小さな違和感の積み重ね

三鹿ショート

小さな違和感の積み重ね

 彼女の様子に違和感を覚え始めたのは、結婚してから数年ほどが経過した頃である。

 発する言葉には変化がほとんど無かったが、最近の彼女は、以前よりも明らかに外出の頻度が増え、これまでとは異なった趣の衣服を着用するようになり、外出の際には念入りに化粧をするようになった。

 勿論、彼女なりにこれまでの地味な自分から脱却しようという意識から、そのような行動の変化が見られたという可能性も存在している。

 だが、何よりも違和感を覚えたのは、彼女が私のことを求めることが多くなったということだった。

 自分の肉体に自信が無いという彼女は、結婚する前から、私と身体を重ねたことが数えるほどしかなかった。

 しかし、今の彼女は、少なくとも数週間に一度は、夜の営みを求めてきたのである。

 私も人間であるゆえに、誘われればそれに応えてきたのだが、考えてみれば、奇妙な話だった。

 どのような心境の変化なのだろうかと首を傾げていたところ、一つの可能性が浮かんできた。

 もしかすると、彼女は子どもが欲しいのではないだろうか。

 それならば、彼女が私のことを求めることにも、納得することができるのだ。

 私がそのことについて訊ねたところ、彼女は目を見開いた後、恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、首肯を返した。

 これで、疑問の一つは解決したが、それ以外の点については、不明のままだった。

 だが、子どもが欲しいという彼女の態度から、とある可能性を考えた。

 それは、彼女が自分のことを磨くことで、私に性的な魅力を感じさせ、その結果、私が抵抗を覚えることなく夜の営みを受け入れることを期待したのではないか、ということである。

 そのように考えれば、彼女が自身の見目に気を遣うようになったことにも、納得することができるのだ。

 しかし、その考えは、間違っていたのかもしれない。

 何故なら、娘が誕生してからも、彼女の行動に変化が見られなかったからである。

 彼女の行動の変化について納得することはできないが、それでも、家族三人での生活に特段の不満も無かったために、私は考えることを止めた。


***


 成長した娘を見て、私は首を傾げた。

 どのように見たとしても、私と彼女には似ていないからである。

 私と彼女の両親などに似ているのではないかとも考えたが、それもまた、間違っていた。

 其処で、私は信じたくはない可能性に行き着いた。

 私が自分の娘だと思っている人間は、彼女が別の男性と身体を重ねたことで誕生したのではないか、ということである。

 もしかすると、彼女が積極的に私を求めてきたのは、私以外の男性と身体を重ねたことで、自分が妊娠してしまった場合の言い訳とするためなのではないだろうか。

 彼女が別の男性と関係を持っているということならば、その相手に気に入られるべく、それまでの地味な自分から姿を変化させていたとしても、不思議な話ではない。

 其処まで考えたところで、彼女が変化するようになった時期において、同窓会に参加していたことを思い出した。

 其処で、学生時代に関係を持っていた人間と再会したことで、焼け棒杭に火がついたのではないだろうか。

 そして、その相手と関係を持ったことで妊娠してしまった場合に備えて、私とも関係を持つようになったということなのではないだろうか。

 彼女が自分のことを裏切るわけがないと信じたいが、念のためにと、私と娘に血縁関係が存在しているのかどうかを調べることにした。

 やがて郵送されてきた調査結果を見て、私が安堵することはなかった。


***


 自宅に仕掛けていた撮影機器から、彼女がどのような相手と関係を持っているのかは、即座に判明した。

 その映像を突きつければ、彼女と浮気相手が言い逃れることは不可能であることに間違いは無いが、それだけでは、私の気が収まらなかった。

 ゆえに、私は、娘だと思っていた少女を利用することにした。


***


 郵便受けに入っていた記憶媒体には、彼女と浮気相手の娘が、仮面を装着した何者かに陵辱される姿が記録されていた。

 あまりの光景に、彼女は私に抱きつくと、泣き声を出し始めたが、私が同じような反応を示すことはない。

 無言の私に向かって、彼女は涙を流しながら、謝罪の言葉を吐いた。

「これは、あなたを裏切った私への罰なのでしょう」

 それから彼女は、私以外の人間と関係を持ち、その人間との子どもが、私が娘だと思っている人間なのだと告げてきた。

 私は驚くような反応を見せるが、勿論、演技である。

 私は彼女の裏切りについては既知であり、そして、彼女の娘を陵辱したのは、私であるからだ。

 そのようなことも露知らず、彼女は二度と私を裏切ることなく、これからは心を入れ替えるという言葉を発した。

 だが、私は既に、彼女に対する愛情を失っている。

 それでも彼女を受け入れることを決めたのは、己に疚しいことがあるために、私に頭が上がらなくなり、これからは私を支えることに人生を捧げることになるということが分かっていたからである。

 このような結果を得るために、彼女の娘の肉体を味わうことになったのだが、私は罪悪感を抱いていなかった。

 子どもには罪は無いとはよく言うものだが、浮気の結果誕生したということを考えれば、彼女の娘は、罪の結晶ということになるのである。

 そのような存在を、被害者である私がどのように扱おうとも、彼女やその浮気相手、そして、彼女の娘は、文句を口にすることができるような立場ではないのだ。

 ゆえに、私は今後も、彼女の娘と関係を持つつもりである。

 私のことを邪悪な存在だと感ずるような人間は、悪人の味方だということになるということを、憶えておいた方が良いだろう。

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