第12話「夫婦は止まらない その3」

 俺は夜、ガネシャさんの執務室に来ていた。


『リーシア』

『はい』


 呼びかけるとリーシアが顕現する。日中はずっと眠っていたようだ。


「きゅ、きゅい!?」

「ほう……」


 今は俺がシロを連れている。朝からディーちゃんに任せていたが、とうとう夕食のときあたりから俺に引っ付いて離れなくなったのだ。

 急に現れたリーシアにシロは驚きの声を上げ、ガネシャさんは冷静に見ているようだった。


「リーシアと申します」

「魔王ガネシャだ。よろしく頼む」

「この子は知ってると思うけどシロね」

「きゅい♪」


 自己紹介を済ませ、現状をガネシャさんに報告する。

 とうとうリーシアが常時顕現可能となったこと、俺が女神の力を行使できそうであること。ただ、リーシアは基本的にはまだ眠っていることが多い。

 顕現の安定性を高めるためのようだ。


「女神の加護持ちが女神の力を直接行使するのは聞いたことがないな……特殊すぎるから今すぐ言えることはない」

「そうなんですね……」

「そもそも女神が当たり前のように顕現することが特殊だからな」


 たしかに主柱の女神が顕現する話は聞いたことがない。

 魔人であるレディオールさんによると過去に顕現した女神に殺されかけた経験があるようだったけど。


「俺はとりあえずこのまま女神の力を混ぜ込んだ創造魔法に取り組むつもりです」


 黄泉へ誘う女神の拘束レスト・エル・リーシアのことだ。魔力消費が激しいため、まずは俺の魔力量の底上げが課題である。

 これが使えるようになれば攻めの戦闘スタイルで戦うこともできるようになるだろう。

 『消滅』がベースにあるので訓練などで人相手に試すことができないのが難点だと思っている。


「ふむ。それで……リーシア」

「はい」

「完全に顕現できるまではまだかかりそうなのか?」

「そうですね。この姿であることが何よりの証拠です。常時顕現は可能ですが、疲れが出てしまうのでなるべく主様の中で眠っております」


 俺、今『主様』って呼ばれた? 生きているうちにそう呼ばれることなんて絶対ないと思っていたが……。少しドキッとした。

 それにしても疲れてしまうんだな。まだまだ本調子ではないということか。


「リーシア、疲れたなら魔力化してていいよ」

「うむ。そうするといい」

「はい。ありがとうございます」


 ガネシャさんも気を遣ってくれたようだ。リーシアはすぐに霧散し、魔力化した。


「面白いものを見せてもらった」

「いえいえ。ガネシャさんにはお話ししておきたかったので」

「未来の義父だからか?」

「はい?」


 なんかまた変な流れになるのか。シロは眠たいのか静かに俺の肩で目を閉じている。


「私は本気だ。サリシャの旦那にならぬか? もちろん、第二夫人、第三夫人を娶っても構わない」

「ガネシャさん……さすがに冗談がきついですよ? 前も話しましたがサリーは妹のような存在です」


 ガネシャさんの目が本気なんだよな。さすがにサリーと結婚とかイメージすることすらできない。

 なんなら結婚するサリーを見送りたいくらいなんだけどね。


「どうしてそこまで?」

「それはな―」

「私たちもディル君のことが好きだからよ」

「サリエンテさん?」


 突然サリエンテさんが執務室に入ってきた。タイミング良すぎませんかね。


「冗談抜きでサリシャはだめかしら? 必要ならディル君のご両親にも挨拶に行くわよ」

「えぇ……」


 サリエンテさんも目がマジである。ちょっと怖くなってきたんだけど、大丈夫か。


「うーん……どちらかというと俺もサリーが結婚するときに送り出す側なのかなと……」

「妹のように想ってくれているのはわかっているわ。でも、それはサリシャの気持ちをわかって言っている?」

「……そういう話はしませんからね」


 特に悪いことはしていないと思うのだが、悪いことをしているような気分になってくる。

 とてもサリエンテさんがグイグイくるからそんな気持ちにもなるってものだ。


「年齢差なんて関係ないのよ。大切なのは気持ち。ちょっとだけ考え直してみて」

「あぁ……わかりました……」

「ありがとうね」


 うーん、押し切られた感じがする。年齢差とか気持ちと言われても俺にはちょっとね。

 サリーが妹のようにしか見えないのは仕方ないよね。多分、この考えは変わらない。


「では、失礼します」

「ああ、また女神の件で何かあれば教えてくれ」

「おやすみなさい」


 よし、早々に撤退だ。




「おー、ディル! 待っていたぞ!」


 部屋に戻るとサリーがいた。やはり様子がおかしい気がする。距離感が。


「サリー、何かあったのかい?」


 ガネシャさんとサリエンテさんに何か言われてそうなんだよな。


「ん……我はディルとこれからも一緒にいたいのじゃ」

「うんうん」

「だから、離れないようにつかまえておくのじゃ!」

「おおう!?」


 突然サリーが抱きついてくる。これは何か変な勘違いをしているのだろう。しかし、下手なことを言って不安にさせるわけにもいかないよな。

 そのうち元に戻るだろう。だから今はこのまま甘えさせてあげよう。


「よしよし」

「もー! おにいちゃん! サリシャ!」


 たしか今回はサリーとリリが同室だったはずだ。そりゃサリーが戻ってこなければここに来るよね。


「わたしも一緒に寝るから!」


 ということで、冷たくするわけにもいかず、今日はサリーとリリと一緒に寝ることになった。

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