僕たちが神様に祈る理由 0
これは卯月の近況ノート内のみで公開していた作品です。
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「ああ、上手く書けない。そこそこ書いてきたけど誰も読んでくれないし、だめだなこれ……。アンナもそう思うよね」
俺の執筆画面を食い入るように無言で見つめる彼女に意見を求めてみる。仕事を終え帰宅する俺に恥ずかしげもなく抱きついてきて甘い声で求めてくる情熱的な彼女も、俺がパソコンの前に座りカクヨムの画面を開くと急に大人しくなる。この投稿サイトの底辺作家である俺の一番最初の読者様が彼女である。豆腐メンタルの俺のことを分かってくれているのだろう、批判的な意見を言うことは無い。逆にアドバイスをくれることもないのだが。
そんな彼女のこげ茶の体毛を優しく撫でる。俺のキーボードを打つ両手の間にすっぽり収まっている彼女は嬉しそうな顔でこっちを見る。そう、彼女は雑種の茶トラ猫。
その後の展開がイマイチな感じになってしまった書きかけの小説データを削除しようとしたら、彼女の猫パンチを食らった。顔面に。
「痛っ! ちょっとなんだよ~。ん? どうしたのさ、急に」
アンナを飼い始めて3年になるが、いまだに彼女の気分の変化に翻弄されている。うちのお姫様をお世話する臣下の俺はこんな理不尽な仕打ちにもいつも笑顔で対応する。
『わかってないのにゃ』
俺は後ろを振り向くが誰もいない。今、声がした気が……。
『こっちなの。目の前にいるのにゃ』
前を向くとアンナが俺の顔を見上げている。あれ?
「疲れてるのかな……。ちょっと風邪気味だけど、薬はちゃんと飲んだし」
『ファンタジー小説書いているくせにこの状況を把握できていない駄目作家なの。ワタチが喋っているのにゃ』
「おおっ!?」
俺は驚いて椅子に座ったままひっくり返りそうになる。
『やっとわかったのにゃ』
「えっ、アンナ。いえ、アンナさんって話せるのですか?」
『そうなの。隠していたけど実は喋れるのにゃ。でも化け猫とか妖の類じゃないの。あなたたち【シッピツシャ】様を監視する【組織】の有能なエージェントなのにゃ』
シッピツシャって執筆者のことだろうか?
『いまご主人は、新しく生まれようとしていた【世界】を消滅させようとしていたの。それは神にも等しい【シッピツシャ】様の持つ権限だからその選択も自由なのだけど、あの【世界】を消すのはもったいないのにゃ』
神とか世界とか、いよいよ俺もおかしくなってしまったのだろうか。まさか実際に自分でするとは思わなかったが、頬を思い切りつねってみる。
「痛ってえ!」
『ご主人は何やっているのにゃ? 馬鹿なの? 知っていたけど馬鹿なのにゃ』
「酷い……」
最愛のアンナちゃんから馬鹿呼ばわりされた。いや、なんか嬉しいかも。変な扉が開きそうになる。
『ご主人の歪んだ性癖を受け止めることはできないの。でもご主人はあと数分後に死んでしまうから、今回だけ許してあげるのにゃ』
「へっ!? 俺死ぬの? いや、死んじゃうんですか!?」
『そうなの。でも、底辺なりにシッピツ活動を頑張ってきたご主人を【組織】がスカウトすることにしたのにゃ』
「スカウト?」
『ご主人はいま書いている小説の世界に【転生】するの。その世界で【組織】のメンバーとして働くの。ご主人の上司は私なのにゃ』
そういうと上司になるというアンナ猫は器用にキーボードとマウスを操作して、俺の書きかけの作品を投稿してしまった。
「おい、書きかけだろ!」
こんな状況でも、俺の底辺だが作家としての矜持が声を荒らげさせた。
『ご主人が初めてわたちに怒ったの。でも許すのにゃ。これは仕方のないことなの、あと三十秒でご主人は脳梗塞で死んじゃうからなのにゃ』
「えっ!?」
『詳しいことは向こうの世界で伝えるの。じゃあ、また後でなのにゃ』
そして俺の意識は急に途切れるのだった。
その後、俺は自分の小説世界に転生した。そこで自分のお気に入りのキャラである聖女様を陰ながらサポートすることになる。そこは作者である俺が既に死んでしまい、その後更新されることのない世界。
了
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