この世界の敵は我々が排除する

これは……。いつのだったっけ? とにかく過去の作品でございます。

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「先輩、緊急の呼び出しだっていうから薬草採取の依頼放り投げて、慌てて来たんですよ。どうして待ち合わせ場所がいつもと違うこんな明るい店なんですか? いつもの裏通りの酒場に行ったら、マスターに先輩はここだってメモ渡されて……」


「依頼の補填は俺がするから機嫌を治してくれ、新人。で、お前は何にする? 俺は『夢見るうさちゃんキュンキュンパフェ』だ」


「はっ!? 先輩結構いい歳ですよね……。うさちゃんパフェって、正気ですか!」


「俺はいつも冷静だ。『組織』でも教わっただろ、任務には常に危険が伴うから油断すること無かれと」


「ええ、そうですけど。どう見ても危険とは縁遠い気が……」


「おかえりなさいませ、ごしゅじんさまー」


「お、お帰り?」


「新人、ここは『ただいま』と答えるんだ。油断するな、怪しまれるぞ」


「えっ、ええ!?」


 まだまだだな。情報収集があれほど大切だと言っていたのに、これだから新人教育は面倒だ。だが仕方ない。俺のバディは前回の任務で重傷を負ってしまったからな。後進の育成は『組織』においても重要な仕事だ、長い目で見守るか。しかし、注文が『ぴよぴよひよこさんのオムライス』とはセンスがある。意外に大型新人なのかもしれんな。


「はあ、旨かった。俺、腹減ってたんですよ。でもさっきの何スかね。『萌え萌えきゅーん』って、ちょっと恥ずかしかったんですけど……」


「お前気づかなかったのか?」


「へっ? な、何にですか」


「あれは本物の『魔法』だ。魔力の流れも読み取らせないほどに完璧に偽装されていた。料理の味が向上する、地味だが高位の魔法だ」


「ま、まさか。魔法なんて限られた才能ある奴が王立学院に通うか師匠について、何年も修行して身につけるものですよ。あのメイド姿の姉ちゃんが使えるわけ無いでしょ」


「常識を疑え」


「ああ、それも『組織』の教官が言ってましたね。でも、イマイチ分かんないんですよ。俺あんま頭良くないんで」


 俺はテーブルの上に置いてある呼び鈴を振る。


「お呼びですか、ごしゅじんさまー」


「ああ、新鮮な生卵を持ってきてくれないか?」


「先輩、卵って俺もう腹いっぱいですよ」


 メイドさんが籠に入った卵を持ってきてくれた。サイズが均一に揃っているし、奇形のものも無い。情報通り彼らが自前の養鶏場で生産している高品質卵だ。市場に大量に出回り価格も大きく下がった。牛肉、豚肉についても同様で、彼らがこの国の食糧供給の実権を握ろうとしている話も間違いなさそうだ。


「新人、これを立ててみろ」


「何言ってんすか先輩。生卵なんて立つわけ……。いや、こうだ」


 新人は卵をテーブルに打ちつけて軽く潰して立ててみせた。


「なるほど」


「前に酒場でこの話を聞いたんですよ。どっかの船乗りが……。何だっけな忘れちゃいました。えっとコロン何とかっていう奴の話です」


「コロンブスだな。ちなみにそれは異世界人だ」


「ま、マジっすか!? 俺たちの暗殺対象者じゃないですか!」


「声が大きいぞ」


「す、すいません」


「まあ、そいつはこっちには来てないようだがな。偉大な冒険者だったようだが、それはいい。あとは、こう塩を盛ってだな」


「それってズルくないですか?」


 盛り塩の上に立つ生卵を見て抗議する新人。いや、テーブルを汚したり、卵を駄目にしない分さっきのよりマシだと思うんだが。


「まあ、これも異世界人が良くやるな。だが、俺がしたいのはそんなんじゃない」


 俺は慎重に生卵を両手の指先で支えて集中する。


「げっ! 立った」


「だろ」


 テーブルの上に普通に直立する生卵。


「魔法っすか?」


「いや、違う。お前もやってみろ。見ただろ、卵って立つんだよ。実際に立つことが分かっていればそんなに難しいことじゃない」


 新人は俺の真似をして挑戦する。何度も失敗して諦めそうになっていたが……。


「た、立ちました!」


 自分が立てた卵を感慨深げに見つめる新人。俺はその間に五つの卵を立てることに成功していた。集中力を高めるトレーニングには持ってこいだな。テーブルに立ち並ぶ卵たちを見て驚いた顔で通り過ぎるメイドさんたち。


「そう。生卵は立つんだよ。先入観に縛られてる奴はまず卵を立てようなんて思わないからな。教えてもらわない限りこの真実に至ることはない。まあ、卵の構造上、重心さえ取れれば誰にでも立てられるんだがな」


「俺は卵なんて立たないっていう間違った常識に縛られていたということですか」


「そうだ。『常識を疑え』ってな。この世界にはそういった嘘の常識に隠された真実が多くある。ちなみに魔法だが俺は全属性、すべての上級魔法が使える」


「えっ!? 先輩ってゴリゴリの剣士じゃないですか。魔法なんて使ってるとこ見たことなかったんですが。それに属性って魔法使える奴でもせいぜい三つが限界だって、前に一緒にパーティ組んだ魔法職が言ってましたよ」


「それが『常識』だな」


「ということは。そ、そういうことなんですか……」


「特に教会が魔法関係については秘匿していることが多いからな。このことは秘密だ。お前も消されたくはないだろ?」


「え、ええ」


「そんな話がしたかったんじゃないんだ。この新様式の飲食店『めいどかふぇ』の発想もそうだが、この店の建物は半日で土台から完成させられたようだ」


「そんなの普通無理ですよ!」


「そうだな。俺が卵立てを見せた理由にも繋がるんだが、普通の酒場であれをやろうとしてもなかなか上手くいかない。建物なんて普通は少しは傾いてるもんだ。テーブルにしてもな。だが、この建物は完全な水平な状態で床も張られているし、この店のテーブルも椅子もすべて同一規格でどれを比べても誤差が小さすぎる、というか誤差がない全く同じ物なんだろう。この技術あるいは魔法は異常だ。もう分かったな新人」


「ここは異世界人の……」


「丁度、俺たちの対象が出勤したようだ」


 入り口からメイドさんたちに労いの声をかけて入ってくる黒髪のイケメン君。


「ガキじゃないですか」


「そう、何故か多くの異世界人たちは若い少年少女だったりする。黒髪は転移者の可能性が高いな。それ以外は転生者だと思っておけばいい。どちらにしろ厄介なことには変わりない。あと、注意しておけ。異世界人の周りにいるメイドさんは100%強者だ。理不尽なまでに強いことは『組織』と奴らとの戦いの歴史で例外は無かった」


「さっき俺と『萌え萌えきゅーん』ってしてくれたあの子たちがですか……」


「死にたくなければ躊躇うな。いいな。じゃあ行くぞ!」


「は、はい!」


 今日も俺たち『組織』のメンバーはこの世界の秩序と平和を守るため、異世界人たちとの死闘を繰り広げるのだった。

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