃんはおませさんなのだが、彼女の指摘は常に的確である。俺は彼女の言葉に戦慄する。これまで女心なんて分かった試しはない。別れた彼女とも些細なことが原因だった。だいたい彼女ができてもひと月と持つことは無かった。きっとこの女心なるモノの理解の欠如によるものなのだろう。
長い時を生きるという精霊のユキだが、感覚は普通に若い女の子のそれだ。俺はどうすれば……。
「もっとお互いを知ることが大切なのです。まあ、おじさんに女心を理解しろというのは難しいかもです。えっとですね、お姉ちゃんは冬の精霊から……」
「待ってくれるか、アデル。これはちゃんとイオリに伝えていなかった私が悪いのだ。イオリは悪くない」
ユキがすっと身体を起こして正座している。その座り方もアニメの影響なのか。
「もう、ユキお姉ちゃんは、おじさんに甘過ぎるのです。でも、これもお姉ちゃんのおじさんを想う深い愛の……、きゃっ、恥ずかしいですぅ」
何かアデルちゃんが恥ずかしそうにモジモジし始めた。きっと、俺をネタにして遊んでいるのだろう。
「私のイオリへの愛の深さはアデルの言う通りだが、これは、甘い? のか? まあいい。イオリ、私が冬の精霊から春の精霊となったことはいいな?」
「ああ、そうだな」
「元々の私の冬の精霊の力は、死と停滞。その力は春の精霊となっても消えることなく引き継がれているんだ。それがどういったものかは、危険すぎてここで披露することはできない。だが、言葉のイメージでそれが負の力であることは分かってもらえると思う」
「うん。なんとなくは……」
「精霊は自分の司る属性はもちろんだが、他の属性についても妖精の力を借りることができる。しかし、私は別なんだ。精霊のくせに妖精に嫌われているんだ……。これは野生の動物についても同様だ。皆、私を見ると逃げてしまうんだ。春の精霊の力で少しは緩和されているはずなんだが……」
とても悲しそうな表情を浮かべるユキ、目には少し涙が浮かんでいるようにも見える。ああ、これはマズいことを話させてしまった。
「ご、ごめん。ユキ、君を傷つけてしまった」
「いいんだイオリ。ボクは怒ってなんかないから」
必死に笑顔を作ろうとしているのを見ると胸が痛くなる。
「まっ、あれだ。頑張って歩き回ればきっとなんとかなるって! それにその春の精霊の力とかで何とかなってくんだろ。焦らずに、ねっ!」
「そうよ、おじさんの言う通りなのです!」
俺とアデルちゃんでユキを励ます。だが、いまいち反応が良くない。
「えっと……。ボクが二人に話しかけ辛かったのはだな。たぶんこの森は『帰らずの森』。一度入ったら一流の魔法使いでも死ぬまで抜け出せないという、ここは呪われた森だということなんだ」
「はっ!?」
異世界に来て早々、俺たちはすでにピンチに陥っているという事実をユキから告げられるのであった。
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