幕間「貴方の元へ」

 広大な森の中、一人の女性が目を覚ました。東方の国の民族衣装のようなものを着ている黒色の長髪で美しい女性だ。


「さて、ここはどこでしょう……」


 その手に握られる長刀は淡く黒い輝きを放っている。禍々しい見た目に反して惹きつけられる何かがあるような。


「あの方の場所は……かなり遠いですね。もう、歩くしかないのは、少しばかり辛いですが……まあ、大丈夫でしょう。“黄泉送り”も良い感じですし」


 長刀“黄泉送り”を天に掲げる。陽の光を吸い込むような黒い輝きは褪せることがない。


「グルッ……グガァァアアア!」


 唐突に背後から魔物が現れる。巨大な虎のような見るからに殺傷能力の高そうな魔物だ。


「五月蝿いですね」


 彼女は長刀を一振りする。骨に引っ掛かるような感じはなく、その一振りは綺麗に魔物の首を飛ばした。

 出血も何もなくただ、そこには何もない。魔物は粒子となって消え去った。


「魔力がもつかどうか……いつになれば貴方様の元へ辿り着けるのでしょうか……」


 眉間に皺を寄せ、女性は呟いた。一刻も早く辿り着かなければならない場所、自身の生みの親であり、加護を与えた者であるディルの元へ向かって歩き始めた。


「しかし、あの国からの転移で弾かれるとは……しかも途中で……」


 どのような原理かは理解できないが、彼女は魔王城から孤児院へ戻るときにディルに付いていたようだ。

 しかし、転移の途中で弾かれてしまい、見知らぬ森の中で目を覚ましたのだ。


「今の私に使えるものはこの“黄泉送り”だけですからね……」


 スッと長刀を撫でる。女神リーシアは守りに特化したディルと対象的で、どちらかというと殺戮に特化していた。

 女神らしからぬ、と言われるだろうがこれがリーシアであり、その真実は決して揺らがない。


「止まっていても何も変わりませんからね。歩きましょう」


 襲ってくる魔物を長刀“黄泉送り”で斬り伏せながら森を進む。彼女自身の魔力が不十分であるため、その不安とも戦いながら。

 そのうち、彼女が危険因子と認識され、襲ってくる魔物が少なくなっていた。


 ちなみに、彼女は魔物を斬り伏せるとき、常に彼女にとっての基本魔法である黄泉への誘いリーシエルを発動していた。 

 これを魔法と括って良いのかは微妙なところであるが、自身より非力なモノは切れば尽く粒子となって消滅するという強烈なものだ。魔族領での襲撃者消滅事件の原因でもある。


「たまには、他の剣技も試してみたいですけど……相手がいませんからね」


 戦闘狂のようなことを話しているが、あまり彼女は戦闘が好きではない。好きなのはディルただ一人であり、ただ彼の元へ向かう邪魔者を機械的に処理しているにすぎない。

 道端の石ころを蹴るようなものだ。




◇◆◇◆




「GYAAAA!」


 リーシアは魔龍と対峙している。以前ディルたちが討伐したものより一回り小さいが、魔龍は魔龍だ。決して弱いものではない。


「はあ。私もこの体が滅ぶと、きっともう顕現できません。一撃で終わらせますよ」

「GYAAAAAAAAAA!!」

「言葉の通じないモノには仕方ありませんね。試してみましょう……黄泉の深淵へローレイ・アクシエル


 放たれるブレスや打撃を着実に回避し、隙を見て彼女が虚空を切り裂くと、その空間に裂け目が現れた。

 魔力消費が激しいのか、リーシアは眉間に皺を寄せている。


『ア″ア″ア″ア″ア″ア″……』


 何かがその先で蠢いている。『それ』が何かはわからない。そして、その裂け目から数本の長い腕が伸び、臨戦体制の魔龍を捕縛した。


「さようなら。さてと……進まないと」


 顛末を確認しようともせず、魔龍を背に再び歩を進めるリーシア。


「GYAAAAAAAA!」

『ア″ア″ア″ア″ア″ア″ァァ!!』


 魔龍は叫ぶがびくともしない。口も無理矢理閉ざされブレスを吐くことすらも許されず、抵抗虚しくただその裂け目に引き摺り込まれる。

 空間の裂け目はその直後、そこに何もなかったかのように閉じた。


「ここは邪魔者が多くて厄介ですね……」


 やはり襲われる回数は減っても、魔物との出会いはゼロにはならない。

 深い森の中で大きなため息をつきながら彼女は長刀を振るい続ける。


「貴方様の元へはもう少し時間がかかりそうです。お許しください……はぁぁ……」


 再び大きなため息をつき、女神リーシアはディルの元へ辿り着くため歩き出した。


 余談となるが、リーシアの現在地は魔族領内にある広大な森林地帯だ。この森林を抜け出せば王国領は目の前である。

 ただ、ここから森の外へ抜けるまでは途中休憩も加味して徒歩で約二週間はかかるだろう。

 それを察してかリーシアの表情は曇っている。決して前に進むその足を止めることはないが。

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