第10話「夫婦は止まらない その1」
「なんということだ……」
魔王ガネシャはディルとリーシアの一幕をこっそり見ていた。
何かあったときに助けに入ろうという気遣いからだ。
しかし、ディルはあろうことか女神の力を行使していた。まだまだ荒削りで魔力不足という課題もあるが、自分のものにしていたのだ。
「ますます欲しくなってしまう人材だな」
基本的に魔族が人族を引き抜くという行為は協定に反する。逆もまた然りだ。
そのため王国騎士団には魔族は所属していない。
その穴をつくには、例えば高位のものとの婚姻がある。相手方の家庭に入れば国の所属が変わるため、人族が合法的に魔王近衛兵などに所属することが可能となる。
実際に人族に嫁入りして王国所属となっている魔族だっているのだ。
「サリエンテに報告だな……」
ガネシャはこの場はもう問題ないと判断し、静かにその場から姿を消し、魔王妃であるサリエンテの元へ向かった。
「サリエンテ」
「何かあったの?」
「ディルの件だ……」
ガネシャは事の顛末をサリエンテに報告する。
ディルは女神の加護だけではなく、女神そのものの力を行使していたことを。
「そんなことがあり得るのね。やっぱりディル君はサリシャと結婚してもらいたいわね」
「ああ。孫の顔も今から楽しみだ」
すでにサリエンテはガネシャに絆されているので否定はしない。うんうんと頷いている。
「あとはどうやってディル君の気持ちをこちらに向かせるかね」
「そうだな。大切なのはディルの気持ちだからな」
そう、これは合法性を重視しているため、決して無理矢理引き入れることはできない。二人はいかにしてディルの気持ちを揺さぶるかを考えていた。
「……近衛兵にも意見を聞いてみよう。あわよくばこちらに引き入れることができる」
「そうね。任せるわよ」
「ああ」
こうして夫婦の暴走は近衛兵をも巻き込もうとしていた。
◇◆◇◆
「キルトンです」
「入れ」
ガネシャはまずキルトンに目を向けた。彼はディルと同年代であり、仲が良いことはガネシャも知っていた。
「ディルの件で少し話があってない」
「はい? 何かありましたか……?」
普段キルトンがガネシャに呼ばれるときは有事であることが多い。それがディルの件と聞いて不安が過ぎる。
「私はな、ディルを合法的にこちらに引き入れたいと考えているんだ」
「は、はい」
「今考えているのはサリシャとの婚姻だ」
「王女様と!?」
キルトンは面食らっていた。魔王様はいきなり何を言い出しているんだと。
それにディルが孤児院の子たちを弟や妹のように可愛がっているのは知っていた。
妹と結婚したがる兄がいるのか? と思ったが口にはできなかった。
「もちろん、無理矢理ではない。お互いの気持ちが最も大切だからだ」
「それは……そうですね」
「もし、そうなったとしてだ。お前はどう思う?」
「俺がですか? お互いが良いと思えるなる問題ないかと。それにディルのことは俺たちも好きですし」
ガネシャは心の中でガッツポーズをした。やはり近衛兵たちはこの話を受け入れる。
あとは彼らもうまく焚き付けることができれば、と。
「キルトン。ステラにサリエンテのところへ行くように伝えてくれ。私の元へはハイラを呼ぶように」
「……わかりました」
「頼んだ。下がってよい」
「はっ! 失礼致します」
その後、ハイラに同じ話をガネシャは持ちかけた。
「俺は良いと思いますよ。近衛兵の戦力としても喉から手が出るほど欲しいですし」
反応は上々。ガネシャは表情には出さずに喜んだ。
「サリエンテ様、ステラです」
「入って」
ステラはガネシャではなくサリエンテの元へ呼ばれていた。
「ディル君のことで話があるの」
「キルトンから話はなんとなく聞きました」
それなら話が早いと言わんばかりにサリエンテはすぐに本題へ移行する。
「サリシャと結婚させたいと言ったらどう思う?」
「え? ディル君をですか? うーん……うーん……」
正直、ディルはステラの好みにハマっていた。そのため微妙に返答に戸惑う。
「もちろん、ステラにも良い話かもしれないわよ。うちは一夫多妻が認められているから」
「え、それはつまり……」
「あなたもディル君のお嫁さんになることができるってこと」
これがサリエンテが用意していた手札の一つだ。
「な、なるほどです……良い話だと、思います!」
そしてステラはすぐに前のめりになる。見事にサリエンテの策にハマったわけだ。もちろん、サリエンテは嘘をついていない。
ステラは美人だし、プロポーションも良い。ディルとはお似合いだとサリエンテ自身も思っているからだ。
「わかったわ。また呼ぶことがあるかもしれないけど、そのときはよろしくね?」
「はい!」
とりあえずステラが前向きなのは確認できた。ガネシャとサリエンテでは厳しくなったときに手助けをしてくれる力が手に入ったのだ。
「さて……あの人に報告ね」
こうして夫婦はお互いの話を擦り合わせた。お互いの成果は上々。
魔王や魔王妃の顔色を伺って意見を言えないものは近衛兵にしていない。つまり、彼らは本気で『ディルなりオッケー』と思っているわけだ。
「あとは……ディルへのアプローチをどうするか」
「あの子はなかなか落ちそうにないわ。少しずつ気持ちをこちらに向かせるようにしていかないとね」
二人はディルがサリシャを妹のように思っていることは彼自身から聞いている。
そのため、まずはその認識から少しずつ変えていかないとならない。
妹ではなく一人の『女の子』として認識させるように。
ディルの知らぬところで夫婦は再び動き始めていた。
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