第3話 「赤いちゃんちゃんこ」

  「ねぇ、隼くん。「赤いちゃんちゃんこ」って知ってる?」

  さきちゃんを捜そうと言った僕に、さきちゃんと仲が良かったゆいちゃんがそんなことを言ってきた。


  「しらないよ」

って答えたら、ゆいちゃんはちょっと笑って、

 「「トイレの花子さん」と同じでね、女子トイレに出るんだって。そんでね、「赤いちゃんちゃんこいりませんかぁ」って言うんだって」

と少しおどけたような声で言う。僕が頷くと、「いらないって言ったら解放してもらえるんだけど、ほしいって言ったらね」と一度区切った。


  「言ったら?」

  僕が訊くと、ゆいちゃんは少し考えた。そして、

  「言ったら、言ったらね、えぇと……」

と思い出そうとして思い出せなかったみたいで、困ったように笑ったんだ。


  「知らないの?」

  真剣に聞きたかった僕が訊くと、ゆいちゃんは困ったように頷いた。

  「あのね、昨日教えてもらったんだよ。でも、怖かったから忘れちゃった」

  ゆいちゃんは、そう言ってはにかんだように笑ったんだ。

  「赤いちゃんちゃんこ」が、僕らの最初の課題になった。

  僕らはその「赤いちゃんちゃんこ」が出てくるっていう女子トイレに行ってみた。


  女子トイレは僕ら男子にとって未知の世界で、でも男のトイレと少し違う所があるだけであんまり変わらないなって思った。

  ゆいちゃんは、端っこがその出てくる所だって言ってたんだけど、何も変わらない、ただのトイレ。

  でも、ここで人が殺されたっていう話を耳にしたんだ。


  「うぅん、ここじゃないんだけどね」

  ゆいちゃんが言う。僕らが見ると、「どこのトイレかは分かんないんだけど、どこかのトイレで婦人警官が殺されたんだって。それが ね、その婦人警官の身体から出た血で縞みたいになってて」って自分の身体を示しながら話す。

  みんな、固唾を飲んでゆいちゃんの言葉を待ってた。

  「個室のトイレで血塗れになって死んでた――って」

  ゆいちゃんは声を潜めて言う。「そうお姉ちゃんが話してくれたんだ」

  もしかして、それが「あかいちゃんちゃんこ」の正体なのかな? って思ってると、ゆいちゃんがコクリと頷く。


  「赤いちゃんちゃんこがね、誰かの後ろにいるんだって」

  ゆいちゃんがそんな話をする。うぅん、ゆいちゃんの声じゃない。

  僕らはそこで、まるで金縛りにあったみたいに動けなくて、ゆいちゃんが話す言葉を黙って聞いてた。

  冷や汗が背中を伝う。

  「ね、赤いちゃんちゃんこいりませんか~って言ってくるんだって。その声に答えちゃいけないんだよ。答えたら――」


  誰かが叫んだ。

  その瞬間、身体が動いたんだ。だから、僕らは無我夢中で走ったよ。声をあげて、見えない何かに付いてこられないように。

  大騒ぎで外に飛び出した僕らは、校庭で呆れたような顔をしてる用務員さんに出会って何とか落ち着いた。

  気付いたらゆいちゃんがいなかった。

  捜したけど、どこにもいなくて。


  怖々トイレに戻ったけれど、ゆいちゃんはいなかった。もしかして――って、個室の端っこを覗いたら。

  ――ゆいちゃんはそこで仰向けになって倒れてた。最初は気絶してるだけだと思ったんだ。起こそうとして気付いたよ。

  ゆいちゃんは――。

  両肩から脇腹までのシャツを赤く染め上げて、そこで死んでたんだ。

  両目をむき出しにして、苦しそうな顔で、涙を流して。

  

  「あかいちゃんちゃんこ」の話通りの恰好で――。


  それから、僕らは警察官に色々と訊かれたけれど、何も答えられなかった。

  だって、ゆいちゃんがどうして死んでたのか僕らにも分からなかったし、用務員さんがいたから怪しい人なんて入ってこなかっただろうし、ゆいちゃんが「赤いちゃんちゃんこ」の話をした後に変になったのは確かだって言ったけど、それは取り合ってくれなかったし。

  ゆいちゃんが「赤いちゃんちゃんこ」に殺されたんだってみんなで言ったけど、誰も信じてくれなかった。

  

  そして、僕らの最初の冒険は終わったんだ。


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