第9話 「空を見上げる少女」


  「ねぇ、隼くん」

  隣のクラスのはるちゃんが、何だか言いたそうな顔をして僕に声をかけてきた。

  「なに?」

  ドキドキしながら聞いてみると、はるちゃんは少し困ったような顔をして、

  「さきちゃんと関係あるかどうか分かんないんだけど」

と声を小さくして言う。僕が頷くのを見て、「あのね、あたし、こんな話を聞いたことがあるんだけど」と言って話し始めたんだ。


  その家には、高校生の女の子がいたんだって。

  その家の娘さんに惚れていた男の子が、ある日その家の彼女の部屋の窓を見上げたら、彼女は空を見上げてじっとしてたんだって。

  丁度お月さまが煌々として綺麗だったから、お月さまを見上げてうっとりしてるんだって思ったんだって。

  それから毎日毎日彼女の家の前を通って、その子が空を見上げてるのを見てうっとりして帰ってたんだけど、ある時何だか変だって気付いたんだって。

  初めて見た時から何にも変わってないこと、お母さん達は普通に話をしてるのに、そこのお嬢さんの名前がまったく出て来ないことに。

  不思議に思って、彼女のお母さんに話を聞いたんだって。

  そしたらね、お母さんはこう言ったんだって。


  『うちには娘はいませんよ』


って。


  え? だって、あの窓からいつも空を見上げてる女の子がいるでしょ? 僕は毎日その子の顔を見て帰ってるんですよ?

  そう言って、お母さんを見たら、お母さんの顔色が変ったんだって。

  でね、慌てて2階へ上がってっちゃったんだって。


  追いかけたその子が見たのは、窓際で首を吊ってる男の子の姿だったんだそうだよ――。

  その男の子はセーラー服を着た可愛い子で、髪も少し長くて、ちょっと見ただけだったら女の子に見えなくもなかったみたい。

  学校の制服がセーラー服だったんだって。男の子は上だけで、もちろんズボンなんだけど……。


  その男の子は、自分が男子に惚れてたんだって知って、気が狂ったって言われてるみたいだよ。


  そう言って、はるちゃんは話を締めくくった。

  僕達が変な顔をしたことに気付いたのか、慌てて手を振って、

  「その自殺した子の家がね、さきちゃんの家の近所にあるんだって」

と言い訳のように言ったんだ。


  ――かくして、相変わらず首を突っ込みたがる健太と一緒に、僕とはるちゃんはその家に向かうことになった。

  学校の帰り道だから、とはるちゃんは言ってたけど、多分怖いんだろうな。

  健太は相変わらず能天気に何だか色々と話をしていて、その家に近付いたら急におとなしくなった。


  「この2階の部屋が、その子の部屋だったんだって」

とはるちゃんが示す。

  ――薄暗い部屋だと思った。

  カーテンもなく、暗い暗い光が差さないような部屋だなと思った。

  そこに浮かぶ男の子の顔を見たような気がして、ゾクリとする。


  健太が慌てて窓を指差した。

  「あそこに顔が!」

って叫んだんだ。慌てて見た僕達に笑って、「嘘だよ」って言ったけど――。


  僕は本当に見たんじゃないかと思ってる。

  だって、健太の顔はお化けを見た時みたいに真っ青だったから。


  ――この時見た顔が、もしかしたらさきちゃんだったのかもしれない。

  だって、この後にあんな事件が起こるだなんて、この時の僕らはだれも思わなかったんだから――。

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