僕たちが神様に祈る理由 卯月二一の短編集①

卯月二一

僕たちが神様に祈る理由

「今日も来てくれたのですね。嬉しいです」


 神殿の中庭にある泉に現れたのは、美しい長い金髪の少女。


「聖女様も、僕のような見習い神官と密会していることがバレたら、不味いのではないですか?」


「いいのです。私はあと数日もすれば勇者様たちと魔王討伐に向かう身。神殿の人たちもきっと目を瞑ってくれます。その間あなたに会えないことの方が私には辛いのです。でも心配なさらないで。事を成し遂げたらすぐにあなたの元に戻って参ります。世界が平和になれば、私は聖女としての役割を終え、一人の女としてあなたに尽くしたいと思っているのですよ」


 ふわりとした優しく甘い香り。彼女の柔らかい唇が重ねられる。


 意識が遠のきそうになる。ああ、駄目だ。今日は彼女に大事な事を告げなきゃいけないんだ。


「聖女様」


「はい」


「この世界はもうすぐ終わります」


「えっ、今何と仰いましたか?」


「世界が終わるのです……」


 聖女様は驚いた顔をして僕を見上げる。


「いえ、ですから。魔王を倒して世界に平和を」


「それもきっと行われないでしょう」


「ど、どういうことなのですか?」


 これでは分からないだろうな。まず自分の正体をバラす。


「これまで隠していましたが、僕はこの教会よりも古くから存在する『組織』と呼ばれる集団の一員です。見習い神官になりすましてあなたに近づいたのです」


「それでは、私とのことは……」


「いいえ。あなたへの気持ちに嘘偽りはありません。僕の任務は、あなたが無事に勇者パーティに合流して魔王討伐に旅立つまで見守ること。実はあなたが6歳で孤児院に引き取られてから陰ながら手助けしてきました。こう見えて僕は結構歳が行ってるんですけどね」


「そ、そういえば、思い当たる不思議な出来事がいくつもあります。それもあなたが?」


「そうかもしれませんね」


「わ、私は歳なんて気にしません! たとえあなたが100歳のお爺ちゃんだとしてもこの気持ちは変わりません」


 良かった。ここでロリコン扱いやストーカー認定されたら大きく凹むところだった。


「さすがにそんなに年寄りではありませんよ。それよりもこの世界のことです。勇者様のパーティに加わる予定だった少年のことはご存知ですよね」


「はい。特に取り柄のない子でしたが、私たちが力をつけるために挑んだいくつものダンジョン攻略についてきていました。たしか1年前に勇者様に解雇されたと記憶しています」


 敢えて彼への仕打ちがどんなものだったは聞かない。これは神が与えた彼への試練だからだ。彼女は悪くないと思いたい。


「その彼が『活動停止状態』に入りました」


「へっ!? なんですかそのカツドウ何とかというのは……。もしかして死んでしまったのですか?」


「いえいえ、彼は絶対死なない存在ですから。例え死んだとしても神のお力ですぐに復活するはずですよ。なんせ、『主人公』様ですから」


「シュ、シュジンコウ?」


「御免なさい、混乱させてしまいましたね。これは『組織』で使う用語なので気になさらないでください」


「は、はあ……」


「この『活動停止状態』というのは、今回は荷物持ちの彼ですが、彼とともに周囲一帯の領域が時間と空間ともに固定されてしまう現象のことを言います。僕たちのような特殊な魔眼持ちでないと観測できませんので、事件にもなりませんけどね。これが確認されると次は彼に強く関係する人々が『活動停止状態』に入ります。その順番も時期も不明ではありますが、聖女様もそのひとりのはずです」


「えっ! これは魔王の仕業なのでしょうか? 呪いなら私にも対抗する手段があるかもしれません」


「いえ。特に魔王なんて恰好の対象ですね。魔王城になんて行けないので確認できませんが、もしかしたら固まって動けなくなっているかもしれません」


「魔王以外にこの世界を脅かす存在がいるということなのですか!?」


「そうとも言えるし……。何とも表現が難しいですね」


「ああ、女神様。我らをお救いください……」


 彼女は膝をつき礼拝堂の方角を向き祈りを捧げる。


「……。あの、何か女神様から返事とかありましたか?」


「な、何ですか? わ、私ごときに女神様のお声が聞こえるはずがないじゃないですか。私に女神様のお声が聞こえるなんてことがあれば、聖人として祀られてしまいますよ。勇者様ですら女神様にお会いしたことがないというのに」


 ちょっと怒らせてしまったようだ。


「いや。『組織』の情報によると、聖女様は主要な『ヒロイン』として活躍されるだろうと分析されていて、その願いが届く可能性もありましたので……」


「ひろいん?」


「ああ、それも忘れてください。今からこの世界について誰も知らない真実についてお話しします。これは俺が愛したあなただから打ち明けることです」


「は、はい……」


 僕の表情からこの真剣な思いは伝わったようだ。


「聖女様が毎日祈りを捧げられる女神様に、上位存在が居られることはご存知ですか?」


「いえ、そんなことは聞いたことがありません。この世界は女神様が創造なされたと聖書にも記載されています。それを疑うような思想は危険ですよ!」


「そうですね、異端として火炙りにされますね。でも、僕たち『組織』は知っているんです。無数に存在する『異世界』と呼ばれるものを渡り歩いていますからね。おおよそ女神様であることの多いこの世界ですが、彼女たちの上には『シッピツシャサマ』と言う上位存在が居られます。そのお方の意志に従い行動していることは間違いありません。この『異世界』というのは特に『イベント』なる神々の祭りの際には異常発生します。この祭りについては複数確認されていますが、その中でも『最大級』とされる祭りのなかで僕たちのいるこの世界は生成されたと考えられます」


「神々の祭り……」


「そうです。上位神たちの祭りです。一度に数万の世界が生まれるようですが、実は存続できるのはほんの一握りのようなのです。『完結』なる次元に昇華されれば世界は安定を得ます。ですが、そうで無ければ……」


「そうでなければ……」


「世界はその存在意義を失い消滅します」


「なんてことなの」


「その予兆として現れるのが『エタる』という状態です。本来はエターナル未完……、まあ語源なんていいでしょう。神々がお造りになられたその世界への関心を失った状態とも言えば良いでしょうか。見放された世界で起こる状態です」


「私たちの世界は、神に見放されたというのですか!?」


「信じたくはないでしょうが、『組織』による分析だでそう結論づけられました。『更新』がどうのこうのとか『文字数』が、『評価』『星』が、と分析チームは言ってましたが専門外なのでこれ以上は申し上げられません。ですが間違いなくこの世界は『エタっ』ているようです」


「私たちが助かる方法はないのですか?」


「極稀ではありますが、神々の時間で何年も経ったあとに『更新』され『完結』に至る例もあるようですが、可能性としては限りなくゼロに近いですね。神が自らの造られた世界を忘れ去ったとき、世界は消滅します。僕たちにできることは祈ることだけです。奇跡を信じて祈るしかありません」


「あなたは世界を渡り歩いていると仰っていました。行ってしまわれるのですか?」


「上からは数日以内の退避命令が出ています。あなたを連れ出す方法も模索しましたが、生まれたばかりのこの世界に生きるあなたの存在力は、異世界転移に耐えられないのです……」


「ああ……」


「ですから、僕は決めました。あなたとこの世界に残ることを。一緒に祈りましょう、世界が『完結』するようにと」

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