第10話 「トイレの花子さん」①
「ねぇ、隼くん」
同じクラスのゆうりちゃんが、珍しく声をかけて来た。いつもなら――、用事がなければ全く話しかけてこない、内気な女の子なのに。
「うん、どうしたの?」
頷いて見上げる。ゆうりちゃんが困っているのを見、しばらく黙って待つ。
「あのね、あの……」
ゆうりちゃんが、顔を赤くしながら言う。言いたいけれど、言葉にならないといったような感じだ。
「あぁもう、もっとシャキシャキ話せよ」
隣にいた健太が、焦れたように言う。怯えたような顔をして、首を竦めるゆうりちゃんを睨んで、それから僕を見て同意を求める。
「まぁまぁ、そんなに声を荒げなくても、ねぇ、ゆうりちゃん」
慌てて手をあげて、ゆうりちゃんに微笑んで見せる。「――大丈夫だよ。休み時間終わる前に話してくれたら。ね?」
「うん……、ごめんね?」
素直に謝られてしまった。思わず照れてしまうと「あのね、さきちゃん、見付かったって話、した方がいい?」と驚きの言葉を言われてしまった。
「え?」
「えぇ?」
驚いたのは僕だけではない。健太も同じように驚いて、ゆうりちゃんを見る。「っど、どういうこと? 行方不明じゃ、なかったの?」
「う、うん。そうなんだけど……」
ゆうりちゃんが、困ったような顔をする。
「うっそでぇ。――だって、警察だって掴めてないんでしょ? そんなの、すぐ見付かる訳ないじゃん」
健太が、信じられないと言うように声を上げる。「嘘はダメだよ?」
「嘘じゃないもん、お父さんがそう言ってたもん!」
ゆうりちゃんが反撃する。いつもは――、大人しいゆうりちゃんが声を上げたのに驚いて、健太も背中を逸らす。
「ちょ、ちょっと待って?」
慌てて止める。「お父さん? お父さんって――」
「お父さんは、刑事さんなの。だから、隼くんの話を聞いて、探してくれてたんだよ? さきちゃんが、いなくなったって言ってた時から」
ゆうりちゃんが――、珍しく早口で言う。「お家の人からも、探してって依頼が来たから、探してたんだって言ってた」と、頬を膨らませる。
そういえば――、ゆうりちゃんのお父さんは刑事さんだったんだっけ。
それも――特殊な部署にいる有名な刑事さんで、名前を知られている人だと言っていた。お父さん自身は表に出てこないけれど、責任者の所に名前が載る――、そんな人みたい。お母さんはもういないって言ってたから、参観日とかで見てるはずなのに全く記憶にない人だ。
娘の話を冗談とみなさず、ちゃんと聞いてくれるような人なんだろう。いくら捜索届け――っていうの? ――が出ていても、適当にごまかさず見てくれているのだ。
「それでね、隼くんに会ってみたいって言われたんだよ」
ゆうりちゃんが言う。驚いて見る僕に「一度、会ってくわしい話を聞きたいって」と、何となく照れたような顔をして言う。
「っぼ、僕に?」
どうして――? と訊く僕に、分からないと言うように首を傾げる。
かくして――、その日の夕方に、何故か楽しそうだとついてきた健太と一緒に、ゆうりちゃんのお父さんに会いに行くことになってしまった。
名前は知られている、有能な刑事さんだって言っていたから、会ってみたいと健太は言っていたけれど、きっと別の理由があるのだろう。
ゆうりちゃんは、少し暗い印象を受けるだけで、実際には可愛い女の子だ。そんなゆうりちゃんのお父さんが、どんな人なのか知ってみたい気持ちもあるのだろう。
「――あっ」
ゆうりちゃんが、角を曲がったその先で誰かを見付けたのか、走り出す。
「ちょっと待ってよ」
慌てて僕らも駆け寄ると、その男の人が僕らに気付いた。
背の高い――、とても格好いいお兄さんだ。黒い、短髪――っていうのかな――で銀縁眼鏡をかけた、人の良さそうなお兄さん。
「あぁ、えっと」
そのお兄さんが、僕らを見て首を傾げた。「――どっちが、隼くんなのかな?」とゆうりちゃんに訊く。
「――こっち」
ゆうりちゃんが、僕を示す。
「あぁ、そうなのね。――初めまして」
お兄さんが、屈み込んで目の高さに合わせながら言う。「――俺は高崎という。えぇっと、ゆうりちゃんの親父さんの部下って言うべき?」と自己紹介してくれた。
「その子が、隼くんか」
背後から声がして驚く。見ると、同じように背の高い――、金色に見える赤い髪のお兄さんが立っていた。よく見ると、その切れ長の目も深い蒼色の瞳をしている。
「お父さん」
ゆうりちゃんが言う。っということは、こっちの――ほぼ外国人みたいなカッコいいお兄さんが、ゆうりちゃんのお父さん?
「あぁ、ごめんね」
その人が、小さく笑って屈み込む。「俺は川崎という。――まぁ、この子の父親というべきなんでしょうね」と、にこやかに笑って自己紹介された。
「っは、はい」
勢いに呑まれて頷いちゃった。
「で、君が竹中隼くんで、そっちの子が村上健太くん、それと――祐里、か」
それぞれ目を向けて、頷くのを見て頷き返す。「行方不明の子は、北畑紗希ちゃん9歳、で合ってる?」と、確認の意味なのだろう、僕らに訊く。
「っはい」
僕が頷くと、頷き返して頭を撫でてくれた。
「――君からの話は、祐里からも聞いていてね」
と、屈み込んだまま話を進める。「そもそもが、『学校の怪談』というものを、俺は知らないんだが――」と、わずかに整った眉をひそめた。
「知らない――?」
「あぁ、俺は学校にはあまりいい印象を持っていない。――見てくれがこうだからかもしれんが、そういったものに興味を持てなくてね」
僕が訊くと、川崎さんはそう言って頷いて「君が知っているという、その『学校の怪談』を、分かる範囲で教えてもらえないかと、祐里に頼んで連れて来てもらったんだよ」と、ゆうりちゃんを見る。
「そういう話なら――」
いくらでも、と頷いて、僕はゆうりちゃんのお父さん――川崎さんに、『学校の怪談』の話を最初からすることになったのだった――。
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