本編
《スポット1 国営昭和記念公園 みんなの原っぱ 大ケヤキ下》
私は今大ケヤキの木陰の下にいる。
夏休みにいつもと違うことをしたいと思っていた。あまりお金のかからない方法で非日常を味わいたくて、都会には見られない広い原っぱに来てみたのだ。
家に置いてあった家族が使っていないペットボトルホルダーを持ってきて、西立川口の近くの自販機できんきんに冷えた飲み物をすぐにホルダーにいれて持ってきた。
ちょっとおしゃれな感じのピンク色をしたあまおうのソフトクリームもどこかの売店で売っているらしく、帰る前に食べようと思っている。昭和記念公園には売店がいくつもあり売店によって売っているアイスの味も違うのだ。
私は木陰の中でみんなが夏を楽しむ様子を見ていたが、じきに一人ではないことに気づいてしまった。
木陰の反対側に何やらもぞもぞと動く気配がしないか?まさかとは思う気持ちも持ちながら木の反対側をそっと見てみると、そこには一匹の犬がこちらを気にせず芝に鼻を向けながら歩いていた。
柴犬だった。小柄ながらも少し太めの柴犬が熱心に芝に向かっている。
公園内はペットの立ち入りはともかくノーリードは禁止のはずだがこの犬は首輪はしているがノーリードで、公園内の人たちと同じように自由に夏を楽しんでいる風だった。
ノーリードだとちょっと怖い。側に飼い主がいないかと周りを見てみても芝生が広がっているだけだった。飼い主の姿はない。その場を離れようかと思ったが、試してみたいこともあった。
前に犬の動画を見ていたときに犬への挨拶の仕方というのを見たのだ。その方法を試して見る機会でもある。犬の世界では横向きが礼儀正しい姿勢らしい。もふもふのお腹を相手に見せて友好を示す。
ちょっとバカみたいなことをしてみたい気持ちもあったかもしれない。太っちょ柴犬に肩を見せながら横向きで立って様子を見てみた。
柴犬はすぐにこちらに気づいた。少し迷ってからさり気なく私の近くまで寄ってきてまた鼻をふんふん言わせている。
私は横向きの姿勢のまま手の甲を犬の鼻に少し近づけてみた。近づけられた手の甲の臭いをふがふがと熱心に嗅いでいる姿がかわいい。
くすぐったさをちょっと我慢していると直に満足し仲良くしてくれそうな表情をしていた。
仲良くなれたんだとわかりちょっと頑張って顎のあたりを撫でてやると柴犬の方も満足そうにされるがままで撫でられていた。
しばらくもじゃもじゃ足のあたりやら首のあたりやらを撫でてやるとテンションがあがったようで少し大ケヤキから離れた方へパッと走り出した。
戻って来るかと思えば体を半分こちらに向けてジッとこちらをみていた。犬の方に近づいてみると犬はまた少し南花畑の方へ走り出す。
私はついて行ってみた。
《スポット2 国営昭和記念公園 ドッグラン》
ドッグランまでの道は一本道だった。花木園の横のさつき橋を渡り、水鳥の池を右手に歩いていった。眺めのテラス、ふれあい橋、カナールを通り茶屋の前も通った。ソフトクリームはちゃんと売っていた。
ドッグランにつくと柴犬は檻の中をじっと見ていた。いれてあげることはできないなとおもいながら周りをみると、周りにも色んな犬種がいながらも同種の柴犬がいたのだった。
同じ犬種だなとおもいながらも何かふと違いを感じた。なんだろう、向こうのほうが痩せているけどそれじゃない。
一緒にきた柴犬をみてみる。もこもことしたかわいい柴犬だ。それがおかしいのだった。なんでもこもこしているんだ?この柴犬は冬毛なのだ。他の犬たちはみんな公園内の剪定された草木のようにさっぱりとしているのに対してこの柴犬はもこもこの冬仕様なのだ。
だが誰も気にしている様子はなかった。誰の目にも入っていないかのように。その事に気がつくと何かがおかしいと感じてまたこの柴犬から少し離れたい気持ちと不安が私の中をさっとよぎった。
しかし柴犬の方は、私からくる緊張感よりももっと大切にしている気持ちがあるようだった。冒険から家に帰るようにドッグランの檻の中に入りたがっている。
私は正解がわかった。こんなことはほんとはやってはいけないが今回に限って正解だ。ドッグランの柵に手をかけて柴犬をそっとドッグランの檻の中にいれてやると柴犬はするっと中に滑り込みパッと走り出しクルクルと走り回ってから私のところに戻って来た。
最初に挨拶でしたように顎のあたりを撫でてやる。
終わると柴犬は柵内の何処かに向かって一目散にかけていった。飼い主が見えるかのようだった。柴犬が走る先に目を向けてもなにもなかった。ふと柴犬に目を戻すとそこにももう何もなかった。
私は暫くその場に立っていた。ただ時間がたつと一人でドッグランにいる自分へ違和感を感じはじめて出ることにした。不思議な体験だったが多分悪いことではない。
後日調べてみると公園近くでひき逃げされた犬がいたそうだ。ドッグランから抜け出して冒険に出た結果だったのかもしれない。私と冒険したい気持ちの波長が合ったのかなと思う。
その柴犬も帰っていった。帰る場所があってこその冒険なのだ。ソフトクリームを食べてからわたしも公園を離れることにした。
了
冒険の終わり @konmaru
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