第3話「連れ戻し」

 その夜、全く予想していない来客があった。客と呼んでいいものか怪しいけど。


「俺のガキを返してくれないか? ハーフエルフの子どもだ」


 うちにハーフエルフはミィちゃんしかいない。この男、孤児院に来たと思ったら開口一番これだし、なんか態度も気に食わない。


「すみません、うちにはいないかと思います」

「あ? 俺はあいつの父親だ。それにここにいることは調べがついている」


 ミィちゃんの父親? 三年前にあの子を捨てた男だ。この人が? なんだかきな臭いな。


「すみません。答えは同じです。うちにはいないかと」

「めんどくせえな。てめえの上のやつ出せや」


 手は出してこないか。ああ、物の言い方がムカつくよ。


「わかりました。ちょっと待っててくださいね」

「さっさとしろ」


 奥歯をギリっと噛み締める。拘束魔法で捕縛してその辺に放り捨てておきたいくらいにはムカついた。

 この短時間で人をここまでイラつかせる態度や表情をできるのはある種の才能なのではないか。


「レスターさん」

「どうしたんだい?」

「ミィちゃんの父親を名乗る者が現れました」


 苛立ちを抑えながら簡潔に報告する。


「どうしてまた……。わかった。私も行くとするよ」

「お願いします」


 念のためレスターさんにも自動反撃を展開しておく。普通に暴力に訴えかけてきそうな感じが伝わってきたからね。

 自分にはすでに展開している。姿を見た瞬間なヤバいなと感じたから。

 人は見た目によらないと思うが、あれはちょっともうそのまんまである。失礼だとは思わない。事実だから。


「こんばんは。院長のレスターと申します」

「わかったわかった。早く娘を返せ」

「もう一度詳しく説明をしていただけませんか?」


 先方の男もイライラしてきてるな。


「あぁ〜めんどくせえ。だーかーらぁ、ここにハーフエルフのガキがいるだろう? それは俺の娘だから引き取りに来たの。わかる?」

「わかりかねますね。そもそもあなたが父親という証拠も何もない」


 あと一歩で手が出てきそうな勢いだな。どっちがめんどくさい人なのかわかっていないあたり、本当にめんどうな人だ。

 手が出てきたら、それはそれで拘束する理由になるから良いのだけど。ああ、子どもたちが起きている昼間に来なくて本当に良かった。


「妻の名前はミリエール。今や元妻か。で、俺はドリィ。娘は三年前の春に一度捨てたよ。これでいいか? なあ?」


 ドリィとミリエール、前にレスターさんから聞いた話と一致する。ミィちゃんが見捨てられた場所付近で聞き取りを行ったらしいので間違いはないようだ。

 ただ、この男は『捨てた』と明確に言った。やはりミィちゃんを捨て去ったのは間違いないし、今更何をしてもそれが許される理由にはならない。


「……たしかに父親のようですね。ですが、お渡しはできません」

「なぜだ?」

「あなたはもう、元父親です。あの子に会う資格はありません」

「めんどくせえな。老いぼれ、死ぬか?」


 ドリィはレスターさんに殴りかかろうとした。自動反撃もあるが、その前に捕縛させもらうとしよう。


「拘束魔法。こいつは王国騎士団に引き渡します。レスターさん、それでいいですか?」


「さすがディル君だね。本当に安心できるよ。それでお願いするかな」

「では。今すぐ連れて行きますね」

「離せよ! クソッ! なんだこれ!!!」

「抵抗しない方がいいですよ。抵抗した分魔力弾があなたを撃ち抜きます」

「……ちくしょうが」


 話し合いではなく、手が出た時点で終わりだ。暴言や態度までならセーフでも暴力はいけない。

 レスターさんにその拳が届くことはなかったが、明確な害意を感じたよ。

 それに、自動反撃の魔力弾で撃ち抜くと流血沙汰になっていたかもしれないから。


「おい、歩けねえぞ、クソ」

「歩かなくてもいいですよ。俺が引きずっていくので」


 拘束魔法で手足は捕縛させてもらっている。魔力糸で俺と拘束魔法を繋げて無理矢理引っ張っていく。抵抗はもうしないようだ。

 成人男性だし、普通に重たいが怒りがそれを忘れさせてくれる。


「なぜ、あんな真似を」


 一応聞いてみる。答えるわけがないと思うけどね。


「は? 売るためだよ。金なるだろう、エルフならよ」


 は? は俺のセリフだ。


「は? ……奴隷売買か。お前、何があっても牢獄にぶち込むから。覚悟しておいてくださいね」


 ギルドで見た指名手配。人相は覚えていないが、幸か不幸かこの男がその犯人なのではと思ってしまう。

 こんな自然に、『売るため』だなんて口にできるものか。頭のネジが飛んでいなければそんなこと、まして娘を売るなんて言えるわけがない。


 その後、王都まで汗だくで辿り着き、王国騎士団に男を引き渡した。孤児院への侵入、暴力、奴隷売買を仄めかす発言。

 しっかり尋問を受けてもらうぞ。魔族の尋問よりは優しいと思うけど、それでも地獄を見ることには変わりない。


「お疲れ様でした。報告は尋問後になりますので」

「わかっています。寧ろ対応ありがとうございました。では、失礼します」

「お気をつけて!」


 さて、これで一先ず落ち着いたか。あとは尋問の結果待ちだ。少なくとも当面は牢獄行きだろう。孤児院への不法侵入、暴力は実質元王国官僚のレスターさんに働いたことになる。今も出戻りを打診されている人材に対してだ。

 それが『はいはい、そうですか』なんて優しく済まされるとは思えない。せいぜい尋問されて苦しむといい。




◇◆◇◆




「本当に助かったよ。新しい被害を生む前に捕まえることができてよかった」


 後日、報奨金とともに結果報告をもらった。報奨金がある時点でお察しだが、指名手配犯はドリィだった。隠密魔法を得意としていて、前回はうまく逃げれたらしい。

 今回は意表をついて捕縛できたためラッキーだったのかもしれないね。


「それにしても」


 もし、隠密魔法で侵入され、誘拐されていた場合はどうすることもできなかった。恐らく高度結界も反応をしないだろう。

 何を勘違いしてあの男は『正面から』娘を奪還しようとしたのだろうな。

 俺は俺で新しい課題が生まれたことを感じた。既存の魔法の組み合わせで隠密だろうが、とにかく侵入者を捕縛できるものを考えないといけないか。


「当面はそっちのことを考えよう」


 結果としては丸く収まったので、残ったのは俺の課題だけだ。

 何か良いアイデアが浮かべば良いのだが。いや、今は鍛練あるのみか。

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