第5話 「動く人体模型」

  さきちゃんがいなくなって1週間が過ぎた。

  相変わらずさきちゃんは見付かっていないらしくって、行方を探すお手伝いをしてほしい、と先生達に頼まれてる。

  その間に色々不思議な事件は起きてるけど、僕達は変わりなく毎日を過ごしていた。


  「ねぇ、隼くん。この学校の人体模型って気味悪いよね」

  隣のクラスのももかちゃんが、そう声をかけて来た。僕が見ると、「血管とか筋肉って言うの? あれがリアルでさー」と1人で頷いて話している。

  合同で理科の実験をした後、そんなことを話して来られてもって思ったんだけど、きっと僕がさきちゃんを探していることを知っているんだ。だから、いいチャンスだと思って話しかけて来るんだろうけど。

  「あの人体模型、夜になったら動いてるって話だよ」

  耳元でこっそりとももかちゃんは話す。驚く僕にクスッと笑うと、「夜中にね、バタバタ走り回ってるのを見た子がいるんだって」と声を小さくしてひそひそと話した。

  「動いてるの?」

  「先生が見たって言ってたし、用務員さんも見たって」

  「だって、固定されてるじゃん。動きっこないよ」

  そうだ、人体模型は柱にくくりつけられて立っているんだ。だから、動きっこない。そういう僕に、ももかちゃんは笑った。それから、

  「夜になったら解放されるんだって。だから、人体模型は動いてるんだって言ってたよ」

と僕がまるで馬鹿みたいな言い方をする。「見たって人、いっぱいいるんだから」

  「違う人じゃないの? 例えば他の宿直の先生とかさ」

  「夜中に校舎走り回ってんの? 先生が?」

  笑ってももかちゃんは言う。何だかやっぱり馬鹿にされてる気がする。「ウソって言うんなら、確かめに来ればいいじゃない」

  「僕だけ?」

  「そうだよ。だって、あたし寝ちゃうもの」

  ウソだ。絶対怖いんだ。そう言って笑った僕に、ももかちゃんは反発した。「ウソじゃないもん。怖くないったら」と顔を真っ赤にして怒る。


  そして、夜中に僕らは学校を探検することにしたんだ。


  「ねぇ、怖くない?」

  言い出しっぺなのに、ももかちゃんがそんなことを言う。僕の服の背中を引っ張って、怖々付いてくる。「隼くん」

  「大丈夫だってば」

  非常灯が点滅してる。本当言うと僕だって怖い。だけど、本当に人体模型が動いてるか、確認しなくちゃ。

  「なぁ、隼」

  面白そうだ、と付いてきた健太が、非常灯を見上げて言った。僕とももかちゃんが見ると、「理科室って開いてんのか?」って、ごくごく当然のことを言った。

  それもそうだ、と思う。思っていたら、ももかちゃんが僕と健太を見たんだ。そんで、

  「人体模型が動くんだから、開いてるに決まってるでしょ」

とか言うんだ。「絶対開けてるよ」

  僕と健太は顔を見合わせた。そんなことないって思ったんだけど、自信満々なももかちゃんに何も言い返せなかったんだ。


  理科室――。

  ごくり、とつばを飲み込んで、僕達はその扉の前に立った。

  「いい、開けるよ」

  ももかちゃんがソーッとささやいて、ドアに手をかける。

  「絶対に開いてないよ」

  僕が断言するように言ったのに、ももかちゃんは認めようとしないんだ。だから、ドアを開けてもらうことにしたんだけど――。


  ――バタバタバタバタ。

  遠くから誰かが走ってくるような音がする。

  僕達は顔を見合わせた。尋常じゃない足音だ。何か忘れ物をしたかのような――。

  「人体模型だよ」

  ももかちゃんが顔色を青くしてそんなことを言う。

  「違うよ。どう聞いたって人間の足音だよ」

  健太が、やっぱり顔を青くして言う。「だって、人体模型は軽いだろ? あんなどっしりした走り方はしないよ」って、もっともなことを言ったんだ。

  「でも――」

  ももかちゃんが焦ったように言う。

  そうしてる間にも足音は段々近付いてくる。


  「――お前達!」

  大きな声が響く。驚いて飛び上がった僕達に、先生が肩で息をしながら声をかけてきたんだ。「何してるんだ、ここで」

  僕達は、驚いたけれどホッとしたんだ。

  だって、人体模型じゃなくて先生だったから。

  夜の校舎に無断で入ったことを怒られたけど、何事もなくてホッとしたんだ。

  ももかちゃんも、人体模型が動くはずないって先生に言われて、そんでもって理科室のドアを開けて確認してホッとしてた。

  

  こうして、夜の校舎探検――人体模型を見る目的は達成されたんだ。

  でも、本当言うとね、僕も怖かったんだよ。

  だって、人体模型が本当に動いてたら――って思っちゃったもん。




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