第2話 心理戦

静かに…。



しまった…、俺としたことが、微弱な足音をたててしまった。

一流が廃る…、今宵は罰として飯抜きにせねば…。



曇り空の今日、サイパーはとあるオフィスビルにいた。

悪の気配を察知する彼の並外れた五感がこのビル内に足を向けさせたのだ。

そして今彼はかれこれ3時間、ビル5Fにある関係者以外立ち入り禁止の電気室内に無断でいる。


ここに入る約3時間前、

サイパーは同階にある某大手フィルム会社に悪の匂いを検知し潜入。


客を装い自作の旧スパイアイの点検を受付レディにダメと知りつつ依頼し、

レディが困惑している隙に新型スパイアイを悪臭が漂うオフィスのデスクに向け発射、難なく設置を完了していた。



案の定取り扱えないとレディが答えると、

「無理を言ってスマン、感謝する。」と彼女の仕事振りを評価して立ち去り、今に至る。


真っ暗な電気室は、デバイスを見るサイパーの顔だけが光っている。

そんな状況が長い間続いたそのとき、ようやく悪の化身が姿を現した。



『鈴木さんこの企画のイラストさぁ、

 これでもいいんだけどもう少し色合いクッキリできないかなぁ』


メガネをかけた30代とおぼしき男が対面のデスクの女性に話しかけた。


「え…、あ…、でも草野さん、それもう昨日みんなでそれでいこうって…、

 夕方の会議で部長がそれ出しますし、もう時間が…。」


『いやわかってるんだけどさぁ、なんか納得したいじゃん?

 7割くらいの出来じゃ、いっても8割くらいじゃん出来?だからさ。』


「やっ…、みんなは『良い物作りたいじゃん、綺麗な方がいいし、まだ夕方まで時間あるしちょっと今のでほんとにいいか少しでも良くなる方がいいかちょっと部長に聞いてくるよ』……。」



…掛かったぞっ‼ ックックックッ…



暗闇の中サイパーの顔がニヤついた。

デバイスの画面をOFFにすると懐に入れ、よろめきながら立ち上がり電気室をあとにし、罠をしかけるため早速オフィスに千鳥足で向かった。


そして再度受付レディと向かい合い、トイレを要求。

不思議がる受付レディを横目にサイパーは無事トイレへと案内された。


『そちらになります』


「スマン、腹の具合がどうも悪くて仕方がない。 おそらく長時間トイレに籠ることになるかもしれないので迷惑かける、スマン…。」


『あ、はいごゆっくりどうぞ』


「りょーかい、よくやった」


そう言うと受付レディは戻っていった。


…よし、あとは罠をしかけて待つのみだ…


彼女が角を曲がるまで待つと、サイパーは早々にトイレ前の廊下にトリップワイヤーをしかける。

先程の悪の化身が通るとビリビリと身体中に電気が走るしかけになっている特定専人ワイヤーだ。


…これはこっち、、あれはあっち…


そして二台目のスパイアイを廊下天井に設置し終えると、トイレ内の大便室へと難なく進入を成功させた。



便座に座ると懐から再度デバイスを取り出し、デスクのスパイアイを確認する。


…うむ、いい位置だ…


するとちょうど悪の化身が奥の部屋からデスクに戻ってきたところを捉えた。


『今聞いてきたんだ部長に、そしたらやっぱり今より良いものが時間内にできるならした方がって言うんだ。だからやってくれないかな?』


戻ってくるなり草野は向かいに座る鈴木さんにそう話しかけた。


『ああぁ…、でも今別の案件やらないとそっちも間に合わないのにう~んもぅ…』と困り果てる彼女。


『まぁやれるだけやってよ、満足したいからさ!…ちょと待ってトイレ行ってくるわ』


鈴木さんに終始一方的に話を投げかけ草野はトイレへと向かった。



…ックックックッ、お前の行動はすべてお見通しだ!…


デバイス画面をスワイプしトイレ前にしかけたスパイアイに切り替えると、まもなく化身が現れトリップワイヤーにその膝が触れた。



ビビビビビビッ


化身が触れたことでトリップワイヤーが発動し、身体全体を硬直させる電気が彼を襲う。

すかさず大便室から出たサイパーはデバイスを操作しワイヤーをOFFにすると、出入口のドアを引き硬直して身動きが取れなくなった草野をトイレへと連れ込み大便室の便座に座らせた。


高そうなスラックスのズボンは小便をフルで漏らしたことにより色が変色している。



「ックックックッ、自業自得だということが解っただろう。お前の心は手に取るようにわかるぞ!」


『…ぅうう、な、なにが起きてるんだ何だオマエは!警察に通報するからな』


「なにぃ⁈ ちょ、ちょっと待て警察は聞いていないぞ!話を聞いてからにしろ!」


観念したと思い込んでいたサイパーは草野の第一声となる通報宣言に冷や汗をかいたが、提案を承諾した草野にホッとし主導権を取り戻した。


「感謝する、なかなか話の分かる化身とみた。

オレの名はサイパー。隠れても、隠しても、オレの前ではすべてお見通しだ。

そこで…だ、お前は今しがた、部下か同僚かは知らぬが、鈴木さんという女性にお前の我を存分にねじ込み強制しただろうこの化身めッ!」


『…うぅ、まだ痺れが取れないだなこれは!お前覚えておけよ!』


…ックッ、この悪人めッ、なかなか心理攻撃が優れていやがる、、60はダメージを受けたかクソッ、だがまだ余裕だ!…


ここで芋を引けば一流が廃る、そう心に強く強く言い聞かせながらサイパーは強気の姿勢をゆるめなかった。



「フッフッフッ、通報、そして被害届クックックッ、、お前の企みはわかってるんだぞ!

まぁいい、、ホレ、これは痺れを治す錠剤だ、飲め、飲んでから冷静に話を聞け。」


すると草野は疑る様子もなく素直にその錠剤を2錠受け取りそのまま呑み込んだ。

なぜならサイパーが懐から差し出したそれは市販の箱から取り出したものだったからだ。



『それでなんだ?何が目的だ?何だ化身って?』


「ックックックッ、逃れられないぞぉ? お前は、誰でもない自分が満足するために善人である鈴木さんを苦しめた。」


『何を言っているんだオマ『上司は…、いや誰でもいい、、現状or向上と聞けば、必ず良い方を選択するのは心理的に分かっているだろう。

お前は自分の手を汚さず巧みにその心理を突き上司をも誘導した。

それを悪の化身と呼ぶのだコノッ、オタンコナスめがッ!」』


『そういうことか…、お前の言わんとすることは分かった。…で、お前はどうしたいんだ?』


草野のリアクションにサイパーは思った、冷静な化身だと。


「ックックックッ、その身体をくれとは言わん。

お前が主導して作業をしろ、時間はない、各々死守すべきことがある。

それでオレの制裁は事なきを得る。

さぁどうするぅ? お前がどこにいるかはわかってるんだぞぉ?」



そうしてサイパーが最後の鉄槌を打ち下ろそうとしたそのとき、トイレの出入り口をコンコンと叩く音がした。


サイパーはその音に一瞬飛び上がり、すぐさまデバイスでスパイカメラを確認すると受付レディがドアの前で立っている姿が映っていた。


…ここまでか、、、仕方がない…

これ以上の長居は面倒が起きる、そう判断したサイパーは化身に向き直りこう告げた。


「オレの名はサイパー。隠れても、隠しても、必ず見つけだす。

警察はやめておけ、スマン…スマン! 痺れ止めをもう2錠渡しておく。

ただしだ…、お前もスマンしろ、オレではなく、、、鈴木さんにな…。」



そう告げるとサイパーは草野の言葉も聞かず歩き出し、右の手で腹をさすりながら出入口のドアを開けた。


「あああ゛、スマン…、腹が痛くてたまらん、感謝する。」


不信な顔でサイパーを見る彼女の横を通り抜け、仕掛けたスパイアイとトリップワイヤーそれぞれを手持ちの強力な磁石で密かに回収、オフィスを出た。


エレベーターに乗り込み1Fに着くと競歩でロビーへと向かうサイパー。

時刻は夕刻、空は雲が抜け、ビルのロビーには夕日が差し込んでいた。


…今日は悪の化身の心を4割は削っただろうフッフッフッ

特に喜びも悲しみもない、ただやるべき事をやったまでだ…


ビルの隙間から綺麗な夕日がサイパーの顔を照らす。

そして左右の交差点からは、警察のサイレンが近づいてくる音が鳴り響いていた。




俺の名はサイパ―。

逃げることはある、職質されることも正直多々ある。

一部の行政は俺を犯罪者と蔑む。


それでも俺は世を正し、人を救う。それが俺の流儀。

親は、俺を武志と呼び、やめなさいと言いやがる。

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サイパー @deuteranopia

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