第3話 俺のことを知っている理由

「は、初めまして西園悠太です」

「ふふっ、実は初めてじゃないんだけどね。とりあえず、中に入る?」

「あっ、はい。失礼します」


 会うのはこれが初めてではない?

 過去にどこかで会ったことがあるのだろうか。


 そんなことを考えながら里香さんの部屋に入る。


「適当に空いているところに座っていいよ」

「ありがとうございます」


 里香さんの部屋には防音の為だと思われる吸音材が壁に多く張られていた。

 そのため、女の子らしい部屋というよりはゲーマーの部屋といった感じの男子は絶対に気に入る雰囲気の部屋になっていた。


 俺もこの部屋を見て羨ましく思った。


 俺自身も里香さんと同じようにVTuberとして活動をしているがここまで雰囲気の良い部屋ではない。


「それで、悠太くんがどうしてここに?」

「それは俺が誘ったんだよ」

「涼が?」

「うん、姉ちゃんが落ち込んでたからさ。同業者と話せば少しは気が楽になるんじゃないかと思ってさ」

「ありがとう。でも、それって悠太くんに迷惑がかからない?」


 里香さんは自分がネット上で炎上しているのに、笑顔を崩さずに、自分以外の心配をしていた。

 そんな彼女の姿を見た俺は、心の中で「なんてできた人なんだ」と呟いた。


 もし、俺が同じ立場だったとしたら、自分のことに精いっぱいで周りを気にすることなんて出来なかったと思う。


「俺はまったく迷惑だなんて思ってないですよ」

「本当?」

「はい、本当です」

「そっか。それなら良かった」


 里香さんはホッとしたような表情になった。


「ん、あれ……?」

「どうかしたの、悠太くん」


 ちょっと待って。


 よく考えてみると、涼が同業者と話せば気が楽になると思って俺を家に呼んだと伝えた時、どうして里香さんは何の疑問も抱かなかったんだ?

 疑問を抱かなかったということは、俺が同業者、つまりVTuberだと知っているということになる。


 勘違いだったら恥ずかしいなと思いつつも、どうしても気になってしまい、里香さんに直接聞くことにした。


「もしかして、里香さんって俺がVTuberとして活動していること知ってたりしますか?」

「えっと……うん」

「やっぱり知っていたんですね。涼から聞いたんですか?」

「あ、それは……」


 里香さんが俺のVTuberとしての活動を知ったのは涼が教えたからだと推測したのだが、何やら里香さんが恥ずかしそうに顔を赤らめながら答えることを渋っているように見える。


 涼が教えたわけではないのだろうか。


 そんなことを考えていると、隣でニヤニヤしている涼が里香さんの代わりに答えてくれる。


「俺は教えてないぞ。それに、実は姉ちゃん、悠太のファンだぞ」

「……え?」


 どういうことだ?

 里香さんが俺のファン? つまり、俺のVTuberとしての活動のファンってこと、だよな。


 俺は、空星葵そらほしあおいという名前で、紺色の髪に星型の髪飾りをしたキャラでVTuber活動をしているのだが、恐らく里香さんはその活動の俺を応援してくれているファンということなのだろう。


 信じがたい話だが、里香さんの反応を見た感じだと嘘じゃなさそうなんだよな。


 推しの推しが俺ってこと?

 いやいやいや、そんなことあり得るのか?


「しかも、悠太がVTuberの活動を始めたばかりの頃にお前の活動を認知していたよ」

「え、本当に?!」


 里香さんは俺の古参のファンってこと?!

 そんな夢みたいなことがあり得るのか。


 里香さんのほうに視線を向けると、頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながらも俺のことを知ったきっかけを話し始めてくれる。


「悠太くん、というか空星葵のことを知ったのは本当に偶然だったの。何か動画見ようかなと思っておすすめの欄をみていたら、空星葵の配信を見つけたの」

「そ、そうだったんですね」

「うん、それで配信を見てみたら聞き覚えのある声だったから最初はびっくりしたよ。でも、見ていくうちに完全にハマっちゃってほぼ毎日、見るようになってたよ」


 なるほどね、そういうことだったんだな。

 俺のVTuberとしての活動を知ったのは本当に偶然だったみたいだ。


 それで、そのVTuberが偶然にも聞き覚えのある声だった、と。


 …………え?

 おかしくない?


 なんで俺の声が聞き覚えのある声なの?

 里香さんの知り合いに俺と似た声の人がいるのかな。


「ちょっと待ってください。俺の声が聞き覚えのある声、なんですか?」

「え、そりゃあ、ね」

「どういうことですか?」


 俺が困惑していると隣に座っている涼がハッとした顔になる。


「もしかして、悠太、気づいてないのか」

「え、気づいてないって何に?」

「俺の姉ちゃん、俺たちの学校で一個上の先輩だよ?」

「えっ!?!?!? そうだったの!?」


 またもや驚愕の事実を聞いてしまった。

 というか、なんで俺はこんな凄いことを知らなかったんだ。里香さんのような美人な人が学校にいたらすぐに気づくはずだけどなぁ。


 俺が鈍感過ぎたってことか。


「まさか同じ学校の生徒だってことも知らなかったとはな」

「俺が鈍感過ぎたみたいだ」

「まあ、毎日俺と一緒にいる時間が多いし、悠太は話に盛り上がると周りが見えなくなることが多いし、仕方ないのかもな。まあ、悠太が盛り上がる話の大部分は桃田ネルの話だけどな」

「それは、まあ、そうだな」


 俺と涼の会話を聞いていた里香さんは嬉しそうに小さくガッツポーズをしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る