第6話 「音楽室のピアノ」

 

 「隼くん、隼くん」

  隣りのクラスのあきちゃんが、慌てたように駆け込んできた。

  あきちゃんは、僕のお隣に住む女の子で、幼馴染み。去年までは同じクラスだったのに、クラス替えがあってお隣に行っちゃったんだ。休み時間に時々来ては何てことない話をして戻って行っちゃうんだけど、帰りに話せばいいのに、っていつも思う。

  そんなに重要な話を、まだあきちゃんからされたことなんてないから。

  「どうかしたの?」

って僕が訊くと、あきちゃんは顔を真っ赤にして肩で息をしていたけど、やがて落ち着いて深呼吸した。そんで、

  「あのね、音楽室のピアノが鳴るって知ってる?」

って逆に訊いてきた。僕が困っているのに気付いたのか、「昨日、音楽室のピアノが独りでに鳴ったんだって。先生も聞いたって言ってたよ」なんて言うんだ。

  「それがどうかしたの?」

  何だかさきちゃんとは関係ない気がして、学校の怪談とも関係ない気がしてそうそっけなく訊くと、あきちゃんはちょっと悩んだ。

  そんで、悩んでからやっぱり言うつもりにしたのか、僕と興味津々で後ろで聞いていた健太に、

  「この学校のピアノはね、元々ある学校の音楽の先生が持ってたんだって。そんでね、その先生が自殺しちゃって、お家の人が先生の形見だからってどっか違う学校に寄贈したんだって。でも、その学校でも鳴ったから、気味が悪いって言われて転々としてたんだって言ってた」

なんて言うんだ。僕と健太が顔を合わせると、「そのピアノがね、去年この学校に来たんだって。そんで、最近は鳴らなかったんだけど」って、声を急に潜めたんだ。

  「それがさきちゃんとどう繋がるの?」

  呆れたように健太が言う。あきちゃんが見た。健太は少し呆れたみたいに「――今はさきちゃんを探してるんだよ。そんなピアノの話なんてしたって」ってあきちゃんに言った。


  「だから」

  あきちゃんが言う。僕と健太が見ると、「さきちゃんがいなくなった時から鳴りだしたんだって。だからね、先生達も調べたって言ってたよ。でも、最近ずーっと夜中に鳴ってるって言ってたよ。聞いた先生もいるんだって」って懸命に説明してきた。

  「ウソだよ。だって、さきちゃんは――」

  言い掛けて僕は口籠る。さきちゃんは、僕が家まで送ってたんだってどうしても言えなかったんだ。言っちゃダメだって言われた気がして。

  「さきちゃんは?」

  あきちゃんと和文が僕を見る。

  「さきちゃんは――、家に帰ってる途中でいなくなっちゃったんでしょ? 学校にいる訳ないよ」

  慌ててごまかした。健太もあきちゃんも納得したのか頷いてくれたけど、僕はとっても冷や冷やした。


  「だったら、確かめに行けばいいじゃん」

  健太が言う。この間も夜に学校に体験に行って怒られたのに、懲りてないみたい。

  あきちゃんは渋ってたけど、言い出しっぺだからって強引に説き伏せられて、何でか僕も行く事になってしまった。

  健太が言うには、僕がさきちゃんを探すって言ったからだって言うんだけど、そんなのってあり?


  夜遅く。

  ――非常灯が何だか怪しい気配。ちかちかしてるとすっごく怖い感じ。

  健太は気にしていないのか、どんどん進んで「音楽室」のプレートがかかった教室に辿り着く。僕らは健太の後ろでごくり、と唾を飲み込む。

  意外にも、スーッとドアは開いた。

  「誰?」

  声がした。驚いている僕達を見て、その人は少し驚いたようだった。でも、すぐにニッコリ笑うと、「なんだ、君達か」って溜息吐いた。

  

  その人は、新任の音楽の先生だった。

  まだ若い。未熟者だからって言ってたような気がする。

  「校長先生にお願いして、1時間だけ練習させてもらってるんだ」

って、恥ずかしそうに笑ったよ。電気を消した理由は、「電気付けてたら手元が狂っちゃうから」ってことなんだって。

  「さきちゃんは?」

ってあきちゃんが訊いたら、分かんないって言ってた。

  結局、音楽の先生の練習ってことで落ち着いたんだ。健太も、何だって顔してた。

  僕らは先生に校門まで連れて行ってもらって、そこから家に帰ったんだ。他の先生に見付かる前にって先生に言われたから。

  「バイバイ」して、家路に着いた。


  でも。


  翌日、校長先生にそんなことがあったんだって言ったら、校長先生が不思議そうな顔してた。そんで、

  「そんな夜中にピアノを鳴らす許可なんて出してないよ」

って言われたよ。ウソだって言ったら、「周りのお家の迷惑になるから、先生がいても7時までには全ての教室のカギをかけるんだよ」って言った。

  音楽の先生も、新しく来た先生は、昨日見た若い先生じゃなくて、ちょっとお母さんくらいの年の先生だった。

  前にいた先生がもう年だからって辞めた後に来た先生だって言ってた。


  じゃあ、昨日僕らが見たあの若い先生は誰だったんだろう?

  あの先生は、確かに音楽の先生で――、紹介されたような気がするのに。

  僕らはあの先生を探したけど、もうどこにもいなかった。


  やっぱり、あの先生がピアノの持ち主で、自殺したっていう先生だったんだろうか。

  自殺した後も、ピアノが好きで、夜になるたびに弾いてるんだろうか――。

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