第9話 桃田ネルの同期
「よっしゃあ、やっと帰れる~」
学校を終え、涼はようやく帰宅できることに歓喜しているようだった。
「今日は難しい授業が多かったな」
「そうなんだよ! もう頭がショートするかと思ったぜ」
「学校も終わったことだし、帰るか」
「そうだな」
俺と涼は一緒に帰路についた。
「なあ、やっぱり何度見てもこれ夢みたいな数字なんだけど」
俺はそう言いながら涼に向けて自分のYooTubeのチャンネル登録者数を表示している画面を見せる。
「たしかに一晩でそれは凄いよな。それに悠太はVTuber事務所に所属していない無所属の個人勢VTuberだからより一層凄い」
「今、この瞬間も夢なんじゃないか疑っている自分がいるよ」
「安心しろ、現実だ」
談笑しながら歩くこと約10分。
涼の家が近づいてきたので、ここでわかれることにした。
「じゃあ、またな」
「おう、配信見れたら見るわー」
「了解っ」
俺の家は涼の家から少し離れているので、まだもう少し歩くことになる。
「少しだけ腹減ったな」
小腹が空いたので、俺は近くのコンビニに寄ることにした。
涼も言っていたように今日は授業内容が難しいものが多かったため、エネルギーを消費しすぎたのかもしれないな。
何を食べようかなぁ、とスキップ気味でコンビニに向かっていると突然、背後から声を掛けられる。
「あのー、すみません」
「ひゃいっ!」
そこにいたのは、明るいパーマのかかった茶髪の綺麗な女性だった。
俺は突然のことだったので、思わず変な声が出てしまった。
そのせいで恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなっている。
「突然声をかけてしまい、すみません。ビックリさせちゃいましたよね?」
「あー、いえ、大丈夫ですよ。それで、俺に何か用でしょうか?」
「周りに人がいると聞きづらい話なのであちらの方に移動してもいいですか?」
「……はい、いいですよ」
周りに人がいる状況では話せないような内容なのか?
そもそも俺はこの人に見覚えがない。
なので、俺と関わりはないと思うのだが、どういうわけか声だけはどこかで聞いたことがあるような気がするのだ。
俺はその女性に連れられ、周りに人がいない場所まで移動した。
「ここなら大丈夫ですね。それで、聞きたいことがあるんです」
「はい、なんでしょう」
「私の間違いだったらいいんですけど、空星葵さんだったりしますか?」
「――っ!?」
周りに人がいないことは分かっているのにもかかわらず俺は慌てて周りに人がいないか確認した。
どうしてあったこともないはずのこの人が俺のVTuberとしての活動を知っているんだ!?
俺が慌てているのを見たその女性はふふっ、と笑った。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
「え、それはどういう……」
「私の声に聞き覚えありませんか?」
「え……?」
やっぱりどこかで会ったことがある人なのだろうか。
見覚えはないが、聞き覚えはある気がするんだよな。
俺が困惑していると、女性はニコッと再び笑顔を見せた。
「やっぱり分からないですか」
「はい、すみません。聞き覚えはあるような気はするんですけど、どうしても思い出せなくて……」
「それなら仕方ないですね。
「えっ!?!?!? 夜凪ルナ!?」
夜凪ルナ……だって?
たしかにこの声、聞き覚えがあると思っていたら夜凪ルナの声だったのか!
夜凪ルナというのは、とある有名なVTuberの名前である。
しかも、『ぶいすとりーむ』に所属している紺色の髪が特徴的なVTuberである。
それに加えて、俺の推しである桃田ネルと同期デビューしているYooTubeチャンネル登録者数50万人超えのVTuberだ。
「ぶいすとりーむの夜凪ルナさんですか?」
「あははっ、知ってくれてたみたいだね!」
「有名ですからね」
「それで、君は空星葵くんで合っているのかな?」
有名なVTuberが自ら名乗ってくれたのだ。
ここまでされているのに俺が否定するわけにもいかない、か。
「はい、そうです。俺が空星葵です」
「やっぱり、そうだよね!」
「でも、どうしてそれを?」
「ネルちゃんとコラボ配信してたでしょ?」
「はい」
「それで、弟の親友だって言ってたのを見たの。そしたら、さっきネルちゃんの弟と一緒に歩いている君を見つけて、聞こえてきた声が配信で聞いた声と同じだったから分かったの」
この人、凄すぎません?
その情報で俺だってわかったの?!
外では出来るだけ声を抑えて喋らないとまずいかもな。
身バレのリスクが高くなってしまいそうだ。
「凄いですね」
「まあ、見つけたのは本当に偶然だったんだけどね」
「そうなんですね」
「あと、もう一つ言いたいことがあったから話しかけたの」
「もう一つ?」
「うん。ネルちゃんを助けてくれてありがとう」
「いえ、俺は少し手助けをしただけですよ」
「ううん、君がいなかったらどうなっていたか分からないよ。本当にありがとう」
夜凪ルナは深々と頭を下げた。
やはり同期のVTuberということもあって仲の良い存在なのだろう。
まだ出会ったばかりだが、彼女の人柄の良さを感じた。
「頭を上げてください。俺は本当に自分のできることをしただけですから」
「謙虚なんだね」
「いえ、そんなことは」
「まあ、感謝しているってことだけは覚えててね。あ、時間取っちゃってごめんね。今から帰るんだよね?」
「はい、そのつもりです」
夜凪ルナはスマホを取り出して、俺に聞く。
「それじゃあ、連絡先交換しない? これからコラボをすることもあるかもしれないからねっ」
「いいんですか?」
「うんっ、むしろお願いしたいくらいだよ」
「それなら、わかりました」
夜凪ルナ俺と連絡先を交換すると小走りでどこかへと走っていった。
まさか、あの有名なVTuberの夜凪ルナと連絡を交換することになるとは。
というか、最初はお互い敬語で話していたのにいつの間にか向こうはタメ口で話していたな。
これが、有名VTuberの話術か!
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