第10話 ヴィアの帰郷と販路

 それから半年程経っただろうか。

 時間的には深夜に近く、50階層の自分の空間で、ベッドに横たわりながら核のことを考えていると、念話が届いた。

『真人様!ただいま帰還しましたっ!』

『この声はヴィアか!』

 俺はすぐに迷宮掌握でヴィアの居場所を探しだし、転移した。

「ヴィア!よく帰って来た!」

 すると、俺に気づいたヴィアは、目に涙を溜めながら抱き付いてきた。

「真人様!大分遅くなりましたが、ただいま戻りました。寂しかったですっ!」

「そうか。おかえり。俺も寂しかったぞ。だが無事に帰ってきてくれてよかった。クリスやアルたちには連絡してないのか?それになぜ1階層の入口から入ってきた?ダンジョンの中に直接転移できただろう?」

「クリス姉様たちにも連絡したんですが、繋がらなくて・・・。寝てるのでしょうか?それに48階層を転移地点に登録してたのですが、転移できなくなってましたので、しょうがなく夜まで待って入口から入ってきました!」

「念話をすればクリスたちも起きると思うんだが・・・。ふむ?48階層に転移できない?そんなはずは・・・。もしかして作り変えたからか?ヴィア。すまんな。48階層は街のように作り変えて、転移魔法陣を設置したから、そのせいかもしれん。ちゃんとヴィアの家は残してあるから安心してくれ」

「そうなんですね。街のようにですか?それは楽しみです!」

『クリス。起きてるか?ヴィアが帰ってきてるんだが・・・』

『マスター。48階層の広場に連れてきて』

『広場に?何でまた・・・?』

『いいから』

「ヴィア。クリスはどうやら48階層にいるらしいから一緒に行こう」

「はいっ!クリス姉様とも久しぶりに会えます。あっ。あの・・・。真人様・・・」

「どうした?そんなモジモジして。みんなに会うのが恥ずかしくなったか?」

「いえ。あの・・・その・・・。おんぶしてもらえないでしょうか?」

「おんぶ?抱っこじゃなくてか?」

「は、はいっ。抱っこはちょっと恥ずかしいので・・・」

「どっちも変わらんと思うが・・・。せっかく帰ってきたことだしな。いいだろう。ほら」

 真人が背中を向けてしゃがみこむと、ヴィアは緊張しつつも、真人の背中に体重を預け、顔をグリグリと埋めさせたうずめさせた

「エヘ。エヘヘ。真人様の匂いがしますぅ」

「ははっ。ヴィアの甘えん坊は治ってないな」

「むっ。これでも結構地上で頑張ったんですよ?」

「そうかそうか。ヴィア。頑張ったな」

 俺は背中に背負ったヴィアを、子供のようにあやしながら48階層に転移した。

「あれ?ここは転移魔法陣の部屋ですか?ワープは使えなくしたんですか?」

「転移もワープも使えるぞ?ただ街の中心の建物の周囲にある広場の一画に設置してあるだけだ」

「なるほど。どこからワープや転移してきてもここの部屋に跳ばされてくるってことですね」

「そうだ。一応、街中でもワープや転移も使えるんだが、街の外観や店を楽しむために緊急以外は使うなと言ってあるんだ。それに魔法陣式に変えたからヴィアも転移出来なかったんだろうな」

 真人とヴィアは話しをしながら扉を開けて外に出ると

『「「「「ヴィア!おかえりな・・・さい・・・!?」」」」』

『ヴィア!なんでマスターにおぶさってる!』

「ヴィア!ずるいですわよ!」

「ヴィア!そこは私の場所!」

「ヴィア!ボクと変わろう!」

「ヴィア!俺に譲ってくれ!」

「お、おいっ!お前ら落ち着け!」

 ヴィアは真人の背中からちょこんと顔を出して「ここは私の場所ですっ!」と言いながらシュタッと背中から降りた。

「あはは!みなさん相変わらず真人様のことが好きですね!変わらないようで安心しました。遅くなりましたが、ただいま戻りましたっ!」

 ヴィアが周りを見渡すと、ダンジョンにいる全てと思われる精霊たち、自警団、それに見たことない1人のエルフ、2匹の小さな不思議な生物が広場に集まっていた。

『ヴィア!帰ってくるのが遅い!』

「ヴィア。元気そうで何よりですわ」

「ヴィア。お土産は?」

「ヴィア。おかえり」

「ヴィア。ケガはないか?」

「クリス姉様。アル様。ディーネ様。ルタ様。サラ様。みなさんのおかげで無事に帰ってくることができました」

「それにしても、深夜なのにみんな集まってるってことは、みんなヴィアが帰ってきてたのを知ってたんじゃないか?」

「もちろん知ってましたわ。外にいる精霊たちが喜んで教えに来ましたもの。でも一番に会うのは主様に決まってますわ」

『そう。一番にマスターへ帰還の報告をするのは当たり前』

 クリスはそう言いながら、大量の机、椅子、料理や飲み物を取り出して、精霊たちが並べ始めた。

「こ、この料理の数は!?」

『3ヶ月ぐらい前からみんなで準備してた』

 すると、ヴィアのお腹からグゥーっと音がした。

「そういえば、夜は何も食べてませんでした。安心したらお腹が・・・。うぅっ・・・みなざんっ・・・ありばとうごじゃいまずぅ・・・」

『やっぱりヴィアの泣き虫は治ってないか』

 そこに、シロとクロを連れたジョイナが近づき、シロとクロはヴィアを元気づけるように、ヴィアの足にスリスリとすり寄って行った。初めて見る不思議な生物にヴィアは涙を止めた。

「えっ?黒色と白色?この2匹の生物は?まさかリア様とリム様がこんなお姿に・・・?それにあなたは・・・」

「初めましてヴィアさん。いえ。初めてではなく2回目ですね。一度誕生祭でお会いしましたね。私はジョイナと申します。今はクリスお姉様の元で修行してます」

「あの時の・・・?ジョイナさんはエルフだったんですか?髪の色もあの時と違うような・・・」

「はい。元々はエルフの血が少しだけ流れてるハーフエルフでしたが、魔神様のおかげで進化することができました」

「そういうことですか。では私たちは家族ですね。よろしくお願いします。ジョイナさん」

「ジョイナでいいですよ」

「そうですね。家族なら普段通りの言葉遣いでいいですよね。私のこともヴィアでいいですよ」

『ヴィア。リアとリムはどうした?』

「えっ?この2匹がリア様とリム様ではないんですか?私がセリア王国から出る前に、友人に会いに行くにはここからが一番近いとか言って知らないうちにいなくなってましたが・・・。それにしても可愛いですね」

『それはリアとリムじゃない!たしかに似てるけど。マスターがリアとリムの代わりに作り出した猫って動物』

「えっ?猫って獣人のですか?」

『エルフは同じ反応しかしない!ジョイナ。説明は任せた!』

 説明を放棄したクリスは、ジョイナに丸投げし、ヴィアとジョイナは仲良くしゃべり始めた。

「そうか。やはりリアとリムは友人に会いに行ったか・・・」

『マスター。行先は聞いてないの?』

「行先までは聞いてないな。大昔の友人の所だと言っていたが・・・」

『大丈夫。ちゃんとリアとリムも帰ってくる。その辺はあの2人もわかってる』

「そうだな。今はヴィアの帰還を喜ぼう」

 ヴィアが食事を始めると、ディーネがやってきて、アレもコレもと、どんどん料理をテーブルに置き始めた。

「ディーネ!ヴィアが困ってますわよ!そんなに食べきれませんわ!」

「その時は私が食べるから大丈夫!」

「それはディーネが食べたいだけでしょう!」

「あはは!アル様とディーネ様も変わってませんね。ところでディーネ様。ありがとうございました」

「ん?どうしたの?お礼なんて言われることしてないよ?」

「いえ。ディーネ様にいただいた食材には何度も助けられました。私だけでなく、貧しい方たちも少しは助けてあげることが出来たと思います」

「そ、そう?それならいいけど。今日は私の奢りおごりだよ!どんどん食べて!」

「ディーネ!あなたが払うわけじゃないでしょう!」

「えっ?お金がかかるんですか?」

「いや。今のところそういう話しがでてるってだけだ。少し商売をしようと思ってな。いずれにしろ、ここのダンジョンでも通貨でやり取りしていきたいと思ってたんだ。その件も含めてヴィアには帰ってきてもらったんだ」

「えっ?その言い方ですと、もしかして手紙か何か出したんですか?」

「ん?冒険者ギルドに依頼したんだが、見てないのか?てっきりそれで帰って来たと思ってたんだが」

「そういうことですか。私はイルムド帝国で足止めしてしまって、あそこは冒険者ギルドがありませんので見てませんでした。まだシルフィスにもたどり着けてないのです。どちらにしろ10年経ったら、一度帰ろうと思ってたのでちょうどよかったです」

「イルムド帝国に?てっきりそっちのルートは避けると思ってたんだが・・・。何かあったか?」

「私も当初、イルムド帝国ルートではなく、東周りのドワーフの国、スパウトを通るルートで向かっていたのですが、思った以上にセリア王国が広く、途中にある村々に食糧を配って同時に真人様の素晴らしさを広めながら、転々と進んでセリア王国の王都イルアに着いた時には5年近く経っていました」

「お、俺の素晴らしさ・・・?」

「はいっ!ちゃんと真人様は全てを見ている神という存在と伝えてあるので安心して下さい!」

『ヴィア!よくやった!』

「ヴィア!素晴らしいですわ!その調子でもっと広げていくのですわよ!」

「はいっ!任せて下さいっ!」

「お、おいっ!ちょっと待て!お前らは新手の宗教勧誘かなにかか!俺のことじゃなくて、ダンジョンのことを広げるように!」

「宗教ですか?真人教とかメイグウ教とかですか?わかってますよ。真人様の素晴らしさはダンジョンの素晴らしさですよ?」

「そ、そうか。俺のことじゃなくてダンジョンを広げるんだぞ?ほんとにわかってるのか?」

「大丈夫ですっ!えーっと。それから王都に着いて、そのあと海沿いにある港町、セルアに着くまでに2年費やして、セルアの近くにあるインバイ大河の対岸にある商業都市、リニアに渡ろうとしたのですが、ま、魔物?の被害によって大型船が軒並み大破したらしく、船を建造するのに2年近くかかると言われ、東周りは諦めて引き返して、今度はセリア王国では寄り道せず、ローラ聖教国に着くのに2年、滞在を1年して、イルムド帝国に入国しようとしましたが、エルフでは入国が厳しく、真人様とアル様にいただいたローブを使って入国したまではよかったんですが、今度は出国出来なくなりそうになったので、ちょうどいい機会だったので一旦帰ってきたところです」

「そうか。大変だったな。魔物?ヴィアなら大抵の魔物は討伐できるだろう?」

「はい。大型のシーサーペントでしたが、一撃で切ってやりましたっ!そのあとの津波で大型船に被害が・・・ボソボソ・・・ゴニョゴニョ」

「A級のシーサーペントを一撃ですか。すごいですねヴィア」

『ジョイナもすぐ出来るようになる』

「ヴィア。冒険者登録はしたか?」

「はい。ダンジョンを出た次の日に登録して、今はAランクです」

「そうか。よく頑張ったな。ヴィア」

 俺はヴィアの頭を撫でてやると、ヴィアは目に涙を浮かべながら抱き付いてきた。

『むっ。ヴィアばっかりずるい』

 案の定、アル、ディーネ、ルタ、サラ、ついにはジョイナにシロとクロまで頭を差し出してきた。

「お前たちは・・・。しょうがないな・・・」

 俺は1人ずつ頭を撫でてやることにした。

「主様ぁ~」「真人様がついに私にデレた!?」「ご主人様。もっと」「主~」「魔神様ぁ。気持ちいいですぅ」

 シロとクロはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

「ディーネ!おかしなことを言うな!全く!どこでそんな言葉を覚えてきたんだ」

「えっ?リムが言ってましたよ?クリスは我にはツンのくせに真人にばっかりデレおって!って」

「あいつか!やはりリムの友人は転生者と関係がありそうだな・・・。もしくは友人が転生者か・・・。あの2人が戻ってきたらもう一度聞いてみるか。本題は明日話すとして、今日はこれで終わろう。ヴィア。ゆっくり休め」

「はい。真人様。おやすみなさい」


 翌日

 真人、クリス、アル、ヴィア、ジョイナはクリスの家の門の前に集まった。

「・・・なぁクリス?どうしてお前はこっちにいるんだ?普通は中から出迎えるんじゃないのか?」

『マスター。細かいことは気にしない』

「主様は知らなかったんですの?クリスはほとんどこの家を使っておりませんわよ?」

「それは知ってるんだが。いつもはどこにいるんだ?」

 一行は会話をしながら門をくぐり歩き始めた。

『マスターの所か、ヴィアの家か、ジョイナの家か、アルの家』

「そ、そうか。あまり迷惑かけないようにな。ところでディーネはどうした?」

「あっ!魔神様。ディーネ様ならたしか向こうに!」

 そう言ってジョイナは敷石の上をピョンピョン跳ねながら池の方に向かった。

 ジョイナは池を指差し「ほら。ここ!」と言ってきた。

 真人は何も言わずに池の方に歩いて行き「悲しいことに、ディーネなら池の中にいる可能性を否定できない・・・。まさか・・・。ほんとに?」と思いながら池を覗きこんだ。

 さすがにそんなことはないようでホッとしたが、口をパクパクさせている色とりどりの鯉がいた。

「・・・。たしかにディーネに似てるな。まるでエサをねだってるディーネだ。それにしても大きくなったな。作り出した時は手のひらぐらいだった気がするが・・・」

『毎日ディーネがエサやりしてる。しゃべりかけてたから友達なのかも』

 すると門の方からディーネがやってきた。

「あれ~?みんな集まって何してるの?もしかしてエサやり?クリスとアルとルタとサラは食いしん坊だからあんまりあげたらダメだよ~」

『「「「「・・・・・」」」」』

「・・・ディーネ。その名前はなんですの?」

「えっ?鯉の名前だけど?それがどうかした?」

「・・・なんで私たちの名前がついてるんですの?」

「えっ?なんとなくしゃべり方が似てるから?」

「・・・クリス。私の聞き間違いでなければディーネはしゃべり方と言いましたわよね?」

『言った。友達なんだと思う』

「類は友を呼ぶってヤツか・・・」

「主様。どういう意味ですの?」

「似通った者は自然と集まって仲間が作られるってことだ」

『たしかに。マスターすごい!』

 ディーネはどこから取り出したのか、パンをちぎって与え始めた。

 自分も食べながら・・・。

 そして与え終えると、池の水で大きな球を作り出した。

 その中には一匹の鯉が泳いでいる。

 何をするのか全員で見ていると

「なになに?ジョイナは指ばっかりでご飯をくれないですわ?ケチですわ?あ~。なるほど。たしかにジョイナはケチかも」

「えっ!?」

「・・・なんかイライラしてきましたわ」

『マスター。ディーネは無視して先に行こう』

「そ、そうだな。そうしよう」

 5人がクリスの家に向かって庭を進んでいると、真人の目に、とある物が映りこんだ。

「クリス。エリクサーの流れている所にはえている薬草はなんだ?あきらかに他の薬草と違うんだが」

『ん。マスターの魔力を含んでる薬草にエリクサーを与えてる』

「お前はエリクサーで薬草を育ててるのか?何ができるかわかってるのか?」

『わからない。それに、いつも葉がなくなって、再生してを繰り返してるから中々育たない。マスターは何ができるか知ってるの?』

「ああ。ユグドラシルのしずくだ。俺も作ったことないが、古代文字で書かれた魔術書に載っていた」

『効果は?』

「わからん。だが想像はつく。おそらく死者を蘇らせることができる物だろう」

『エリクサーとこの薬草で作れる?』

「クリス。やめとけ。ことわりから外れるようなことをすると代償も大きくなるぞ」

『代償?』

「ああ。もしユグドラシルの雫を使って、その代償がお前の命なら、俺はこの世界を滅ぼすだろう。それはクリスだけじゃなく、家族がそんなことをしても同じだ」

『マ、マスター。ごめんなさい。すぐに処分する。アル。ジョイナやって』

「わかったわ。クリス」

「はい。クリス姉様」

 アルがウィンドカッターで刈り取り、すぐさまヴィアがファイヤーボールで全ての薬草を焼却した。

 すると、ディーネが遠くから走ってきた。

「ああっ!もったいない!なんてことするの!」

「ディーネ。もったいないだと?お前はこれが何かわかってるのか?」

「えっ?いつもこの葉を刻んできざんで鶏のエサに混ぜてますよ・・・?この葉っぱはすぐに再生して便利だし、これをあげると大きい卵を産んでくれるんですよね~♪」

『「「「「・・・・・」」」」』

「・・・そ、そうか。それは悪かった。他のを与えてやってくれ」

「え~。昨日もみんな美味しいって言ってたのに~」

 ディーネは燃えた薬草の灰に自身の魔法で水をやり始めた。

 すると、みるみるうちに芽がはえだした。

「お前は花咲じいさんみたいなことをするなっ!」

「えっ?じいさん?真人様。私はじいさんじゃないよ?」

『マスター。どうする?』

「・・・よし。見なかったことにしよう。ここにいるお前たちが口に出さなければ大丈夫なはずだ」

「そうですわね。ディーネの相手は疲れますわ。ほっといて早く家に入りましょう」

「しかし、ディーネをほっとくと、また何かやらかしそうな気がするんだが・・・」

『その時はアルに任せればいい』

「なんで私ですの!」

「ん。それはもちろん。保護者だから?」

 5人は足取りを重くしながら家に入った。

 門から歩けば、いつも3分程度なのだが、今回は30分以上かかってしまい、リビングにたどり着いた時には、誰もが一言も発することなく座りこんだ。

「クリス。飲み物を入れますわ。どこにあるんですの?」

『ん?ここにはない。ヴィアに全部あげた』

「えっ!?あれはクリス姉様のだったんですか!?」

「仕方ないですわね。ヴィア。カップを出してちょうだい。クリス。飲み物はないんですの?」

『水かミルクかリーンのジュースかマールのジュースならある』

「それでいいですわ」

 真人は自分の空間収納からコーヒーを取り出し、他の4人は各々おのおの好きな飲み物を手に取り、一息ついた。

「やっと本題に入れるな。さて何から話すか」

『マスター。まずジョイナのこと』

「そうだな。ヴィア。リゼルという家名を知らないか?」

「リゼルですか・・・?リゼル家はたしか・・・精霊樹の近くにあるほこらを代々守ってる一族ですね。一説では、聖女とエルフの子孫と言われていました」

「なにっ!?知ってるのか!・・・守ってる?祠に何かあるってことか?」

「さぁ?そこまではわかりませんが、どこかに繋がる入口とか墓守とも言われてましたけど・・・。今は知りませんが、私がいたころは優しい女性が一人いましたね。名前は・・・ジュリナだったと思います。・・・もしかして?」

「ああ。ジョイナの家名はリゼルだ。もしかしたら、その女性が母親の可能性があるな。ジョイナは幼い頃の記憶がなく、物心ついた時にはローラ聖教国の孤児院に住んでいたそうだ。冒険者登録の時にステータスを鑑定してもジョイナとしか出なかったらしい。何らかの理由で人間としての生きる道を進ませたのかもしれん。幸いにもジョイナの外見は人間と同じだったしな」

「あの国なら外見だけで苦労することは目に見えてますからね。私もそうでしたし。もしかしたらジョイナを守るためにシルフィスから逃がしたのかもしれませんね」

「憶測だけで話しても仕方ない。だが手掛かりが見つかったんだ。あとはジョイナ次第だろう」

「はい。魔神様。ありがとうございます。一番はやはり、ヴィア強くなることでしょうか。今のままでは自分の身は守れるでしょうが、ヴィアやクリスお姉様の隣に並ぶことができませんので」

「むっ。ジョイナ。私も負けませんよ?これからは家族でありライバルですね」

 俺は、以前リムが話していたことを思い出していた。

 たしか、リムは白銀の狼を、勇者の子孫の聖女とハイエルフが封印したと言っていた。

 その祠が白銀の狼を封印している入口で、それを守っているのが聖女とハイエルフの子孫だと十分に考えられる。

 ヴィアの言っているジュリナという女性がジョイナの母親ならば、ジョイナには勇者と聖女とハイエルフの血が流れていることになる。

 まぁ何千年と経っているから、わずかという程度だとは思うが・・・。

 いや、エルフは長命だったな。

 そこまで血が薄くなってるとは考えられないのか?

 それにハイエルフの血が流れているならば、ヴィアと血縁関係があるとも考えられる。

 そうなると、ジョイナでも封印を解くことができるのではないか?そんな考え事をしていると

「・・・様!・・・人様!真人様!聞いてますか!?」

「うん?すまん。少し考え事をしていた」

 名前を呼ぶ声に反応すると、ヴィアとジョイナの2人が俺の顔を覗きこんでいた。

 少し目を細めて2人の顔を見ると、どこか面影があるようにも見える。

 ジョイナがエルフ特有の長耳になり、髪も銀髪になりつつあるからなおさらだ。

 眼こそ翡翠色だが、過去にエルフの血が混じったか、それとも風の属性の影響が色濃く出たのか・・・。

 さらなる思考の渦に飲まれようとしたところ、また声をかけられた。

「真人様!聞いて下さいってば!もう!」

「ああ。すまんすまん。で、どうしたんだ?」

「どうしたじゃないですよ!全く!ジョイナは修行が終われば、シルフィスに行くということで、次に私が帰って来た時に、一緒に外に連れ出そうと思ってるんですがいいですか?」

「それはジョイナが自分で決めることだろう?まずヴィアはここをいつ発つんだ?」

「うーん。私は1ヶ月ほどダンジョンにいると思います。そのあとは、またイルムド帝国に行きます。あそこの問題は厄介そうで、5年以上はかかるとみてますので。それが終わり次第、一度戻ってこようと思います」

『ということはジョイナを5年から10年の間で鍛えとけばいいってこと。余裕』

「ヴィア。1人で大丈夫か?」

「はいっ!大丈夫ですっ!手が必要な時は遠慮なく頼らせてもらいますっ!」

「そうか。無理だけはするなよ。ところで厄介事とはなんだ?」

「以前、イルムド帝国に行った時に、エルフや獣人、他の種族の奴隷を見かけたので、確実に違法奴隷だとわかれば解放しようと思ってます。もちろん借金奴隷なんかもいますので、その辺は正規の契約に戻すとかになると思いますが」

「なるほど。それなら、イルムド帝国側にダンジョンの入口があるのはわかるな?そこにクリスの配下を置いておくから、解放した者をそこに連れてこれば保護しておこう」

「そういえば、解放したあとの事を考えていませんでした。お願いしてもいいですか?」

『ヴィア。こっちは任せて。思いっきりやってくるといい。何かあっても私たちがいる』

「ありがとうございます!クリス姉様!」

「では、ヴィアとジョイナのそのあとのことは、シルフィスのことが終わったら考えよう。2人共それでいいな?」

「「はいっ!」」

「それともう一つなんだが・・・。ダンジョン産の物を使って商売を成り立たせたい。売り出す物の詳細はあとでいいとして、商業ギルドに話しを通し、メイグウ市とも取引して通貨の方も利益として得たい。それでクリス、アル、ヴィア、ジョイナはダンジョンの使者としてメイグウ市の商業ギルドに赴いておもむいて許可を取ってきて欲しい。向かう時は見本として流通量が多い果物や薬草、ポーション類を持って行けばいいだろう。値段に関しては、地上に出てたヴィアとジョイナで話し合って決めていいが、利益はそこまで重要に考えなくていい。どちらかと言うと、どんどん売買して通貨を流通させてやるんだ」

「主様。利益は出なくてもいいんですの?それにヴィアが1ヶ月程でダンジョンを出るとなると3、4日後にはメイグウ市に向かった方がいいですわね。ジョイナ。商業ギルドは急な訪問でも大丈夫ですの?」

「おそらくですが、それに見合う価値を提出すれば大丈夫だと思います。あとは、ダンジョンの使者だとわかってもらえれば確実に無下にはされないかと」

「赤字にならなければいい。最もダンジョンの物は、ほとんど元手がかかってないからな。通貨を巡らせてやれば街も潤うだろう。そうだな。クリスを連れて行けばわかってもらえるかもしれん。ダンジョンの1階層の1号を知ってるだろうし」

「なるほど!さすが主様です!街が潤えば発展していくってことですね!ですが、私たちが地上に顔を出したのは、50年以上も前ですわ。当時のことを知ってる者がどれだけいることか・・・」

「ギルドマスターと領主はわかってると思います。当時、参加していた方たちはほとんどいないと思いますが、記録に残してあるはずです」

「ああ!たしか冒険者ギルドのギルドマスターもそんな感じで言ってました!」

「ん?ヴィアはギルドマスターに会ったことがあるのか?」

「はい。冒険者登録する時に少し色々ありまして」

「それなら最初に冒険者ギルドに行って、面会の手続きをしてもらうのもありだな」

『マスター。めんどくさい。手っ取り早く商業ギルドに乗り込む』

「クリス。昔から言ってるが順序ってのは大事なんだぞ?特に人間社会ではな。お偉いさん方の機嫌も取らなきゃいかん」

『マスター。まるで地上で暮らしていたような言い方』

「うっ。いや、なんとなくだ」

 クリスはモンスターに分類されるため、ダンジョンで冒険者にやられたモンスターは復活することから転生という言葉は知らないと思われる。

 それに別次元に他の世界が存在していることなど誰も考えつかないだろう。

 を除いて・・・。

 まぁリアとリムはその一部に会いに行っているはずだが。

 もしかしたらシルフィスやローラ聖教国にも文献か何かで伝わってるかもしれない。

 聖女も転生者の可能性がある。

 あまり近寄らないのが身のためだろう。

 それにしてもヴィアやジョイナはどうやって聖女から加護を得たのだろうか?

 思考が段々と別の方に向かおうとしたところでアルに呼び戻された。

「主様。時間がないため私たちはこれから地上に流通する物を選別しに行きますわ。主様はどうされますか?」

「俺は辞めておこう。お前たちに任せると決めたしな。ただ、わからないことや問題が起きた時は必ず相談するように」

「わかりましたわ。では行って参ります」


 それから3日後の朝、クリス、アル、ヴィア、ジョイナの4人はダンジョンの1階層を外に向かって歩いていた。

 冒険者がいない夜のうちに向かってもよかったが、メイグウ市の門は、夜の間は閉ざされているから入れないのだ。

 冒険者は朝からダンジョンに訪れるため、逆方向に向かう4人を奇異の目で見ると思いきや、アル、ヴィア、ジョイナはアルゴンスパイダーのローブを羽織り、魔力を通して認識阻害の効果で姿を隠して行動していた。

 しかし、先頭のヴィアは気づいていなかったが、アルとジョイナは冒険者とすれちがうたびにギョッとなる姿を不思議に思いながらも、声をかけてこない様子から、気にしないことにした。

 この時のクリスは、ヴィアに抱えられている状態だ。

 アルゴンスパイダーのローブを羽織り、フードまで被っている3人は認識阻害によって見えていないのだが、ヴィアに抱えられているクリスは当然、宙を浮かびながら進んでいるように見える。

 冒険者たちはその光景にギョッとなり、ダンジョンのマスコットであり、変異種のスライムならこんなこともあるのか?と不思議に思いながらも声をかけずに見送ったのだった。

 4人がダンジョンの外に出て、すぐに不快感が襲ってきた。

 クリスを降ろし、3人はフードを取りながら顔を歪ませた。

「相変わらず魔力が淀んでますわね」

『やっぱりマスターのそばが一番』

「私も地上で暮らして慣れたつもりでしたが、久しぶりに外に出ると倦怠感があります」

「・・・・・」

 アルは何も言わないジョイナの方を見ると、ジョイナはプルプルと震えていた。

「ジ、ジョイナ?どうしたんですの?」

「ア、アル様。体がだるくて動かないです・・・」

「ジョイナ。ダンジョンより魔力がないから魔力切れみたいに感じるだけだよ。真人様と繋がってるからそのうち慣れてくるから大丈夫」

『ジョイナ。体力作りが大事な意味がわかった?』

「はい。魔力頼りになるのはダメですね。それにしても外に出たらはっきりわかりますね。魔神様のダンジョンの魔力は綺麗で居心地もよかったです」

「そうね。これから商売で地上に出る機会が多くなることを思うと地上での魔力にも慣れておく必要があるわね」

『私は遠慮しとく』

「クリス!あなたは負担が少ないでしょう!主様と魔力の繋がり一番深いのはあなたですわ」

「えっ!?クリス姉様、ずるいですっ!」

「クリスお姉様!魔力を分けて下さい!」

『ほら。私は魔物だから。街にも1人で入れないし』

「あなたは人化できるでしょう!いい加減人化しなさいな!」

「そうですよ!クリス姉様!」

「えっ!?クリスお姉様は人化できるのですか!?」

「「あっ・・・。しまった・・・」」

「ジ、ジョイナ。冗談ですわよ!」

「そ、そうですわ。クリス姉様は人化なんてできないですわ」

『ヴィア。アルみたいなしゃべり方になってる。ジョイナ。この際だから教えるけど、私は人化できる。聖女の称号も持ってる。だけど私はマスターが人化できるようになるまでこの姿を変えるつもりはないし、聖女のことも明かさない。それは私が自分自身で決めたことだから誰にも邪魔させるつもりはない。もしこの事をマスターに話したら・・・。取り込んでやる・・・』

 クリスの言葉にジョイナはブルッと体を震わせ、背筋をピンッと伸ばし敬礼しそうな勢いで叫んだ。

「はいっ!クリスお姉様っ!誰にも言いませんっ!」

 同じく、その隣で聞いていたヴィアも体をブルッと震わせて背筋がピンッとなっていた。

「それにしても、私に聖女の加護があるのはクリスお姉様のおかげってことですか。ようやく疑問が解けました。あれ?ということは聖女様は2人いるってことですか?」

「聖女は1人って決まってるんですの?」

「本当かわかりませんが、私がローラ聖教国の孤児院で暮らしていた時はそう教えられました」

「それは本当に聖女ですの?もしかして人間たちの間で代々引き継がれている継承名か世襲制とかじゃないんですの?」

「それもわかりません。私も聖女様に会ったことはありませんので」

「そうですの。ヴィアはローラ聖教国で聖女に会ったことはありませんの?」

「私も会ったことはないです。ただ、あそこには聖騎士団があって、仲がよくなった女性から噂は聞いたことがあります。ローラ聖教国には大規模な神殿があって、その一番奥に聖女は住んでいると言ってました」

『そんなことはどうでもいいから進もう。ジョイナ。動けるようになった?』

「そうですわね。たしかに聖女が2人いようがどうでもいいですわね」

「あっ。はい。クリスお姉様。大分楽になりました」

「よーしっ!早く行こう!ほらジョイナも早く!レッツゴー!」

『アル!ヴィアがディーネに毒されてる!なんとかして』

「クリス。子供というのは親の真似をしたがるものですわ。大きくなって恥ずかしさを感じ辞めていくのですわ。自分で気づくことも大事だから放っておきましょう」

『たしかに自分で気づくことも大事。でもヴィアが大きくなるのって何年かかる・・・?いつまでも子供のままなんじゃ・・・?』

 クリスとアルは、前方を駆けて行くヴィアとジョイナを見て、微笑ましい気持ちになりながら跡を追った。

 4人はメイグウ市が見えてくると、クリスとアルは少し驚き、ヴィアとジョイナは懐かしさを感じたようだ。

 2人が驚いたのは、5メートルはありそうな重厚で強固な城壁が街を囲んでいたからだ。

 所々、物見台と思われるやぐらまである。

「人間たちも中々やりますわね。ここまでの城壁を築いてるとは思いませんでしたわ」

『うん。マスターにはかなわないけど、平時へいじならこれで十分』

「私は真人様の作り出す物を見ていたからなんとも思いませんでした」

「私は建設時に立ち会いましたから懐かしいです。でもこの立派な城壁が出来たのもダンジョンのおかげですよ」

「なぜですの?スタンピートの備えですの?主様は絶対にそんなこと起こさせませんわよ?まぁ人間にとってはわからないことですわね」

「スタンピートもありますが、ダンジョンで採れる良質な素材と、それを目当てにくる商人や冒険者のおかげで、潤沢な資金と人手があったのと、そんなダンジョンに恥ぬように、住人、職人、冒険者、騎士団、身分関係なく当時の人たちが一丸となったからです」

「それは素晴らしいですわね。主様も喜びますわ」

『さすがマスターの街』

「それに不思議だったのは、犯罪者や盗賊といった者たちが絶対と言っていいほど存在しないことでした。騎士団の巡回もありますが、そのおかげで治安もよく、ますます街が発展していくことになりました」

「ああ。それは主様のおかげですわね」

「えっ?どういうことでしょう?」

「主様が上位精霊を指揮官にして、中位精霊にダンジョン周辺を見回らせるように指示してますもの。精霊は善悪に敏感だから悪意を感じると、幻惑魔法である場所へと誘導させるのですわ」

「ある場所ですか・・・?」

「昔はそのままダンジョンに呼び込んでたのよ?今はイルムド帝国側のダンジョンに誘導しているわ。そのあとのことは想像できるわね?」

「なるほど。私も当時から犯罪者や盗賊がいなくなることを不思議に思ってましたが、そういうことでしたか」

『今はそいつらも騎士団で活躍してる』

「この街はまだまだ大きくなりそうですね」

 4人は門の近くに着くと、商人と思われる馬車が長い行列を作っていることに気づいた。

「こ、これは・・・。入るのに時間がかかりそうですわね」

「アル様。大丈夫です。あっちに徒歩用の城門があります。一番大きい鉄扉の門は有事の時以外開きませんが、徒歩用の城門と馬車用の城門と別の場所に貴族用の城門があります。ちなみに全部、日暮れに閉じられます」

「大きい鉄扉も見事な造りですわね。たしかにあれだけの物を動かすとなると相当な労力を使いそうですわ。それとも魔力で動くのかしら?」

『うーん。マスターの扉を見てるからイマイチ?』

「クリス姉様。それは仕方ないかと・・・」

「アル様。魔力で動く門が作れるとしたら魔神様だけだと思います。ここのは人力ですし、他の国も似たような感じです」

『マスターはもっとすごいのが作れる。何もない壁に魔力を流すと現れる扉とか、近づいたら勝手に横にずれて開く扉とか』

「クリス姉様。あれはすごかったですね」

「「・・・・・」」

「2人は幻惑魔法でもかけられたのではないですの・・・?」

「そ、そんなことが可能なのでしょうか・・・?」

『2人ともマスターを信じてない?』

「信じてないというより、技術が不明すぎて理解できませんわ」

「魔神様はどれだけ高度な知識をお持ちなのでしょうか・・・」

 そんな話しをしながら並んでいると、どうやら順番がきたようだ。

 馬車のように荷台の検品もなく、徒歩の方は身分証のチェックだけのため、意外と早く順番がきた。

 もちろん身分証がない者や、怪しい人物には犯罪歴を調べる水晶を触れさせるようになっている。

 しかし、城門の前で待ち構えていた門兵に身分証を提示する時、ここで少し問題が発生した。

 ヴィアとジョイナは冒険者カードがあるため問題はない。

 「え、Aランク!?」と少し驚かれたぐらいだ。

 アルの方も身分証はないが、水晶に触れ犯罪歴もないため問題はなかった。

 そう。問題はクリスだ。

 ヴィアに抱えられて大人しくしているものの、一応は魔物のスライムだ。

 門兵が周りにいる冒険者たちに目をやるが、冒険者たちもどこかで見たことある神々しいスライムのため騒ぐこともない。

 むしろ、早く通してやれよ!といった感じだ。

 これに困った門兵は、魔物に対して有効なのかわからないと思いつつ、クリスに水晶を触らせ、何も反応がなかったことから、渋々と中に入るように通した。

 4人はようやく街に入れたことに安堵し、街の様子を見回したが、特に感想はなかった。

「ま、まぁ、普通の街ですわね・・・」

「魔神様の街を見てるとどうしてもですね。これでも他の街よりかなり綺麗なはずなんですが・・・」

『比べるまでもない』

「私も色々なところに旅をしてきて、セリア王国内でも一番綺麗だと思ってましたが、やはり真人様の街に比べると数百倍、いえ、数千倍は劣りますね」

「この街の状況をみると、あまり高品質な魔道具をいきなり販売するのは止めた方がいいわね。売り出すとしたら徐々に品質をあげていく方向かしら」

「私もそれでいいと思います。ヴィアはどう思う?」

「そうですね。魔道具はCランクまで、ポーションは中級までってとこでしょうか?それに値段の方は、思ってたより上げてもいいかもしれません」

「なぜそう思いますの?」

「魔道具なんかは技術が追い付いていないため控えた方がいいと思いますが、それを除いて考えれば、街に活気があるからです。食べる物に余裕がなければこれほど活気もでないでしょう。ある程度の資金があり、生活力がある証拠です。要は安心して暮らせているってことですね」

『「・・・・・」』

 それを聞いたクリスとアルは言葉を失った。

「ど、どうしましたか?」

「ク、クリス。ヴィアが成長してますわ・・・。私、涙が出そうですわ・・・」

『ん。感動。あんな泥まみれになるようなヴィアがこんなになるなんて・・・』

「そ、そんな大げさな・・・。クリス姉様!昔のことを掘り下げないで下さいっ!」

 するとヴィアの肩にポンッと手が置かれた。

 その方向を見ると親指を立てたジョイナがいた。

「ヴィア。大丈夫。私は精霊湖に飛び込んだ」

 しかし、門の近くの広場でフードも被らず話していた4人は目立っていた。

 それはもう盛大に注目されるほどに。

 1人は言うまでもなく神々しいスライム。

 1人は緑髪の翡翠の眼で、人ならざる雰囲気をだしている。

 1人は銀髪紫眼のエルフ。

 1人は銀と緑が混じった髪に翡翠眼のエルフ。

 全員が容姿端麗だ。

 誰もが羨む高嶺の花に、冒険者たちも声をかけようと躊躇して足踏みしているようだ。

 そこに勇者が現れた。

 哀れな冒険者とも言える。

 その冒険者の男は、周りの冒険者に向かって「お前ら情けねぇな!」と言いながら4人に近づいていった。

 4人の前で止まった男は「はじめまして。可憐なお嬢様方。よろしければ私が街を案内いたしましょう。そのあとは一緒にお茶でもいかがでしょう?」と言った。

 すると、男に気づいた4人は、ピタッと会話をやめ、ゴブリンを見るような冷めた目で見てきた。

 いや。ゴブリンの方が幾分かマシかもしれない。

 男は自信をもって声をかけてくることから、地上では割と外見は整ってる方だったのだろう。

 しかし、真人にしか興味がない4人は「お黙りなさい」「口を開くな」「それ以上近づくと斬るよ」「消し炭になりたいの」と言い、膨大な魔力という殺気を出して威圧してきた。

 男はヒィィィィ!と言いながらしりもちをつき、地面に水溜まりを作った。

 周りの冒険者も4人の威圧に臆したのか、男をゴミを見るような目で見ながら、何事もなかったかのように過ぎ去っていった。

 男は街に入れていることから、悪い人物ではないのだろう。

 しかし、今回ばかりは声をかける相手を完全に間違っていたことに気づいたのだった。

 それから4人はアルの一声で歩を進み始めた。

「ジョイナ。商業ギルドの場所は知ってるわね?案内してちょうだい」

「はい。アル様。商業ギルドは冒険者ギルドと魔術師ギルドに隣り合ってるので、少し歩けば着きます」

「アル様。宿はどうしますか?」

「ひとまず商業ギルドの対応を見てからですわ。場合によっては泊まることも考えますわ」

『え?ダンジョンに帰らないの?』

「なんですの?クリス。ダンジョンが恋しいんですの?」

『うっ!そうじゃないけど・・・』

「私は真人様が恋しいですっ!」

「うーん。私はさっさと終わらせて帰りたいです」

「ふふっ。そうですわね。さっさと終わらせて主様のところへ帰りましょうか」

「あっ!アル様。ここが商業ギルドです」

 ジョイナの案内で商業ギルドに着き、横の方に目を向けると、似たような3階建ての建物が2棟あった。

 商業ギルドは硬貨のマーク、魔術師ギルドは杖のマークのようだ。

 真ん中に建っている冒険者ギルドは剣と盾のマークで他の2棟に比べて大きい。

「人間が作ったにしては中々立派な建物ですわね」

『マスターとは比べものにならないけど、たしかに立派』

「これでも他の国に比べたら、かなりすごい方だと思いますよ。ね。ジョイナ」

「はい。魔術師ギルドは私が建てました。当時はすごい方だと思ってましたが、魔神様のを見てしまうと自信を失くします。それにこれ以上、階層を増やそうとすると土台がもたないんですよね。魔神様はどうしてるのでしょうか?」

『ジョイナ。わからないことがあればなんでも聞く。わからないままにしてるのはダメ。マスターもその辺わかってるからちゃんと教えてくれる』

「そうですね。帰ったら聞いてみます!」

「早く中に入りますわよ!」

 商業ギルドの中に入ると、人がまばらにいるようだった。

 朝の忙しい時間が過ぎたのか、それとも門に並んでた商人たちが、今から押し寄せてくるのか、なんにせよ判断がつかない4人は、受付に向かうことにした。

 受付は正面で、カウンターには4人の女性が座っており、3人の受付の女性たちは、お客と思われる者を相手していた。

 右の壁側には3つのテーブルと椅子があり、簡易の仕切りがついており、個別で対応できるスペースがある。

 左側の壁には掲示板のような物があり、そこには紙がたくさん張り出されていた。

 どうやら依頼書のようだ。

 4人は空いている受付の、一番若いと思われる女性のところに向かうと、女性は笑顔で対応するどころか、目を細めて値踏みするような顔を向けてきた。

 それもそのはず、なにせ1人は魔物、3人は容姿が優れた女性で、目立つことこの上ないし、非常に怪しいとも見てとれる。

 そこでアルもそれ相応の対応をすることにした。

「あなた。ちょっとよろしくて?」

「はい。何かご用でしょうか?」

「私たちはメイグウダンジョンの使者として赴いたのだけれど、ギルドマスターとお会いできないかしら?」

 すると、その目立つ4人の同行を気にして、聞き耳を立てていた若い女性以外の3人の受付の女性たち、そのお客までもがギョッとなって4人を見てきた。

「失礼ですがあなたたちは?」

「今、『メイグウダンジョンの使者』と名乗りましたわ」

 アルは言葉に少しの魔力を込めながら使者と告げた。

 若い女性は少し怯みひるみながらも態度を変えなかった。

「ギ、ギルドマスターは只今席を外しております」

「そう。では連絡を取ってもらえないかしら?もしくは、出直すから都合のいい日程を教えていただけないかしら?」

「あなた方のような素性がわからない方と取引するようなことはありません」

 と若い女性ははっきりと答えた。

「それは商業ギルドの総意と捉えてよろしくて?」

 アルは少し目を細めながら言った。

 アルの後ろに立って、やり取りを見ていたヴィアとジョイナも眉間にしわをよせ、魔力が漏れだし始めていた。

 クリスの表情はわからないが、珍しく何も感じていないようだ。

 商業ギルド内はシーンとなり、誰も言葉を発せられる状況ではなくなっていた。

 重苦しい雰囲気となり、心なし空気もひんやりとなったと感じる。

 お客でさえも固唾を飲んで見守っているほどだ。

 緊迫していた状況で最初に動いたのは、他のお客の相手をしていた、3人の受付の女性たちだった。

 3人の受付の女性たちは3人同時にハッとなると、1人はどこかに駆け出し、残りの2人は若い女性の受付を押さえにかかった。

 それを見たお客たちは、何故かホッとなったようだ。

 若い女性の受付をカウンターに押さえつけた2人は、片方に押さえつけるのを任せ、もう1人はカウンターの脇からアルのところに出てきて、深々と頭を下げた。

「お客様。申し訳ありませんでしたっ!」

 カウンターの方からは「なんで私の方が押さえつけられるですか!向こうが怪しいから悪いんですよ!」と叫び声が聞こえる。

「やっと話しがわかる方が出てきましたわね。いいですわ。若気の至りというものでしょうから仕方ないですわ」

 アルは、頭を上げた受付の女性を見ると、茶髪のショートカット、茶眼で20代と思われる優しそうな女性で、真っ先に動いたことからそれなりに経験を積んできたのだろうと印象づけた。

「お客様。失礼ですが若気の至りとはどういった意味でしょう?」

 それに、クリスとジョイナが先程やり取りしていたように、わからないことはちゃんと聞いてくることができるようだ。

「経験の足りない若者が分別のない行動をとってしまうことですわ」

「なるほど。勉強させていただきました。私たちも再度教育を徹底致します」

「それで?私たちはどうすればよろしくて?」

「まずを下げてきますので、少々お待ち下さい」

 そこでアレと言われた若い女性は、2人に引きずられて奥へと連れていかれた。

 すぐに戻ってきた先程の女性は

「お待たせいたしました。あの者はあとから処分が降されるくだされると思います」

「処分はしなくていいわ。その代わりちゃんと使えるように教育し直しなさい。人材は貴重よ?」

「わかりました。過分なお心遣い感謝いたします。失礼ながら話しを横で聞いておりましたがギルドマスターにご用件があるとのことですが・・・」

「会うことはできないかしら?」

「いえ。メイグウダンジョンの使者である方々ならば話は別です。ただ・・・現在は領主様の屋敷の方に出向かれておりまして不在なのです。今、使いを向かわせたところですので、よろしければ応接室の方でお待ちいただけないでしょうか?」

「私たちは日程さえわかれば出直してもよろしくてよ?」

「いえ。私の判断であれば領主様より優先すべき事項かと。それに商売の匂いもしますし」

「フフッ。あなたも中々やり手なのね」

「恐縮です。ではご案内させていただきます」


 その一方で、慌てて駆け出した1人の受付の女性は、2階まで駆け上がり廊下の一番奥まで走り、ノックもせずに副ギルドマスターの部屋の扉を乱暴に開けた。

「うわっ!びっくりした。なんだ?ノックもしないで?何かあったのか?」

「はぁはぁ。ふ、副ギルドマスター!た、大変です!メイグウダンジョンの使者と名乗る女性の方たちがいらっしゃってます。応接室に案内されると思いますので、失礼のないように対応お願いします。間違いなくです!私はこのままギルドマスターがいる領主様の屋敷に行ってきます!」

 受付の女性は扉を閉めることなく、息をきらしながら走り去っていった。

 副ギルドマスターは、受付の女性の早口でもたらされた情報にポカーンと口を開けて呆けていたが、思考が次第に追いつき「なんだとっ!?メイグウダンジョンからの使者!?」と叫びながら急いで準備して応接室に向かうのだった。

 副ギルドマスター室を飛び出した受付の女性は領主の屋敷へと走った。

 アルたちの様子を観察して、話が通じる相手だと感じてはいるが、いつまでも穏やかでいるかは話が別だ。

 事は商業ギルドの存続にまで関わるだろうと重く受け止め、受付の女性は一刻を争う事態と思い、死に物狂いで領主の屋敷まで走った。

 ようやく領主の屋敷の門の前に着いた受付の女性は、汗だくで膝はガクガクと笑い、ひどい有り様であった。

 それに気づいた領主の屋敷の門の前に立っていた衛兵は「お、おいっ?だ、大丈夫か?」と声をかけるものの「ぎ、ギルドマスターを・・・」と言いながら受付の女性は倒れてしまった。

 しかし、手に商業ギルドの職員用のカードを持っていたため、すぐに領主の屋敷にある一室に運ばれた。

 その一報は、領主と会談していた商業ギルドのギルドマスターに伝えられた。

 執務室でたわいない話をしていた2人にノックが聞こえ、領主の執事が扉越しに声をかけてきた。

「旦那様。ご会談中に失礼致します。商業ギルドの職員が尋常じゃない様子で屋敷に駆け込まれたようです。門前で倒れ、今は客室で回復魔法を施しているところです。いかがなさいましょう?」

 2人は顔を見合せて頷いた。

「すぐに行こう」

「ギルドマスター。私もついて行っていいか?商業ギルドの危機となれば私も対応しなければならなくなるだろう」

「そうじゃな。お願いしよう」

 一室に運ばれた受付の女性は、領主の屋敷にいた魔術師にすぐに回復魔法がかけられ目を覚ました。

 寝かされていたベッドから上半身を起こすと、すぐにノックが聞こえ、領主とギルドマスターが部屋に入ってきて、回復魔法をかけていた魔術師は退出していった。

 領主は受付の女性がベッドから降りようとするのを手をあげて静止し、ギルドマスターの方を見た。

「ふむ。大丈夫か?何があったのじゃ?倒れたと聞いたが、商業ギルドから走ってきたのか?お主は身体強化が使えたじゃろう?何故使わなかった?

「・・・忘れてました。それどころじゃなくて・・・」

「珍しいのぅ。そんなに切羽詰まった事態が起きたか?冒険者ギルドにこの事は?」

「いえ。おそらく冒険者ギルドには関係ないことかと思われます」

 受付の女性はチラッと領主の方を見ると

「大丈夫じゃ。聞かせてもよい。わしが保証する」

 「わかりました。領主様。このような形でお話しすることをお許しください」

「気にするな。君には君のやるべきことがある。それだけだ」

「ありがとうございます。それでは驚かないよう聞いてください。あと他言無用でお願いします」

「領主の私にそのようなことを言うとはな。よっぽどのことなのだな?」

「はい。商業ギルドの存続に関わるかもしれません。対応を間違えればメイグウ市も危うくなる可能性があります」

「よし。心して聞いておこう。ギルドマスターもよいな?」

「ああ。わしも他言無用を誓おう」

「それでは・・・。少し前に商業ギルドの方に、メイグウダンジョンの使者を名乗る白銀のスライム様と3人の女性の方たちがみえられました・・・」

「「・・・はっ?」」

「・・・なんと言ったかの?わしも歳で耳が遠くなったのかもしれん」

「ギルドマスター。私も耳が遠くなったようだ」

「ですからっ!メイグウダンジョンの使者を名乗る白銀のスライム様と3人の女性の方たちが商業ギルドにこられたんですっ!」

「「・・・な、な、なんだとっ!?」」

「ほ、なのか?ちゃんと確認したのか?」

「間違いなくです。確認しなくても拝見しただけでわかります」

「よし。私は執務に戻るとしよう。ギルドマスター。対応は頼んだぞ」

「待たんか。逃げようとするんでない。メイグウ市がダンジョンの恩恵を受けてる以上、お主も挨拶するべきだろう」

「うっ!」

「ギルドマスター。他のところから情報がなかったことを思うと、商業ギルドを最初に訪れたと思われます。ということは商業ギルドに用件があると思われ、そこにいきなり領主様が現れるというのは・・・」

「ふむ。一理あるのぅ。用件を尋ねたか?」

「・・・いえ。尋ねる前にバカが追い返そうとしました・・・」

「・・・い、今なんと?」

「あのバカが素性がわからない方と取引はしないと言ったんですよ!しかも使者の方は魔力が込められた言霊で名乗ったのにも関わらず!」

「ギ、ギルドマスター・・・。メイグウ市は終わったのではないか・・・?」

「す、すまん・・・。商業ギルドももうないかもしれんのぅ・・・」

「期待はできませんが、大丈夫だと思います。残りの2人がバカを捕らえたはずですし。使者の方の説得を試みてると思います。使者の方も余程なことがない限り、話が通じる相手と見受けられました」

「余程のことがないといいがのぅ・・・」

「ギルドマスター。そんなこと言ってないで早く向かわないと、それこそ余程のことになりますよ」

「た、たしかに失礼じゃな。急ぎ向かうしよう」

「ギ、ギルドマスター。私はどうすれば・・・?」

「お主は領主じゃろう。自分で考えんか。後日、晩餐会に招くなりすればよかろう」

「そ、そうだな。準備しておこう」


 その頃、商業ギルドでは・・・。

 受付の女性の後ろをついていき、4人は階段を上がり、2階の応接室に案内され、受付の女性はすぐにどこかへ行ってしまった。

 受付の女性によると、商業ギルドの2階は、応接室、商談室、資料室、副ギルドマスター執務室、3階はギルドマスター執務室、貴族用の応接室、盗聴防止の魔道具が設置された会議室等があるそうだ。

 4人が案内された応接室のソファでお茶を飲んでいると、ノックをして先程の案内していた受付の女性が戻ってきた。

「ギルドマスターは今しばらくかかると思いますので、副ギルドマスターをお連れしました」

 4人は3人掛けのソファにアルを真ん中にして座っており、クリスはヴィアの膝の上だ。

 3人は受付の女性の言葉を聞くと立ち上がった。

「失礼する」と言い緊張気味に入室してきたのは、50代ほどの茶髪、茶眼で身長180センチはあると思われるガタイがいい男だった。

 4人は軽く頭を下げ(正確にはクリス以外の3人だが)

「お初にお目にかかります。メイグウダンジョンの使者の立場を預からせていただいている者ですわ」

 とアルは言った。

 先に相手側に頭を下げさせたことに副ギルドマスターは焦った。

「あ、頭をお上げ下さいっ!私どもは、メイグウダンジョンに大変お世話になっておりますので、そんなに畏まらないで下さいっ。それに職員が粗相をしてしまい申し訳ありませんでした。私は副ギルドマスターをしているバードル・クロスと申します」

「よろしくお願いしますわ。あなたは本当に商業ギルドの職員ですの?冒険者ではなくて?それでそちらの女性の方は?」

「私は元々冒険者をしておりました。商業ギルドでも護衛や採取の依頼を自ら受けることもありますので」

「申し遅れました。私はバーニャ・クロスと申します」

「あなたたちは親子ですの?」

「はい。私の娘になります。何か失礼がございましたか?」

「いえ。優秀な娘さんですわ。それでバーニャさん。あなたを見込んでお願いがあるのだけど?」

「は、はいっ。なんでしょうか?」

「私たちの窓口になってくださらないかしら?」

「はいっ!・・・えっ?どういうことでしょうか?」

「まずはギルドマスターに話しを通すことにするわ。説明はそれからね。バーニャさん。あなたも立ち会いなさい」

「は、はいっ。わかりました。副ギルドマスター。よろしいでしょうか?それと私のことはどうかバーニャとお呼びください」

「ああ。光栄なことだ。行ってきなさい」

 すると、ちょうどいいタイミングで扉がノックされた。

 バーニャが用件を聞きに退出し再び入室してきた。

「使者様方。ギルドマスターが戻られたそうです。3階の方へ移動となりますがよろしいでしょうか?」

「わかりましたわ」

 4人はバーニャの後ろをついて行き、3階へ繋がる階段を上がり廊下を少し歩くと、きらびやかな装飾が施された扉の前についた。

 バーニャは扉をノックし「ギルドマスター。メイグウダンジョンの使者様方をお連れしました」と声をかけ、室内から「入るのじゃ」と返事が聞こえた。

 バーニャが扉を開け、4人が入室すると、そのあとにバーニャも入り扉を閉めた。

 4人が並び、その顔を確認したギルドマスターは目を見張り「おおっ・・・。あなた方はまさしくあの時に拝見したご尊顔でございます・・・」と感動していたところ、ジョイナが一歩前に出てきた。

「セイルじぃちゃん!まだ生きてたんだ!」

「ん?失礼なヤツじゃのぅ?はて?お主は誰じゃ?どこかで会ったかのぅ?」

「ジョイナだよ!魔術師ギルドにいた!」

「なぬっ!?お主がジョイナじゃと?たしかに髪の色は変わっとるが、眼の色は同じじゃし・・・。じぃちゃんと呼ぶのもジョイナぐらいじゃったし、声もジョイナじゃのぅ?しかし、ジョイナは10年以上前に出ていったと聞いておったが・・・?それにその長い耳はエルフ?あやつはハーフエルフだと言っておったが・・・」

「そうそう!そのジョイナで合ってるよ。元気そうだね!随分歳とったみたいだけど」

「あのジョイナか・・・?そういえば・・・お主の方が歳取っとるじゃろうが!」

「あ゛ぁ?何か言ったか?」

「おおっ・・・!?その反応はジョイナじゃ!懐かしいのぅ」

「ジョイナ。お知り合いですの?」

「はい。私も同じ時期に魔術師ギルドのギルドマスターをしていましたので。幼い頃は悪ガキでしたが、魔術を教えてあげたこともありました。たしか、セイルじぃちゃんが10歳ぐらいの時にダンジョンの誕生祭があったんですよ!」

「これ!ジョイナ!しっかり紹介せんか!申し遅れました。私は商業ギルドのギルドマスター。セイル・レフタレートと申します。そこのジョイナの教え子ということになるでしょうか」

『ジョイナの教え子?じぃちゃんなのに?』

「クリス姉様。人間は寿命が短いからすぐ老いてしまうんです」

『そういえば人間はそうだったっけ』

「そうですの。ジョイナはメイグウダンジョンで修行をしている身で、私たちの家族となりますわ。本来ならメイグウダンジョンの使者で通すことを命じられていたため、名前を名乗るつもりなかったですが、ジョイナのお知り合いということなら話しは別ですわね。こちらも自己紹介させていただきますわ。私は風の精霊王アルと申しますわ」

『私はクリス』

「私はハイエルフのヴィアと申します」

「私はエルフのジョイナと申します」

「どうぞお見知りおきを。それでセイル殿。本題に入る前に一つよろしくて?・・・って、どうしましたの?」

 セイルとバーニャは4人が名乗った肩書きに驚きを隠せず、ポカーンと口を開けていた。

「せ、精霊王様?で、伝説の存在と言われてるハイエルフ様?ジョイナもエルフになったじゃと・・・?」

「白銀のスライム様は名前がある・・・?それに念話が使えてる・・・」

「混乱してますわね」

 アルは両手でパンッ!と音を打ち鳴らした。

 その音でハッと我に返った2人に、アルは再度声をかけた。

「セイル殿。本題に入る前に一つよろしくて?」

「し、失礼しました。まずはお掛けください。それでなんでございましょう?アル様」

「・・・普通の口調でかまいませんわよ?」

「いえ。私どもにとって上位の存在とは、敬う者と存じておりますので。それに商売の匂いを感じます」

「そうですよね!ギルドマスター!私もそう思ってました!」

「・・・バーニャに基礎を教えたのはあなたね。まぁいいわ。それでバーニャを私たちの窓口として雇いたいのだけれどどうかしら?」

「それでバーニャも立ち会わせたわけですね。窓口というとメイグウダンジョンに連れて行くということでしょうか?バーニャが良いというなら私は何も言うことはございませんが・・・」

「ダンジョンには連れて行きませんわ。ここからは本題なのだけれど、私たちがここに来た理由は、メイグウダンジョン産の物を商品として商売を成り立たせようと思ってますの。それの許可を取りに伺いましたの」

「そ、それは・・・」

「もちろん常識の範囲で流通させますわ。その辺は話し合いで決めて行くことにしますわ。それでバーニャに窓口になってもらい、商業ギルドに卸すか、店舗を構えて商業ギルドの職員を派遣してもらうか、いずれにせよ商業ギルドを通すように考えておりますわ」

「私どもとしては願ってもないことですが・・・。商業ギルドが独占販売になるのでしょうか?」

「それはもちろん不公平が出ないように、商業ギルドは野菜、果物、装飾品や生活用品、冒険者ギルドには薬草や中級までのポーション、魔術師ギルドにはCランクまでの魔道具、下位のマナポーションを卸すことを考えてますわ。もしくは商業ギルドが一括して販売し、利益を分配するかですわね。私たちは利益を第一に優先させたいわけじゃないわ。私たちの主様はメイグウ市をもっと綺麗に大きくなることを望んでらっしゃるわ。だからもし利益を優先に考えるのであれば、この話しは無しということね。あと貴族が権力を持ち出してくるような取引はしないことね。その場合はこちらも黙っていないわ」

 セイルはアルの言葉に体をブルッと震わせて答えた。

「そ、それはもちろん存じております。ここでは貴族の肩書きは何も役に立たないことを住人も周知の上です。使者様方の主様は素晴らしい方でございますね。この話は冒険者ギルドと魔術師ギルドにも確認をとってからの返答となりますがよろしいでしょうか?」

「ギ、ギルドマスター・・・?その前にマナポーションと聞こえた気がするんですが・・・」

「た、たしかにな・・・。じゃが流通量を制限してダンジョン産として販売すれば大丈夫じゃろう」

「返事は後日でもかまいませんわ。バーニャがメイグウダンジョンに一歩でも踏み入れてくれればわかるわ。それと、いずれメイグウダンジョン内に街を作りますわ。その時に商業ギルドを通さない、私たちが経営する独立した店舗を営業させていただきたいと思ってますわ。商品の種類はできるだけ地上と合わすつもりでいるけど、質と価格は少し高めにすると思うわ」

「ダンジョン内に街を・・・?そんなことが可能なのでしょうか・・・?ダンジョン内部のことは、私どもに意見を述べる権限はございません。ご配慮いただき感謝いたします」

「では商品の詳細は後日バーニャと確認するとして、ひとまず、商業ギルドはメイグウダンジョンとの商取引を認めるということでよろしいですわね?これは私、風の精霊王アルの発言によって契約とみなしますわ。同意するのであれば握手を」

 3人は座っていたソファから立ち上がり、アルがギルドマスターに向かって手を差しだした。

「はい。私、商業ギルドのギルドマスター、セイルはメイグウダンジョンとの取引に同意いたします」

 2人は握手を交わし、無事に販路が確保することが出来たアルはホッとなった。

「私たちの用件は以上ですわ。そちらもよろしかったかしら?」

「少々よろしいでしょうか?」

「ええ。いいですわよ」

「冒険者ギルドと魔術師ギルドが賛同しない時はいかがいたしましょう?」

「その時はその時で取引しなければいいわ」

「しかし、私どもの話しだけで納得するかどうか・・・」

「しょうがないわね。では最上級のエクスポーション、最上級のエクスマナポーションを3本ずつ置いていくわ。但しただし、各ギルドで保管し、有事の際に使うこと。これでどうかしら」

「さ、最上級でしょうか?私どももみたことないので判断できないのですが・・・」

「見ればわかるわ。特に魔術師ギルドは。それで納得しない時は諦めなさい。ヴィア。ポーションを出してちょうだい」

「はい。アル様」

 ヴィアは空間収納が付与された腕輪からポーションを取り出して、テーブルの上に置いた。

 ヴィアが何もない所からポーションを取り出したように見えたため、セイルとバーニャは唖然となった。

「ギ、ギルドマスター。何もない所からポーションが出現したんですが・・・。私の見間違いでしょうか?」

「う、うむ。わしにもそう見えたのじゃ。収納袋でないとなると、空間魔法ということかのぅ・・・?」

「く、空間魔法が使える方がいるのでしょうか?」

「わしもいないと思っとったが・・・」

「それでこちらでよろしいですの?」

 セイルとバーニャはアルの言葉でハッとなり、テーブルに置かれたポーションを見た。

「こ、これは・・・。すごい魔力が込められてますね。たしかにこれなら見るだけで納得するかもしれません。アル様。ありがとうございます。それともう一つ。ジョイナによろしいでしょうか?」

「何?セイルじぃちゃん」

「ジョイナ。魔術師ギルドには顔を見せたのかのぅ?魔術師ギルドのばばあもしぶとく生きとるぞ」

「寄るつもりないよ!だから魔術師ギルドには私がここに来たこと黙っといて!私はもう地上に戻る気ないから。アル様!帰りましょう!」

「そうですわね。ではセイル殿、失礼いたしますわ。バーニャはまた後日ね」

「驚くことばかりでしたが、有意義なお時間ありがとうございました。また会えることを心待ちしております。バーニャ。送って差し上げなさい」

「はい。ギルドマスター」

「いえ。その必要はありませんわ。クリス。」

『・・・・・』

「・・・ヴィア。クリスは寝てるんですの?」

「えっ?クリス姉様?クリス姉様!起きて下さい!」

『ん・・・?何?』

「クリス。あなたは寝てましたわね。まぁいいですわ。帰りますわよ」

『もう終わった?ダンジョンでいいの?』

「ええ。48階層でいいですわ。セイル殿、バーニャ、ごきげんよう」

 アルたちのやり取りを不思議そうに見ていたセイルとバーニャだったが、アルが軽く頭を下げると4人は突然消えた。

「「!?」」

「ギ、ギルドマスター!使者様方が消えました・・・。い、今のは・・・?」

「お、驚いたわい・・・。おそらく転移の魔法じゃろう。わしも初めて見たのじゃ」

「す、すごいですね・・・。それでこの後はどうしますか?」

「そうじゃな。まずは領主に報告じゃ。その後は、冒険者ギルド、魔術師ギルドに伝えて、後日、会談じゃ。それにはバーニャも参加することじゃ」

「はい。商業ギルドで保管するポーションはどうしましょう?領主様に渡しますか?」

「いや。使者様方から直接の受け賜り物じゃ。商業ギルドに祀るまつることにする。但し使い道を誤らないようにすることじゃ」

「わかりました。使者様方がおっしゃられたように有事の際には使用することですね。領主様の報告はお任せします。私は冒険者ギルドと魔術師ギルドに行ってきます」

「頼んだぞい。どれ、わしは領主の所に行くとするかのぅ」

 再び領主の屋敷を訪れたセイルは、すぐさま領主の執務室に案内された。

 メイグウ市の現領主、ラジアス・メイグウは50代の金髪、碧眼で、ダンジョンが出来た当初から、代々領主を受け継いできたため、ダンジョンからの恩恵を受けてることに感謝しており、街の状況、住人の生活や安全も大体は把握している。

 もちろん政務を補助する貴族は存在するが、ここの街で貴族の権力など役に立たないことは本人たちもわかっており、他の国や街と比べて住みやすく、その辺も領主たちが代々守ってきた教訓でもあった。

 そんなラジアスは、セイルの姿を見てホッとした。

 深刻そうな顔をしていないこともあるが、無事に生きていたからだ。

 そんな失礼なことを考えながら、ラジアスはセイルに問いかけた。

「ギルドマスター。無事だったか。それで本物だったのか?用件は?」

「無事なものか!驚きすぎて寿命が縮まったわい!間違いなく本物の使者じゃった。転移魔法まで見られたぞ」

「なんだと!?空間魔法を使える者が存在するとは・・・」

「それで用件じゃがな。どうやらダンジョンの物で商売したいようでの。こちら側の不利益にならぬよう声をかけて下さったようじゃ。それに使者様方の主様は、この街のさらなる発展を望んでいるようじゃ。これから先はお主の腕にかかってくるじゃろうな」

「うっ!光栄なことだが、中々無茶なことを言ってくるな」

「無茶なものか!メイグウダンジョンが自ら支援して下さると言ってるようなもんじゃ。普通ならありえんことじゃ。わしらも頑張らねば罰が当たるぞい。現に利益を優先するなら取引は無しとまでおっしゃった。そうなると今まで採取できていたダンジョンの物も取れなくなる可能性もあるのじゃ」

「それは困るな。今のうちに街が発展できるよう改善案を出しておこう。それで、晩餐会に招待したいのだが、使者様方はどちらに?」

「今回は戻られた。後日、バーニャがダンジョンへと出向くことになった。その時に伝えてもらおう。幸いにも使者様方は話しがわかる方たちじゃった。うまく付き合っていけば悪いことにはならんじゃろう」

「頼んだ。ギルドマスター。しかし、まさか私の代でこんなことになろうとは・・・」

「それを言ったらわしなんて引退間近なんじゃが・・・。なんにせよ光栄なことじゃ。これから忙しくなりそうじゃ。しっかりとやり遂げるぞい」

「ああ。わかってる」

「ではわしは戻るとしよう」


 2日後、商業ギルドの3階の会議室に冒険者ギルドのギルドマスター、魔術師ギルドのギルドマスターは訪れていた。

 セイルとバーニャが入室し、席につくと早々と魔術師ギルドのギルドマスター、マゼンタ・インサールが声をかけてきた。

「セイル。お主がわしらを呼び出すなんて珍しいの。何かあったかの?もしかして一昨日街の入口で起きた騒ぎのことかいな?」

「セイルのじいさん。わざわざ呼び出してまで話すことがあるのか?手短に頼むぜ」

 答える間もなく冒険者ギルドのギルドマスター、ガイレン・ダンパも不機嫌そうに言ってきた。

「2人ともそう焦るな。マゼンタ。一昨日のは冒険者同士のいさかいじゃったのだろう?哀れな冒険者が返り討ちに合ったとか聞いたが・・・。」

「相手の冒険者は恐るべき手練れだったと聞いとるがの。威圧だけで追い返したと。それに魔物のスライムを連れていたと情報も入ってるがの」

「・・・あの方たちか。相変わらず魔術師ギルドは情報を得るのが早いの」

「それで俺たちを呼んだ理由は?まさか問題を起こしたそいつらを探せとかじゃないだろうな?」

「違うぞいガイレン。いや。違うくないかの。探すじゃなくて干渉するなの方が正しいのぅ」

「・・・どういうことかの?セイル」

「どういうことだ?セイルのじいさん」

「ここからはバーニャに説明してもらうかのぅ。バーニャ頼んだぞい」

「はい。ギルドマスター。では僭越ながら私、バーニャが説明させていただきます。マゼンタ様。ガイレン様におかれましては、今からする話しは他言無用でお願いいたします。よろしいでしょうか?」

「そこまでのことかい。ああ。わかったよ」

「・・・ああ。俺もいいぜ。そんで他に誰がその話しを知ってるんだ?」

「商業ギルドのギルドマスター、副ギルドマスター、私バーニャと領主様のみになります」

「「!?」」

「そりゃ穏やかじゃないねぇ」

「領主様が出てくんのかよ!それなら仕方ねぇな」

「では、先に進めさせていただきます。2日前の話しになりますが、商業ギルドにメイグウダンジョンの使者を名乗る方たちが来られました」

「「なっ!?」」

「使者様方の用件は私たちと商取引を行いおこないたいというもので、メイグウ市の発展を望んでいるとのことでした。そこで私が窓口となり、商業ギルド、冒険者ギルド、魔術師ギルドへダンジョン産の物を卸し各ギルドで販売、もしくは商業ギルドが一括して販売し、利益分配という提案をしていただきました。価格や商品の詳細は後日ということになりますが、主に商業ギルドは野菜、果物、装飾品や生活用品、冒険者ギルドには薬草や中級までのポーション、魔術師ギルドにはCランクまでの魔道具、下位のマナポーションを提供予定だとおっしゃられておりました。お二方、いかがでしょうか?」

「マナポーションじゃと!?・・・セイル。その使者殿は本物だったかいの?」

 マゼンタは真剣な顔をして、まっすぐセイルの目をみながら言った。

「ああ。間違いなく本物じゃ。あの時のままのお姿じゃった」

「・・・そうか。それで商業ギルドはどうするかいの?」

「商業ギルドとしては、一括で販売したいと考えております。1店舗になることにより冒険者だけでなく、住人の来店も増えるでしょうから、相乗効果も期待できると思われます」

「ふむ。一理あるの。魔術師ギルドは賛同かの。なによりマナポーション提供は大きい。聖教国が製造できなくなった今、魔術師を預かる立場としては頭を下げてでも提供してもらいたい」

「おいおい。マゼンタのばあさんまで本気かよ!俺は反対だ。祖父や父からも誕生祭で起きたことを聞かされて育ってきたが半信半疑だ。それにダンジョンに潜ってコソコソしてるような連中だろう?正直言って信用できん。ダンジョンの素材やポーションならそいつらがいなくても手に入るしな」

「セイルが本物というなら間違いなかろうて。私も初めてあのお姿を見たとき感動したものよ。お主が疑うのも無理はないの。あの方たちは理外の存在じゃから見んことには信用できんじゃろう」

 そこでセイルはバーニャの方を向き頷いた。

「私どもも最初から納得されるとは思っておりませんでしたので、使者様から納得するにふさわしい物をいただきました。こちらをどうぞ」

 バーニャはテーブルの上に置いていた箱をガイレンとマゼンタの方に差し出し、箱の蓋を開けた。

「こ、これは!?ポーションなのか!?」

「わ、わしですら見たことないポーション!?もしや最上級か!?」

「はい。使者様は最上級のエクスポーションとエクスマナポーションとおっしゃっておりました。王族以外で見たことあるのは、一握りかと思われます」

「な、なんて魔力の密度じゃ・・・。わしの魔力量より多いかもしれん。よし!魔術師ギルドは正式に賛同するぞい!」

「マゼンタ様。ありがとうございます。ガイレン様はいかがなさいますか?ガイレン様?」

 ガイレンはポーションを見ながら拳を握りしめブルブルと震えていた。

 セイルはそれを見かねて声をかけることにした。

「ガイレン。おぬしの意地で他の者の命が救えるのか?あやつも一人でも多くの命が助かる方を選ぶじゃろうて」

「くっ。そんなことわかってるっ!」

「そうか。返事は明日でよいぞ。わしらは先に出てるぞ。マゼンタ、バーニャ戻るのじゃ。少し一人にしといてやるのじゃ」

 部屋を出ると、マゼンタはさっさと魔術師ギルドに戻っていった。

 廊下を歩いていたバーニャは、隣にいたセイルに話しかけた。

「ギルドマスター。ガイレン様は・・・」

「バーニャは知らなんだな。あやつの父親ガイウンは7年程前に、Sランクの階層に挑戦していた冒険者を助けるためにダンジョンに飛び込んでな。そのおかげで冒険者たちは重症だったものの帰還はしたが、ガイウン一人が犠牲になったのじゃ。ここでの冒険者ギルドのギルドマスターに求められるのは実力と統率力じゃからのう。あやつの父親も人一倍正義感があるやつじゃった・・・。あのような理外のポーションを見て思うことがあるのじゃろう」

「それでお若いうちからギルドマスターをされてらしたんですね。でもそれって八つ当たりなんじゃ・・・」

「そう言ってやるな。ガイレンもわかっておるはずじゃ。他人から見ればそう思うかもしれんが、本人からすればやりきれん思いじゃろう」

「賛同していただけるとよいのですが・・・」

「大丈夫じゃろう。ガイレンも最初はあんな風に言っておったが、あれだけのポーションを見れば意地を張ってる場合じゃなかろう。あれ一つで間違いなく一人は助かる命はあるからの。それにこれで自分の意地を通そうもんならギルドマスター失格じゃ。その時は使者殿の言われた通り諦めるしかなかろうて」

「そうですね・・・」


 一方、ダンジョンの48階層に戻ってきた4人はクリスの家の庭にいた。

 真人は縁側に座り、4人は軒先に立って真人の言葉を待っているところだ。

「それで?どうだった?うまくいったか?」

「真人様!クリス姉様が寝てました!」

『っ!?・・・ヴィア。私を売るとはいい度胸』

「魔神様。外は魔力が少なくて体が動かなかったですぅ」

「そ、そうか・・・」

「あなたたち!報告になってませんわよ!主様。予定通り販路は確保できましたわ。ただ、商業ギルドのギルドマスターはジョイナの知り合いだっため、こちらも名乗ることにしましたわ。あとは価格、商品の詳細は後日、話し合うことになりましたわ」

「ジョイナの知り合い?それは大分高齢なんじゃないのか?」

「・・・どういう意味でしょうか?魔神様!」

「い、いやっ!深い意味はないぞっ!それで?他に問題はなかったか?」

「はいっ!クリス姉様がダンジョンが恋しいって言ってました!」

『っ!?・・・ヴィア。嘘つくな。私は言ってない』

「そ、そうか。問題もなかったんだな。よくやった!褒美をやろう!何か欲しい物はあるか?」

 すると、我先にとヴィア、ジョイナ、クリスは真人に近寄った。

「私は頭を撫でて欲しいですっ!」

 一番にきたヴィアの頭を撫でてやると恍惚した顔になった。

「わ、私は・・・真人様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか!?」

「うん?それはかまわんが、褒美にはならないぞ?他にはないのか?」

「いえ。私はまだこれで十分です。ありがとうございますっ!真人様!」

 ジョイナが終わるとクリスが膝の上に載ってきた。

「珍しいなクリス。てっきり一番最初にくると思ってたが」

『ん。私もお姉さんだから。私はマスターのそばにいれればそれでいい』

 どうやら、ヴィアとジョイナに先を譲ったようだ。

 最後にアルを見ると、先程の位置から動いておらず下を向いてモジモジしていた。

「ア、アル?ど、どうした?」

 すると、いきなりガバッと顔をあげ、すごい勢いでズイッと顔を寄せてきた。

 下の方ではクリスが潰されて『むぎゅ!』と声が聞こえた。

 すぐに転移して逃げ出したようだが。

「ア、アル?ち、近いぞ!」

「あ、主様!私。今回頑張りましたわ!」

「ああ。そうだな。頑張ったな。アルのおかげで販路の確保が出来た」

「そ、それで・・・。私に似合う装飾品を作ってもらえませんか!?」

『「「!?」」』

『その手があったか!』

「アル様。ずるいですぅ~」

「私も今度こそはっ!」

「だまらっしゃい!私の正当な報酬ですわ!」

「ふむ。装飾品か。どんなのがいいんだ?」

「主様に作っていただけるならなんでもいいですわ」

「なんでもが一番困るんだが・・・。まぁいいだろう。明日でもいいか?」

「やったですわ!はいですわ!明日が楽しみですわ!・・・ですわ・・・すわ・・・わ」

 まるでエコーが効いてるように声を響かせて、アルは飛び跳ねながらどこかへ消えていった・・・。

『なんだあれ。マスター。本気で作る気?』

「ああ。今回はアルでなければ実現できなかっただろうからな。ちゃんと功績には報いなければならん。不満か?」

『ううん。違う。アルが頑張ったのは私もわかってるからいいと思う。そっちじゃなくて、ディーネたちも欲しがるんじゃ?』

「そ、そっちか!たしかにその可能性はあるな!というか間違いなくそうなるな・・・!よし。アルに褒美を渡したらしばらく引きこもっておこう・・・」


 翌日、アルと48階層の広場で待ち合わせる約束をした俺は、転移魔法陣部屋を出て、壁に隠れていた。

 そこへ転移魔法陣部屋からアルが出てきた。

 俺は小声でアルを手招きして呼んだ。

「アル。こっちだ」

「あっ。主様。おはようございますわ。昨日は楽しみで寝れなかったですわ!・・・なんでそんなコソコソしてますの?」

「しっ!早くこっちに!」

「な、なんですの?ま、まさか・・・主様、朝っぱらからこんなところで・・・」

「何を考えてるか知らんが、アレを見ろ」

 俺は遠くに歩いている1人の人物を指差した。

「あれは?ディーネですわね。食堂にでも行くのかしら?」

「そうだ。ディーネだ。ヤツに見つかったらまずい。隠れながらいつもの喫茶店に行くぞ」

「な、なにがまずいんですの?」

「考えてみろ。俺がアルに装飾品を渡してるところを見られでもしたら・・・」

「み、見られでもしたら・・・?ゴクッ」

「きっとディーネも欲しがる。それはアルのために作った俺の努力も無駄になるってことだ」

「そ、それはかなりまずいですわね。慎重に行きますわ・・・。主様。転移ではダメですの?」

「いや。緊急でもないし、禁止にした俺が使うのは違うだろう。もしもの時は使うかもしれんが・・・」

「そうですわね。あれ?ディーネの様子がおかしいですわ」

「なにっ!?あいつはなにしてるんだ?鼻先を上に向けてキョロキョロしてるが」

「あ、主様。こっちに近づいてきてますわ」

「なんだと!?もしかして匂いで!?犬かあいつは!」

「私が魔法で匂いを飛ばしますわ!」

「あっ!おいっ!こっちの匂いを飛ばしたら・・・」

「ヒイィィィィィ!アンデットみたいに向かってきますわ!あ、主様!早く転移を!」

「お、おう!アル。捕まれ」

 俺は無我夢中でアルを連れて転移を使った。

「はぁはぁ・・・。怖かったですわ。もしかして夢でしたの?ここは・・・?どこですの?主様?」

『ばぁっ!』

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

『ぷっ。アル驚きすぎ』

「・・・クリスですの。ここはどこですの?」

『ん。マスターの家』

「こ、ここが主様の家・・・。初めてきましたわ。それで主様はどちらに?」

『ん。そこで寝てる』

「こ、ここは寝室ですの!こ、これは添い寝のチャンスでは?ゴクッ」

『そんなことしたら褒美がもらえなくなる』

「そうですわね・・・。ところでなんでクリスが主様の家にいるんですの?」

『えっ?いつも寝る時はここだけど?』

「えっ?」『なに?』「えっ?」『だからなに?』

「主様と一緒に寝てるんですの・・・?」

『だからさっきからそう言ってる。マスター。起きて』

「んぅ?ああ。クリスか。俺は寝てたのか。アンデットに追いかけられてる夢を見たんだがディーネに似てたかもしれん・・・」

「主様。それは夢じゃありませんわ」

「なぜアルがここに?」

「主様。覚えてませんの?私は主様に褒美を貰おうと待ち合わせして合流したところ、ディーネに気づかれてここに転移してきたんですわ」

「そういえばそうだったかもしれん・・・。ディーネのことは忘れよう。それで褒美だったな」

 俺はベッドから立ち上がり、アルの前に移動し、亜空間収納から30センチほどの金属の棒を取り出した。

 手元の方には短くて細い白い縄がついており、その先端には白いふさがついている。

 アルは片膝をつき、その金属を恭しくうやうやしく受け取った。

「主様。これは?」

「開いてみろ」

 アルは段々と開けていくと、扇状に広がり、親骨と中骨はアダマンタイトで造られ、面の部分には、ミスリルとアルゴンスパイダーの糸で作られたキラキラと輝く薄緑色の生地が貼ってある、所謂いわゆる鉄扇という物だった。

 正確には鉄ではないが、扇子の域はあきらかに越えているため鉄扇でいいだろう。

「ほわぁ~」

 アルはその鉄扇に見とれ、思わず変な声が出た。

『アルが変な顔して、変な声出してる』

「あ、あげませんわよ!」

 アルはすぐさま鉄扇を閉じ、胸元に抱いて隠した。

「アル。その鉄扇の名前は春風だ。お前は春のように心地よい風をふかせてくれるからな。骨組みはアダマンタイト、面の部分にはミスリルとアルゴンスパイダーの糸を練り合わせて貼り付けてあるから、魔法の威力もあがるだろう」

「主様。ありがたくちょうだいいたします。春風の名に恥じぬよう活躍することを約束します」

「ああ。期待している」

「それにしても、フフッ。綺麗ですし、かっこいいですわ。魔力を込めればヴィアみたいに斬撃を飛ばせるようになれるかしら?楽しみだわ」

『アル。気持ち悪い顔になってる』

「なんですって!失礼ですわよ!クリス」

「クリス。アルを送って行ってやれ」

『アル。気持ち悪いから早く帰れだって』

「そ、そんな・・・。主様まで・・・」

「いや。違うぞ。早く試したそうな顔してるからな」

「そうですわね!早く試したいですわ!行きますわよ!クリス!」

『アルも意外とチョロい。マスター。行ってくる』

「ああ。ディーネたちに見つからないようにな」

 そんな騒がしい日々を過ごしていると、あっという間に1週間が経った。

 アルは毎日、自宅で春風を見ながらニヤニヤしているようだ。

 この日も朝食を食べ終わり、ふところから春風を取り出そうとしたところ、覚えがある魔力を感じた。

「この魔力はバーニャね。やっと話しが先に進みますわ。私は春風を貰えたからもう満足だけれど」

 アルは春風を片手に1人ブツブツ言いながら、クリス、ヴィア、ジョイナに連絡を取った。

「クリスとジョイナは修行中で来れないわね。ヴィアだけで十分だわ」

 48階層でヴィアと合流したアルは、2人で48階層の転移魔法陣で1階層にある転移魔法陣へと跳んだ。

「そういえば、ヴィアの腕輪にも転移が付与されていたわね。直接跳んだ方が早かったかしら」

「それでもよかったですけど、そんなに変わらないですよ?この腕輪も10ヵ所しか転移地点を登録できないので、ここのダンジョンはもちろん登録してありますが、他は各国の都市を登録してあるぐらいです。ただ、転移魔法陣部屋には登録しなくてもこの腕輪があれば跳べるようです」

「たしかに変わりませんわね。主様がいずれ外の世界に出た時に、連れて行って差し上げなさい」

「あれ?アル様はついてこないんですか?」

「私たちはダンジョンを守ることに専念かしら。その辺ぐらいならいいけど、あまりダンジョンから離れたくはないわね。もちろん主様とも離れたくないし、ついて行きたいとも思ってるわ。それに私がついて行くってなると、他の3人もついて行くはずだわ。そうなるよりダンジョンに残った方が主様の役に立てるわ」

「でも真人様なら帰ってくるの一瞬ですよ?」

「それだと外に出た意味がないわ。旅路を楽しむことも大事よ?ヴィアもわかっているでしょう?」

「そうですね。道中も旅の醍醐味ですから、転移はいざという時だけにします」

 転移魔法陣部屋から出て、入口に向かって話しながら歩いていた2人は、入口に立っていたバーニャに気づいた。

「バーニャ。来てくれて感謝するわ」

「使者様方。ご無沙汰しております」

「それで経過はどうですの?」

「はい。計画通り魔術師ギルド、も提案に賛同していただき、土地も店舗も確保してあります」

「あら。意外だわ。魔術師ギルドはともかく、冒険者ギルドは反対すると思ってましたわ」

「お察しの通り、当初、冒険者ギルドは反対しておりましたが、例のポーションを見せると渋々ですが納得されました。ですので冒険者ギルドは少し警戒した方がいいかもしれません」

「ふふっ。バーニャ。感謝するわ。相変わらず優秀ですわね。警戒は必要ないわ。何かしてきたら返り討ちにするだけだわ。ヴィアが」

「わ、私がですか!?」

「なんですの?簡単でしょう?少ししたら外に出るんだから、そのついでにやって殺ってきなさい」

「うっ!なんか違う言葉に聞こえたんですけど?クリス姉様みたいな感じが・・・。でも不思議ですね。以前お会いした冒険者ギルドのギルドマスターは、私たちの存在を聞いていた感じでしたし、私にもよくしてくれましたから、反対するとは思えませんけど」

「おそらく先代のギルドマスターですね。今は息子さんが跡を引き継いでおります」

「でも息子に代替わりしたぐらいで反対したりしますか?私から見たらギルドマスターは周りの冒険者の方たちにも慕われてそうでしたが・・・」

「反対したことについては、理由がわかっておりますのでご安心ください。それに立ち話もなんですし、こちらに・・・。ど、どこへ行きましょう・・・?」

「今、どこに案内しようとしましたの?」

「いえ。つい癖で・・・」

「そうですの。どこで話そうかしらね。そちらに出向いてもいいのだけど、また面倒なのに話しかけられるのも困るわね。冒険者ギルドはヴィアに任せるとして・・・」

「あ。私がやることはすでに決定してるんですね・・・」

 アルは悩んだ末に自分の家に招き入れることにした。

 しかし、アルの自宅に行くためには、一度48階層に転移し、そこからワープで移動しなくてはいけないため、街を見せるわけに行かない2人はバーニャに目隠ししてもらうことにした。

「バーニャ。ごめんなさいね。今はまだ見せることが出来ないのよ」

「気にしないでください。承知の上ですから。ところで、何故私は手足も縛られてるのでしょう?」

「ヴィア・・・。何してるんですの・・・?」

「えっ?ディーネ様が目隠しと縛るのは同時の方がいいって言ってましたよ?」

「それはディーネだけですわよ!早くほどきなさい!全くもう!ヴィアは変なことばっかり覚えていきますわ!

「え~。私は教えられたことをしただけなのにぃ・・・」

「だまらっしゃい!あなたは目隠しされて縛られたら嬉しいんですの!?」

「・・・嬉しくないです。よく考えたら喜ぶのはディーネ様だけです」

「そうですわ!ちょっと成長したかと思うとすぐこれですわ!早く行きますわよ!」

 初めて転移を味わい、奇妙な浮遊感に襲われたバーニャは、アルの自宅に着き部屋へと案内されて目隠しをはずされると、床にへたり込んでしまった。

「こ、これが転移。す、すごい・・・」

 次にアルの部屋を見渡すと、そこはまるで未知の世界でもあった。

 ソファやテーブルに窓ガラス、地上にも存在はしているが、ここにある物はどれもあきらかに最上級に見え、王族ですら持ち得ない物に感じた。

 バーニャは王宮をみたことないにもかかわらず判断できた。

 なぜなら材質が不明だからだ。

 特に窓ガラスは見事で、曇り一つ、歪みもなく、ガラス自体も薄くみえ、開閉もできるようだ。

 それに、今へたり込んでる床もだ。木のように見えるが反りが全くなく、ツヤツヤと輝いた物で処理してある。

 バーニャは未知の技術を目の当たりにして目を輝かせた。

 そんなバーニャを見越して、アルは先に制した。

「バーニャ。詮索はなしよ。ここに何しにきましたの?」

「商談です。申し訳ありません」

「バーニャ。あなたも商業ギルドの職員なら、わかっているとは思うけど、商売は信頼と信用よ。私たちもまだあなたたちを見極めてる段階だわ。信頼されるように頑張りなさい。その時は私たちの住む世界を案内してあげるわ」

「本当ですか!?もちろん頑張ります!」

「あとは、恩を売ることはやめなさい」

「なぜでしょうか?」

「恩は贈るようにしなさい」

「恩を贈るですか・・・?」

「ええ。自分が受けた恩は他人に贈るのよ。それがまた他の人に巡っていけば、自ずと自分に返ってくるわ。それに恩を売ろうとする考えは、勘がいい者ほどすぐに気づくわ。そこから信用崩壊を招きかねないわ」

「1人よりみんなにということですか。素敵な考えです。肝に命じておきます」

「それでは商談に入りましょう。メイグウダンジョン側からは、この前も話した通り、商業ギルドは野菜、果物、装飾品や生活用品、冒険者ギルドには薬草や中級までのポーション、魔術師ギルドにはCランクまでの魔道具、下位のマナポーションと他にも一般人用と貴族用に嗜好品なんかね。」

「私どもとしては、3ギルド合同で店舗を経営することになりましたので、私か、店舗に分けずに納入という形でかまわないでしょうか?」

「ええ。1ヵ所に卸す方が手間も省けて助かるわ。納入に関してはこちらも自警団に店舗へ直接届けさせるわ」

「ありがとうございます。それで商品と価格の方なんですが・・・」

「商品についてはこちらで選別させてもらったわ。地上と被らないように、ダンジョンで取れる物にしたわ。冒険者が採取する物とも違うわ。価格も一般人に買える値段、質がいい物は少し高めにと言ったところね」

「ご配慮ありがとうございます。確認することはできますか?」

「いいわよ。ヴィア出して」

「はい。試食されますか?」

 ヴィアは腕輪の空間収納からリンゴ、ミカン、ブドウ、モモ、ナシを取り出した。

 バーニャはヴィアが腕輪から果物を取り出したところをハッキリと見て驚愕し、つい質問しそうになったが先程のアルに受けた注意を思いだし、口を開くのを止めた。

 アルはその様子を見ながら、満足そうに頷いていた。

 口が堅いというのは大事だということだろう。

「はい。食べても大丈夫ですか?このまま食べるのでしょうか?この赤いのはリーンに少し似てますね」

「果物は皮を剥いて食べるんですよ。ダンジョンではリーンではなくリンゴと呼んでいて、リーンより甘くて美味しいですよ。私が剥きます」

 ヴィアは真人が作ったナイフのような包丁を取り出し、リンゴの皮を剥き始めた。

 バーニャはヴィアの手に持つ包丁に目が釘付けになり、ついには我慢できなくなりアルに声をかけた。

「使者様。そちらのナイフは商品として出さないのでしょうか?随分軽そうに扱われるので女性の料理用に販売したいです。通常のナイフは女性には大きくて重いので、精巧な造りではなく一般家庭に出回るように量産出来ればですが・・・」

 ヴィアはリンゴの皮を剥きながら

「そういえば、普通のナイフは重くて調理には向かないですね。私も何回かナイフで料理したことがありますが、これが一番ですね。主様に作っていただいた大切な物ってのもありますけど」

「そうね。先程は詮索するなとは言ったけどそういう意見があるのは助かるわ。残念だけど今のところ、刃物や武器系統は販売するつもりはないわ。私たちが作る物は性能がよすぎるのよ。それこそヴィアのナイフでバーニャの腕ぐらい簡単に落とせるわ」

「そ、それは危険ですね・・・」

「まぁ、検討だけはしておくわ」

「バーニャさん。どうぞ。リンゴです」

 ヴィアは皿にリンゴを載せバーニャに差し出し、次にモモ、ナシと皮を剥き皿に置いていった。

 リンゴを口にしたバーニャは思わず目を見張った。

「リンゴは甘酸っぱくて美味しいですね、こっちのナシはリンゴと違って口当たりもさっぱりして瑞々ししくて美味しいです。私はこのモモが甘くて一番好きです」

 バーニャは次々と食べていき顔をほころばせた。

 そして、ポーションや魔道具、装飾品類を確認していき、販売する商品も計画通り進んだ。

「バーニャ。私たちから提示したいことがあるわ」

「わかりました。契約書を準備いたしましょうか?」

「そうね。私たちはそこまで考えていないのだけど、人間は契約書があった方が安心でしょうね」

「そうですね。使者様方みたいに長命ではありませんので・・・」

「そうね。それで内容なのだけれど、メイグウダンジョン側が認めた者が窓口となること。メイグウダンジョンから派遣された職員を必ず組み込むこと。上級ポーションや高ランクの魔石、魔道具については相応の理由がある場合のみ販売する。その他、商品の入れ替え、追加は要相談とすることですわね」

「はい。わかりました。問題ありません。上級ポーションなんかは普段は必要としないので、有事の際などに使えるように備えたいのですが、いかがでしょうか?」

「それでいいわ。5本納入することにしましょう。しっかり管理しなさい」

「はい。承知しております。それと私どもの意見としては、一月の売上を、冒険者ギルド2割、魔術師ギルド2割、商業ギルド2割、メイグウダンジョン4割で分配することを提案とさせていただきます」

「そうですわね・・・。4割もいらないわ。2割を寄付するわ。街のために使いなさい」

「あ、ありがとうございます。お心遣い感謝いたします。私どももメイグウ市発展のため尽力することを誓います」

「では決まりね。それで店舗の方はいつ頃になりそうかしら?」

「大体1ヶ月以内をめどにしております。新規で建てるため、都合のよい間取り等があれば調整いたしますが・・・」

「1ヶ月程度なら・・・ヴィア。外に出た時に視察しなさい。間取りは、そうねぇ・・・。搬入口は必ず裏口に設置、広めの倉庫が2棟欲しいわね。1棟は常温の物を保管。もう1棟は冷蔵の物を保管する倉庫ね」

「わかりました。そのまま帝国に向かいますよ?報告はどうしますか?」

「ジョイナを連れて行きなさい。建物ならあの子がわかるわ。ジョイナをそのままダンジョンに戻せばいいわ」

「冷蔵というと、肉類や生物なまものを保管するということでしょうか?地下でよろしいですか?」

「地上で構わないわ。あと窓は不要ね。冷蔵の魔道具を設置するわ。倉庫には人が立ち入らないようにしなさい」

「れ、冷蔵の魔道具ですか?そんなもの存在するのでしょうか?」

「ここでは当たり前のように使われているわよ?物が痛まないから便利よ」

「そ、そうなんですか・・・。その冷蔵の魔道具も販売していただけるのでしょうか?」

「今は無理ね。ダンジョンにはある程度の数が揃っているのだけど、主様しか作ることができないから量産に至ってないのよ。いずれというのなら可能かもしれないわ」

「そうなんですね。気長に待てということですか」

「それと、売場は別けることね。一般人、冒険者、貴族でいいと思うわ。できるだけ気持ちいい買い物ができるよう、トラブルになるようなことは避けるべきね」

「わかりました。売場に関してはそのように配置いたします」

 こうして次々と決まっていき、早々と1ヶ月が過ぎ去った。

 今はヴィアとジョイナを送り出すために、48階層の転移魔法陣部屋の前に真人、クリス、アルが集まっている。

 ディーネ、ルタ、サラ、シロ、クロがいないのは早朝のため寝坊してるのだと思われる。

 いつものことなので、5人は特に気にすることもなく、2人は前回と同じように1階層に転移してから街へと向かう手筈だ。

 ヴィアは2回目の見送りのため落ち着いているが、ジョイナは少し浮わついているようだ。

「ヴィア。2回目だから特に心配するようなことはないが、ちゃんと戻ってくるんだぞ」

「真人様。わかってます。いざとなれば転移を使いますので」

『ん。ヴィア頑張れ。何かあれば私の魔法が発動するからすぐに助けに行く』

「クリス姉様ありがとうございます。でもそうなる前に逃げます!」

「そうですわね。ヴィアは逃げ足が早いから大丈夫ですわ」

「アル様。それは褒めているのでしょうか?」

「・・・もちろんよ。そんなことより、ジョイナは大丈夫ですの?ちゃんと戻ってくるんですのよ?」

「アル様!私は子供じゃありませんよ!」

『うーん。ヴィアに連れ帰ってきてもらう?』

「クリスお姉様まで!私は大丈夫ですっ!」

「ははっ。2人共気をつけて行ってくるんだぞ」

「「はいっ!真人様!行ってきます」」

 2人は元気よく外へと向かったのだった。

 

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