第2話 推しの家

「涼が桃田ネルの弟……?」

「ああ、そうだ。今まで黙ってて悪かったな」


 涼の反応を見た感じだと、嘘はついていないようだ。

 マジか。

 ほとんど毎日、会っているのに全く気付かなかった。


 というか、今まで俺が桃田ネルの話題を興奮気味に話していた時はどう思っていたのだろう。


「なあ、涼」

「ん?」

「俺が桃田ネルの話をしていた時は内心、どう思ってたんだ?」

「あー、やっぱ気になるよな。まあ、普通に少し恥ずかしかったかも。だって、親友が俺の姉のことをめっちゃ褒めちぎってるのを聞かされてるんだぜ? まあ、姉ちゃんが褒められて嬉しいとも感じたけど、それ以上に恥ずかしすぎたな」

「そうなるよなぁ」

「まあ、気にしないでくれ」


 そうか、涼が推しの弟ねぇ……。


 ……ん?


 ……弟?


 俺は違和感を感じた。

 

 桃田ネルに弟。


 俺は記事で見た桃田ネルの発言を思い出した。


「そういうことか!!!」

「おおっ、急にどうした。ビックリしたじゃん」

「いや、配信に一瞬のった男の声って、お前の声か!」

「あ、気づいたか」

「今朝、記事を読んだからな」

「そういうことだ。俺の不注意のせいで姉ちゃんが炎上しちまった……」


 涼はうつむき、落ち込んでいるようだった。

 姉の炎上が完全に自分のせいだと感じているのだろう。


 ここは、親友である俺が何とかしてあげなくては。


「そんな落ち込むなって。涼もわざとじゃないんだろ?」

「そりゃ、わざと姉ちゃんの迷惑になるようなこと、俺がするはずないだろ」

「だったら、そんな落ち込むなよ。きっと解決策はあるはずだから!」

「ああ、そうだな。悠太がそう言ってくれると本当に解決策が見つかるような気がするよ」


 涼に少し元気が戻ったような気がした。


「もしかして、涼が今日遅れて登校してきたのって、これが原因か?」

「そうだよ。姉ちゃんが部屋から出ないでずっと落ち込んでたからな……」

「そうか。涼のお姉ちゃんも弟が辛いときに寄り添ってくれて元気出たと思うよ」

「そうだといいんだけどな」

「それにしても、同じVTuberとはいえ、どうすれば助けられるんだろう……」

「……そうか!!! そういえば、悠太もVTuberだったな!!!」


 突然、涼が席から立ち上った。

 急にどうしたんだ。


「え、そうだけど、それがどうかしたか?」

「今日、俺の家に来てくれないか?」

「いいのか?」

「ああ、悠太のことは信用してるからな。姉ちゃんと話してみてほしい」

「涼がそう言うならいいけど、涼のお姉ちゃんは余計に部屋から出てこなくなっちゃうんじゃないか?」

「そんなことないと思うよ。俺の姉ちゃんはお前のこと良く知ってるぞ」


 え、どういうことだ。

 涼のお姉ちゃん、つまり桃田ネルが俺のことを知っている……?


 どういうことなのか全くわからなかったが、涼がそう言うのなら本当なんだろう。

 涼の家に行けば、分かることのはずだ。


 午後の授業、内容が全く耳に入ってこなかったのは、言うまでもない。


 ♢


「ここが……」

「ようこそ、我が家へ」

「緊張するなぁ」

「そうなるだろうな。悠太からすれば、親友の家だけど、それと同時に推しの家なんだからな」

「そうなんだよ」

「俺の姉ちゃんを元気づけてくれるんだろ? さ、行くぞ」

「お、おう」


 放課後、俺は涼に連れられて涼の家であり、推しの家でもある住宅に案内された。

 緊張して足が震えているが、そんなことはどうだっていいんだ。俺がここに来たのは落ち込んでしまっている涼のお姉ちゃんを元気づけて、更に今起きている炎上の解決策を探すためだ。


 緊張なんかしている場合じゃない!


 俺はそう自分に言い聞かせてから、涼の家に入る。


「失礼します」


 家の中に足を踏み入れると、清潔感のある空気を感じた。

 毎日、掃除しているのだろう。


「初めて俺の家に来た感想は?」

「めっちゃ綺麗。毎日掃除しているのか?」

「うん、姉ちゃんが」

「そこは涼も手伝えよ」

「俺は掃除が苦手なんだよ。わかるだろ?」

「まあ、それはわかる」


 たしかに涼が掃除を苦手としているのは学校のロッカーを見ればわかる。

 いつもらったのか分からないプリントが大量に放置されているくらいだからな。


「とりあえず、ついてきてくれ」

「うん」


 俺と涼はリビングに荷物を置き、二階へと上がった。


「ここだ」


 ある部屋の前で涼は立ち止まった。

 ここが、涼のお姉ちゃんの部屋なのだろう。


 涼はその部屋をノックする。


「涼だけど、入っていい? 悠太も来てるんだけど」


 涼がそう言うと、部屋の中からドタバタと慌てふためいているような物音が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと待って!!! 悠太くんが来るのは聞いてないよっ!!!」


 やはり、涼のお姉ちゃんは何故か俺のことを知っているようだ。


 そんなことを考えながら部屋の前で待っていると、部屋のドアがゆっくりと開いた。


「あっ、どうも、涼の姉の米山よねやま里香りかです」


 その部屋からでてきたのは、可愛らしいピンク色の部屋着を身にまとった、綺麗な腰まであるつややかな黒髪で、星のようにきらめく瞳の女性だった。


 俺はその美しさに見とれてしまった。


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