第11話 「トイレの花子さん」②


 「なるほどね」

 公園に場所を変えて、僕の話を聞いた川崎さんが頷く。「その『学校の七不思議』の中に「トイレの花子さん」の話がある訳だ」と、納得したように言う。


 「その『学校の七不思議』の話は、俺も聞いたことがある」

 高崎さんが言う。みんなの目が向いたのに少し焦ったのか「確か、7番目の不思議を知ってしまったら、学校に迷い込んで二度と出られないとか、呪われるとか、そんな話だったような?」と僕らに訊く。

 訊かれても困っちゃうけど、そんな話だったと思うと頷くと、高崎さんも頷いた。


 「その、最後の話が「トイレの花子さん」ということになるのか」

 川崎さんが溜息をついて言う。「詳しい話は、君達も知らないんだよね?」と僕らに訊いて、頷くのを見て高崎さんを見る。

 「――「トイレの花子さん」ってさ、実話って言われてるみたいね」

 高崎さんは――、少し悩みながらそんなことを言う。見上げる僕らに「戦時中から戦後にかけて本当にあった話だとして、語り継がれてるようだよ。俺も詳しくは知らんのだが」と、何故か落ち込んだように話す。


 ――戦時中だか、戦後だかは分からんが、日本がまだ復興途中の話だと思って聞いてくれるとありがたい、俺の話が正しいのかどうかは、俺にも分からんからね、と最初に忠告のようなものをして、高崎さんが話し始める。


 ――ある町に、花子さんって女の子が住んでいたんだそうだ。

 彼女は生まれ付き身体が弱くてね、体育も見学、下手すりゃ学校も休んじゃうような子だったそうでね。まぁ、今と比べりゃ食糧事情も悪いだろうし、生活も何とか食い繋いでるって感じだったんだろうから、それはそれで誰も責められるようなものでもなかっただろうが。

 そんな中、その花子さんがある時、学校のトイレに行ったまま行方が分からなくなったんだそうだ。いや――、ある生徒はトイレに行ったんじゃなくて校内に入ったままだとか、またある生徒は体育館じゃないのとか、色々と交錯してたらしいが、結局探しても花子さんは見付からなかったらしい。


 いつの頃からか、その花子さんをトイレで見た、という生徒が増え始める。不思議なことに、その花子さんを見たという生徒に限って事故に遭ったり、身体の不調を訴えて病気が発見される、という具合でね、何だか先生方も怖がっていたんだそうだ。


 高崎さんは、そこで一旦話を切る。

 僕らが見上げると、軽く肩を竦めてまた話し始めた。


 ――ある時、トイレに「花子」という少女が住んでいるらしいという話を、親から聞いたという生徒が、それは本当なのかと確かめると言ってね。やめろという友達を振り切って校舎の1階のトイレの――奥まった一番端の個室の扉を、軽く叩く真似をしたんだそうだ。ただの好奇心という奴で、悪気はなかったんだろう。

 しかし――、それだけのことなのに、いつまで経っても彼女は帰って来ない。最初は恐々だった友達たちも、気になったのかトイレに行って見てみようという話になったんだそうだ。


 しかし――、間違いはないはずなのに、そこにその子の姿はなかった。

 確かに、この校舎の1階のトイレに行くと、そう言って教室を出たはずなのに、一番奥の個室のトイレの扉を叩くだけと言っていたはずなのに、と誰もが不思議がり、そして教師に話をしたんだ。

 教師は――、驚きはしても自分は入れないからと言って、全く相手にしようとはしなかった。それどころか、そう言った手前恥ずかしくてみんなの前に戻って来れないのではないかと、そう言って笑ったんだそうだ。

 しかし、そんなことを気にするような子ではないと、友達は思ったんだろうね、授業がなくて何もしていない女性教師に、トイレに行ったきり戻ってこない子がいると訴えたんだ。


 最初は、その女性教師もそんなことで、と笑っていたけれど、その子は真面目な子でふざけた真似をするような子じゃないと気付いたのか、とりあえずトイレに行って様子を見てからということになったんだそうだ。

 そして、子供達が見守る中、一度トイレに入っていないことを確認して、一番奥の――その個室の扉に手をかけた。鍵は掛かっていない、けれど、と思いながらも扉を叩いて、いるのなら返事をしてと小さな声で話しかける。

 すると、中から返事がしたんだ。

 「は―――、あ―――、い―――」

って、間延びした、でも地獄の底から響くような、陰湿な返事が。


 高崎さんは、再びそこで話を区切る。

 川崎さんが、呆れたような顔をしながら先を促す。

 

 その声を聞いた誰もが、背筋の凍る思いをしただろう。

 しかし、その扉の前に立つ女性教師は、逃げたくなるのを堪えて再び扉を叩いて、いるのなら出てくるようにと声をかける。でも、今度は何の返事もない。

 変な声を出したのが恥ずかしいのか、と思いながら扉に手をかけ、そして開けようと力を入れるも扉は動かない。ほんの少し建て付けが悪いだけでもガタガタいうはずのその扉は、全く動くこともなく音も立てなかったらしい。


 そして、男性教師に入ってもらって無理やりこじ開けたその先にあったのは。


 高崎さんが、小さく笑って、話を進める。


 ――全身血塗れで息絶えている、その子の姿だったんだそうだ。

 他には誰もいなかった。もう死んでるのは誰から見ても明らかだったし、とても驚いたような形相で固まっていたのもあるだろう、今殺されたという風でもなかったんだそうだ。もうその服の血は固まっていたし、随分前からそこにあったような、異様な光景だったんだそうだ。

 ただ、その子がトイレに入ったのはほんの――20分かそこら前の話で、そんなに簡単に流れたとが固まるとは思えないほど、いびつに見えたそうだ。

 

 殺されたのだ――、と誰もが思っただろう。

 一体誰に?

 決まっている、トイレにいるという「花子」という子供だ――。


 では、ではあの気の抜けたような返事は誰がしたのだ?

 ここには誰もいない。死体になってしまったこの子だけだ。

 それならば、ここには「花子さん」がいたのだ――。


 誰もが、そう思った途端、壁からスッと手が伸びて来たらしい。

 恐々覗き込んでいた子供達は、驚いてトイレから逃げ出してしまった。

 ただ1人を除いて――。











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