第9話 ジョイナの家と修行

 クリスは新しいおもちゃ・・・弟子が出来たと意気揚々とジョイナを連れていった。

 どうやらジョイナはエルフの血が混じったハーフエルフのようだ。

 たしかに眼は翡翠色だし、なんとなく緑のような青っぽいような不思議な髪の色をしている。

 見た目はほとんど人間と変わらないため、もしかしたら他にもハーフエルフが存在しているかもしれない。

 それに、クリスが作ったエリクサーを飲んだみたいで、クリスの魔力も混じっている。

 となると、ここのダンジョンとの相性もいいはずだ。

 今はまだ、俺に直接会うことは出来ないが、ここで過ごしてるうちに自然と耐性がついてくるだろう。

 クリスもそのことをわかっているはずだからしばらく任せてみることにした。

 俺の方は、いつも通りサポートする程度でいいだろう。

 そういうわけで、ジョイナの住む家を建てるために48階層に足を運んだ。

 48階層はヴィアが出ていくと同時に、改装するために立ち入り禁止にしてある。

 以前から考えていた、街のように作り変えるためだ。

 まずは48階層の中心に採光用の窓がたくさんある巨大な四角い10階建ての建物を建てた。

 おそらくこの建物は俺が前世で見た最後の記憶のはずだ。

 その建物からばつ状に大通りを作り、中心の建物の周りを囲うように円形状の広場を作った。

 この建物は会議場がメインで、その他にも色んなことが対応できる役所のような部署を入れるつもりだ。

 周りの広場の一角には、転移魔法陣用の建物も設置した。

 ちなみに、転移魔法陣と転移魔法陣用の建物は、建てるのではなく罠設置によるものだ。

 広場から先は、北側に宝箱用のアイテム倉庫、食糧等の備蓄倉庫、鍛治工場、錬金工場だ。

 西側は商業施設の予定だが、今のところ商店街程度の建物しかない。

 ゆくゆくは冒険者ギルドや商業ギルドが欲しいところだ。

 南側には、食堂や宿泊施設があり、ここは今まで通り誰でも利用することができる。

 東側は住宅区になっていて、建物自体はたくさん建ててあるが、今使われている家はない。

 広場に面した場所に、ヴィアの以前住んでいた家を移し、その隣にクリスの家、さらにその隣にジョイナの家を準備した。

 ヴィアの家は状態保存の魔法を施しほどこし、いつ帰ってきても使えるようにしてある。

 クリスの家が一番でかいが、クリスはいつも俺の近くか、ヴィアのところにいるため全くと言っていいほど使われていない。

 おそらく次はジョイナの家に転がりこむだろう。

 ここにある住宅は、特に誰が使うとかは決まってない。

 精霊たちの時のように、保護する者がでてきた時に使えるようにするつもりだ。

 東西南北の大通りの先には重厚な門扉が構えているが、転移で入ってこれるため意味をなさないだろう。

 しかし、もう一つここと同じ階層を作ってダンジョンの5階層に設置して、ダンジョン内部の街とするのもおもしろいかもしれない。

 それに、そこで自警団を働かせるという手もある。

 そのためにはメイグウ市と連携することも必要だろう。

 ちょうどいい人材ジョイナも手に入ったことだし。

 まだまだ先の話だと自分に言い聞かせながら、クリスにジョイナの家が出来たことを念話で伝えて、50階層に戻っていくのだった。


 一方、ジョイナの方は・・・。

 47階層の闘技場でクリスと向かい合い、クリスに調教・・・教育されていた。

『いいジョイナ。ここにはジョイナより上の存在しかいない。特にマスターのことは敬うように』

「わかっ・・・いえ。わかりました」

『私のことは姉様と呼ぶように』

「はい。クリスお姉様」

『フフン。よろしい。ジョイナはヴィアより弱いからみっちり鍛えてやる』

 ジョイナはクリスからの言葉に悪寒を感じ一歩後ずさった。

『遅い!危険を感じたらすぐ逃げる!』

「えっ!?」

 気付いた時には、ジョイナは取り込まれた後だった。

 しばらくして、クリスから吐き出されたジョイナは、涙目で産まれたての小鹿のように足をプルプル震わせ、地面にへたりこんでしまった。

『むっ。ヴィアの時はこれで気絶したのに。これが年の功ってやつか』

 一体、クリスに取り込まれた先で、どのようなことが行われているのか、これから先も誰一人として口を割ることはなかった。

 クリスが次は何をさせようかと考えていたところ、アルとディーネが現れた。

「クリス。何をしてるんですの?」

「ヴィアがいなくなってクリスが落ち込んでると思って見に来たのに」

 アルは不思議そうに声をかけたきたが、ディーネはニヤニヤしながら言ってきた。

『アル。新しいおもちゃ・・・違った。弟子』

 その後にクリスはボソッと、ディーネ。後で覚えてろ。とつぶやいた。

「あら?あなたは?」

 すると、その声にうずくまっていたジョイナがゆっくりと顔を上げた。

「あ、あなた。だ、大丈夫ですの?顔色が悪いですわよ?」

『しょうがない。回復させる』

 クリスに回復魔法をかけられたジョイナは少し元気を取り戻し、アルたちを見て頭を下げた。

「お久しぶりです。精霊様方」

「あ、あなた。以前より随分と話し方が大人しくなったわね」

「ん~?どこかで見たことある顔ね」

「はい。クリスお姉様のおかげで。それは誕生祭のことでしょうか?」

「そう。特に主様には感謝するようにね。と言っても今はまだわからないかしらね」

「う~ん。もっと前かもしれない。どこかで精霊に会ったことがある?」

「私が昔会ったのは、たしか100年程前に精霊湖で上位精霊を見かけたぐらいですが・・・」

「ああ。なるほど。あなたジョイナね」

「えっ?私を知ってるんですか?」

「ええ。その時の上位精霊が私だもの」

「えっ?あの時とは全然お姿が違うようですが・・・」

「そうね!この姿は私と真人様の愛の証なのよ!」

「えっ!?」

「ディーネ!嘘はやめなさい!」

『ディーネ。黙れ』

「そんなことより、人間はいつのまに、こんな長生きするようになったの?」

「いえ。私はハーフエルフですから」

「ああ。エルフかぁ~。だからクリスが張り切ってるわけだ。ヴィアがいなくなって泣いてると思ってたのに」

 次の瞬間、クリスは転移でディーネの背後に現れると、一瞬でディーネを取り込んだ。

 それを目の前で目撃したジョイナは、膝がガクガクと笑い始めた。

『ジョイナ』

「は、はいっ!」

『ジョイナは冒険者だから知ってると思うけど、今みたいにこの世は弱肉強食の部分がある。それにマスターを悲しませることは許されない。だからしっかり鍛えるように』

 ジョイナはちぎれんばかりの速度で、何往復も首を縦に振った。

 しばらくして出されたディーネだったが、何度も取り込まれたことがあるため、平気な顔をしていた。

 そしてジョイナは、恐ろしい物を見るような目でディーネを見ていた。

「それより、自己紹介がまだだったわね。私は風の精霊王のアルよ」

「あっ。私は水の精霊王ディーネだからよろしくね」

「ひ、人の姿をしてるから上位以上の方たちだとは思っていましたが、まさか精霊王様たちだったとは・・・。私はジョイナと申します。よろしくお願いいたします」

「ここじゃなんだから、食堂に行こうよ!ジョイナの歓迎会しないと!」

『ディーネ。食堂は今、立ち入り禁止になってる』

「ディーネ。歓迎会はみんなが揃う時ですわ」

「えっ!?食堂が使えない!?な、なんで!?」

『マスターが48階層は何かするから入るなって』

「そ、そんな・・・。私はどうやって生きていけば・・・」

「おおげさですわよ。ディーネ」

『むっ?』

「どうかしましたの?クリス」

『マスターが念話してきた。ジョイナの家ができたって。あと食堂とかも使えるって』

「えっ?私の家?」

「やったー!さすが真人様!早く行こう!」

「ディーネ。食堂ではなくて、先にジョイナの家から見に行きますわよ」

『ジョイナ。どこに住むつもりだった』

「な、なにも考えてませんでした・・・。てっきりその辺で過ごすのかと・・・」

『もしかしてエルフはみんな野性児?ヴィアもそうやって最初はその辺に寝てた』

「クリス。それはあなたの修行が厳しいから気絶してただけですわよ。いい加減にしないと、主様に怒られますわよ」

『うっ。それはイヤ。ちょっと手加減する』

「みんな早く行こうよ~」

 そこでワープを使い48階層に跳んだ。

 しかし、ワープ先を転移魔法陣に設定してあったため建物の中に出てきた。

『む?ここは転移魔法陣の部屋?』

「そのようですわね。きっと主様が作り替えた時に、ここを共通の入口に設定したんですわ。それにワープも転移も行ったことのある場所にしか跳べないから、どちらにしろここでよかったですわ」

「え?じゃあ食堂に直接跳ぼうとした私も関係なくここに跳ばされたってこと?」

「ディーネ。まずはジョイナの家と言ったでしょう。あら?ジョイナは来てないんですの?」

『チッ。しまった。ジョイナはまだワープの使い方を知らない。全く世話の焼ける』

 クリスはジョイナを連れてすぐに戻ってきた。

『ジョイナ。46と47と48階層はマスターがワープを付与してくれてる。イメージすれば使えるようになる。使えるまでは練習。あと迷子にならないように』

「・・・。置いていかれたと思ってました。怖かったです・・・」

「ジョイナ。念話を覚えれば便利ですわよ」

「そうそう。食事も頼んどけば準備しててくれるし」

「ディーネは食べ物の事ばっかりですわね」

『ディーネの頭には食べ物が詰まってる』

「よーし。それじゃ食堂へレッツゴー!」

「ディーネは人の話を聞いてませんわね」

『ディーネ。れっつごーって何?』

「ん?わかんないけど真人様が言ってた」

『そう。ならいい』

「えっ?いいんですか?」

『ジョイナ。マスターはたまによくわからないことを言う。マスターだから凄いと思っとけば大丈夫。それに・・・』

「それになんですの?」

『リアが言ってたけど勇者が使ってた言葉らしい』

「「ゆ、勇者!?」」

「勇者とはなんですか?」

『ジョイナ。私も詳しくは知らない。でも魔王を倒した伝説の人物みたい』

「私たち精霊王にも言い伝えがあるけど、おとぎ話だと思ってましたわ」

「じゃあ真人様は勇者ってこと!?」

『ディーネ違う。マスターは勇者よりも凄い神様』

「あ、そっか。真人様より上の存在なんているわけないよね」

「そうですわよディーネ。主様はこの世で一番ですわよ!」

「あのぅ・・・?」

『なに?ジョイナ』

「魔神様が凄い方なのはよくわかったんですが、そろそろ外に出ませんか?」

「・・・。そうですわね」

 4人はようやく建物の扉を開け外に出た。

 しかし、目の前の光景に4人とも絶句した。

 まず目に入ったのは、見上げる程高い巨大な四角の建物だ。

「あのたくさんある透明なのはガラスの窓ですの?」

「おそらくそうですね。私も魔法で一軒家程度なら作ったことありますが、倉庫ならまだしもこの高さで人まで暮らす建物ってなると普通の人じゃ不可能ですね。どうやって建てたのでしょう?」

『ん。マスターは凄い。この建物も凄いけど、もっと高いのを建ててるを見たことある。アダマンタイトで』

「「「ア、アダマンタイトッ!?」」」

『ん。マスターなら不思議じゃない』

「えっ?私の聞き間違いじゃなければアダマンタイトって言いました?」

「・・・言った」

「・・・言ったわね」

「で、伝説の金属じゃないですかっ!」

『たしかヴィアもそう叫んでた。さすがエルフ。同じ反応』

「ところで、こんなに大きいここは何をする建物なのでしょうか?」

「うーん。食堂がありそう!」

「主様が住むのではなくて?あ。もちろん私が住み込みでご奉仕しますけど」

『アル。寝言は寝て言え。ここはきっと私とマスターの家』

「あのぅ・・・?」

『なに?ジョイナ』

「わからなそうなので、そろそろ先に進みませんか?」

「・・・。そうですわね」

 4人は広場を抜けると唖然となった。

 そこには、馬車が4台は通れそうな灰色の地面の大通りが、先の方が霞んで見える程はるか遠くまで続いていた。

 周りを見ても丸い街灯と思わしき物、建物は一軒家の3倍はありそうな木造の2階建て、通りの反対側にも似たような建物がズラリと建てられている。

「・・・。クリスお姉様。このダンジョンが出来た最初の頃に入った時から思ってたんですけど、あの灰色のツルツルしたのはなんですか?」

『あれはマスターだけが作れる謎の材質』

「確かに考えてみれば、素材はわからないわね。どうやって作ってるのかしら」

「うーん。たしか真人様はコンクリなんちゃら?って言ってたような」

『なんでディーネが知ってる』

「保管倉庫の床をこれで作ってもらったんだ。ひんやりして気持ちいいんだよね!」

『食べ物に関係することならディーネが知っててもおかしくない』

「そうですわね。そのコンクリの性質をいかして保管倉庫に使ったってことですわね!それに最初に見た建物もコンクリで作られてた気がしますわ!さすが真人様ですわ!」

「材質は謎だけど真人様が作った物だしね!」

『やっぱりマスターは凄い!』

「あのぅ・・・?」

『なに?ジョイナ』

「そろそろ先に進みませんか?」

「・・・。そうですわね」

 そして4人は何度となくこのやり取りをかわし、ようやく住宅区の建物がある場所に着き、広場の近くにあった芝生に座り込んだ。

 どうやら、一気に場所を把握しておこうと一周してきたようだ。

 そのおかげで4人は疲れが表情に出ていた。

 もちろん歩き疲れ半分、驚き疲れ半分だ。

 ジョイナに至っては肩で息をしている。

『ひ、広すぎる。や、休もう』

「で、でも、場所がわからないとワープで跳べないわ・・・。疲れた・・・」

「し、食堂がわからなかった・・・」

「つ、疲れました・・・」

 そこでクリスが空間収納からコップを3つ取り出し、魔法で水のような液体を注いだ。

「あら。クリスありがとうですわ」

「クリス。ありがと」

「クリスお姉様。ありがとうございます」

「じゃあ仕方ないから私も出すか・・・。じゃーん!」

 ディーネは水の精霊王らしく水でも出すのかと思いきや、渋々といった感じでチョコクッキーを10枚ほど出した。

『ディーネ。今どこから出した』

「そんな細かいこと気にしない!疲れた時は甘いもの!」

「まぁ、一理ありますわね。ディーネ分けてちょうだい」

「任せて!」

 するとディーネは

「えーっと。クリスに2枚、アルに2枚、ジョイナに1枚?まぁギリギリ2枚でいいか、私に4枚っと!ぴったりだね!」

『「「・・・・・」」』

「・・・ディーネ。どの辺がぴったりですの?」

「えっ?お胸の容量的に?」

「「ピキッ!」」

 アルとジョイナは額に青筋を浮かべた。

「ディーネ!覚悟は出来てるかしら?」

「ディーネ様。いくら何でもひどいと思います」

『2人とも気にすることない。あんな駄肉、邪魔なだけ』

「言ったなクリス。じゃあ真人様が胸が大きいのが好きでも、クリスは胸を小さくすることね!クリスはその辺調整できるでしょ!」

『むっ!それはそれ。これはこれ。私はマスターが望む大きさになる』

「調整できる?そういえばクリスお姉様。胸を大きくできる薬とか作れないんですか?」

「そ、それですわ!」

『やってみないとわからない。実験が必要。取り込んでいい?』

「い、いえ。辞めておきます」

『でも・・・』

「「でも?」」

『マスターなら作れるかも』

「たしかにそれはあり得ますわね」

「さすがに魔神様に相談するのは・・・」

「小さい人は大変だねぇ~」

 そんなやり取りをして、さらに疲れが増した気がするジョイナは、ため息を吐きながらクリスにもらった水のような液体を飲んだ。

 が、いきなり噴き出してしまった。

「ブー!クリスお姉様!これポーションじゃないですか!」

『ジョイナ。汚い。ポーションだけど何?』

「ポーションがどうかしたんですの?」

「そうだよ。ポーションおいしいじゃん。特にクリスが作ったのは滅多に飲めないんだから」

「あ、あれ?私がおかしいんですか?」

『ここではポーションは普通の飲み物』

「そうそう。食堂にも置いてある」

「もちろん普通の水もありますわよ」

『マスターが作った水は別格だけど』

「あれは反則ですわね」

「水なのに味がついてるもんね。魔力水って感じ?」

『マスターの水はエリクサー並の魔力がこめられてる。何でエリクサーにならないのか謎』

「ち、ちょっと待って下さい!魔力がこめられた水って、それはマナポーションのことですか!?」

『マナポーション?』

「確か魔力を回復させるポーションのはずだわ。そういえば昔は作られてたわ」

「あ~。確かに。昔ローラ聖教国の人は精霊湖の水を使ってたような」

「そうです!ローラ聖教国で作られてたみたいですけど、100年以上前に急に作られなくなったんです。今はどの国でもマナポーションを作ろうと必死になってますよ」

 そこでアルとディーネは顔を見合わせた。

「もしかして、お二人は何か知ってるんですか?」

「まぁ、ある意味私たちのせいではあるわね」

「精霊湖の水が原料となってるならだけど」

「それはどういうことでしょうか?」

「まぁ詳しく説明すると長くなるから、早い話、私たちが管理していた精霊湖で、魔の森にダンジョンが出来ないようにしてたんだけど、魔の森の魔力を抑えようとして精霊湖に手が回らなくなってしまって、精霊湖の質が落ちたってこと。今では真人様が魔力を制御してくれてるから安心だけどね」

「では今の精霊湖なら作ることが出来るということでしょうか?」

「地上の精霊湖では作ることはできないわね。誰も魔力を与えてないもの。でも46階層の精霊湖なら作れますわね。こっちは主様の魔力がたっぷりですもの」

「な、なら!魔神様に言ってマナポーションを地上に出しましょう!」

 するとクリスが少し威圧しながら言ってきた。

『ジョイナ。それは許可できない』

「な、何故でしょう?」

『誕生祭で出したポーションや魔石はどうなった?』

「・・・取り合いになりました」

『それで?』

「王家の宝物庫に保管されることになりました」

『だと思った。マスターが作る物は明らかに他の物とは比べ物にならないから、ちゃんと価値をわかって正しく使ってくれる人に渡したい。私もジョイナにエリクサーを渡す時に隠蔽を軽くかけてわからないようにした。マスターも人助けや、必要だと思えば必ず使う許可はくれる。でも必要のない人が権力で奪いとるならそれ相応の覚悟はしてもらう』

「エリクサーが他の人に分からなかったのはそういうことだったんですか!そ、そうですね。少し考えが足りませんでした。申し訳ありませんでした。クリスお姉様」

『わかればよろしい。でもジョイナが考えてることもわかる。魔術師は魔力が生命線だから少しでも生きる可能性をあげたいってことも』

「はい。クリスお姉様」

『私やマスターも鬼じゃないから、その代わり出来るだけポーションは流すようにしてる。錬金工場で作られたポーションの半分は宝箱で冒険者が持って行ってる』

「そうなんですか!?知りませんでした。クリスお姉様ありがとうございます。少し焦っていたようです」

「クリスは鬼じゃないと言ってるけど、十分鬼だよね。ね?ジョイナ!だってすぐ取り込んでくるし」

「・・・・・」

『ふむ。ではもっと厳しくしろと』

「い、いえ!クリスお姉様は優しいですっ!そういえば早く私の家に行きましょう!」

「あ、逃げた」

「逃げましたわね」

 3人は先に行ったジョイナを追いかけようと芝生から立ち上がった。

「うーん。ジョイナは少し子供っぽくなった?」

『そうなってもおかしくない』

「そうですわね。地上ではエルフより年上はいないはずですわ。だから私たち寿命を持たない存在と出会えて嬉しいのかもしれないわね。これも長命の種族の宿命ってとこかしら。私たちもしっかりしないといけませんわよ。ディーネ」

「な、なんで私だけ!」

 3人はそう話ながら、前方で嬉しそうに手を振って呼んでいるジョイナの方に歩を進めたのだった。

 3人が立ち止まっていたジョイナに追いつくと、ジョイナは街灯を不思議そうに見上げていた。

「ジョイナ。どうしたんですの?」

「あ。アル様。この丸いのはもしかして明かりがつくんですか?」

「そうですわよ。日が沈む前になると勝手に明かりがつく、主様が作った魔道具ですわ」

「どういう原理で光ってるのでしょうか?」

『ジョイナ。マスターの考えてることは常人には理解できない。深く考えない方がいい』

「そうですね。でもこれで街全体が明るいと治安もよくなりそうですね」

「元々、ここにそんなことするの者はいないと思う・・・わよ?」

 アルはディーネを見ながら、自信がなさそうに言った。

「アル!なんでこっち見て言うの!」

『確かにディーネは食堂を荒らしてる』

「そんなことない!多分」

「アハハ。3人はほんとに仲がいいですね。でも、これをメイグウ市に付ければ、もっと発展するかもしれないですね」

「「!?」」

『ジョイナ。それはいい考え。ここはマスターのダンジョンがある国。もっと大きくなってもらわないと困る』

「そうですわね。主様はこんなところに収まる器ではないですわ!」

「世界征服だよね!」

「えっ?世界征服!?規模が大きくないですか!?」

『何言ってるジョイナ!マスターはその気になれば今でもできるはず!』

「そ、そうなんですか。魔神様はそれほどのお力をお持ちなのですね」

「あっ!」

「どうしたんですの?ディーネ」

「街灯に明かりがついた・・・」

「そろそろ日が落ちる時間かしら?夢中になりすぎましたわね。ディーネ?そんなに震えてどうしましたの?」

「ま、まだお昼ご飯食べてなかったのに・・・!」

『ディーネは放置しとこう。アル、どうする?』

「そうですわね。明日またここに集合しましょう。ジョイナもそれでいいかしら?」

「はい。私は大丈夫ですが、今日はどこで寝れば・・・」

「仕方ないわね、私の家に泊まりなさい」

『アル。私も』

「アル様。ありがとうございます」

「では行きましょう」

『待ってアル。ジョイナにワープの練習させるから先に帰ってて』

「わかったわ。ジョイナ。頑張るんですわよ」

「はい。アル様。すぐに行きます」

『ジョイナ。精霊湖はわかる?』

「はい。46階層ですよね?」

『そう。その精霊湖をイメージして、そこに向かって飛び込むような感じ』

「わかりました!やってみます!」

 そしてクリスの目の前からジョイナが消えた。

 クリスも46階層に跳んだ。

 しかし・・・

『いない?ジョイナどこいった?』

 すると湖の方からバシャバシャと音が聞こえ、そちらの方を見るとジョイナがいた。

『まさかほんとに湖に飛び込むとは。ジョイナ恐るべし』

「はぁはぁ・・・。クリスお姉様!成功しました!」

 ジョイナはワープが使えたことがよっぽど嬉しかったのか、クリスに駆け寄り褒めてと言わんばかりに目をキラキラさせている。

『ジョイナ。成功とは言いづらいけどよくやった。一度出来ればすぐ慣れる。ヴィアの時よりマシ』

「ち、ちなみにヴィアさんの時はどうなったのでしょう?」

『ヴィアの時は・・・何を考えたのか、服をそのままにして体だけワープした。おまけに水田に跳んだから泥だらけで大変だった』

「そ、そうだったんですか。私もそこまで変わりませんね」

『ジョイナ。落ち込むことはない。何事も経験は大事。体で覚えないといけない時もある』

「そうですね。頑張ります」

『アルの所に行こう。ジョイナは知らないから私が連れて行く』

 アルの家の前に着いた2人は扉をノックした。

 扉から不思議そうな顔を出したアルは

「どうしたんですの?クリス。いつもなら勝手に入ってくるんですのに」

 とアルは言い、クリスは

『ん。こうなった』

 と、びしょ濡れのジョイナの方に触手の手を向けた。

「ああ。なるほどですわ。まぁヴィアよりマシですわね。ジョイナ。クリーンの魔法は使えないんですの?」

「そうでした。最初からクリーンを使えばよかったです。そういえばディーネ様はいらっしゃらないんですか?」

「ディーネ?わからないわね」

『そのうち勝手に現れる』

 するとディーネが現れた。

『ほらね。ディーネの噂をするとこうなる』

「みんな。置いていくなんてひどいよ」

「ディーネ。その袋には何が入ってるですの?」

「えっ?パンだけど?ちゃんとみんなの分も貰ってきた」

「誰に貰ったんですの?」

「もちろん真人様だよ!」

『なんでディーネだけマスターに会ってる!』

「そうですわ!私も会いたかったですのに!」

「だって真人様に念話で食堂の場所がわからないって言ったら、転移できてくれてパンくれたんだもん。それに食堂は使えるけど、給仕にまだ伝えてないから料理が出来てないって言われてアルの家に来たんだし」

『マスターはディーネに甘過ぎる!』

「ディーネなんて1週間ぐらいご飯抜きでも平気ですのに!」

「えっ!?さすがに1週間はひどいっ!」

「まぁまぁ3人共落ち着いて下さい」

『「「ジョイナは黙ってて!」」』

「ヒィィィッ!魔神様ぁ~。助けて下さいぃ~」

 すると頭に直接響く声が聞こえてきた。

 それは言い争っている3人にも聞こえたようだ。

『マスター!』「主様!」「真人様!」

『クリス、アル、ディーネ!ジョイナを困らせないように!次は罰を与えるからな!』

『ご、ごめんなさい。マスター』「も、申し訳ありませんでした。主様」「フフッ。罰かぁ~。ねぇねぇクリス。アル。どんな罰かなぁ?」

『「・・・・・」』

「ジョイナ。ご飯にしましょう」

『ん。そのあとはお風呂に行く』

「はい。わかりました。あ、あの?ディーネ様の様子がおかしいのですが・・・」

『あれは病気だから気にしなくていい』

「そうですわ。見てはいけませんわよ」

 夕食の支度を始めた4人だったが、つまみ食いとヨダレしか垂らさないディーネに早々と戦力外通知を出し、出来た料理をテーブルに並べていった。

 そこには真人に貰ったパンにレタス、トマト、牛肉を挟んだ物にスクランブルエッグ、コーンスープ、新鮮なミルクにヨーグルト、果物はリンゴ、オレンジ、グループだ。

 真人から見れば完全に見知った洋食なのだが、ここにきたばかりのジョイナは、見たことのない料理に目を輝かせていた。

「美味しそうですぅ」

「これだけじゃ足りないよぅ」

「ディーネ。これだけしかないわ。我慢しなさい」

『早く食べる』

「そうですわね。では・・・」

「?」

 ジョイナは3人が手を合わせたのを不思議に思いながら見ていた。

 すると

『「「いただきますっ!」」』

「い、今のは何でしょうか?」

『マスターが食事の前に必ずするようにと言ったお祈りみたいなもの』

「食材や生産者に感謝を込めての意味と言っていましたわ」

「食べ物は大事だからね」

「なるほど。魔神様は考えることが違いますね。私もこれからは感謝していただこうと思います」

 待ちきれなかったディーネは、話もそこそこに食べ始めた。

「相変わらず真人様が作ったパンはおいしい!」

「えっ?このパンは魔神様が作られたのですか?」

 そこでジョイナも一口パンを食べた。

「な、な、なんですか!?この柔らかさは!?それに弾力があって香ばしさも!おいしすぎます!」

『ジョイナ。マスターは魔力で色んな物が作り出せる』

「食堂の料理も全部主様が考えた物ですわ。主様本人は食事を必要としないので、滅多に主様が作った食事を食べることはできませんのよ」

「食堂の料理も美味しいけど、やっぱり真人様の料理は別格だよね」

「もしかしてこれも勇者が関係してるのでしょうか?」

『ありえる』

「可能性はありますわね」

「別に勇者とかそんなことどうでもいいよ。真人様は私たちの主様なんだから」

「そうですわね」

『ディーネは食べ物があればなんでもいい』

「・・・・・」

 3人は何も反応しないジョイナの方を見ると、喉を押さえて苦しんでいた。

 どうやら喉に詰まらせたようだ。

「ジョイナ。いくら美味しいからって焦って食べ過ぎですわよ」

『ん』

 クリスにミルクを差し出されたジョイナは少しずつ飲み始めた。

「ぷはぁっ!死ぬかと思いました・・・。あまりにも美味しくてつい」

「おかわり!」

「ディーネ!もうないと言ったでしょう!」

「ところで、アル様。その瓶に入ってる乳白色の物はなんでしょう?」

「ああ。これですわね・・・」

「これはマヨネーズって飲み物だよ!」

『ディーネ。嘘をつくな』

「えっ?でも真人様は飲み物のようにするヤツもいるって言ってたよ?」

「・・・クリス。どう思います?」

『・・・これだけおいしければそんなヤツがいてもおかしくない』

「そ、そんなに美味しいんですか?」

『ん。食べてみるといい』

「ちなみに私は調味料だと思ってますわ。そこのサラダやスクランブルエッグにつけても美味しいですわよ」

「わかりました。やってみます」

 ジョイナは瓶の蓋を開け、恐る恐る少量のマヨネーズを取り、スクランブルエッグにつけて食べた。

 ジョイナはしばらく固まり目を見開くと、ありえない程の量のマヨネーズをかけて食べ始め、息つく暇もなく食べ終えた。

 クリスとアルは引いていたが、ディーネはさも当然とばかりのドヤ顔をしていた。

「これは飲み物ですね!」

 ジョイナが言うと、無言でディーネが立ち上がり、ジョイナの方に手を差し出した。

 ジョイナはその手を見つめ、次の瞬間立ち上がり、ガシッと握手した。

 ここに新たなマヨラーが誕生した瞬間だった。


 食事を終えた4人は、次に47階層にある温泉に行くことにした。

 ディーネは「え~。クリスの浄化でいいじゃん」とぶつぶつ文句を言いながらついてきた。

 温泉湖の橋を渡り、中央にある建物に入ると、青の布が掲げられた入口、赤の布が掲げられた入口の2ヵ所があり、3人は迷うことなく赤の布をくぐろうとしていたが、キョロキョロと周りを見ながら最後尾を歩いていたジョイナは、青の布をくぐろうとしていた。

「ジョイナ!そっちは男湯ですわよ!」

『実はジョイナは男だった?』

「私は男じゃないですっ!ちゃんと胸だって・・・」

 そこに先に進んでいたはずのディーネが戻ってきた。

「胸がどうかした?」

 と腰に手を当てわざとらしく胸を強調させていた。

「クッ!そんな胸もげればいいのですっ!」

「ちょっ!ジョイナ!ひどくない」

「いいですわ!ジョイナ!もっと言ってやりなさい!」

『醜い争い』

「あれ?そういえば男湯ですか・・・?ここに男性がいるんですか?見たことありませんけど・・・」

「ええ。いますわよ。主様と自警団ですわ。主様は滅多にここに来ませんけど」

「女湯でもいいって言ってるんだけどね~」

「自警団ですか?」

『そのへんウロウロしてる。ジョイナもそのうち会える』

「自警団も精霊様なのでしょうか?」

『違う。なんとか帝国の人間』

「えっ!?帝国ってイルムド帝国ですか!?」

『そう。確かそれ。大丈夫。ちゃんと調教してある』

「クリスのペットですわね」

「食べ物くれるいい人たちだよ!」

「・・・ディーネ。あなたは餌付けされてるんじゃないですの?」

『そんなことよりさっさと入る』

 脱衣所に入り、服を脱いだ4人は扉を開け浴室に入った。

 ジョイナはまたしてもキョロキョロと周りを見渡すと、湯けむりがかかりはっきりと見えないが、視界に外の景色が映り驚いた。

「えっ?これは外から丸見えってことですか?」

『違う。マスターが壁に投影を付与して外の景色を映し出してる。ジョイナ。湯船に入る前は必ず最初に体を流すこと』

「わかりました。クリスお姉様。えっ?これはどうやって使うのですか?」

「それはシャワーって真人様が言ってた。下にあるレバーを倒すと自動調節された温度の水が出てくるよ。あとは台に置いてある四角の石鹸ってので体を洗って、シャンプーってので頭を洗えば大丈夫」

「はぁ・・・?石鹸としゃんぷぅですか?」

「使ってみればわかるわ。さっぱりするし髪もツヤツヤになるわよ」

「そういえば、お2人は髪がツヤツヤですよね。これを使ってるってことですか?」

「ええ。そうですわよ」

「わかりました。使ってみます」

『先に入ってる』

 クリスはスライムのため体をパパッと洗って終わりのようだ。

 ちなみに髪の長さは、アルが腰まで、ディーネとジョイナが胸までだ。

 体を洗い終わり、髪を洗おうとしたジョイナは、シャンプーの量がわからず、頭に直接大量にかけてしまった。

 それを見たアルはギョッとなりすぐ注意した。

「ジョイナ。2、3回手に出すだけで十分ですわよ。無駄遣いしないように」

 シャンプーを泡立てながらアルの方を見たジョイナだったが、そのジョイナとアルはさらにギョッとなった。

「ジ、ジョイナ!?泡だらけですわねっ!?目は大丈夫ですのっ!?」

「えっ?何がですか?ア、アル様!目、目が痛いですぅ!」

「ジ、ジョイナ!早く洗い流しなさい!」

「私に任せて!」

 ディーネは水の精霊王らしく大量の水をジョイナの頭上に出現させた。

「ちょっ!?ディーネ!多過ぎですわ!」

 勢いよく落下した大量の水は、容赦なくジョイナを襲った。

「げぼっ!ごぼっ!ヒィィィィッ!冷たいですぅ~!」

「あ。ご、ごめん。ジョイナ」

「もう!湯船に入りますわよ!」

 アルとディーネは震えるジョイナを脇に抱え湯船に運び、ジョイナを湯船に入れた。

 しかし今度は

「ヒィィィィッ!あ、熱いですぅ~!」

 と、湯船から飛び出してよほど熱かったのか、冷たい床にへばりついてしまった。

『3人共バカなことばっかりしてないで早く入る』

「「「・・・・・」」」

「そういえば、私たちはあんまり温度は感じないからいつも適当なのよね」

「ジョイナが入れる温度になるまで水をいれよう」

「ハハハ。なら温める時は俺が温めよう!」

 すると入口の方から笑い声と共にルタとサラの2人が現れた。

 ジョイナも床にへばりつきながら、入口の方に頭を向けた。

「中々おもしろかったね。アルの焦るところなんか特に」

「ああ。またおもしろいヤツが来たもんだな」

 ジョイナはノロノロと立ち上がり、頭を下げながら挨拶した。

「精霊様。私はジョイナと申します。よろしくお願いいたします」

「うん。ボクは土の精霊王のルタだよ。よろしくね」

「俺は火の精霊王サラだ。よろしく頼む」

 ジョイナは2人の主にある一点を注視しながら心の中ではこう考えていた。

 サラはでかいが身長も高いため平均的で、害はないだろうと判断し視線を移した。

 問題はもう一人だ。

 ディーネ並みにでかい、おまけに童顔で身長が小さいため、なおさらでかく見える。

 こいつは化け物だ。

 もしかして土で盛ってるんじゃないかと。

「ねぇ?ジョイナ?何か失礼なこと考えてないかな?」

「い、いえ!全くこれっぽっちも考えておりません」

「ならいいけど、ボクたちは体を洗ってくるよ」

 ルタたちが離れていきホッとしたジョイナは、ディーネが適温にした湯船に浸かった。

「はふぅ~。これは気持ちいいですね」

 少し落ち着いたジョイナが周りを見ると、クリスはプカプカと湯に浮いて漂い、アルとディーネは目を瞑っていた。

 ジョイナはディーネの体を見ながら、以前から不思議に思っていたことをアルに問いかけた。

「アル様たちはそのお姿を自在に変えることは出来ないのですか?」

 アルはジョイナの問いかけに目を開き、少し考えるそぶりをしてから答えた。

「私たちは主様に名前をいただいた時にこの姿で固定しましたもの。ただ精霊の本質を失わないために小さくなることは出来ますわ。例外もありますけど、それは今のところありえないですわね」

「例外ですか?」

「ええ。主様を失ってしまうか、魔力が切れた時ですわね。それに主様から魔力をいただいている私たちの魔力が切れるということは、主様を失った時でもあるから、私たちは主様がいない世界に存在しようとは思わないわ」

「それはちょっと考えられないですね」

「でしょう。もしくは・・・主様にご寵愛をいただいた時も変化するかもしれないわね」

 するとジョイナの前にいつの間にかクリスが浮かんでいた。

『マスターの一番は私』

「いえ。違いますわクリス。私が一番ですわよ!」

「アル!クリス!私が一番に決まってるじゃん!」

 そこにルタとサラも湯船に入ってきた。

「ボクが一番に決まってるよ!」

「いや、俺だ!」

「アハハ・・・」

 ジョイナは笑いながら泣き始めた。

「ジ、ジョイナ。ど、どうしましたの!?」

「い、いえ。私が地上にいた時は、こんなに騒がしいことなどなかったですから。それにみなさん優しくて家族のように接してくれるので・・・」

「ジョイナ。あなたがここに来たからには家族ですわよ」

「そうだよ。同じ食卓を囲んだ仲なんだから」

「ジョイナ。ボクとサラも家族だと思ってるし、これからもどんどん頼ってね」

「アル様、ディーネ様、ルタ様、サラ様ありがとうございます」

『ジョイナ。私も当然家族だと思ってる。みんなも優しくしてくれる。でも修行は厳しくするし、つらいと思う。その壁を乗り越えられるのはジョイナ次第。だから頑張れ』

「クリスお姉様・・・。はいっ!頑張ります!」

 6人は騒がしい入浴を終え、脱衣所で着替えていると、ディーネが

「お風呂上がりはやっぱりこれだよね~」

 と言いながら、6本の瓶を持ってきた。

「ディーネ様。それは飲み物ですか?」

『ジョイナ。ただのミルク』

「お風呂上がりはやっぱりミルクですわね」

 ディーネは腰に手を当てて一気に飲み干した。

「ぷはぁ~。うまいっ!ジョイナも冷たいうちに飲んで」

「あっ。はいっ。いただきます」

 ジョイナはチョビチョビと飲み始めた。

「違う違う!ジョイナ!腰に手を当てて一気に飲む!これが美味しい飲み方」

「わ、わかりました」

 ジョイナはディーネの言うとおり、腰に手を当てて一気にミルクを飲んだ。

「ぷはぁ!美味しいですっ!あっ!これは美味しいって言葉が自然と出てきますね。わかった気がします」

「でしょ!他にもミルクコーヒーとかイチゴミルクとか色んな味があるんだよ!」

「どれも美味しそうですね!」

「ディーネ。あなたはお風呂に入らなくてもここに飲みにきてるでしょう!」

「えっ?やっぱり雰囲気は大事だし?」

『食堂でも同じ飲み方してるのを見たことある』

「そ、それは・・・。美味しい物は美味しいから仕方ないっ」

『開き直った』

 そんなやり取りをしながら外に出た6人は、涼みながら各自帰路につくのだった。


 次の日、クリス、アル、ジョイナは48階層の広場に集合した。

「あれ?ディーネ様が見当たらないんですけど」

「いつものことですわ」

『ん。勝手に現れるから気にしなくていい』

「そ、そうですか。ところでクリスお姉様の家はどこにあるんですか?」

『私はマスターと一緒に住んでる』

「クリス!嘘おっしゃい!自分の家があるでしょう!」

『チッ!余計なことを』

「それに今まではいつもヴィアの家にいたでしょう!」

『そんなことよりディーネがこないから先に行こう』

「話をそらしましたわね。まぁいいですわ。ジョイナ。行きましょう」

「あっ。待って下さいよ~」

 3人は広場から住宅区に向かって歩いていくと、正面に家が見えてきた。

 その家は塀に囲まれていて、庭がとてつもなく広く、平屋の家も50メートル近くはありそうだ。

 その家の両隣には普通の一軒家程度の建物が建っている。

「これは見たことない造りの建物ですね。住宅なのでしょうか?」

『ん。これは私の家』

「えっ!?クリスお姉様の家!?この不思議な建物がですか!?見てみたいですっ!」

『むっ!不思議じゃない!これはマスターが作ってくれた』

「そうですわジョイナ。あなたはまだマスターの凄さを理解できてないだけですわ。私たちの家もマスターが作って下さったのよ」

 3人は門をくぐり、石が敷き詰められた地面を歩き始めた。

「この歩いた時の音は中々気持ちがいいですね」

『ジョイナ。玉石の上を歩くな。大きい敷石が埋まってるところを歩くように』

「あっ。はい。わかりました。あの水辺でカコーンって音がするのは何ですか?」

『マスターが作ったからわからない。確か、ししおどし?って言ってた』

「ク、クリスお姉様!そ、そこに流れてる虹色に輝いてるのって、も、もしかして!?」

『?エリクサーだけど?』

「○◇♯※■*☆▲!?」

「ジョイナ。興奮しすぎて何言ってるかわかりませんわ」

『ディーネみたい』

「す、すいません。で、伝説のエリクサーが湯水のように湧いてる・・・。ま、周りに生えてるのは薬草ですか?」

「ん。よく気づいた。マスターの魔力で育つ薬草にエリクサーを与えたらどうなるか試してる」

「えっ!?エリクサーを越えるエリクサーってことですか!?ま、まさか死者を甦らせるとか・・・」

『そこまで・・・ないと・・・思う?』

「なんで疑問系なんですか!」

『そんな言われてもまだ出来てないからわからない』

「ま、まさか、あっちの方にある池みたいなのもエリクサーですか!?」

『あっちは普通の池。見てくるといい』

 ジョイナは敷石をピョンピョン跳ねながら池に向かった。

 しかし、ジョイナは池の縁にしゃがみこんだまま中々戻ってこなかった。

 しびれを切らしたアルは呼びに行くことにした。

「ジョイナ。何してるんですの?早く行きますわよ」

「あっ。アル様。見て下さい。この赤とか白の魚、私のことが好きなのか、指をやると吸ってくるんですよ!」

「・・・ジョイナ。ただ、餌をねだってるだけだと思いますわよ・・・」

「えっ?まさか・・・そんな・・・」

「落ち込んでないで早く行きますわよ。クリスが待ってますわ」

 ジョイナは向かう時とは違って、トボトボと歩き始めた。

『?ジョイナ。どうした?水でもかけられた?』

「クリスお姉様。あの魚はなんですか?」

『私もわからない。でも鯉って名前。あれもマスターが作ったから。ディーネに似てたでしょ。いつも餌ねだってくる』

「恋ですか?随分縁起がいい名前ですね。確かにディーネ様を相手にしてるような感じでしたが・・・」

「その恋ではないと思うわよジョイナ。確かにディーネに似ていたわね・・・」

『早く行く』

 3人は玄関の前に着くと、ジョイナが不思議そうに言った。

「あの屋根が段々になってるのはなんですか?それに家の周囲に廊下があるんですね」

『マスターは廊下じゃないって言ったけどわからない。屋根は瓦?って言ってた』

「コンクリではないんですの?」

『さぁ?でも謎の素材なのは間違いない。ルタは似たようなのが作れるって言ってたけど。私も頑張ればコンクリぐらいなら作れるかも』

「クリスお姉様!この扉はどうやって開けるのでしょうか!?掴む所がないですっ!」

「ジョイナは次から次へと、興味津々ですわね」

『ジョイナ。横にズラして開ける』

「んぅ~!開かないですっ!」

『むっ?鍵がかかってる?マスターが持っていった?仕方ない。ジョイナの家に行こう』

「クリス。鍵は持ってないんですの?」

『持ってない。いつも開けっ放し』

「えっ?クリスお姉様。泥棒が入ったりしないんですか?」

『そんなのここにいない。いるとしたらディーネが食料盗むぐらい』

「た、たしかに・・・。否定出来ないのが悲しいわね・・・」

「ディーネ様ならありえそうです・・・」

「まぁ仕方ないですわね。ジョイナの家に行きましょう」

「はいっ!楽しみですっ!」

 3人は来た道を引き返し、左側にある家に向かった。

「あら?こっちはヴィアの家のようね」

『マスターの状態保存の魔法がかけてある』

「そうなんですね。クリスお姉様の家を小さくした感じですね」

『ジョイナ。あっちに向かう』

 3人は引き返してクリスの家を通りすぎ、右側の家に着いた。

「あれっ?ヴィアさんの家と同じですね」

『気に入らない時はマスターに言えばいい。そんなこと言ったら取り込むけど』

 クリスの言葉に体をブルッと震わせたジョイナは

「いえ!滅相もございません!ヴィアさんと同じ家で嬉しいです!」

『そう。ならいい』

「ジョイナ。早く中に入りますわよ」

「は、はい・・・。あっ。ほんとに横に開くんですね。?この段差はなんでしょう?」

「ジョイナ。ここで靴を脱ぐのですわよ」

「え?どうしてでしょうか?ここの棚に靴を直すってことでしょうか?」

『床が汚れないし傷がつかない』

「それに足が清潔に保てますわよ」

「そうなんですね。なんで地上の人はしないのでしょうか?」

「そこまで考える余裕がないのでしょうね。ジョイナも考えたことがなかったでしょう?まぁこんなこと考えつくの主様ぐらいでしょうけど」

『ん。マスターはすごい』

「これもメイグウ市に取り入れてみてはいかがでしょうか?」

「うーん?これは止めといた方がいいと思うわ。というより貴族ぐらいしか受け入れない気がするわ。まず足を清潔の保つためにはお風呂が必要だもの」

「それは確かに・・・。でもクリーンの魔法を使えばいいのでは?」

「みんながみんな魔法を使えるわけではないですわよ」

「そ、そうですね・・・」

「ジョイナ。あんまり気を落とさないように。私たちも万能ではないですわ。それより、気を取り直して中に入りましょう」

「はい。お邪魔します」

『ジョイナ。自分の家なのに』

 しかし、足を踏み入れて一歩もせぬうちにジョイナが止まった。

「ジョイナ。口が開いてますわよ!」

『ぷっ。ジョイナ。面白い顔』

「いやいや!この全身を映せる姿見はありえないですよ!それに曇り一つすらないなんて・・・」

「主様は簡単に作ってたわよ?そういえばルタも作れるけど至難の技と言ってたわね」

『でもディーネは一時的になら出来る』

「あれはただ水面に映してるだけですわ」

『そういえば水面に自分の顔を映して笑ってた所を見たことある』

「「・・・・・」」

「ジョイナ。進みましょう・・・」

「はい・・・。アル様。ディーネ様は感性豊かな方なんですね」

 3人は姿見を通り越し少し進むと、左右に引戸、正面は廊下が続いており、突き当たりの左に引戸、右は廊下があるようだ。

 左側の2枚の引戸を左右に開けると、ソファーやローテーブルが置いてあった。

「ここは食事をするところでしょうか?」

「うーん。リビングかしらね?食事ももちろんできるわよ」

「りびんぐですか?あの普通より低いテーブルに毛布があるのはなんでしょう?アル様の家にはなかった物ですね」

『あれはマスターが仕掛けた罠。入ると出れなくなる。私も出るのに苦労した』

「え!?クリスお姉様でもですか!?魔神様はなんて物を人の家に置くんですか!」

『寒い時期限定だけど』

「寒い時だけですか?でも温度調整されてるから寒くなることはないのでは?」

「そんなことないわよ。四季の色合いや実りを楽しむために、夏は暑いし冬は寒くなるわ。今は過ごしやすいけど、もう少ししたら寒くなるはずよ」

『マスターからジョイナに置き土産』

 クリスの言葉にジョイナは顔をひきつらせながらあとずさった。

「クリス。からかいすぎですわ。ジョイナ。ただのコタツという暖房器具ですわよ」

「・・・なるほど。あったかくなるんですね。それは出れなくなりそうです。クリスお姉様!ビビらせないで下さいっ!」

『私は事実を言っただけ』

「それにしても、入口から見えてましたが、この透明で大きな窓ガラスはすごいですね。姿見もそうでしたがこちらも曇り一つないです」

「日差しが入ると気持ち良さそうね。普段はカーテンを閉めておくといいわ」

「かーてんですか?もしかしてアル様の家の窓にぶら下がってたお洒落な布のことですか?」

「そうよ。窓の端の方に結んであるわ」

「あ、ほんとですね。開いてみてもいいですか?」

「ここはジョイナの家よ?」

「そうでした。では・・・。ほわぁ~。綺麗ですぅ。それに手触りが最高ですぅ~」

『ジョイナ。いつまでもカーテンにしがみついてないで先に進む!』

「す、すいません。あまりにも気持ちよくて」

 一行がリビングの奥にある引戸を開けて進むと、10人掛けのテーブルと椅子が置いてあった。

 さらに奥には台所も備わっていて所謂いわゆるダイニングキッチンのようだ。

「ここが食事を取る所みたいですね。台所も広くて使いやすそうです。あれはアル様の家にもあった冷蔵庫とコンロの魔道具ですね。便利だったので助かります」

「その辺はどの家でも一緒ですわね。使い勝手がいいように主様の配慮ですわ」

『そうなの?』

「・・・クリス。あなたは自分の家の中ぐらい覚えなさい」

『マスターの家にいるからいい』

「はぁ。全くクリスには呆れますわ。ジョイナ。先に進みましょう」

 3人が次の引戸を開けると、脱衣所と洗面所だった。

「ここにも小さい姿見があるんですね。顔を洗って確認しろってことですか!あれ?お風呂があるんですか?てっきり47階層で入るのかと思ってました」

「私の家もありますわよ。ほとんど47階層ですませるわね」

「そうですよね。みんなで入る方が楽しいです!」

 ジョイナは脱衣所の隣にある引戸を開けてお風呂を確認してから、次の引戸を開けた。

「あっ。ここが先程の廊下に出てくるんですね。ここの扉はなんでしょう?ここだけ開く扉ですね」

 ジョイナが扉を開けると、小さな部屋に白い椅子のような物が置いてあった。

「これはなんでしょうか?」

「わからないわ」

『私の家にもあった気がする』

「ジョイナ。蓋になってるわ。開けてごらんなさい」

「え!?私がですか!?」

『ジョイナの家だから当たり前。早く!』

 クリスが催促するのを不思議に思いながら、ジョイナは恐る恐る蓋に手を掛け、勢いよく開けた。

 しかし、開け方が悪かったのか、蓋は完全には開ききらず、半分ほど開いてゆっくりと降りていった。

「・・・・・」

 特に恐れる必要がなくなったジョイナは、今度は普通に蓋を開けた。

 すると、卵型の台座の真ん中に穴があり、その中には水が溜まっていた。

「・・・これはなんでしょうか?」

「・・・わからないわ」

『謎』

「とりあえず座ってみなさいな」

「・・・はい。何かあったら助けて下さいよ!」

『ジョイナ。ビビりすぎ。早く座る』

 ジョイナは、クリスを怪しいと感じつつ、恐る恐る台座に座った。

「何もないですね」

 しかし、クリスが壁についてる操作板のボタンを押してピッと音がした。次の瞬間

「何か音がしましたわっ!」

「ひやっ!?ひゃぁぁぁぁぁっ!?」

「なっ!?なんですの!?」

「水がっ!お尻に水が飛んできましたっ!」

「ま、魔物ですの!?」

 ジョイナが立ち上がると水は止まり、ジャーっと音をたてながら、穴の中に溜まっていた水が流れていった。

「・・・・・」

『ぷっ。ジョイナ。笑わせないで』

「こ、これは・・・。おそらくトイレですわね」

「ク、クリスお姉様!知っていたでしょう!」

『な、なんのこと?ピュ~ピュ~ピュ~』

 クリスは念話で口笛?を吹き始めた。

「このトイレはすごいわね。私たちの家には排泄しないから設置されてなかったのね。クリスはしらばっくれても無駄ですわよ」

『ジョイナは水周りに注意の相でも出てる?精霊湖にも飛び込んでたし』

「クリスお姉様!縁起でもないこと言わないで下さいよ!服がびしょ濡れになったじゃないですか!それにしても確かにこのトイレはすごいですね。どうやって流してるのでしょうか?それに排泄物はどこにいくのでしょうか?」

『わからない。ディーネと一緒』

「ディーネ様と?どういうことでしょうか?」

『ん。大量食べて、大量に飲んで、どこかに流されて消えていく』

「そ、そういうことですか。結局、深く考えるなってことですね」

『正解。ん?アルどうした?』

「このトイレは人間にはいいかもしれないわね。街を大きく綺麗にするには、衛生面が一番の問題だわ。まずは貴族からになるでしょうが、値段さえ下げれれば一般人にも十分行き渡りそうですわ」

「それはいい考えですっ!」

『あとでマスターに言ってみる』

 そのあとも3人は引戸を開けていき、和室、寝室、私室、テラスを見て同じようなやり取りをしながら確認していった。

 ジョイナはクリスに和室の畳に正座させられ、よくわからないまま正座し続け、罠だと気づいた時には足が痺れて立ち上がれなくなるというハプニングもあったが、ジョイナは家を大変気に入ったようだった。

 結局この日ディーネは現れず、ディーネのことは3人共忘れ去って、終始充実した日となった。


 後日わかったことだが、最初に見た大通りにズラリと並んだ一軒家の3倍近い木造の2階建て、全てが料理を提供する店であり、ディーネが現れなかったのは、給仕が再開された食堂に入り浸り、真人に注意されるまで食べ続けていたからだった。

 ちなみに通りの反対側の建物は全て宿舎となっている。

 ディーネが飯抜きの罰を受けたことは言うまでもない・・・。


 次の日からジョイナの修行が始まった。

 恒例になった47階層での体力作りからだ。

『ジョイナ。今日から修行を始める。ちゃんと学べば私たちまではいかなくとも、近くまでは強くなれる。だから諦めないように努力すること』

「はいっ!クリスお姉様!それで何をするのでしょう!?上級魔法を打てばいいですか!?」

『はぁ。これだから魔術師は。すぐに意味のない大きい魔法を使いたがる。ジョイナ。魔術師は後衛にいることが多い。前衛が抜かれたらどうする?』

「魔法が打てるように距離を取ります!」

『魔力が切れたら?』

「逃げます!」

『魔術師が前衛から逃げ切れると思う?』

「・・・難しいですね」

『どうしたらいいと思う?』

「近距離接近の戦闘を覚えるですかね?」

『間違ってはないけど、近接をこなす体力と技術がいる』

「技術を鍛えれば応戦出来るし、体力をつければ逃げることも出来る。選択肢が増えるってことですね」

『そう。だから早く走れ』

「・・・えっ?」

『ここから見える左側は、サラの住んでる山でジョイナにはまだ早い。右側に見える山はルタが住んでる山で走れるように道が出来てる。ひたすら走って体力をつける。わかったら早く走る!』

「ひいぃぃぃ!わかりましたぁ」

 ジョイナは息を切らしながらも、ルタが住む山の麓にたどり着いた。

「ひっひっふぅ~」

『ジョイナ。何その呼吸』

「これをすると楽になるんですよ。ディーネ様が言ってました」

  『そういえばディーネが食べ過ぎた時にしてたかも』

「・・・もしかして騙されましたかね?」

『わからない。楽になるならいいんじゃない』

「おっ。やってるね~。はい。2人とも水」

『ルタ。ありがと』

「ルタ様。ありがとうございます。・・・ちなみにこの水はなんでしょうか?」

「?ただの水だけど?レモンの」

 ジョイナは一口飲むと口をすぼめた。

『ジョイナ。変な顔するな』

「だって。クリスお姉様。酸っぱいんですよ?」

「ジョイナはここからが本番だね!頑張ってね!」

「えっ?まだ走るんですか?」

『当たり前。山の頂上まで。ここからは身体強化をかけっぱなしでいい』

「それでも厳しくないですか?」

『つべこべ言わずにさっさと走る』

「ひいぃぃぃ!鬼ぃぃぃぃ~!」

『ヴィアも最終的には身体強化なしで走りきった』

「むっ。それは負けられないですね!クリスお姉様早く行きましょう!」

 しかし、10分もただずジョイナは地面にへたりこんだ。

「ぜぇ、ぜぇ、ク、クリスお姉様・・・。はぁ、も、もう走れません・・・。はぁはぁ。ま、魔力切れですぅ」

『初日にしては持った方か。でもまだまだ魔力の制御が甘い』

「はぁはぁ。け、結構魔力量は自信があったんですけど・・・」

『上級魔法を使えるだけはある。魔力量があっても使い方が雑。それだけじゃ普通の魔術師と一緒』

「うっ。ですが身体強化を維持しながら走るとこんなもんじゃないんですか?」

『全然違う。全身に身体強化かけてどうする』

「えっ?それは身体強化ですから全身にかけるものですよ?」

『その考えが間違ってる。マスターは細分化と言ってたけど、下半身に4割、上半身に2割とか、脚だけ、腕だけ、あとは魔法をうつ為に残しておくとか、厳しい場所だけさらに強化の割合を増やすとか、常に状況に応じて魔力制御する』

「なるほど。そういうことですか。魔力の節約にもなりますね」

『そう。魔力の制御が細かくできるようになればなるほど節約できるし、魔法が使える幅も広がる』

「わかりました。休んで魔力が回復したら、意識しながらやってみます」

『ん。これ』

「はい?ポーションですか?」

『ジョイナが言うマナポーションとか言うやつ。休まなくても回復できる』

「・・・・・鬼ぃ」

『なんか言った?』

「い、いえっ!なんでもないです!ところで不思議に思ってたんですけど。クリスお姉様のその足は走ってる時も動いてない気がするんですが、身体強化を使えばそんなことも出来るのでしょうか?」

『これは超短距離転移』

「ず、ズルいですっ!足の意味ないじゃないですか!」

『ズルくない。私のことはいいから早く魔力を回復させてさっさと走る』


「ひぃひぃ。はぁはぁ。ふぅ。ぜぇぜぇ」

『ジョイナ。よく頑張った。午前中は魔力制御しながら体力作り。余裕が出てきたら走る距離を伸ばす。昼休憩してから午後は魔法の修行』

「は、はい。ちゃんと昼休憩はあるんですね。安心しました」

『ヴィアの時に休憩なしでしたらマスターに怒られたから』

「・・・魔神様!ありがとうございますっ!」

『やっとジョイナもマスターの凄さがわかってきたか』

 2人は47階層にある転移魔法陣に跳んで、食堂がある大通りを訪れた。

「ここもこの間より大分賑やかになりましたね」

『上位と中位の精霊もマスターの魔力のおかげで人化だけなら出来るようになったみたい』

「ほんとに街みたいになりそうですね」

『まだまだでかくなる。住民も増やさないと。精霊はしゃべれないから念話で静かだし人間の街みたいに賑やかになるといい』

「そうですね。楽しみです。ところで何食べますか?」

『どこ行っても美味しい。これからも通うから一番端から順番でいい』

 2人は店の前まで歩いて行き、看板を確認すると、どうやらピザの店のようだ。

「ん~。いい匂いがしますぅ」

 入口の扉を開くとチリンと鈴の音が鳴り、来店者が訪れたことを店内に告げた。

 しかし、2人は扉を開けた状態で固まった。

 そこには、空の皿を何枚も重ね上げた青い髪の#胃空間収納__・__#を持ったヤツがいたからだ。

 青い髪の胃空間収納は2人に気づくと、口に大量に詰め込んだ状態で大きく手を振ってきた。

「○♯◇■※△☆*!」

「・・・クリスお姉様。ディーネ様が何か叫んでらっしゃいますけど」

『ジョイナ。目を合わせたら終わり。見なかったことにして次に行こう』

 2人は青い髪の胃空間収納を無視して、そっと扉を閉じた。

 隣の店に向かった2人は、入口付近に設置してある店内の食事の見本を見て首を傾げた。

「これはなんでしょうか?お肉を焼いた物でしょうか?」

『わからない。ハンバーグってかいてある。マスターが考えたのにまずいのがあるはずないから入ろう』

「そうですね。それにしてもディーネ様は追いかけてきませんね」

『食べ物の方が大事』

 2人は料理を注文し、配膳されたハンバーグを見ると、熱々のステーキ皿にハンバーグ、ブロッコリー、ニンジン、ポテト、別の皿にはパンが2つ、オレンジが2切れだった。

 そして、クリスのハンバーグには、何故か串に旗が付いた物が刺さっていた。

「美味しそうですぅ。クリスお姉様のハンバーグに刺さってる旗はなんでしょう?」

『ふふっ。私だけの特別仕様』

 青い髪の胃空間収納が追いかけてこないことにホッとしながら食事をしていて2人だったが

 そこにディーネが現れた。

「も~。2人共手振ったのに気づかなかったの?一緒に食べようよ!あっ。私にもハンバーグねぇ~。ん~。とりあえず10人前!」

「ディーネ様。まだ食べるんですか?」

『ディーネ。頼み方がおかしい。またマスターに怒られる』

「まだ2件目だから大丈夫!」

『・・・ジョイナ。さっさと食べて戻ろう』

「・・・はい。わかりました」

「ん?2人共どっか行くの?」

「昼からは魔法の訓練ですっ!」

 ジョイナなフンスッと鼻息荒く答えた。

「なら腹ごなしのついでに私が教える」

『ならアルを呼ぶ』

「えっ?なんで?」

『ディーネの保護者』

「私は子供じゃないっ!」

『でも誰か見てないと何し始めるかわからない』

「・・・仕方ない。アルも巻き込もう!」

 しばらくすると、渋々といった顔のアルが現れた。

 アルは店内を見渡し3人に近寄り、ハンバーグに夢中のディーネを一瞥いちべつすると無視することに決めた。

「クリス。ジョイナ。どうしたんですの?」

『ん。コレの保護者だから呼んだ』

 クリスはディーネの方に触手で作った指を向けながら言った。

 アルは顔を引きつらせながら叫ぶように言った。

「私はディーネのお守りじゃありませんわよ!」

 言われた2人は不思議そうにして顔を見合わせた。

 クリスはアルに、今から魔法の修行をすると告げると、心よく指南役に同意してくれた。

 さらにディーネは、デザートを頼もうとしていたところをアルに一喝され、なごみ惜しみながら席を立ち上がった。

『やっぱりアルはディーネの保護者』

「そうですね!まるでお母さんのようでした!」

 4人はルタの山の麓にワープすると、そこにはルタとサラもいた。

『ルタ。サラ。ちょうどいいところに。ジョイナに魔法を教えてやって欲しい。基本的に午後から一週間ずつ4人持回りで』

「いいよ。ヴィアの時と同じでいい?」

「俺もかまわない」

『ルタ。ヴィアの時と同じでいい。厳しくてもいいぐらい』

「えっ!?なんでですか!?」

『ジョイナは身体強化の時みたいに固定観念にとらわれすぎてる。柔軟な考えも大事だし、変な癖を直すためにも一から鍛え直した方がいい』

 クリスとジョイナの後ろで4人は、誰が最初に教えるか揉め始めた。

「では公平にジャンケンで決めますわ!」

「「「わかった!」」」

「クリスお姉様。じゃんけんって何ですか?」

『マスターに教えられた簡単な勝負事。見てればわかる』

「「「最初はグー!じゃーんけん・・・ポン!あーいこで・・・しょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこ・・・!あい・・・!あ・・・!」」」

『・・・ジョイナ。時間の無駄だからあっちに行こう』

「・・・はい。あ、あれは終わりがあるんでしょうか?」

『わからない。でも、教えることが嬉しいんだと思う。ジョイナは無詠唱使える?』

「私も教えて貰えるのは嬉しいですが・・・。初級は使えます。中級は簡略までならなんとか。上級は詠唱しないとできません」

『あんな見えても精霊王だからちゃんと教えてくれる。ある程度はイメージできてるってこと。あとはもっと正確なイメージ、魔力制御、威力、速さってとこか。上級は別にどうでもいい。中級でも魔力とイメージ次第で上級に匹敵するようにできる』

「そ、そうなんですか?私は漠然ばくぜんとしたイメージだけで使ってましたが・・・」

牽制けんせい程度ならそれでもいい。詠唱はイメージ力を補うために唱える。逆に言えばイメージさえしっかりしてれば詠唱しなくていい。それが無詠唱。上級は消費魔力量が多いから、魔力を練り上げる前にイメージが完成して不発することがほとんど。その辺は魔力制御すればなんとかなる』

「わかりました!威力や速さもイメージに関係してくるんですか?」

『そう。ウォーターボールを速く打ち出すのとゆっくり飛ばして壁に当てた時、どっちが強い?』

「それはもちろん速く打ち出した時です」

『速くすれば速くするほど威力もあがる。あとは形状も大事。ボール系よりアロー系の方が威力は上がるけど範囲は狭くなる』

「一点集中か広範囲にするかってことですね。その辺は敵や場所に応じて使いわけて、それをイメージしてさらに魔力の強弱で威力を調整、魔力の節約すればいいんですね!」

『これはマスターに教えてもらって、ヴィアにしか教えてないけど、さらに上にスパイラル系がある。地上にはないはずだから私は奥義だと思ってる。ジョイナが修行を終えたら教えるつもりでいる』

「すぱいらるですか?確かに聞いたことないです。精霊王様たちも知らないってことですか?」

『もちろん知らない。だから伝授できるよう頑張るように!』

「はいっ!頑張りますっ!」

『私からは以上だけど・・・。あの4人は・・・まだやってる。仕方ないジョイナ。まとに向かって魔法を放つように。出来るだけイメージして無詠唱で。ゆっくりでいい』

まとですか?山に向かって打てばいいんですか?」

『違う。山に打ち込んだらルタに怒られる。山の右側にある壁に打てばいい。あとは、属性魔法はあの4人に習えばいい』

 ジョイナは50メートル程先の山の壁に向かって手をかざし、目を瞑ってウォーターアローをイメージした。

 出来るだけ速く打ち出すことも忘れずに。

 そして魔力を消費して打ち出した。

 ジョイナが地上で使っていたウォーターアローよりも明らかに勢いよく打ち出されたものの、半分ほど進み霧散してしまった。

「これは魔力が足りなかったってことでしょうか?」

『そう。魔力制御をもっと精密にして、適切な魔力量が見極められれば結果的に魔力の節約になる』

「わかりました。魔法の練習と魔力制御の訓練を同時に頑張ります!」

『よし。次はあの4人をどうにかしてきて』

「えっ!?まだやってるんですか!?無理ですぅ!私には荷が重すぎます!」

『大丈夫。ジョイナにならできる』

「アル様まであれじゃあ・・・。もう放置でよくないですか?」

『仕方ない。放置して猫たちと戯れたわむれにいこう』

「猫ですか?獣人がいるんですか?」

『猫の獣人じゃない。猫』

「獣人じゃない猫がいるんですか?」

『もしかして地上には猫がいない?四足歩行の』

「猫獣人は二足歩行しかいないですよ?顔が毛だらけとか獣化できるって話も聞いたことありますけど、四足歩行ではなかったはずです」

『そう。まあ行けばわかる。ジョイナ。46階層の牧場ね』

 2人は46階層の牧場にワープしてきた。

 ジョイナがここに来るのは2回目だが、周りをキョロキョロと見渡している。

「クリスお姉様。あそこでモーって言ってるのは何か不満があるのでしょうか?」

『あれは牛。不満じゃなくてただの鳴き声。肉に加工されたり、ミルクを出してくれる』

「そうなんですか?それは仲良くしてた方がいいですね。私はミルクが好きなのでお礼も言っときます」

『肉もミルクも美味しい』

「クリスお姉様。あそこにいるメーって鳴いてるのは何がダメって言ってるんでしょうか?」

『あれは羊。ダメって言ってるじゃない!ジョイナの耳はおかしい!たしか羊の毛で服とか布団とか作ってたはず』

「えっ?私の耳はおかしくないですよ?じゃあ私の家にあった服とか布団も羊の毛から出来てるってことですか?色んな動物がいるんですね」

『もしかして、エルフの長耳じゃない代わりに聴力が発達した・・・?ここのはみんなマスターが作り出したから地上にはいない動物』

「クリスお姉様?何か言いましたか?これももしかして勇者の・・・?」

『なんでもない。やっぱり気のせいか・・・。その可能性はある』

「猫はどこにいるんですか?」

『今から呼ぶ。シロ~。クロ~』

 すると遥か遠くの方から駆けてくる2匹がいた。

 段々と近付いてくる2匹を見たジョイナは

「えっ?あれは馬ですか?かなり速くないですか?それに体格も地上の2倍はあるような・・・」

『だからここにいるのはマスターが作り出したから地上の馬とは別物』

「白い馬と黒い馬ですよね?まさかあれが猫・・・?」

『んなわけない!』

 白い馬と黒い馬がクリスに近寄ると、それぞれの背中から小さい動物がピョンと地面に降りた。

 その小さい動物見たジョイナは固まった。

『シロ。クロおいで』

 クリスが声をかけると、白い方はクリスに寄っていきスリスリと体をこすりつけていた。

 しかし、黒い方はそっぽを向いたままだ。

 しばらく固まって、視線だけで追いかけていたジョイナだったが、黒い方に手を伸ばしながら

「かっ、かっ、かわいいですぅ~!モフモフじゃないですかっ!」

 と叫びながら黒い方を抱き上げた。

 黒い方はビクッとなり、尻尾の毛を逆立たせながら言った。

『おいっ!気安く触るな小娘!我は高貴なる者ぞ!』

「はいはい。こっちは黒いからクロちゃんですね。かわいいですぅ~」

『お、おいっ!聞いてるのか!』

「えっ?念話?意志疎通できる動物?クリスお姉様。やっぱり獣人ってことですか?」

『違う。これはマスターが作り出した、猫獣人じゃない謎の猫』

『そうだ!我を獣人なんぞと一緒にするな!創造主様に謝れ!』

「フフッ。怒ってもかわいいですね」

『そう。シロは素直で可愛い。クロは生意気で可愛い』

『おいクリス!我は生意気なんかじゃ・・・』

『あぁ?何か言った?』

『い、いや。なんでもないぞ』

 ジョイナが抱き抱えたクロの頭を撫でながら言うと、クリスが同意したが、クロの反論の言葉にクリスから黒いオーラが出始めた。

 それにビビったクロはプルプルと震えだした。

「あっ!クリスお姉様。ダメですよ!怖がってるじゃないですか!えっと確か収納袋に・・・」

 ジョイナは腰に下げていた収納袋から干し肉を取り出した。

 すると、クリスにスリ寄っていたシロまでジョイナの肩に飛び乗った。

「フフッ。シロちゃんもかわいいです。クロちゃん、シロちゃん私の名前はジョイナ。よろしくね」

 ジョイナから干し肉を貰った2匹は美味しそうに食べ始めた。

『そ、そんなバカな・・・。クロだけじゃなくシロまで・・・。私には全然懐かなかったのに。クッ。ジョイナにはティムの才能がある。そうに違いない!』

「クリスお姉様。シロちゃんとクロちゃんは連れて帰ってもいいんですか?」

『ん?うーん。シロとクロがいいならいいんじゃない?』

『ついていってもよいが、我は肉を所望するぞ!』

『・・・・・私もいいですよ』

『っ!?シロがしゃべった!?私には一言も話さなかったから話せないと思ってたのに!』

「フフッ。クリスお姉様にも苦手なことがあるってことですね」

『クッ。ジョイナ許すまじ。明日からの修行は厳しくするように言っておこう』


 翌日からジョイナの厳しい修行が始まった。

 午前中はクリスと体力作り、午後からは精霊王の4人が持ち回りで魔法を教えている。

 それに加え、キラービーやアルゴンスパイダー、牛や羊たち動物の世話に、畑や野菜の水やり、鍛治や武器の手入れの仕方等、ジョイナは次々と新しいことに取り組んで行った。


 そんな忙しい毎日を送っていたジョイナも、10年程経つとダンジョンとの魔力も馴染み、ついに真人と相対することとなった。

『マスター。ジョイナを連れてくる』

「そうか。もうそんなに経つのか。47階層の闘技場でいいのか?」

『うん』

 真人が闘技場で待っていると、クリス、ジョイナ、アル、ディーネ、ルタ、サラが現れた。

「遅かったな」

『ジョイナがプルプルなって動かなくなった』

「そ、そうか。ん?シロとクロもいるのか」

『『創造主様っ!』』

 ジョイナの肩から飛び降りたシロとクロは、真人の肩に飛び乗った。

 真人に首を撫でられた2匹は、ゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうにしていた。

 するとそこにジョイナがゆっくりした足取りで近付いてきた。

「は、は、はじめまして。ま、魔神様。ジ、ジョイナと申します」

「ああ。よろしく頼むジョイナ。俺は真人だ。クリスが世話になってるようだな」

『マスター。違う。私が世話してる』

「ははは。そうかそうか。仲がいいならなによりだ」

「はわわ。魔神様。かっこいいですぅ~。それに魔力が洗練されてて淀みがない?魔力制御を極めるとこんなになる?」

『ジョイナがおかしくなった』

「ジョイナ!主様の前ですわよ!」

「普通はあんな反応になるよね!」

「ディーネはもっとひどかったよ」

「確かに。ディーネはひどかったぞ」

「えっ!そんなことなかった・・・はず」

『マスター。ジョイナはまだ伸びる。だからマスターの加護を与えて欲しい』

「いいだろう。ジョイナ。こっちに」

「は、はいっ!はわっ。はわわ」

 頭に真人の手が置かれたジョイナはパニック状態だ。

 すると、精霊王の4人もジョイナの横に並び頭を向けてきた。

 真人は顔をひきつらせながら

「よし。お前らは後で拳骨な」

 3人はサーっと顔を青ざめさせ、ディーネだけはニンマリと頬を崩した。

 真人は、ジョイナの頭に置いた手から魔力を流し込み始めた。

 時間的に5分程だろうか。

 真人の魔力で5分ということは相当な量のはずだ。

 するとジョイナが淡く輝き始めた。

 輝きがおさまりジョイナの姿を確認すると、エルフのように耳が長くなり、青緑だった髪もすこし薄くなり銀色に近付いていた。

『ジョイナ。おめでとう。エルフに進化した』

「クリスお姉様。ありがとうございます。魔力が増えた気がします」

『当たり前。マスターの魔力を受け継いだ。大抵の魔法使える』

「ジョイナ。ステータスを鑑定してみていいか?」

「はい。魔神様。よろしくお願いします」


 ジョイナ・リゼル(エルフ) LV253 魔術師


 HP――― MP―――

 

 称号 魔神の加護、精霊の加護、聖女の加護、Aランク冒険者

 

 スキル 水魔法、風魔法、土魔法、火魔法、剣術、武術、索敵、隠蔽、身体強化、魔力操作、魔力感知、気配察知、状態異常無効、マッピング、料理

 

 固有スキル 生活魔法、限界突破


「ん?ジョイナは名字持ちだったのか」

「えっ!?そんなはずは・・・」

『マスターの神眼で見通せない物はない!今見えてるのが真実!』

「えっ?私が冒険者になった時にギルドで鑑定しましたが、ありませんでしたよ?」

「強力な隠蔽でもかけられてたか。リゼルが名字だな」

「リ、リゼル?どこかで聞いたことありますわね・・・」

「ん?アル。リゼルを知ってるのか?」

「いえ。どこかで聞いたことある程度ですわ」

「もしかして、私の両親は生きて・・・?」

「エルフだからな。可能性はある。しかしジョイナはハーフエルフだっただろう?片方は人間だと・・・」

「そうですね・・・。でもどちらか生きてる可能性があるなら会ってみたいです」

「それも今後の方針の一つにするといい。それにしても、スキルがヴィアとほとんど一緒のような気がするが・・・」

『それはヴィアと同じことしてるからそうなる。ほとんどのスキルが統合されていった』

「スキルってのは統合されていくもんなのか?」

「主様。地上ではほとんどないですわ。ここの環境だからこそ、たくさんのスキルを得ることができますわ。特に怪我をしても、クリスが回復してくれるのが大きいですわね」

「そ、そうか。無理させないようにな」

『大丈夫。死なない限り回復できる』

 ジョイナはクリスの言葉で厳しい修行を思い出したのか顔がサーっと青ざめた。

「そういえば、ジョイナも聖女に会ったことがあるんだな」

「いえ。ローラ聖教国の神官たちには会ったことがありますが、聖女様には会ったことないですよ?聖女様は基本的に神殿から離れることもありませんし。聖女様がどうかされましたか?」

「ん?じゃあ誰が加護をつけたんだ?アル。聖女は1人だけじゃないのか?」

「さ、さぁ・・・?私も存じ上げませんわ・・・」

『マ、マスター。い、隠蔽されてたとかでいいと思う』

「いいと思う?そんなんでいいのか?ま、まさか!?隠れ聖女がいるのか!?」

 クリスはビクッと体を弾ませたが、真人はブツブツ言いながら考え事をし始め、クリスのことは気にしていないようだ。

『マ、マスター。そんなことよりジョイナが親を探すならいずれ出ていくだろうし、もしかしたらエルフの国に行くと思うんだけど』

「そうだな。ヴィアが帰ってきた時にでも言ってみるか。取ろうと思えばすぐにでも連絡は取れるんだが。邪魔するのもな・・・」

『でもいつ帰ってくるかわからない』

「私は急がないから大丈夫ですよ。ヴィアさんが帰ってくるまで鍛えてますから!それに顔も覚えていないので、どうしても会いたいってわけでもないですし。会えたらいいな程度で思ってます」

『だったら騎士団通して冒険者ギルドにヴィアに戻ってこいって依頼出せばいい。それなら緊急と思われないし、2、3ヵ月はかかる。その間にジョイナはどうするか考えておけばいい』

「そうだな。ヴィアがエルフの国に行く前に事情を話して調べてもらうのもありかもしれん。そういえばクリスの魔法で居場所はわからないのか?」

『多分だけど、特殊魔法はヴィアの方からマスターか私に助けを求めないと発動しないんだとと思う。だからこっちからは居場所はわからない』

「そうか。じゃあ仕方ないな。あまり過保護になるのもよくないだろう」

『・・・マスターがそれを言う?』

 クリスの言葉を不思議に思った俺は、周りにいる精霊王の4人の方に目を向けると、なんとも言えない顔をした。

「ヴィアに対して一番過保護なのは主様だと思いますわ」

「そうだよ!真人様はもっと私を甘やかせるべきだと思う!」

「ボクもご主人様に甘えたい!」

「俺も主に・・・モゴモゴ・・・ゴニョゴニョ」

 俺は顔をひきつらせていたが、ふといい考えが思いつきニヤッとした。

 するとそれに気づいたアルだけは後ずさった。

 他の3人は「私が先!」「ボクが先だよ!」「俺が先だ!」と掴み合っている。

 3人を見ながら両腕を広げた俺は「ディーネ!」とディーネを呼んだ。

 その意図に気づいたディーネは目を輝かせながら俺の胸に飛び込んでこようとした。

 が、次の瞬間、俺は創造魔法で拘束の魔法を作り、光り輝く鎖が出現し、ディーネに巻き付き、身動きができなくなったディーネは顔から地面に突っ込んだ。

 そこで、ルタとサラの方を向き、俺と目が合った2人は、顔をサーっと青ざめさせて、一目散に逃げ出した。

 特に思うことのなかった俺は、2人を放っておくことにして、今度は地面に顔を埋めさせてうずめさせてプルプル震えているディーネの方を見た。

「デ、ディーネ。大丈夫か?」

『マスター。気にしない方がいい。触るな。危険』

 すると、後ずさって離れていたアルがディーネに近づき仰向けに転がした。

 ディーネの顔を見た3人は言葉を失った。

 土で汚れているが、とても満足そうなニンマリとしたいい笑顔だったからだ。

「そういえばディーネは、叩かれて喜ぶ変態だったな。今回も縛られて興奮したんだろう」

「心配して損しましたわ!」

『だから言ったのに』

 ディーネに関心を失った3人は話しを戻すことにした。

「ジョイナ。すまんな。話しがそれたがここじゃなんだから食堂で話すか。ディーネは放置するとして、あの2人は逃げ足が早いな。シロとクロはどうする?」

『我らはジョイナの家に戻っておくかのぅ』

 そう言いながらシロとクロは消えていった。

「き、消えた!?魔神様!シロとクロもワープが使えるんですか!?」

『ジョイナ。何を言ってる。マスターの魔力でできてるんだから当たり前。魔法も使える』

「そ、そうなんですか。初めて知りました・・・」

「ジョイナ、クリス、アル食堂に行こう」

『わかった。マスター』

「わかりました。魔神様」

 1人だけ返事をしないアルの方を見ると

「・・・主様。私のことは捕まえたりしませんわよね・・・?」

 と言ってきたので、俺はニヤッとしながら「時と場合によるな」と言うと、アルは体をビクッとさせた。

 48階層の広場に転移してきた4人は大通りを歩いていた。

『マスターのオススメの食堂はどこ?』

「俺は今のところ食事はしないからな。どちらかというと、喫茶店のような落ち着いたところにいることが多いな」

「主様。私も喫茶店?がいいですわ」

『ディーネが来なさそう』

「クリスお姉様。ディーネ様はどこでも現れると思います」

 4人は会話をしながら進み、大通りの真ん中辺りにさしかかると、真人は細い小道に入っていった。

「へ~。こっちにもお店があるんですね」

「こっちは裏通りだからな。あまり人が来ないんだ」

 すると真人は一軒の茶色の建物の前で足を止めた。

「主様。ここが喫茶店ですの?」

「ああ。静かな所だろう?大通りの方にはカフェがあるからな」

『カフェ?どう違うの?』

「手短に言えば、喫茶店は大人向け、カフェは若者向けってとこだろうな。その辺は曖昧だから俺もそこまで詳しくないんだ。それぞれの店でいいところを持っているからな」

「はいっ!私もディーネ様に連れられてカフェに行ったことがありますっ!ディーネ様はパンケーキを大量に頼んでましたっ!ヒィッ!」

 ディーネとパンケーキという言葉にいい思い出がないアルから殺気が漏れだし、ジョイナがビビり始めた。

「ディーネは相変わらずだな」

『ディーネには暴飲暴食の称号を与えよう』

 4人はチリンと鈴が鳴るドアをくぐり、精霊の店員に案内された席についた。

 もちろん店舗をかまえる者は人型の姿になれること、念話を使えることが条件としてあるため、ある程度の会話をすることもできる。

「たしかに落ち着いた雰囲気ですわね」

「ゆっくりできそうです」

『ん。うるさいヤツがきても叩き出せばいい』

「さて。何を頼む?俺はコーヒーだけでいい」

『マスター。飲めるの?』

「味はしないがな」

『マスターのオススメは?』

「そうだな。クリスはリーンパイとマールのジュースがいいだろう」

『ん。それでいい。美味しそう』

「そういえば、ここにはマールがあるんですよね。最初見た時びっくりしました。東の国にしかない物だと思っていたので」

『たしか一番最初のマールはジョイナが私にくれたヤツ。それを見てマスターが作り出した』

「そういうことですか!さすが魔神様です!」

「主様。コーヒーとは何でしょうか?初めて聞きましたわ」

「うん?アルの所で育てていただろう?小さくて白い花が咲いて、緑の実がついて、熟すと赤くなる木なんだが・・・」

「ああ!あの木はコーヒーと言うんですのね!キラービー用の花かと思ってましたわ。そういえばヴィアがキラービーたちに実を集めるように言ってましたわね。では、私もコーヒーとこのプリン?というのにしますわ」

「私はコーヒーとハレンチトースト?にします!」

『ジョイナ。読み方が間違ってる。ハレンチじゃなくてフレンチ』

 4人は店員に注文を告げた。

 ここのダンジョンでの商品は、自給自足ができてることにより基本的に金銭のやり取りは発生しない。

 しかし、ディーネみたいなのがいることもあり、後々は金銭をもちいての売買を取り入れることになるだろう。

 それに、いずれ外の世界出ることを考えれば、地上の通貨を得るために商売も考えなければならない。

 その辺は、信用できる商人を招き入れて、果物なり魔石なり取引すればいいだろう。

 幸いにも売る物には困っていないわけだ。

 しばらくして注文した軽食がテーブルに並べられると、クリスは大好物な物がきたことで上機嫌になり、アルとジョイナは顔をしかめた。

「主様・・・。この黒い液体がコーヒーなのでしょうか?」

「こ、これはほんとに飲めるのでしょうか・・・?」

「飲んでみればわかるさ」

 2人は顔を見合わせたあと、カップを手に取りしばらくコーヒーを見つめ、意を決して一口飲んだ。

 そして

「「・・・。に、にがぁーーーーい!」」

 と叫んだ。

「ははっ!そうだろうな。普通はミルクなり砂糖なり入れる物だからな」

「「先に言って下さいっ!」」

「まぁそう言うな。好みの味を探す楽しみもあるからな」

 2人はミルクと砂糖を追加し始めた。

「あっ。これは全然味が変わりますわね。大分飲みやすくなりましたわ。私はミルクと砂糖を少し入れたのが好みですわ」

「私はミルクも砂糖もたっぷり入れたのが好みですっ!」

『ジョイナはお子ちゃまだから。いやヴィアも甘いの大好きだったからエルフはみんなこうなのかも?』

「プリンもなめらかで美味しいですわ」

「魔神様。このお皿の端にある白いのと黒いのはなんでしょうか?」

「それは生クリームとあんこだな。トーストを一口に切って、それに載せて食べるんだ」

 ジョイナは真人の言う通りにしてトーストを口に運んだ。

「ん~。おいしいですぅ!パンケーキとはまた違ったおいしさですぅ」

「それはよかったな。それでジョイナ。これからはどうするつもりだ?」

「まだ詳細は決めてませんが、一番はヴィアさんと同程度ぐらいには鍛えたいです。そのあとシルフィスに行ってみようと思います。今なら幻想の森も抜けれるでしょうし。そのあとはまたダンジョンに戻ってきて魔神様のお手伝いですかね。私は特に地上には興味ないので」

「そうか。そういえばジョイナは、魔術師ギルドのギルドマスターだったことがあったな。商売でも始めてみるか?もちろん表に出なくてもいいぞ?自警団から何人か引き抜けばいいしな」

「いいんですか?」

「ああ。いいぞ。こちらからお願いしたいくらいだ。俺たちよりもジョイナの方が人の扱いがうまいだろうしな。ただ地上で商売ってなると、商業ギルドに話をつけなければいけないだろう?その時には行ってもらうだろうが、ヴィアと、あとクリスとアルを連れて行けばダンジョンの使いとわかるだろう」

「おもしろそうですね。魔神様の役に立てるのなら是非やらせて下さい」

「ヴィアがいつ帰ってくるかにもよるだろう。それに、まだ先の話だから考えておいてくれ」

「はい。わかりました」

「主様。商売となるとある程度流通量がある物を選定しないといけませんわね。あとは、貴族向けに少し高価な装飾品や冒険者向けの武器や武具、ポーション類ですわね。一般人用、貴族用、冒険者用で準備しときましょう」

「そうだな。その辺はジョイナと地上から帰ってきたヴィアと話し合って決めていこう。だがランクが高い貴重品やクリスが作るポーションなんかは出さない方がいいだろう」

『・・・・・』

「クリスはいつの間にか寝てますわね。たしかにここは居心地がよくて眠くなりますわね」

「私も眠くなってきました」

「大体決まったからな。そろそろ戻るとするか。ジョイナ。悪いがクリスを連れて行ってくれ」

 ジョイナがクリスを抱えようと手を伸ばすと、クリスが消えて俺の目の前に転移してきた。

 俺は困惑しながら手を伸ばすと、クリスは腕の中にすっぽりとおさまった。

 アルの方を見ると、首を横に振りながら「無意識の行動ですわね」と言ってきた。

 そのままジョイナにクリスを託そうたくそうとしても、どうやらくっついて離れないようだ。

 仕方なくクリスを連れて50階層に戻ってきた俺だった。

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