第12話「夫婦の暴走」
「あなた、私も考えがまとまったわ。サリシャの気持ちも大切だけど、ディル君を迎え入れたいわね。あの子に必要なものは信頼できる守護の力……彼は近衛兵にはないものを持っている。まして女神な加護持ちとなればらなおさらよ」
「そうかそうか。ならば、まずはサリシャに聞いてみるとしよう」
サリエンテがガネシャの説得に絆された瞬間であった。
ディルの結界魔法は明らかに異質であり、そのことはガネシャが身をもって経験していた。
そして、サリシャは女の子とは言え魔王の子だ。将来的にある程度戦闘はできるだけのものに仕上がるだろう。
そこに近衛兵たちも加われば戦力はかなりのもの。さらにディルがいればどうなるだろうか。想像するまでもなく盤石の体制を築くことができる。
反魔王派も寄せ付けない力を手にすることになるのだ。
「サリシャは私が呼んできますね」
「よろしく頼む」
「ディル君は顔も良いし、孫の顔もきっと……」
二人の暴走は始まったばかり。ディルが何事に悩まされることなく日々を過ごすことは難しくなりそうだ。
「ねぇサリシャ、ディル君のことは好きなの?」
「母上は何を言っているのじゃ? 当たり前だろう」
「「……なるほど」」
両親はこの透き通るような回答に察した。サリシャはディルのことを恋慕ではなく、保護者的な感じで好きであるということを。
その裏に何か恋慕の気持ちは潜んでいないか、ガネシャとサリエンテはそれを聞き出すため気合いを入れ直した。
「ディルと大人になっても一緒にいたいかい?」
「……うん」
少し顔を赤らめるサリシャに、よしきた! という顔をするガネシャ。サリエンテも『あらあら』とニコニコだ。
「なんで一緒にいたいの?」
サリエンテの追い打ちは容赦がない。なぜなら一刻も早くディルを囲いたいからだ。
魔王国にいる時間も有限だ。つまり、善は急げということになる。
「優しいし……抱っこしてくれるし、我を守ってくれるおにいちゃんみたいなのじゃ」
「そう……」
あと一歩が踏み出せないようなもどかしさをサリエンテは感じた。それならば私たち親がその背中を押してあげる、とそんな思考になっていた。
「わかったわ。サリシャこのあとディル君を呼んできてもらってもいい?」
「わかったのじゃ!」
◇◆◇◆
サリーがガネシャさんとサリエンテさんに呼ばれた。家族水入らずの時間は大切だ。
正直なところ、これを期にサリーがここに残りたいとなる可能性もゼロではないと思っている。
両親の考えは別としてだ。とても寂しいけれど、もしそうなっても受け入れるしかないのだろう。
「ディルよ、母上が呼んでいたぞ」
「サリエンテさんが? わかったよ。ありがとうね」
胸騒ぎがする。サリーを呼んだ直後に俺がお呼ばれする。
しかし、もしそういう話であるならレスターさんも同席するはずだ。
「ディル君、将来うちにこない?」
全く予想していない角度から話が始まった。何をサリエンテさんは言っているのだ。ガネシャさんも笑顔だし。
「え? 話が見えないのですが……魔王国は過ごしやすいですし、是非また遊びにきたいとは思いますが」
同年代の友人もできたからな。飲み会にはもうメロメロだ。
「違う。ディル、単刀直入に言おう。サリシャの婚約者にならぬか?」
俺の時間がフリーズした。目の前の男は何を言っているのか。またサリエンテさんに怒られるぞ。
「そうですね。私も聞き方を間違えました」
怒らない……?
「冗談もほどほどにしてくださいよ……」
「冗談じゃないわよ」
サリエンテさんの一言で再び時間がフリーズした。夫婦揃って何を言っているのだろう。
ここはサリエンテさんが『また余計なことを!』って怒る場面ではないのだろうか。なぜ同調しているのですか。
「それで不服かね?」
「不服も何も……サリーの気持ちもあるし、まず俺にそんな恋愛感情はないですよ。妹のような存在なんです」
これは少々やばい流れだな。さっきサリーを呼んで何を吹き込んだのだろうか。
「だが、血は繋がっていない」
「そうね。だから婚姻もおかしなことじゃないわよ」
二人して暴走してませんか。
「歳の差もすごいですよね。普通はもっとこう近い歳の子と……」
「私とサリエンテは三十ほど離れているが?」
え、まじで? そんな風に見えないのですが。衝撃を受けた。
「ちなみに私が年上よ」
はえ? 冗談がキツすぎる。嘘だろう。
「それでもです。まずサリーの気持ちが一番だし、俺にもそのつもりはないですよ」
「そんなことを言うな。サリーは将来もディルと一緒にいたいと言っていた」
何か意味合いが違う気がするのだけど。冷静な思考ができなくなっているのではないか。
「意味合いが違うと思いますよ……このままの関係性で、ということなのでは?」
「伴侶として、と私は解釈したわ」
「私もだ」
曲解だ、絶対に曲解ですから。このままだと収拾がつかなくなりそうだな。
「とりあえず、今は早急すぎませんか? 俺の気持ちは変わらないし、サリーの意図も違うと思いますよ」
理解してくれたのだろうか。二人が静かになる。冷静に考えてみて欲しい。そもそも自分の娘なのだ。
それに、なんでまた急に俺が婚約者として槍玉にあげられているのか。
「そうだな……」
「そうね」
「わかっていただけて良かったです。お気持ちは頂戴します。ありがとうございます」
ただ、暴走気味でもそれほどまでに自分を認めてくれた、という気持ちは素直に嬉しい。
この二人が『作戦の練り直しだ』なんて考えているを俺は知らないから、字面をそのまま受け取ってしまっていた。
「では、失礼しました」
◇◆◇◆
「方法を変えよう」
「そうね。今すぐとはいかないから、ゆっくりと確実に……」
「急がば回れ、だな」
二人の暴走はまだまだ続くことを知る由はなかった。
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